ー騎士部隊 隊長フリド視点ー
彼と出会ったのは今から3年前になるだろうか。最初の印象は何処にでもいる青年。
はっきり言えば全く記憶にすら残らない青年だったのだ。
だから彼と大討伐にいくと決まった時は、ふざけるな!と内心憤ったのだが。それもあの圧倒的魔力の前に違和感へと変化した。
あまりの圧倒的武力の前に、訓練を積んだ我々など及びでなかったからだ。
だからなのかもしれない。
彼との距離が縮まらなかったのは。
そしてあの日が訪れたのだ。
思えば…。
彼はずっと普通の青年だったのだ。戦い方も、いや敵からの攻撃の躱し方すら身に付けず初戦から膨大な魔力ので敵を圧倒し続けたのだ。だから誤解したのだ。
彼の恐怖心を。
彼の我慢を。
あの爆発はある日突然という感じだった。今思えば、ギリギリまで踏ん張った彼の我慢の限界を超えた瞬間だっただけで。当たり前の事だったのだろう。
『お前ら、何考えてるんだよ!!素人の俺に説明無しで戦えばっかりで。
俺は単なるサラリーマンだぞ?!こんなの…毎日続けるなんて無理なんだよーーー。』
叫びと共に爆発した魔力は我々をも巻き込んで辺りは怪我人で溢れた。怪我だけで済んだのはきっと爆発した彼が優しさを捨てきれなかったからだと思う。何故なら敵は全滅していたからだ。そして彼は消えていた。
転移したのか…?
逃げたな。
当初は仲間の誰もがそう思っていた。彼を見つけてこの目で見るまでは…だ。
無傷だった数人を集めて彼を見つけられたのは、単にレナトゥスがいたからこそで。
そこに居たのは、血だらけで声なく滂沱の涙を流す一人の青年。あの日初めて会った頃聞いた異国語で呟く彼の声は胸が詰まるか細いモノで。
『篠原…近藤…正樹。立原のおばさん。上島課長。皆んなに会いたい…。
と、東京にあのゴミゴミとしたあの風景に帰りたい…』
立ち尽くす我らに言葉は通じずも、彼の悲痛な心の声は届いていた。
帰りたい。
そう言ったはずだと。
治癒魔法は、強者から弱者にしか効かない。ならば血だらけの彼を癒す術すら我々は持たないという事になる。その意味を今更に思い知らされるとは。
俺は硬く握りしめた手の中にある初めての無力感に打ちのめされながらも、彼へと手を伸ばしかけたその時。
「帰ろう、一輝。」
レナトゥスの一言に初めて彼は我々に気づいた。いや、気づいたのはレナトゥスのみだったかもしれぬな。
レナトゥスがそっと彼を抱き上げ転移で連れ去るまで我らは誰も立ち尽くし眺めるだけしか出来ぬままで。
「隊長。我らはどうすれば。」
それからだ。
知りたいと願った。
彼の過去・彼の想い・彼の望みを。
何度も厳しい戦いを共にするうちに、彼を深く知る。何度も互いを守り守られて(後方支援をする我々に照れた表情の彼が『ありがと』と思わず異国語で礼を言ってくれたのだ。)
何をすれば良いかを日々自分に問う日々は、俺にとって最高に充実したモノとなった。
やがて、努力の末徐々に実力を上げて(遥かに届かない魔力でも戦い方はあるのだ…)彼が背中を預けてくれるようになったのに…。
俺はまたも見誤ったのだろうか。
「隊長。有益な情報が入りました。あの伝説のチク様の出現が各地で確認されました。これにより長く続いた旱魃による被害は食い止められました!!」
歓喜に沸く部下を鎮めてとにかく、現地へと跳んだ。
チク様の姿はもうない。
それでも、彼処にある痕跡に懐かしい匂いがしたのだ。
それは俺だけが分かる彼の魔力の匂い…だった。
***
「気がつきましたか?」
額に優しい手のひらが、そっと触れた。
誰?お母さん…??
「あれ?俺…どうしたんだっけ??」
アルクトスが優しげな目でこちらを覗き込んでいた。
「ごめんごめん。俺…何か聞いてるうちに寝ちゃったのかな?」長い夢を見ていたみたいで頭がぼうっとする。
アルクトスの目が細まり優しく揺れていた。
「ええ。私の話が長すぎましたね。ごめんなさい。では、ちょっと大切な事だけ抜粋して話しますね。
まず、ご主人様の影響力の状況です。
特殊な力を持つご主人様の言葉や想いがカタチになります。
例えば…コレです。」
あ!!
あの雲…家の中まで着いてきたのか?
ふわふわリビングで浮いてる綿菓子的なソレが近づいてきた。
まさかのペット二号?!
「ご主人様!!ソレ、ソレですよ!!
それこそが決め手になります。ヒーの事も同じでした。よく思い出して下さい。変わって欲しいと考えるとその方向に変化しませんでしたか?」
うーん…そうだっけ?
「アルクトスよ。そんな抽象的な話ではダメだ。良いか、主人が強く願った事が本当になる事がある。特にこの世界の人外の生き物に影響が強く出る。」
。。。ダメだ。さっぱり分かんないや。
「貴方だってダメじゃない!!レナトゥスは黙ってて。ではご主人様。アレを見て何か望んで下さい。それで分かると思います。」
えー!綿菓子的なアレ?
悩むまでもないし。
『羊』の一択で…あー!!
「マジか。本当に羊になったし。地球の羊なんだけど、コレ…」
「コレで理解したな?自分の影響力を甘く見るなよ。ワシらでも止められぬ事もあるのだから。な!!」
レナトゥス…それどころじゃない!!
羊→羊毛→ふわふわベッドの完成となる。
ヤッホー!!
「じゃあ、この大草原で俺の桃源郷を作れるじゃん!!」
レナトゥスとアルクトスが顔を見合わせて肩を落としていたけど。それどころじゃない!!
「雲を大量に羊にするぞぉーー!!」
どこまでも広がる夢にワクワクする俺の目の前に
ソレが現れたのだ。
どうしてこうなるんだ?!
世の中、上手くいくばかりではないらしい。
でも。
今日の成果。
羊毛 2キロゲット。