1つの手紙に想いを込めて。
私には婚約者がいる。…らしい。
実際には会ったことなどないが。
私には、前世の記憶がある。
今私がいるのは、多分エジプト古王国あたりだろうか、いや…違うか?
ともかく、前世では21世紀の日本にいたのとは確かだ。
何かで死んで、今に至る。
家族のことや友達のことなどは覚えていない。
ただ、この世界にいる家族が私の家族だ。
公爵令嬢であり、カラスのような真っ黒な長い髪の毛に、同じく真っ黒な目。
肌は健康的な褐色で、身長は高く、出るところは出ているいわゆるナイスボディ。
笑う声は鈴のように美しく、女神のように優しい。
それが、世間の人が言う私、シュフラである。
そんな女など、この世にいるだろうか。
いや、そんな女性がいるのならば、それは間違いなく女神だ。
確実に人間ではない。
かく言う私は、確かに見た目上は間違いはない。
ただ性格が、イメージとかけ離れすぎている。
「女神のように優しいって、お前らは女神を見たことがあんのかよ…」
誰にも聞こえないように、ぼそっとささやく。
こんなのが周りに聞かれてしまったりしたら、少年たちの女神(笑)のイメージを崩してしまう。
「シュフラ様。思いっきり聞こえております。せっかくのその美しいお顔と、素晴らしい世間のイメージがあるのですから、屋敷の外ではしっかりと猫をかぶってくださいね。」
そんなふうに突っ込んでくるのは、私の侍女のシファーだ。シファーは、私よりも背が少し低いが、美しい黒髪のロングヘアーに、健康的な身体でらどこから見てもいいお姉さんと言う雰囲気を醸し出している。私とシファーは、幼なじみであり、侍従関係だ。幼い頃から、親友であり、主人と侍従であった。
「はーい。まぁ、みんなの女神様だからね。」
「…失礼します。お話中申し訳ありません、女神様。」
トントン、とドアが開く音に振り向くとニヤニヤと笑いながら、執事のカラムが入ってきた。手には木の色をした巻物のようなものをもっている。
「ちょっ、いつから聞いていたの?笑わないでよ!」
「しっ、失礼しました、めがっ…女神様。こちら、スハイル様からお手紙でございます。」
なんだこの執事は、いや執事だけではない、後ろの侍女のまで、背中を向けて爆笑しているではないか。
スハイル様というのは、私の婚約者…らしい。
らしい、というのは生まれてこの方あったことが一度もないからだ。
スハイル様(20)
身長183cm。
細身。
この国の宰相の息子。
ごりごりの文系。
女遊びなど変な噂はなし。
まじめ。
悪くいうと堅物。
…らしい。
私の中で彼は性格も見た目も私の想像で、止まっている。
手紙が、私の想像を掻き立てるのだ。
「愛しシュフラへ
手紙の返事が遅れてしまったこと、大変申し訳なく思う。
元気に過ごしているだろうか。
いつか君と直接会い、沢山の話をする日を心待ちにしている。」
丁寧な文字が、きっと、真面目で無口ないわゆる亭主関白的な方なんだろうと、想像させる。
そうしたら私は、家でも女神(笑)をしなければいけない。
いくら身分的には公爵令嬢である私でもこの中身がバレたら絶対に婚約は破棄だ。
言い切れる。
スハイル様とは何度か会うチャンスは会ったが、それをことごとく潰した結果、1度もあってないという事態がおこっているのだ。
引き離されているわけではない。
私が意地でも合わないようにしているのだ。
「親愛なるスハイル様へ
貴重な紙を使い、わざわざお手紙をありがとうございます。
私のことはお気になさらず、ぜひお仕事を頑張ってください。
シュフラはスハイル様を応援しております。」
よし。
これで当分は誘われることなどないだろう。
全力だ、仕事に向かって欲しいものだ。
「シュフラ様…。またこんな手紙を書いて、いつかほんとに婚約破棄されてもおかしくありませんよ!愛の1つや2つや3つくらい吐いてあげればいいではないですか!」
「そんなに吐いていたら、胃液が出てきてしまうわ。」
そっぽを向いて答える。
私だってわかっている。
どうせ1年後には、婚姻の儀で嫌でも顔を合わせるのだ。
それまでは、私らしくのんびりと猫を被り、裏で毒を吐かせて欲しい。
1年後、同じく猫をかぶった狼に囲われる未来なんてこの時の私はしらないから。




