第百四十九話
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不快な哄笑が玉座の間に響く。気でも触れたか?
「間違いを気付かせてくれだと?はははははっ!馬鹿め!土壇場で掌を返そうと貴様も同罪だ、ヘンリー!!」
「……」
あぁ、『間違い』を勘違いしているのか。そうだよな。ディエゴの立場ならそう捉える。ディエゴの立場じゃなくとも、この場の面々はそう捉えるのだろう。
「貴様の思惑が何であろうと、野心を抱き国家転覆を企んだのは事実だ!」
「随分と強気だな、なぁイモムシ。腕も無い状態で、何か出来ると思ってるのか?」
「ハッ、腕など後でどうにでも出来る!それより、それが本性か?グレン・ヨザクラ!ヘラヘラしていた時より、好感が持てるぞ」
お前の好感なぞいらんわ、キモチワルイ。
「質問に答えろよ、汚豚。次は足でも良いんだぞ?」
「くはははっ!やれるもんならやってみろ!」
本当に何なんだ、この強気な態度は。何か隠し球でもあるのか。一応警戒はしておくが、気味が悪いな。
「……」
「どうした!?やらないのか!?だろうな!貴様には出来まい!?」
「……何故そう思う?」
「俺が生きているからだ!」
は?何言ってんのこいつ。
「恐らく貴様は、俺を殺すだけの権限は持ち合わせていない!それ程の実力を持ちながら、俺の両腕を斬り飛ばすだけに留めたのが何よりの証拠だ!最高級魔法薬まで使ったのも、死なせないためだろう!?貴様は俺を殺せないのだ!」
「……」
何とおめでたい頭をしているのか。相手にするだけ馬鹿らしくなってくる。
「なぁ、ヘンリー。よくこんなのに付き合えたな」
「慣れれば扱い易いだけだからな。苦労したのは最初だけよ」
「貴様らぁ……っ!」
何かもう疲れた。突然笑い出した時は、何か切り札的なものがあるのかと思って警戒してたけど、それも無さそうだし。さくっとフィナーレといこう。最後の絶望だ。
「さて、陛下。取り敢えず一段落だ。約束通り、第三騎士団は俺の手で殺らせてもらったぞ」
「うむ…………。では捕らえた方は『粛清』として、大々的に裁くとしよう。やや規模は大きくなったが……ユーゴ」
ヘンリーの事に戸惑った様子を見せながらも、やるべき事はやっていく。
「はっ、問題無いかと。想定の範囲内です」
「そうか。ならば任せる。すぐにでも取り掛かってくれ」
「はっ、失礼します」
一礼して去って行くユーゴ。動きに迷いが無い。返事もスムーズだった。予定していた行動のようだ。仕事の出来る人間って感じだな。
一連の流れも冷めた目で見ていたし、国政以外興味無いって感じだな。この状況に一番動じてないのかも。
「さて、ディエゴ。覚悟は良いな」
「はっ、好きにしやがれ!俺はこんな所ではくたばらんぞ!」
這いつくばっている奴が何を言うか。でも、この状況でのこの自身。やっぱり少し不安だな。
『ヘレン』
『……』
返事が無い。
『ヘレン?いるんだろう?』
『う、うむ。いますじゃよ?』
『何言ってんだ?』
『あ、いや、何でも無いのじゃ……っ!』
どこか様子のおかしいヘレン。
『何でも無いって感じではないようだが?』
『何かこう、胸の辺りがざわざわするのじゃ』
『ざわざわ?』
病気か?自律神経失調症とか?
『うむ。先程のお主の姿を見てからの。こう、落ち着かんのじゃ……』
『あー……』
つまりあれか、惚れ直したか。いや、これまでの事を考えるに『本当に惚れてしまった』が正しいか?で、自分の感情を持て余していると。
なんだ、随分と可愛らしい所があるじゃないか。その反応まるっきり『いい年して初恋を迎えたが、その感情が恋だと分からずにモヤモヤしている三十路の女』だぞ。種族本能とかじゃ無く、ちゃんとした恋も出来るんじゃん。
『それなら大丈夫だろ』
『なんじゃ、これの正体が分かるのか?』
『暫くすれば分かるし、治るよ。それより頼みたい事があるんだが』
それについては自分で気付いてもらおう。大切な初めてだ。存分に振り回されてくれ。
『う、うーむ、そうかのう……、それで何用じゃ?』
『ディエゴのここ最近の動きを調べてくれ。見落としているモノが無いかを。どうにも何か引っ掛かる』
『相分かったのじゃ。早速セーラ達を動かそう』
『いつもありがとな。礼は楽しみにしておいてくれ』
『うむ!』
これで取り敢えずは良いか。何も出て来なければいいが。楽観は出来ない、か。
「ディエゴよ。お前は地下牢に幽閉とする」
「ハッ、この期に及んでも情けを掛けるか!その選択をいつか後悔させてやる!」
「これは情けでは無い。儂の王としての在り方の答えである」
やや呆れかけた王様の決定だったが、その言葉に興味を惹かれた。
「王としての在り方だと!?」
「身内を殺せるような王に、民は決して付いてこない。儂はそう考える。刃が身内に向くという事は、それ以外にはもっと容易く向けられるという事だからの」
王としての在り方か。確かに王様の言う通りなのかもしれない。理想として、一番の支持を得なければならない民の事を考えるというのなら、その姿勢は褒めるべきだろう。
これは反省だな。俺自身の考えから、王様にディエゴを殺させる事ばかり考えていた。それが道理だと。しかし、王か。王様には王様の考え、在り方って奴がある訳だな。勉強になった。
「何が民だ……」
唾棄すべき言葉を聞いたかのように顔を顰めるディエゴ。その様を見ても、王様はもう何も言わない。ただ哀しそうに、寂しそうにするだけだ。
「兄上。それは甘い」
「っ!?」
まさか、ヘンリーから声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。目を見開き、驚く王様。顔に緊張が表れる。
「ディエゴは叛逆の首魁として、『監獄都市』に送るべきだ」
「「「っ!?」」」
ヘンリーの言葉に玉座の間全体がざわつく。
『監獄都市』。それは、この国のとある渓谷に造られた主要都市の一つ。並び的には女性だらけの『花の都』や特殊な学園のある『学園都市』などの自治都市と同じになる。
その名の通り、都市全体が監獄となっており、そこにはあらゆる凶悪な犯罪者が集められる。脱走は愚か、侵入も不可能。都市に入れる人物も、犯罪者と都市関係者を除けば王様に直接許可を貰った者のみ。
中で何が行われているのか、囚人となった犯罪者はどうなるのか。真相は、王様以下数人しか知らないという徹底ぶり。噂では、一度入れば二度と出られないとか、ヤバい実験が行われているとか。黒いものばかり。正に、最強最悪の監獄だ。
「正気か!?俺があそこに行く事になれば、これまで俺に従っていた貴様もただでは済まんぞ!?撤回しろ!」
流石のディエゴも『監獄都市』は嫌なようで、慌てふためいている。
「……」
ただ、王様は驚きつつもヘンリーをじっと見つめていた。
「……」
「……」
暫し兄弟が見つめ合う。
「何をしている!?早く撤回しぐぇ!?」
「黙っていろ」
贅肉たっぷりのディエゴの首を、木剣で押さえつける。ヴィクトリアとの早朝訓練などで使っていた奴だ。≪血垂桜≫は使わない。脂で汚れるから。
「ヘンリーよ。先の話は真か?グレンが言っておった事、お主が言っておった事は」
「うむ」
「国を強くするという話は?」
「それも真よ。ただ、今は別の方法を見つけた。以前考えていた儂のやり方より、確実に民も付いて来よう」
詳しい話は俺も聞いた事が無い。でも、自信満々にそう言うからにはそれだけのものがあるのだろう。聞かせてもらえる時が楽しみだ。
「であるならば、お主には情状酌量の余地もある。が、ディエゴを『監獄都市』に送るとなれば、お主の極刑も免れんぞ。ディエゴの事はしっかりと民に伝えるからの」
「うむ。儂がディエゴに付いておった事は広く知れ渡っておる。当然の流れであろう」
「……そうか。ならば、ディエゴは『監獄都市』に送る事とする」
「……っ!?―――っ!……ぐふっ―――っ!」
ディエゴが抗議しようと暴れるが、俺は力一杯押さえ付け、それを許さない。何か顔が赤くなったり、青くなったりしている。これ以上は危ないか?
「―――!げほっげほげほっ!ヘンリー、貴様は馬鹿か!?極刑だぞ!?貴様は愚か、大事な娘もただでは済まんぞ!!」
首を解放されたディエゴは俺に突っ掛かる事も無く、ただこの決定を何とか翻意させようと必死に言葉を紡ぐ。
「であろうな。ならば、儂も『監獄都市』に行くとしよう。フィオは、娘は奴隷落ちが相応しかろうな」
喚くディエゴに、ヘンリーは冷たい視線を向けながら静かにそう言った。




