第百三十一話
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そうやって暫くヘレンと抱き合っていると、ふとセーラと目が合った。やはり睨み付けている。そしていかにも不機嫌そうに、口を開いた。
「いつまでそうやっているつもりですか?」
「……お前も来るか?」
左側を開けて彼女のスペースを作る。勿論冗談だ。ちょっとした照れ隠し。俺としては、又睨んできたり屈辱そうな顔をするものだと思っていた。断ると。
しかし、それに反してセーラは近付いて来た。顔は屈辱に歪んでいるけれど。
「……」
「えっと、嫌なら別に来なくても……」
「……」
何も答えずに俺を睨み付け、擦り寄ってくるセーラ。唇も軽く噛んでいるし、何が彼女をそうさせるんだ?
「なぁセ「私は貴方が嫌だ」ラ、おおぅ‥‥」
もう一度何を考え、どう思っているのかを聞こうとしたら、言葉を被せられた。それもストレートな言葉で。
と言うか言葉遣いが最初に会った頃のに戻ってる。さっきまでのは距離を取ろうとしての事かな。
「ポッと現れたと思ったら私達を打ちのめし、長まで抑え込んで。かと思ったら、私達の長年の癌をあっという間に切除して。気付けば長は、以前より笑うようになった」
言葉の端々から、俺に対する恨みというか強い思いが滲み出ている。
「悔しかった。妬ましかった。恨めしかった。私達ではどうする事が出来なかった事を……!私達は全身全霊で仕える事しか出来なかったのに……!憎もうと思った。誰も見ていない所で殺そうとも思った」
……思った以上に恨まれてます。近付いて、文字通り寝首でも掻くつもりだったのだろうか。それこそハニートラップで。
「でも、私の体はその思いに付いてこなかった。貴方の話を聞けば心が踊り、貴方の姿を見れば体が火照る。頭と体がちぐはぐで……!夜魔族である事を、これ程恨めしく思った事は無い!」
「……セーラ」
初めて聴いた部下の想い。ヘレンは驚きながら、泣きそうな顔でセーラを見ていた。
「私は貴方が嫌いだ。でも、私の体は貴方を求めている。貴方に近付き触れられる度に、心までも求め出す。私は貴方が嫌いだ。でも体は、本能は貴方との子を求めている。何度でも言おう。私は貴方が嫌いだ」
そんなに嫌い、嫌いと連呼しないでくれ。ちょっと傷付く。
「嫌い、嫌い、大っ嫌い。でも、この体が貴方との子を求めているのは本当。触れられるのが、触れるのが幸せだと感じるのも本当。自分の気持ちを偽るつもりは無い。もう一度だけ言おう。私は貴方が嫌いだ。そして、多分、恐らく、嫌いであると同時に好き、なのだと思う……」
そう言うセーラは未だに俺を睨んでいる。しかし、その瞳は確かに微熱に潤んでいた。
「セーラ俺「知らん」は…………」
「最後までしていないから、とかふざけた事を抜かすなよ。貴方は私の、私達の裸を見た。あられもない姿を見た。恥ずかしい痴態を見た。逃がさん。絶対に逃がさん。責任は取って貰う。長諸共な。異論も反論も認めん。黙って私達を受け入れろ。あ、ああ愛されろ」
「え゛」
若干最期を噛みながらも、物凄いカッコいい宣言と命令。セーラは中々男前のようだ。
「……私はもう寝る。もう疲れた。長、お先に失礼します」
「う、うむ」
そう言ってセーラは、裸のまま俺の腕を抱き締め足を絡めて御休みになられた。その行動は大半が照れ隠しによるものだと分かっていたが、あまりに潔い宣言に俺達はただただ呆気に取られていた。
この状況で俺に抱き付いて寝るなんて、物凄い胆力である。
……耳まで真っ赤だけど、それで寝れるのか?
「……」
「……」
「妾ももう寝ようかのう……。何か一気に疲れた気がするのじゃ」
ヘレンの顔に先程までの憂いは無い。良くも悪くも、セーラの勢いに吹き飛ばされた感じだ。
「ああ……俺も疲れた。お前の側近凄いな」
「自慢の右腕じゃからの。……じゃがこれ程男前とは思わなんだ」
右腕だと豪語するセーラの初めて見る一面。ヘレンも俺と同じくらい衝撃を受けているのだろう。
俺もここまで完封されるとは思わなかった。何一つ言いたい事言わせてもらえなかったし。
「……」
「……」
「……妾もお主が好きじゃぞ。大好きじゃ」
「うん……分かってる。十分分かってるよ」
セーラに触発されたか、くねくねと照れながらも初めて自分の思いをはっきりと口にしたヘレンの頭を、彼女が眠りに就くまでずっと撫で続けるのだった。
「……どうしたのじゃ?そんなに手を眺めて」
「いや、俺ってば欲求不満なのかと。まさか胸を揉むとは自分でも思っていなかったから」
眺めているのはセーラの胸を揉みしだいていた、忌々しき右手。全ての元凶だ。
「ああ、その手を動かしたのは妾じゃぞ?」
「は?そんな感覚無かったぞ?いくら考え事していても、誰かに触れられれば流石に分かるから」
「触れてはおらぬからの」
何を言っているのだろうか、こいつは。
「妾は影魔法使い。影を動かしたのじゃ。お主の右手のな」
つまりこういう事だろうか。右手を動かせば影も相応の部分が動く。だから、影を動かせば相応の肉体部分が動くと。
なんて恐ろしい魔法なのだろうか。いくらでも自殺させることが可能ではないか。他にも利便性が高い。この辺りの考えは殺し屋だからだろうな。じゃなくて。
「……そうか」
欲求不満じゃ無かったのか。いやまあ、それは有り得ないと思っていたけどな!
「じゃが、揉んだのはお主の右手、お主の意思じゃぞ。妾がやったのは、右手を胸に持っていくまでじゃ。だから、妾は驚いたのじゃからの」
「……」
それは、親父達に仕込まれ母さん相手に磨いたマッサージが、オートで発動しただけだ。断じて欲求不満では無い!断じて、な!




