『ザフ』を手に入れるぞ!!ーレナトゥス視点ー
固まっている。まぁそうだろう。
どんな田舎の者とて、『大討伐のリベル』の名を知らぬ者はおらんだろう。まぁ本人の顔を知っている者は限られているがな。
それでもアレは無いな(まぁ主人らしいが…)
「お父さん、大丈夫ですよ?ヒーちゃんの言うとこをよく聞く牛ですから!!」
ヒーの奴。初めて主人に呼ばれて更には頼み事までされたせいでテンパったな。
絞った乳のみを持ってくれば良いのに、何故『牛』を連れて来た?!
「あ、あの。色々ありがとうございます。特に息子達を探して連れてきて下さって、何と礼を申せば良いやら。」相当心配したのだろう。頬が痩けていて、昔の主人を思い出す。
「もうお父さんってば。そんなの言いっこなしですよ。それに繰り返して礼を言わないで下さい。こちらもお願いしてるんですから!!」
主人…やっぱり食欲に負けたか。もう『ザフ』の事しか頭にないな。出会った頃から特に菓子類には目がなかったからな。しかし呼び名がお父さんとは。相手も戸惑っているが主人ではやはり気づかぬな。
「あ、あのー。こんなに良くして頂いて申し上げにくいのですが、まだ足りないモノが、ありまして。」
肩を落とした主人に兄弟が割って入る。
「お父さん!!足りないのは牛乳だって言ったのに嘘だったの!!酷いや。おじさんだって『ザフ』楽しみにしてきたのに。」
ルーナスが駄々をこねると、お母さんが困った顔で宥める。(主人よ…おじさん呼びに顔が引き攣っておるぞ?)
「ルーナス、大丈夫よ。お礼にお渡しする『ザフ』はちゃんとありますから。
カズキ様。ほんの少しですがどうぞこちらをお持ちください。」と彼女が言えば「田舎菓子ですからお口に合えばよろしいのですが…」と自信なさそうな夫の声がする。
あ、聞いてないな。
目が『ザフ』に釘付けだよ。
「一個だけ、ねえ一個だけ食べても良いかな?」
「誰に聞いておるのだ?主人のモノだろ?食べれば良い。」
うむ。それよりも口から垂れている涎を何とかしてくれ。コレでは少々恥ずかしいわ。
「旨っ!!めっちゃ旨いクッキー。うわぁ、大好物だから課長にめっちゃ叱られた時だけ食べてたんだよね。紅茶クッキー。。ん?
あれ…えーと。
とにかく!!
レナトゥス、ヒーちゃん。これは絶対絶やせないから。俺達でゲンリヨウを探すぞ!!」
主人や。それは原料だから幼な子につられるんでない。全く…。
「お願いです。足りない材料を教えて下さい!!もしかして我が家にあるかもしれないし、ね?」
必死な主人に頷く。
ヒーと私が揃って手に入らないモノはないわ。
「美味しいと言って頂けただけで幸せです。
実は足りないモノはサトとニワの卵です。
あ、やはりお連れ様はご存知ですね。
絶滅したニワですから、不可能なのです。」
苦笑しながらそう言うのを聞いてヒーも黙り込んだな。
ま、よりによってニワだからな。
「サトとニワの卵だね。レナトゥス。通訳お願い!!」
「サトは甘味だ。これは我々で容易に手に入るが問題はニワの卵だ。このニワとは、とある鳥の事でしかも絶滅しているのだ。その卵が必要ならば我々には不可能だ。」
「絶滅…。」
大討伐で巻き添えをくらい絶滅したのだ。それは我々が絶滅させ…ん?
「大丈夫だよ。要するにニワトリが絶滅したんだよね?だったら駝鳥とか烏骨鶏とか。ほら色々な鳥がいるから!!」
ダチョウ?ウコッケイ??
なんの記号だ?異世界語は難しい。
「ヒーちゃん。卵産む鳥知らない?ヒーちゃんも鳥の仲間だものね?」
ギョッとした家族の表情に気づかず、困り果てていたヒーにニコニコと笑いかけてるし。
食べられる卵産む鳥はニワだけで、この世界には他には存在しないのだ。困りきったヒーとは珍しいモノを見た。
「ご主人様のお願いならば、何としても叶えたいのですが。それだけは…」
絶句するヒーを他所に主人が何かに気づいたのかフラフラと台所の方へと進む。
「コレって…」
「そうです。コレが最後の卵です。」
ルーナスの母親がそう言って大切そうに握りしめたのは、恐らくニワの卵。
「これが最後の…」「主人!!」「ご主人様!!」「きゃあー!!」
あらゆる声が重なったが、起きたのは一つだけ。
主人がコケたのだ。それもよりにもよって『ニワの卵』の方向へ。
皆がコレで最後の卵は終わったとそう思った。
なのに。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ…。
主人の足元に沢山いるのは、ニワのヒヨコに間違いない。なんで……
「さすがだな、レナトゥス。コイツ俺の仲間なんです。凄いんですよ!!
ね?コレでヒヨコ達が大人になって卵を産めば…あ!!もう大人になって産んでる?!
さすが異世界仕様だな。ビックリだよ。」
主人よ…ビックリだよとは、こちらの台詞だ。この世界にいきなり大人になり卵を次々と産む鳥なんておらんわ!!しかもぶつかったはずの卵がヒヨコになる?!
さすが非常識=リベルと言われただけはあるな。
こうして、ネスカ村で『ザフ』を手に入れた主人が味をしめて次々とやらかす事になるのは…まぁ予想通りで。
今回、呼ばれなかったアルクトスがおかんむりで張り切って防御線を張ったお陰で秘密が漏れる事だけは防げた。
アイツは僅かに漏れた情報だけで、リベルに気づくだろうか?
常に彼の隣に在ったフリドだけは…。