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第百十四話

ブクマ・評価ありがとうございます。

 カーネラ国領でミレルディア帝国と隣接するのは二ヶ所。

 一つは姫様の領地であるサブリナ。しかし、険しい渓谷を隔てている為、さほど脅威は無い。軍隊などの集団は当然、腕の立つ冒険者や旅慣れた旅人などでも突破する事は難しい。過去に帝国が、この渓谷を超えて進軍しようとした記録が数回あるが、その全てで壊滅という結果に終わっている。

 だから、普段王国はもう一つの方を最大限警戒している。


「確か、公爵の領だったか?帝国と隣接するのは」

「ああ。小競り合いも度々起きている。だが、これは別に良い。他国との国境でもあるのだ。小競り合い程度で済むなら、まだ可愛い方よ」

「想像する事しか俺には出来んが、大した事では無いのか?それは」

「被害が出ない訳でも無い故軽く見るつもりは無いが、戦争に比べるとな」


 戦争、か。経験した事が無いから分からんな。紛争地域にも行った事は有るし、そこでちょとした暗殺を請け負った事もある。それでも紛争の様子を遠目で見ながら、というのが実情。当然危険地域は避けてきた。やはり、想像でしか知らない。


「何かあったのか?小競り合い以上の事が」

「………妻が死んだ」

「っ!!?」

「帝国侵攻の報が有ればすぐに帰り、それからでも十分対処が出来ていた。だが、あの時は違った……!」


 ヘンリーの表情は怒りと、そして悔しさに染まる。そこには深い後悔もあった。


「電撃作戦とでも言うのであろうか。嘗て無い速度で進軍してきてな。帝国侵攻の報と国境警備に当たっていた兵の全滅の報は、ほぼ同時だった。余所の領地に所用で出かけていた儂は、当然間に合わなかった」

「……」

「帰ってきた儂を出迎えたのは、瀕死の妻だった」

「……深くまで攻め込まれたのか?」


 それはもう、戦争に発展してもおかしくない状況だ。だが、俺が知る近年の王国の歴史にそんな事実は無い。エーミル達にもここ数十年は戦争が無いと、そう教えられた。


「いや、そうでは無い。妻は元々体が弱くてな。不在の儂の代わりに指揮をとり、心労が祟ったのだ。身重だった事も影響していたのだろう。儂が到着してすぐ、あっさりと逝きおった。赤子と一緒にな」

「……」

「帝国に怒りをぶつけるよりも、憎しみを抱くよりも先に、儂は後悔した。何故傍に居なかったのかと」


 同じだ。俺もそうだった。あの時、何故春香達(・・・)だけで行かせたのか。何故一緒に行かなかったのか。何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故!?何度も思った。

 ヘンリーは大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。


「…………時を同じくして、ある情報が儂の耳に入った。それが、先程の情報よ」

「……皇帝の病と皇子の事か」

「皇子の事は元より懸念事項として頭に入れておったがな。…………この国の各所には、妻と旅をした記憶が多数残っている。……大切な場所だ。この国自体が儂と妻の思い出。帝国に、他国の者に踏み荒らさせる訳にはいかんのだ」

「それで強い国に、か」


 俺とは違って(・・・・・・)愛妻の死の原因が人であるにも拘らず、帝国への憎しみでこの男は動いていない。愛国心とは違うが、妻と生きたこの国を愛しているのだろう。立派だな。

 俺は神を、世界を、自然を(・・・)憎んだと言うのに。


「ディエゴには武の才能があった。そして、その道で人を惹き付ける才能も。強さに魅力を感じる兵士や騎士達は、ディエゴの為人を知っていながら従ってしまうのだ。忠誠次第では、良い思いもさせて貰えるからな。勿論全員がそうという訳では無いのだがな」


 リカルドのような騎士が、それに含まれないのだろう。


「それでも国を強くするという一点においては、ディエゴは旗頭として相応しかったか」

「うむ。不本意ながらな」

「そして、帝国にも簡単に負けないくらいになった頃に、宰相なり何なりに就いていたお前はディエゴをポイってか」

「……分かり易いか?」


 俺も力でどうこう出来なかったら、この手段を取っただろう。今回考えた俺の計画も、結局は最終的に力で片を付けるつもりなのだから。失礼ながらお世辞にも戦えそうとは思えないヘンリーなら、この手段が妥当だ。


「いや、色々と難しい部分もあるが、良い手ではある。その間の被害を考えなければな」


 この方法は、一番間近でディエゴの凶行を見続ける事になる。そして、見捨てなくてはならないのだ。


「……その覚悟はしていたのだがな。だが、貴殿の事を知り別の道が見えた。どうか力を貸して欲しい」

「力、という部分で言うなら、オスカーや他にもいただろう。俺には遠く及ばんが、そこのギルだってなかなかの腕だったぞ?役不足にはなるまい」

「騎士団長は儂では動かせん。同じように暗部もな。兄に頭を下げても、首を縦には振らんだろう。儂は警戒されておるでな」


 弟が出来の悪い息子に従っているとなれば、そりゃ警戒するだろうな。


「王位とか興味ないのか?ぶっちゃけ、ディエゴをどうにかした後は、お前の椅子になるんだぞ」

「玉座か。昔は興味あったがな。妻と出会って止めた。一緒に過ごす時間が無くなりそうだったのでな。今はもう妻は居ないが、忘れ形見がいるからな」

「……」


 それ、絶対昔の野心とか警戒されてるだろ。原因はディエゴの事だけじゃないじゃないか。


「それで、どうだ?」

「そうだな。ディエゴに関しては協力出来るが、国を守るという事には出来ん。俺はあのお姫様の力になりたいからな」

「ディエゴの事だけでも十分だが……、シアの事そんなに気に入ったのか?」

「まあな。色々と甘い部分とかあるにはあるが、な。見所はある」


 その辺はこれから教育していけば良い。時に厳しくなる事も必要だと学んでもらわないと、今後(・・)が大変だ。


「十分やっていると思うのだが?背伸びしながらも、頑張っているぞ」

「背伸びしてちゃダメなんだよ。それじゃ足元掬われた時、一気に崩れてしまう」

「厳……当然か」


 そう、当然の事。それだけ難しい事をやろうとしているのだから。


「姫様には成長して貰わんと」

「……手は出してくれるなよ?」

「フッ……ほれ」


 いつもは指輪の中に仕舞っているロケットペンダントを手渡す。白銀で草花の意匠が施されている。


「?」

「丸い部分を開けてみろ。横に開く感じだ」

「……っ!?」

「写真って技術でな。ある道具を使って、見た景色や光景を形に残せるものだ」


 移っているのは当然俺。そして春香。結婚式前に撮った、あいつとのウェディング写真だ。ウェディングと言う文化がこの世界にあるかどうかはまだ知らないが、この写真を見れば大抵の者は察せるだろう。仲睦まじく、幸せそうに笑っているのだから。


「奥方か?……元の世界に?」

「ああ。…………もういないがな」

「っ!?ま、まさか……」


 妻の事を話すヘンリーは本当に辛そうだった。俺にも覚えがあるものだ。アレが作り話という事は無い。だから、俺も話す。その痛みを知っているから。


「2年前に、な。突然の事だった」

「すまぬ。貴殿に振って良い話では無かったな」

「いいさ。俺もアンタの話を意図せず聞いてしまったからな。お互い様だ」

「……」

「……」


 妙な沈黙が下りる。だが、居心地は悪くない。

「……こういう時、他の奴らは同情してきたりするのだがな」

「アレは鬱陶しいだけだ。心の中で何度『お前に何が分かる!?』と思った事か」

「だな。儂は立場故に何度も後添いを進められてな。何度相手の事を殺してやろうと思った事か」

「「くっくっくっくっくっ……」」


 二人で小さく含み笑いをする。


「…………俺はあの時色んなものを憎み、恨んだ。そして、逃げた。忘却と死を望んだんだ」

「……」

「色々あって改める気にはなったがな。それでも、今なお元の世界に帰る事は考えていない。いや、考えていない事も無いが、それほど強く望んではいない。何だかんだと理由を付けて、この世界で生きて行こうとしている。こじ付けて、自分を騙して」


 姫様を気に入った。力を貸そうと思った。本当の事だ。だけど、春香の墓の前でボーっとしている方が良い。春香の方が『好き』なんだから。

 でも、それは怖いのだ。あいつの死という現実を、何度も見せ付けられている様で。だから俺は逃げている。


「……それが、シアか?」

「ああ。我ながらみっともないとは思うがな。だからあんたには、公爵には素直に敬意を抱くよ。逃げずに、妻との思い出の場所を守ろうとしてるその姿勢に。逃げている俺には眩しい」

「……変わらんさ、儂も。あれから自領に帰るのは、年に数回だからな。全て配下の者に任せっきりにしておる。カッコつけてはいるが、儂も逃げておるのだ。気を紛らわせ、酔う為に」


 同じ痛みを知る者が居る。傷の舐め合いでしかないかもしれないが、決して馬鹿にして良いものでは無い。僅かではあるが、心が安らぐ。下手な同情や、訳知り顔をされる事も無いから。

 だから、浮かべるのは共に苦笑い。


「空気を悪くしてしまったな。悪い」

「構わんよ。儂も聞いて欲しかったのかもしれん。似た痛みを知る者に。ギルよ、他言は無用ぞ」

「心得ております」


 深く、深く、深く頭を下げる。いつもなら誓約書を使ったりするのだろうが、ヘンリーの事は無条件で信じたい。信じられると思う。……かもしれない。

 俺の目が曇っていた時は、相応の代償を払って貰うだけだな。


「さて、これ以上は改めてという事にしよう。どうせ暫く、この屋敷に居るのだろう?」

「ええ。お宅のお嬢様に拾われましたので」

「……また随分と雰囲気を。言っても詮無き事か。コホン……グレンよ。アレの相手は少々大変かもしれんが、見捨てないでやってくれ」

「大丈夫ですよ。面倒臭いとは思っていますが、嫌いでは無いので」


 今日の事で、彼女への評価はかなり上がっている。人を見下すのにも納得して良いくらい、高い能力を持っている。


「フッ、ハッキリと言うな。まあ良い。メイド達に部屋を用意させる。要がある時はフィオの居ない時にでも、何らかの方法を取るとしよう」

「分かりました」

「ギル。誰かメイドを捕まえて、この旨の言伝を頼む」

「はっ。では、グレン様こちらに」


 既にギルの目から険は取れ、態度は柔らかくなっている。


「よろしくお願いします」


 ギルの後に続きヘンリーの部屋を出る。締まるドアの隙間から見た彼は、壁に掛かった1枚の肖像画を懐かしそうに見ていた。

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