【賢王と後始末】 其之弐
すみません。
前回間違えて、変な所で区切ってしまっていたので追加してます。
ユーゴとオスカーはすぐに儂の部屋を訪れたが、他の三人が顔を出したのはその半刻も後の事であった。
「ようやく来たか……遅かったな」
「いやー、ナイジェルさんと話が盛り上がってしまって。あっはっはっはっはっ」
先の場とは一転して饒舌になるグレン。人見知……そんな奴では無いか。大方猫被っていたのであろう。何の為かは分からぬが、あの場の貴族の様子を窺っていた事は分かる。
「では、互いの紹介は不要か?」
「ですねー」
「……陛下」
やけにニコニコ顔のグレン。反してナイジェルの顔色が悪い。
まるで悪巧みを暴かれて、ショックを受けているような顔だ。いや、『受けているよう』では無く『受けている』。愚息の件で儂すらも葬ろうと考え、それを隠すつもりも無いような面の皮の厚いこの男がだ。何か弱みでも握られたか?何かの謀とか。
しかし、この地を守る事が宿命であり理念であるこの男に、それは意味があるのだろうか。儂も認める大義があるからこそ、ナイジェルはいつも堂々としている。普通の弱みが弱みにはならないのだ。
「……?」
なれば、普通の弱みでは無い?ナイジェルが、ウィルソン家が知られて困る事と言えば、それは当然この地に固執する理由。アレの存在の事だが……。まさか、アレの事を突き止めたのか?いつの間に?
「陛下?」
自分でも分かる位に冷や汗が出る。ユーゴが心配して声を掛けてくるが、それも殆ど耳に入らない。
最悪知られた事はどうでも良い。悪用する事は無いだろう。それぐらいは信用している。何をするか分からない所はあるが、善と悪で判断すれば善寄りの人間であろう。愚息に知られるよりもマシだ。
だが、怖い。そう、恐怖している。儂がアレの事を知ったのは、ほんの数年前。それも、ナイジェル本人に聞かされてだ。それを、こやつは一人で突き止めた。どうやって。分からない。
「……ナイジェル」
「……は、アレの事でございます」
「っ!!」
確認の為問えば、帰ってくるのはたった今予想した答え。大声を上げそうになった。
アレはこの国どころか、この大陸そのものの秘密。絶対にばれてはいけない類の秘密。噂になる事すら、都市伝説で語られる事すら避けなければならない秘密。
「……グレンよ、どこで知った」
「えーっとですねー、先じ「私が話します」つ……あれ」
緊張感の欠片も無いグレンの声に被せるように、身を乗り出したナイジェルが口を開く。
「どうやらアレの守護者は私共だけでは無かったようです」
「なっ!?」
「私共の監視も担った、真の守護者がいたようなのです。その者達の代表からの手紙もここに」
ナイジェルが懐から取り出した手紙をヒラヒラさせる。
「中身は見せられませんが、内容を簡潔に纏めますと……」
『我々は吸血鬼族である。此の度、ウィルソン家の長年の功績を讃え、協力関係を結ぶ事にした。無論、その方らの言うアレの事である。近々使いを出す故、お待ち頂きたい。追って、詳細を詰めよう』
「何と……」
「手紙はもう一枚あるのですが、こちらには私のとある一日が事細かに書かれておりました。ある意味書いてある事が真実だという証拠でしょうね」
それが監視という意味か。半ば脅しのようなものでは無いか。つまり、我々はいつでも貴様らを見ているぞ、という事なのだから。何かあればすぐにでも命を奪えるという事に他ならぬ。
「その吸血鬼族は、グレンに接触してきたという事だな?」
「ええ、先日」
「そうか……」
何故グレンなのか。ナイジェルに、若しくは儂に直接という事ではダメであったのか。グレンでなければならない理由があるのか。疑問が尽きない。
だが、今は確認してくべき事がある。それらが先であろう。
「アリシア。そなたは何処まで聞いた」
「何も聞いてないわ。グレンったら何も話してくれないんだもの。私の目の前でコソコソ、コソコソ。アレとか吸血鬼とか、今のお父様達の話で知ったくらいよ」
公では無いために言葉も態度も変えた娘が、グレンを睨みながらそう答える。嘘は言って無いようだ。
「ユーゴ、それにオスカーよ。ここで聞いた事は忘れよ。調べようとするでないぞ」
「……」
「それ程の事なのですか?」
「うむ。儂が知ったのも数年前の事よ。父上も祖父も知らないらしい。唯一、母上が知っていたのだったか?」
「は、祖父はローズ様にのみ話したと」
信頼できるのが母上だけだったという事か。儂も教えて貰ったのを誇ればいいのか。それとも、面倒な事実を知ってしまった事を嘆けばいいのか。最早考える事も億劫よ。
「そうか……、取り敢えずこの話は置いておこう。疲れる。ナイジェルよ、詳しい話はその使いの者が来てからにしよう」
「は、それが賢明かと。正直私も理解が追い付いていませんので……」
であろうな。この男が顔に出している時点で、相当な事だ。……はぁ、溜息しか出ぬ。
「グレン。一応確認するが、アレの事を知ってそなたはどうする?」
「え?何もしませんけど?今の所脅威も無いようですし、頭の片隅に置いておくだけかと」
「ならばいい。口外は禁止だからの」
「分かってますってー。もしもの時はちゃんと相談しますよー」
相変わらず緊張感の欠片も無い。演技っぽいが、あの高い演技力を見せられれば、それすらも演技のような気がしてくる。
知らなければ信じ、知っていても疑わせる。演技一つでここまで人を惑わせるか。本当に恐ろしい男よ。
「……頼むぞ。ふぅ~、では本題と移ろう。グレンよ、此度の件、そして先の件の功績を鑑み、爵位を授ける事にした」
「え。要らないんですけど」
「……」
「……」
そう言えば、ゲッコウもそう言ったな。普通なら喜ぶはずだぞ。そも、爵位の何が不満なのだ。異世界人とはそういうモノか?それともこの親子だけが特殊か。
「おバカッ」
「あいてっ」
娘がグレンの頭を叩く。見るからに痛そうでは無かったが、グレンは両手で叩かれた所を抑え非難の眼差しを。
「有り難く受け取っておきなさい。平民のままじゃ、時に支障が出るわよ」
「やっぱりそういうもんか?じゃあ、貰っとくわ」
「……はぁ~」
「だから、おバカッ。有り難く、ってんでしょ」
「あーはいはい。アリガトウゴザイマス」
ケラケラと笑うグレン。それを眉を寄せながら叱るアリシア。しかし、とても楽しそうだ。10年前の事件から、やや変わってしまった娘の、久しく見る事の無かった楽しそうな顔。笑う事は有ろうと、どこか空虚だった娘の楽しそうな表情。
「儂の方が感謝せねばならぬのであろうな……本当に」
「お父様?」
「いや、何でも無い。領地もだなと、思っただけよ」
流石に今のは気恥ずかしいな。
「領地は流石に要らないんだけど……本当に」
「……」
こやつ、聞こえておったか?揶揄うような顔になっているという訳では無い。しかし、今の言葉は儂の小さな独り言に似ておった。
「あの?それは絶対で?」
「……何、今すぐにという話では無い。どうせ暫く様々な領地でゴタゴタが起きる。それが収まってからであろうな」
「ほっ、良かった~」
心底安堵したという顔になるグレン。儂の気のせいであったのか?流石に疑い過ぎか。だが、この姿すら演技の可能性も……うぅむ。
「まぁ、何にせよグレンの褒美の件は以上だ。グレンよ、色々とご苦労だった。感謝する」
「ん~……でも結局の所、自分がスッキリする為というのがでかかったからな。感謝されるほどの……ああ、いや。そうだな。お役に立てたようで何よりだ」
謙虚でいながら謙虚過ぎない、か。人間が出来ているというのは、こういう事を言うのであろうか。愚息と比べると哀しくなるな。
「さて、後は身内の話となる。グレンは先に帰っておれ」
「えぇと、一応アリシアの護衛も兼ねてるんだが?」
「……オスカー達の娘達はおらぬのか?」
いつもアリシアにくっ付いている二人の事を問う。何故今日に限って傍に居ないのか。部屋の外かとも思うたが、そういう訳でも無いようだ。
「あー……」
「……」
ツーッと視線を逸らすグレン。これは何かあったようだな。
「手でも出したか」
「んな訳あるか!寧ろ何もしてないらからだよ!」
「……」
「やはり」
「……む」
意味有り気な事を呟くユーゴに、軽く眉を寄せるオスカー。
これはあれか。色恋沙汰か。……若いってのは良いモノよな。
「ヴィクトリアは今まで通りだけど、何か居心地悪いし。クロエに至っては……何か良く分からん。てか、二人とも仮面でも張り付けたかのように無表情だし。近付こうとしたら逃げるし。どうしろってんだ……」
これは分かる。本当に困っておる。断じて演技では無い。
「だったらさっさと帰って、打開策でも見つけなさい。いい加減あの空気は私も息が詰まるわ。私はその辺の騎士に送ってもらうから」
「はぁ~。アリシアがそれで良いなら先に帰らせてもらうかね。寄り道しないで、気を付けて帰るんだぞー」
「子ども扱いしないで!」
己の頭を軽くポンポンと叩く、グレンの手を払いのけるアリシア。しかし、その顔に怒りは無い。
「あっはっはっはっはっ…………はぁ~」
笑いながら溜息を吐き、グレンは帰ってくのであった。
「打ち解けたと思ったけど、子ども扱いされるようになった気がするわ……」
ブツブツ言う娘に、儂はやや不安を覚える。
「シア。もしかしてそなたもグレンに惚れたのか?」
「私が?グレンに?ないわよ。ていうか、もって何なの」
「い、いや。違うのなら良い。気にするでない」
ジョゼの事は伝えぬ方が良かろう。儂も言いたくない。
「もしかしてトリア達の事?なら半分正解ね。トリアは兎も角、クロエはゾッコンみたいよ」
「前にアレと話した時はそうでも無かったのですがね」
「私だってこの間まで気付かなかったわ。いつの間にって感じよ」
呆れるように溜息を吐くシア。だが、落ち着いている。ユーゴも娘の事というのに、動揺した素振りは見られなかった。
「ユーゴ。娘の事が心配では無いのか?」
「アレもいい歳です。今更娘の色恋に親が首を突っ込む事では無いでしょう。それに、グレン・ヨザクラという男は敵に回してはいけません。女でも宛がって、この国に縛り付けて置くべきでしょう」
「それに娘を使うと?」
「アレがそれを望むのなら是非も無し。グレン・ヨザクラにはしっかりと責任を取ってもらいます」
カッコ良くも恐ろしい事をサラリと言うユーゴ。親として負けているような気がする。
「シアはどう思っておる?」
「クロエがどうしたいか。結局はそこね。グレンと一緒になりたいのなら、全力で力になるわ」
シアがグレンをどう思っているかを聞いたのだが、何の気負いもなくそう答えた娘にホッとする。シアはグレンの事が気になるとかは無いようだ。良かった。確かに見た目も良いし能力も高いから、優良物件ではある。しかし、娘を任せられるかと言うと、躊躇わざるを得ない。大事な娘だ。当然であろうよ。
「そうか。ならグレンがどう思っておるかも気になって来るな」
「……」
娼館で情報収集が出来るくらいに、女の扱いも長けておるようだから、そういう事も嫌いでは無いのだろう。この辺りの事はゲッコウやサヨに聞いても、いつもはぐらかされるからな。言えないくらいに恥かしいのであろうか。
「どうした?」
見ればシアの顔は困ったようなものへ。
「……何でもないわ。ただ、自分の事は女好きと言っていたわね」
「やはりか……」
となると別の心配が。娘に手を出したら、どうしてくれようか。
「ま、だからこそ女狐の事を任せてみようと思うんだけどね」
「なっ!?正気か!?」
「しょうがないじゃない。それしかもう浮かばないんだから。お父様はどうにか出来る案出る?」
「……」
出る訳が無い。儂はあやつを、カーネラ王国一の頑固者だと思っておるのだから。
「グレンは見た目も良くて、様々な高い能力を有してる。世の女性の憧れの的になるでしょうね。だからそれを最大限に活用するの。女狐だけじゃない。厄介な、それでも有能な人間が、男も女も沢山いるんだから。出来るだけ口説いて貰うわ」
「……グレンに同情したくなってきた」
行き付く先は修羅場ではなかろうか。グレンなら案外上手くやりそうな気もするが、少なくない修羅場を超える必要はありそうだ。
「それで、お父様?先にグレンを帰したのは、話があったのでしょう?」
「あ、ああ。うむ。今後のグレンの扱いの事よ」
「??爵位も領地もあげるのでしょう?」
「アリシア殿下。もう一つ決めないといけない事があるのですよ」
「??」
さらに深まるシアの疑問。当然思い付かないのであろう。仕方の無い事だ。これから話すのは、殆ど形骸化していたとある役職についての事なのだから。
「グレンを『星騎士』に任命しようと思う」
「え……?えぇっ!?」




