第百四十二話
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「国王陛下のおな~り~~」
「…………」
凄ぇ。本当にこんな世界あるんだな。映画とかでしか見た事の無い光景に唖然としていたせいで、皆が跪いている事に一拍遅れて気付く。やや慌てたように膝をつき頭を垂れる。
「……楽にせよ」
それを合図に全員が立ち上がり、僅かに体を王様の方へ傾けた。俺もそれに倣い、王様の方を見る。当然のように玉座には王様が座り、その両隣の椅子には二人の女性。一人はお馴染みジョゼ。今日は王妃の顔になっている。
そのジョゼの反対側には、もう一人の王妃様。公爵家の出、エイミー・フォン・カーネラ。以前はエイミー~とおぼろげな覚えだったが、ただのエイミーだった。それは兎も角、ジョゼは王様より若かったがこっちは同じくらいの歳だった気がする。顔には年相応の小じわがあるくらいだ。それでも、色褪せない美しさがこの人にもある。
そして、ディエゴの母親。確か、ジョゼがロゼリエとアルベルトとアリシアの母で、エイミーがディエゴとヴィヴィの母だった。
この場にいるという事は、計画の事は聞いているのだろうか。それとも知らずに……?そもそも、息子の事はどう思っているのだろうか。ここは聞いてなかったな。
「ふむ。……他は?」
静かに王様が問う。答えるのはユーゴ。
「はっ、……ヴァレリ公爵は忙しいとの事です」
四大公爵の一人。エイミーの妹でもあったはずだ。男が生まれなかった為、姉は王家に嫁ぎ妹は当主に。そんな感じだった。女当主なんて舐められそうなもんだが、これがなかなかの傑物らしい。領地では敏腕を振るい、色々と潤っていると聞く。
今回もその腕を王様に買われ、コナー家の屑共亡き後のグラーノ領の運営を任されているようだ。勿論、あそこには御息女が居るので、彼女が一人前になるまでの繋ぎだ。一人前になれば、婿を取るなり自分が当主に就くなりするのだろう。
『忙しい』とはそういう事なのだろう。
「うむ。それなら構わん。儂が頼んだ事でもあるからの。オルティース公爵はやはり?」
「はっ、例の如く」
最後の四大公爵。軽く調べた程度だが、あまり良い噂を聞かない。主に娘関連で。『オルティースさんちの娘さんが○○した』とか『オルティースさんちの娘さんが●●した』とか、悪い話ばっかだ。
どれも王都の住人にそれとなく聞いたものだが、良い話は聞かなかったと言っても良い。ただそこには悪意も怯えも無く、『オルティースさんちの娘さんはそういう娘』っていうのが当たり前な印象。何かがズレている。その内しっかりと調べるべきだろう。
「そうか、それも仕方ないな。元帥は?」
「はっ……、……」
ユーゴが口籠り、渋い顔になる。
「……あの男は『俺如きが参列した所で、何も変わらんだろう。それに、俺は陛下の意に従うだけだ』との事です。いつものやつです」
ユーゴの言葉は呆れの色が濃い。言葉こそアレだが、見下したりしているような雰囲気は無い。歩調を合わせない『元帥』に、呆れ頭を悩ませる『宰相』という形だ。
カルロス・オースティン。それが名前だったはず。爵位を持っていない為、身分としては平民と、少々特殊。なんでも、自分にそういうのは相応しくないと断っているらしい。普通はそう簡単に断れないのだが、カルロスの類稀なる軍才がそれを可能にする。
≪軍神≫という大層な二つ名を欲しいままに、戦では負け無しらしい。その為貴族からのヘイトを買っても、その才故に切り捨てられない。私腹は肥やしたい、しかし国が無くなるのは困る。そんな貴族には目の上のたん瘤。ある意味で、爵位の辞退は喜ばしい。そんな複雑な関係。
「いつものやつだな……ヘンリーは?」
「……連絡無しに御座います」
「そうか……」
何とも言えない憮然とした表情になる王様。その顔を見てふと思う。
あれ?俺、ヘンリーがこちら側だって事言ったっけ?
「……」
言って無いような気がする。いわなきゃと思いながら、結局言わなかった気がする。忙しくて、完全に忘れてたかも。知らなくても支障は無いから、優先度を下げていたんだ。
……ま、いっか。何とかなるさ。てか、何とかするし。
「仕方ない。この面子で始めるとしよう。先立って聞いていると思うが、此度は王太子を決める事にした。ちと、予定より早いがの」
「「「「……」」」」
場の緊張感が一気に高まる。
「先のコナー家の件。忌まわしき『宴』の主催者たるキャメロンを、娘アリシアの婚約者にしていたのは儂の不明よ。責任は取らねばならん」
「恐れながら!あの件は陛下だけの責任では御座いません!見抜けなかった我等も同罪に御座いまする!」
とある貴族が一歩出て、膝を付き声を上げる。その声には悔しさが滲んでいる。
「よい。それを含めての、儂の責任よ」
「はっ……」
頭を深く下げ、元の場所に立つ。彼の悔しさは本物だろう。しかし、今の彼の行動には政治があった。黒い噂を知っていながら保身に走り、ダリルとキャメロンという存在を野放しにした責任を躱したのだ。王様に『自身に責任がある』事を口にさせる事で。王様もその辺は理解しているのだろう。
なんとも怖い世界だ。切った張ったの世界の方が俺には生き易いぜ、全く。
「そこで、王位を退こうと思う」
「「「っ!?」」」
は?そこまでは聞いてないぞ?え?王太子を決めるだけじゃないのか?
驚いているのは俺だけではなく、場がざわつき始める。
「無論すぐにという訳では無い。相応の準備もあるし、王としての教育もせねばならん。儂が正式に引退するのは、早くても10年先の事になるであろうよ」
「……チッ」
その言葉にあからさまにホッとした空気が流れる。慕われている、というのも大きいのだろう。小さく聞こえた舌打ちは、確認しなくともディエゴだろう。本当になってない奴だ。
「そこで先の話に戻る。王太子の件だ。儂の名代として外に出る事も多くなる。今後はこれまで以上に忙しくなろう。覚悟はあるか?」
「「……」」
アルベルトは静かに、ディエゴは爛々とした眼で王様の問いに応える。
「うむ。ならば良し。では、王太子の使命へと移る。まずロゼリエとヴィヴィアナだが、ヴィヴィアナは知っての通りまだ幼く、ロゼリエは出奔する際に継承権の破棄も示唆しておった。故にこの場にもいない」
「「……」」
「して、アリシアよ。そなたも言いたい事があるのであろう?」
「はい、お父様」
アリシアが美しい所作で一礼し、口を開いた。
「私も継承権は破棄します。ついでに、アルベルトお兄様を推薦いたします」
「チッ、アバズレが……」
吐き捨てるようなディエゴの声。先程とは違い、聞こえた人間も多いだろう。貴族の一部が眉を寄せる。勿論アリシアの言葉にでは無く、ディエゴの言動にだ。
当のアリシアと、王様はサラッと無視。
「それは良いが、何故このタイミングなのだ?そなたの近況を見るに、もっと早くても良かったのでは無いか?」
「つい先日、必要無くなりましたので」
「ふむ。そうか」
「はい」
もしもディエゴが何らかの手違いで王位を手にした時、そうでなくても国を二分するような反乱を起こした時、継承権の有るのと無いので大きく違ってくる。国内外の勢力に力を借りようとしても、継承権が無いのであればアリシアはただの王女、ただの小娘だ。簡単には借りれなくなる。
やはり政治が絡むのだ。どんなに取り繕っても、人は旨味を求める。女王になる可能性のある王女と、ただの王女。旨味がどっちにあるかなんて、今更言うまでもない。
そんなアリシアが継承権を手放す事にしたのは、俺の存在と言っても自惚れにはならんだろう。恐らく、彼女は俺を信頼してくれているのだ。あの夜話した事を。なら、俺は全力を持って応えよう。
「なれば、アルベルトとディエゴのどちらかになる訳だが……、うむ。長子であるアルベルトを王太子に指名する」
「はっ、謹んで拝命いたします」
「ディエゴはその武才を生かし、兄を助けるように」
「っ!」
ディエゴは返事をしない。プルプルとその体を震わせている。分かり易いくらいの怒気を顕わにしている。数日前から流れ出した噂と、俺が立てた偽りの計画。それで、自分が王太子に指名される事は無いと分かっていても、プライドが受け入れる事を許さないのだろう。
「宰相とは数度協議を重ねた。しかし、儂の知らぬ事もあるやもしれん。この場が最初で最後である。皆異存は無いか?」
「「「「……」」」」
異を唱える者は一人もいない。もしかしたら唱えたかった者もいたかもしれない。しかしそれは、場の空気が許さない。
≪賢王≫。最初にあった頃より、会食があった頃より、王様らしい王様がそこにいた。不快感は無く、自然と俺達の上に立っていた。この場の空気は完全に、王様のモノだった。
「では、王太子はアルベルトで決「ふざけるなぁぁぁっっ!!!」」
しかし、ディエゴの狂乱したような叫びで、その空気は完全に壊された。




