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第百三十六話

ブクマ・評価ありがとうございます。

 失礼な評価を受けつつもリカルドからの協力を得られ、『夢見』と『吸精』で満足気に出て来たディエゴ達からも信頼と高い評価を得る事が出来た。

 そして間抜け共からは情報も。これらの情報は陛下達にも渡しておくのが良いだろう。中には他国と通じている奴もいるみたいだし、粛清に役立ててもらおう。


「さて、行くか」


 一応、フィオにも姫様の事を伝えたのだが、『あの程度で折れるなんて、あの娘はやっぱり変わっていませんわ!』と腕を組んで言っていた。俺が今夜どうにかしてくると言っても、『勝手にすると良いですわ!』と返って来た。言葉だけならば突き放しているようにも見えるが、その実先程までソワソワしていた。

 何だかんだ言って心配なのだろう。今も無理矢理寝かし付けてきた所だ。以前シスターにも使った手で。素直になれないというのも難儀な事だ。俺に対しては割と素直だけど、何が違うのかね、やはり女としてのプライドとか、『姉』としての意地とかがあるのだろうか。






 身体強化を施し、屋根の上を駆ける。

 冒険者同士の喧嘩や魔獣や魔物の襲撃があるこの世界の建物は、それはもう頑丈に作られている。大工達に伝わる特殊な建築法も有るとか無いとか。その為、屋根上を飛んだり跳ねたりしながら走っても、ビクともしない。更に、俺の軽やかな身のこなしなら大きな音も立てる事は無く、あっと言う間に姫様の屋敷へ。


「窓は……あった」


 スルリと屋敷の中へ。そこは誰かの部屋のようで、物も少なく簡素でありながら生活の匂いがした。そして、中で待っていたのは当然クロエ。


「お待ちしておりました」


 もしかしたら、もしかするのだろうか。


「なぁ、クロエ。ここって……」


 顔を引き攣らせながら部屋を見渡す。


「あ、あの、あんまり見ないで下さい」


 やはり、クロエの部屋らしい。

 恥ずかしそうにしているのだが、意味が分からない。だって、この部屋何も無いんだもの。小さめの衣装棚に一人寝るので一杯一杯なベット。それ以外は殆ど何も無い。

 女性の部屋なら有っても良さそうな鏡とかも置いては無い。まさに、寝起きするだけの部屋。確かに恥ずかしい部屋ではあるが………何も言うまい。


「悪い。……それで、殿下は?」

「寝室に。食事もそこで摂って、部屋からは一切出てきません」


 完璧な引き籠りだ。さて、引き籠って何やってるやら。


「……トイレは?」


 ふと気になる。


「……怒りますよ」

「冗談だ」


 恐らく寝室に常備されているのだろう。流石にしてない訳はないだろうし、別ので代用とかも淑女的には論外か。

 そんな他愛も無い事を小声で話しながら姫様の元へ。途中、メイド達と擦れ違う時は天井に張り付きやり過ごす。下手に騒がれると面倒だからな。


「ここです」


 案内された扉の前に立つ。中からは姫様らしき気配を感じる。さあ、いっちょ頑張るか。


「じゃあ、行ってくる。誰も通さないでね」

「はい。……お願いします」


 深い深いお辞儀。信頼故であろう。その期待に応えられるように、全力を尽くそう。

 静かに扉を開き、そっと中へ。時間も時間なので寝ていると思ったが、どうやら起きているらしい。ベットの上で小さくゆっくり蠢いている。


「……」


 何をしているんだろうか。布団を被った状態でゴロンと寝返りを打ったかと思えば、今度は布団の中で丸まり出す。こちらにも気付いていないようで、どうやって声を掛けたら良いのだろうか。


「……」


 取り敢えず、近くにあったオシャレな椅子に座り様子を見る。そして、姫様の方から見た時一番格好良く見える角度に調整し、足を組む。スーツは返して貰っているので、今の俺は物凄く格好良いはずだ。さながら映画のワンシーンのようで。

 完璧にキメた所で、ようやく口を開く。


「10年前、一人の男が狂気に身を窶した」

「っ!?」


 ビクゥッ、と姫様の体が跳ねる。突然聞こえてきた俺の声に驚いたのだろう。同じ状況なら、俺だって同じくらいビビるだろう。


「狂気に染まったその男は、敬愛する姉のメイドを凌辱した」

「ひっ……っ!」


 聞きたくないのか、それとも突然の声が怖いのか、はたまたその両方か。姫様はベットの上で体を丸め、布団を被り籠っている。


「犯すだけでは飽き足らず、痛めつけては哄笑を上げるその男に、偶々居合わせてしまった二人の姉妹は心底恐怖した」

「いやっ……いやっ………!」

「そして、その男の狂気は二人の姉妹にも襲い掛かった」

「やめてっ!!!」


 叫びながら体を起こした姫様は、布団を跳ね除けこちらを睨んできた。


「よっ」

「ぁ……グレン……?」

「おう」


 王族ながら冒険者に憧れていた姉ロゼリエは、恐怖に震える身体を叱咤し、妹アリシアを守る為に襲い掛かって来たディエゴを半殺しに。意図的なものでは無く、幼い故の加減知らずと恐怖に抗った結果だった。

 幸か不幸か、この事件は殆ど人目に付く事も無く収束した。お蔭で知る人も少なく、騒ぎどころか噂にもならなかった。しかし、この事件は二人の王女に確かな傷を残したのだった。


「……何?貴方もフィオ姉みたいに説教でもしに来たの?それとも笑いに来たのかしら?」


 随分と卑屈というか何というか。いつもの自信に溢れた表情も言葉も無い。……いや、これが彼女の素なのかもしれない。俺が見抜けなかった、彼女の素顔。


「お前が引き籠ってるってのを風の噂で聞いてな」

「……そう。今の私には敬う価値も無いのね」


 腹を割って話そうと思っての事だったのだが、余計彼女を落ち込ませたようだ。


「少し話をしよう」

「話?私を犯すんじゃないの?」

「いや、しねぇけど」


 俺を何だと思ってるんだ。


「こんな夜中に来て?あの豚に仕えてるくせに?」

「あー……」


 何だと思ってるんだって、クズの配下だな。そりゃそう思うわ。


「好きにしなさいよ……。どうせ私なんて……」

「……」


 まともに話も出来なさそうだ。大分ショックが大きかったようだ。こんなに打たれ弱いとは……違う。それは違う。そもそも俺が姫様の事を見誤っていたんだ。俺がしっかり加減を見極めていれば……違う。これも違う。

 一度付いて行こうと思った時があった。この娘の見ている未来を一緒に見てみたいと、そう思った時が。何故その時、俺は腹を割って話さなかったのか。そもそも、そもそもだ。気に入ったという相手に対して、何故ここまで秘密に秘密を重ねているのか。

 秘密は知る人が少ない方が良い?今更姫様一人に教えるくらいどうって事無いだろ。どうして俺はこんなにも頑なに秘密を、本性を曝け出す事を避けた?見誤る?見極める?俺は他にも姫様に求めていた事があるのか?


「……」

「何よ……。何か言いなさいよ……」


 弱弱しい姫様の声、耳には入って来ても、脳には届かない。


「……」

「……」


 何を求めていた?17の少女に何を。

 考えろ。思い出せ。考えろ。思い出せ。考えろ。………………ぁ。


「ぁ……っ」


 違う。待ってたんだ、その瞬間を。求めてたんだ、その影を。




『貴方の全てが欲しいわ。だから私に仕えなさい。決して後悔はさせないわ』

『貴方の全てを愛してあげる。だから私と結婚しなさい。決して後悔はさせないから』




 脳裏を過るのは二人の言葉。その瞬間気付く。己の大きすぎる過ちに。自身のどうしようもない程の愚かさに。

 待ってたんだ、二人が重なる瞬間を。求めてたんだ、姫様の中に春香の影を。

 頭をガツンッ、と金属バットにでも殴られたかのような衝撃だった。

 なんと情けない事か。

 アレだけ偉そうに『自分の気持ちにけりをつける』と言っておきながらこの様。明確な返事を保留にしているクロエ達に、本当に申し訳が無い。あぁ、自分で自分が嫌になる。


「そう……そういう事……!」


 呻くように言う姫様。その視線の先には抜き放たれ、赤く輝く≪血垂桜≫。明りの魔道具『魔灯』の淡い光が、その輝きを際立たせる。


「殺しに来たのね……あの男の命で」

「……」

「こんな夜中にここに来れたのだって、その顔で取り入ったメイドでもいるんでしょう!?」


 何やら物凄い勘違いをしているようだが、俺にそんなつもりは無い。


『ヘレン』

『……』

『ヘレン、席を外してくれ』

『……妾の気配が分かるのか?』


 戸惑うようなヘレンの声。それもそのはず、最近まで分からなかったのだから。


『ああ、僅かにな』

『聞かせてはくれぬのじゃな?』

『ああ。……横着はしたくない』


 言外に、ヘレンにはヘレンでしっかりと話はすると含める。


『……承知したのじゃ』


 影の中からヘレンの気配が無くなる。


「失望したんでしょ、私に!?だから、あんな男の元で上を目指すって……!私は貴方がいれば目的に近付けると、本気で思って……っ!」


 胸中の吐露。彼女は本当に俺に期待してくれていた。それに俺は答えようとしていなかった。それどころか春香の面影まで探そうとして。

 今思えばちょくちょく姫様に惹かれていた瞬間があったのは、春香と重なったからだったのだろう。だから、彼女に手を貸そうと思った。だから、見極めようと思った。春香の代わりになるかどうかを。


「……」

「っ!?何を……!?」


 こんな事で贖えるはずも無い。それでも、これは俺が自身に与える罰。体だけではなく、記憶と、そして魂に刻み付ける。

 深く、深く、深く。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。己の胸に≪血垂桜≫を刺し込んでいく。あぁ、焼けるように痛い。胸では無く、心が。

 心が焼けるように痛かった。

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