第百四十七話
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≪死神≫。それは地球にて俺に与えられたコードネームの一つ。一時期、イギリスのとある組織に協力していた時に与えられたものだ。≪虚影≫と違うのは、コードネームであるという事。
≪虚影≫の方は、中国で活動していた頃にその筋、裏に携わる業界の人間が畏怖を込めて付けた、所謂通り名。読みも正しくは、『きょえい』では無く『シュィーイン』。中国語の発音を分かり易く表記すると、こんな感じだろう。
対してコードネームである≪死神≫は、仕事をする上での暗号名・秘匿名として与えられた。実名を使っての身バレを防ぐためのコードネームは、組織の持ち得る情報を元にその人物の特徴を最大に表したもので作る。俺の場合は、暗殺対象を必ず死に導いてきたという、それまでの業績から≪死神≫と名付けられた。
恥ずかしい事この上なかったので、せめてもの抵抗として一切自分から≪死神≫と名乗る事はしなかった。本当に恥ずかしかったから。大抵の羞恥なら耐えられるが、今時コードネームにこれは無いだろうと。読みも何故かイタリア語で『モルテ』だったし。
そのイギリスの組織が随分と歴史のある組織だった為、その辺の古い慣習というか格式ばった所が結構あったのだ。仕事に関しての文句は殆ど無かったが、そういうルール・しきたりが唯一受け入れられなかった。良い人ばかりだったので居心地は良かったのだが、その辺りのズレがあった。≪聖母≫と名付けられた人もいたが、恥ずかし気ながらノリノリだったんだ。普通に付いていけない。結局イギリスでは≪死神≫が定着。今でも顔を合わせれば、コードネームで呼んでくるのが当たり前だった。だが、この世界にいる以上もうそれも無いのだと思うと、少し寂しいのが悔しい。
そんなコードネーム≪死神≫を自分から名乗ったのは、この世界において二つ名という文化が当然のように根付いている事が一つ目の理由。
冒険者等はそれを誇りに思い、堂々と名乗っていた。ベルハルトが良い例だろう。胸を張って≪獅子王≫と名乗っていた。そして、チンピラ冒険者はそれにビビっていた。一種の示威行為なのだ。使えるなら使うべきだろう。『正義』を為す為に有効なら、恥ずかしさなど捨ててやろう。
二つ目の理由は、≪死神≫である事を望まれたから。直接言うつもりは無いが、いずれ彼女達の耳にも届くだろう。母を失い父に捨てられた狼の少女に、双子の姉を失いその身を汚された少女に。生きる事を諦めていた彼女達に。だから教えてやる。俺が本当は≪死神≫である事を。その鎌は、何に対して振られるのかという事を。
「≪死神≫だと……、ふざけるなよ。俺を殺しに来ただと……、ふざけるなぁぁっ!!今すぐこいつを殺せぇっ!」
喚くディエゴだが、バカ共の足は一向に踏み出されない。俺の強さが、奴らの親の安否が二の足を踏ませる。
「し、しかし、殿下……」
「チィッ、敵の言葉に耳を傾ける奴があるか!暗部はヘンリーが抑えている事になっているのだ!お前達の親が捕まる事など無い!はったりに惑わされるな!!」
「ぁ……」
そうだった、とバカ共はヘンリーの顔を見る。ヘンリーはそれに応えるように、自信満々に頷いた。
「……」
本当にヘンリーは信頼されているようだ。そのせいでディエゴの頭の中には、己が派閥の貴族が捕らえられたという話が本当だった場合、暗部に子飼いをぶつけているという事が嘘である可能性が存在していない。暗部に子飼いをぶつけるというのが、ヘンリーの発案という事もあるのだろう。
「どういう……?」
一方王様は漸く気付いたようだ。
本当にヘンリーの子飼いと暗部がぶつかっていれば、こんなにもスムーズに事が運ぶはずがないと。自分に報告が無いはずが無いと。
「……」
腰の浮きかけた王様に親父が近寄る。
「……!!?」
ヘンリーがこちら側だという事を、ヘンリーの子飼いとは協力して事に当たったという事を聞かされたのだろう。その顔を驚愕が彩り、思わずといった風に立ち上がり、ヘンリーを凝視し始めた。周りの者が、特に両王妃が目を見開いて王様を見ているが、当の本人はそれを気にする事無く、いや気付く事無くヘンリーを凝視していた。
このタイミングで教える親父も意地が悪いというか何というか。
「案ずるな!そいつさえ、グレンさえいなければ全て丸く収まる!ヒルダも俺に期待していると言った!ヒルダがいればオスカーなどどうにでもなる!この局面をどうにかすれば、ヒルダも正式に俺に付くはずだ!」
「「「「お、おぉ……!」」」」
「不快」
小さく呟いたヒルダの声。それはディエゴ達には届かない。
今の彼女のセリフは理解出来た。そう思うのも無理ない。ディエゴは勘違いしているようだが、彼女は確実に俺を見て『期待』と口にしたからな。何を期待しているのかは知らんが、兎に角ディエゴが期待されている訳では無いのは確かなのだ。
「グレンを殺せ!殺した者には将軍の地位を約束しようではないか!!」
「「「「おぉ!」」」」
ディエゴの言葉に乗せられ、ボルテージの再び上がっていくバカ共。
「お前達は強い!オレが直々に鍛え、選び抜いた精鋭だ!己の剣に自信を持て!」
「「「「おぉっっ!!」」」」
その言葉は否定しない。確かに精鋭なのかもしれん。ロゼリア騎士団の女騎士達より確実に強い。全員で掛かればヴィクトリアにも余裕で勝てるだろう。でも俺はヴィクトリアじゃない。彼女達より遙かに強い≪死神≫だ。
「……」
俺は静かに鯉口を斬る。
構えという構えでは無い。左足を引き、半身になる。膝も曲げず棒立ちの、強者にのみ許される余裕の構え。
こいつらに対して真面目に構えを取るつもりは無い。油断でも慢心でも無く、お前ら如きじゃ相手にならないという意思表示。単なる挑発行為。興奮し、頭に血が昇っている奴らには効果覿面。容易く挑発に乗ってくる。もう目の前の事しか頭にないから。奴らの頭にあるのは目の前の俺を殺し、ディエゴの治世の元栄誉を得る事のみ。
「恐れるな!実力差は数で埋められる!さぁ、お前達の強さを証明して見せろ!」
「「「「おぉぉーっっ!」」」」
こうしたバカ共の士気を上げるディエゴの姿は、素直に称賛に値すると思っている。先日の演習でも思ったが、本当に軍部では高いカリスマ性を発揮している。正直に惜しいと思えるのだ。
だから王様もアルベルトに後を継がせ、ディエゴには軍のトップに立って兄を支える事を望んでいた。それだけの才が、容易には切り捨てられない才がディエゴのはあったから。今日まで動けなかったのは、親としての情だけでなくそういった事情もあったのかもしれない。出来れば心を入れ替えて、その才で国を良くしていって欲しいと。そういった願いが。
「愚か者が……」
心の底から悔いる、王様の声。それはディエゴに向けられた言葉であると同時に、王として皇子をしっかりと教え導き、父として息子を真っ直ぐ育てる事の出来なかった自身へと向けられた言葉だった。
「殺せぇっ!!」
「「「「おぉっ!!」」」」
ディエゴの掛け声。その言葉の『こ』の部分で既にバカ共は動き出した。各々が武器を構え、足を踏み出す。その顔には狂気が浮かんでいた。
「美しく、美しく……」
久しぶりに祖父の言葉が甦る。幼い頃の思い出。その時は理解出来なかったが、それでも何故か格好良いと思えた祖父の言葉。
『グレンよ。余裕がある時は技名を唱えよ』
『えぇー、ダサくない?』
『風情じゃよ。凪いだ心で、澄んだ頭で、一切の迷い無く、ただ美しく、至高の舞を。桜を咲かせるのじゃよ。美しく、美しくの』
『……おぉぅ?』
『ご先祖様の言葉よ。【桜は舞ってこそ美しい】。そこには風情があるのじゃよ』
『????ほへぇ~……』
「【桜吹雪】」
チンッ、と納刀の音が又しても響く。
そして、俺の背後ではバカ共の首が飛び、大量の血が首を失った体から噴き出していた。
刹那。まさに一瞬の出来事だ。
「っ!」
隙アリと、納刀の瞬間を狙ってディエゴが突っ込んできた。太った体形からは想像出来ない俊敏な動き。身体強化もしているようで、魔力がその体を覆っている。無駄の無い動きで、真っ直ぐに。首を失った体から剣を奪い、俺の命を狙い突っ込んできた。
当然隙など無い。誘う為に見せただけだ。恐らくディエゴも理解しているだろう。それだけの技量があるなら、分からないはずが無い。それでも、奴は突っ込んでくるしかないのだ。一縷の望みを掛けて。
「……【桜狩・円舞】」
突っ込んできたディエゴの体を躱し、擦れ違い様に撫でるように奴の右腕に≪血垂桜≫を上から滑らせる。そして素早く円を描くように回転し、今度は後ろから奴の左腕をこれまた撫でるように滑らせ、切り上げる。
美しく、人の記憶に残るように美しく。一切の淀みも無く美しく舞う。
「……っづぁ…あ゛ぁぁぁああああ!!?」
ディエゴの両腕が剣を握ったまま、玉座の間を血と共に舞い上がった。
「即ち、我が夜桜此処に在り」




