飛び込んで来た男の正体は?
じわっと汗が出る。
難しい顔をしているヒーなんて見た事ないし。
やっぱ、ちょっと無理を言った覚えはあります。いや、俺が悪いんじゃないよ?!
だって、見つけちゃったから。
ダイコ(大根)をさ。その上、ショガも見つかったとなれば。
どうしても卸し器が欲しくなるじゃん!!
他にも調理器具が足りないと気がついちゃったから。
増設希望!!
その名も…『工作部門』
「いえ。私が難しい顔をしたのは、ご主人様がその事に気づいた事実です。私も諜報部隊が必要だと思っておりました。
レナトゥス殿?何故人型に…」「ヒー。外に嫌な気配がする。今すぐ…」
バタン!!!
人払いをしていたはずの『ギルド』本部長室の扉は全開です。せっかく大切な話し合いの最中なのに、二人の視線は入って来た人物に釘付けだ。
しかも、この人ってば、見た覚えがある気がするなぁ。
うーん。。。誰だろう。覚えはあるのにどうしても、名前が思い出せないなぁ。
「強引な手段を取った事は詫びます。ですがこちらでの面談すら受けられず失格とはあまりに理不尽。一言申し上げに…あのー顔を何か付いてます?」
思い出そうと腕組みしている俺の横で、必死の形相の彼がヒーを一途に見つめてたよ。。うーん、やっぱり見覚えがある気がする…俺の頭ってば故障が激しいなぁ。。
自分の記憶を必死に探っている俺の横で、レナトゥスとヒーが凄い形相で睨んでいるのに気づいて驚いた。
何故?
あ!!
何…この緊迫感。
もしかしてこの人ってば、偉い人なの?
「おい、お前どう言うつもりだ。」
聞いた事のないほどの低いレナトゥスの声は感情を全く感じない冷たいモノ。まさしく刀そのものの持つ硬質な空気が張り詰める。
のんびり屋と言われる俺でも分かる。
異様な緊迫感だと。やっぱりこの人有名人なんだな。だから見覚えがあったのか…と、思ってたら答えは全く予想外のモノだった。
「あ、あの!!!
俺の事を知ってるのですか?実は記憶があやふやで名前すら思い出せないのです。」
えーー!!!
いや、人の事言えないけどマジか…。
この人も記憶喪失だとは。
俺の仲間か??
「そうか。それは失礼した。私の知り合いにそっくりだったのでな。しかしよく見れば別人であった様ですな。ぬか喜びならば詫びよう。」
レナトゥスの言葉に肩を落とす記憶喪失2号さん。
「では、名は?」
ヒーの質問に彼は「ラスと呼ばれています。」と答えた。
「そうか。
話は変わるがこの部屋は人払いがしてあったのだ。ひとまず退室願いたい。要件ならば後からお聞きしよう。」
レナトゥスの大きな身体に遮られて、かれが見えなくなると何故かホッとした。頭の中が混乱していたのかもしれない。。
でも、落胆している彼の「そうですよね。こんな失礼な人間など雇って頂けるはずもない。失礼しました。諦める事にします。」
その落胆した声に胸がザワザワする。このまま帰したらいけない。そんな気がする。
それでいて、やっぱり彼の側から離れたい。そんな気持ちが強く胸を突く。
ドアの側で振り返って一礼した彼の横顔が見える。強引に入室した時の強い目の力は失われていた。
そのせいだろうか?咄嗟に出た。
「あのー。もしよければこれから作る工作部門で働きませんか?卸し器など…」「「ダメだ!!」」
何だよぉ、レナトゥス達ってば声を揃えて反対するなよな。言い出した俺の勇気が一気に萎えるだろ!?
「それが本当ならば一生懸命働きます。必ずお役に立ってみせます!!」
何故か猛反対する二人を意地になった俺が必死に説得して、(仮)での雇用が決定した。
この後、仕事の説明をして何故かヒーがひっくり返るのは、また別の話。。
***
一旦ラスと契約して主人を『タンラ』のオヤツで釣る。
「アップルパイらしいです。」の一言であっさり主人は隣へと向かった。
静けさの中、アレを呼び出す事にする。
彼奴はアレの担当のはずだろう…と。
『アルクトス』
吾のみが扱える眞語での呼び出したのは久方ぶりだ。
女性の姿でアルクトスが現れる。
最近この格好が多い理由を吾は知っている。
主人だ。
女性姿のアルクトスを見るたびに真っ赤になる主人にすっかりハマっているのだろう。全く悪趣味だ。
全く『知識の番人』とは名ばかりなのか?
だがこの際はそんな事はどうでもいい。
とにかくラスだ。彼奴は恐らくは…。
「言いたい事は分かってるわ。そうよ。貴方の予想通りで,彼はフリドで間違いないわ。」
「だったらやはり嘘を…」怒り立つ俺を遮る。
「待って!!もう話は最後まで聞くものよ。あれはフリドであって彼でないわ。彼は記憶を失っているから。」
待ってくれ。
アレが演技でないと?
「ええ。何故だかわからないけど大丈夫。確約するわ。」
「あの噂は本当だったんだな。」限りなく
顰めた声で続ける。
「リベル様捜索部隊が解散したと。」
アルクトスが微かに頷いた。