黄昏の悪戯?
欲望って恐ろしい。一つ手に入れれば満足するかと思いきや、手の中にあるものより、次の一つへと手が伸びるだから。
ふぅ。それこそ今のオレ。
いやぁ、情け無いが仕方がない!!
小麦粉だよ?そうなったら誰でも次こそは、やっぱり米と大豆に行くよね?森でも何処でも探検に行くから頼むよ〜!!そう言ってレナトゥスの転移に備えて身体を硬くして待っていても…あれ、レナトゥス?!この間の森にあるんじゃないの?
レナトゥス?!
時たまこんな風になるんだよ。部下ってさぁ、こんなに気まぐれなモノだっけ?
仕方ないと腰を下ろして改めて大草原を眺めた。目に染みるくらいの美しい風景だ。
あー、俺の語彙が不足して説明出来ないけどマジで有名な絵画なんだよ。ホント…。
そんな風にぼんやりと眺めていたら、ふと景色に何か物足りない気がしてきた。
あ、そうか!!
この広大な大地には『羊』あのモフモフが足りないんだ!!
自分の答えに大満足で頷いていた俺は、ある異変に気づいた。ぽっかり浮かんでいた雲がどんどん地表スレスレ降りて来ているんだ。
動揺する俺の目の前で止まったけど…。
え?どうしろって?まさかコレも生き物なのかなぁ。
懐くように側に寄ってきた雲におっかなびっくりしながらもそっと手を伸ばして…え?本当に触れたのか?!
綿で出来てる様な手触りがめっちゃ気持ちいいけど、雲って水蒸気の集まりだって習ったけど、変だな。
ん?何か動き出したぞ。
おぉ、雲がぐるぐると渦巻きを作り出して、今度は何やる気だ?おぉ、綿菓子に変身なのかな?
面白い雲だな。芸人かよとツッコもうと思ったら…。
ポン。
渦巻きの場所から小さな雲が出てきたけど、もしや、雲の子?
ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン……
おいおい、まさかの多産系なのか?ちょっと子沢山過ぎるよ。。次々と生まれ出す小さな雲は、そのまま大草原に広がりだして。いつか見た『大草原に放牧された羊』の風景に変化した。
物足りない風景が完璧な風景に変わる。
うーん。。
『主人…。またやったのか?』
おやレナトゥスめ。反抗期は終わったのか?
『ご主人様。折り入って話がございます。家に戻りましょう。』アルクトスのいつもと違う硬い雰囲気の一言に嫌な予感がするんだ。
そんな俺を置いてけぼりにして、あっという間に広々我が家の台所(最近レナトゥスが机と椅子作ってくれて地べた座りは終了したんだ)に着いたと思ったら…。
レナトゥス?
アルクトス??
目の前にいるのは超イケメン。
短い銀髪に切れ長の目も銀の細マッチョ。なのにその身体から溢れる威厳はたぶん…レナトゥスかな。
更に、隣にはテレビでもお目にかかれない超美人。
紫色の髪を腰まで靡かせ瞳の色も当然、紫。年齢不詳の怪しい色香を纏わせた美魔女…アルクトスだよね?
人型になれるとは思ってたけど、ちょっと意外かな?俺の予想ではレナトゥスは渋めのオジサンでアルクトスは老婆をイメージして…
「まぁ!!何というイメージでしょう!!女性に抱くイメージとしては最悪ですよ。」米神に怒のマークが見えるアルクトスに取り敢えず謝る。
「ごめんアルクトス。心の声がダダ漏れで申し訳ない。それより突然人型になったのには何か訳があるんだよね?」
顔がピクピクと引き攣ってたけど、咳払いをしてアルクトスが話始めた。
「ご主人様。大切な話がありますが、もし気分が悪くなったら教えて下さい。」
えー。そんな気持ち悪い話なの?
「主人よ、取り敢えず話を先に進める。
まずはこの世界に於ける主人の力の話だ。
魔力のない世界から来た主人には、ある理由から膨大な魔力を持つに至った。だが、本当の実力はソレではない。目と耳だ。我々の見えないモノを見て聞こえないモノが聞こえる。」
まさかの霊能者なの?俺…お化け系のテレビも見れないヘタレなのに?!
「ご主人様。ピンと来ていませんね。ですが話は進めますよ。それはこの世界の話です。ご主人様が何故この世界に来たのか、その後は何をしていた…」
オカシイ。凄い耳のはずなのにガシャガシャ変な音がする。耳鳴りなのか?
そのせいでアルクトスの話が途中から耳に入って来ない。でも、それだけじゃない。頭が割れるように痛む。まるでこの世界に来た時みたいに…。
***
ピー、ピーピピ!!!!!
クラクションの音にハッと我にかえる。
疲労感から赤信号なのに足を踏み出していた様だ。怒りに染まった顔でこちらを睨む運転手に軽く頭を下げて一歩下がる。
二徹でこんな風になるなんて。十代なら全然イケてたのに。もう三十路が見えて来たらこんななのか。書類袋を抱えてそんな事を考えていたら今度は後ろから怒られる。
「さっさと前に進めよ!!」
あ、今度は青信号に変わってる。すみませんと声に出して謝りながら前へと進む。今日も帰れないかもしれないと思いつつ。
高卒で働いてもうすぐ10年なのに会社に振り回される日々だよ。突然の上司からの電話に嫌な予感しかしなかった。やっぱり…休日出勤か。
『大きな取引だから』そんな言葉であっさりと二徹での資料準備してやっと帰宅かと思いきや。
「コレも頼むな。」言うのは簡単だよな。でも…。
家路への道をとぼとぼと歩いていると、目の前に大きな夕焼けが沈み始めたのが見えた。
明日はもう月曜日だ。抱えた書類袋をため息と共に改めて見て来週の仕事の見通しを考えて。
また、ため息だ。
そりゃそうか。来週も休日出勤が濃厚なのだから。
誰も待っていない冷たい部屋への道のりのお供はコンビニ弁当のみで。
母一人子一人の家族から、母の再婚で本当の一人となってもう10年近い。慣れた…たぶん、ね。
そんか物思いに耽っている間に日が沈んだようで、辺りは既に黄昏色に染まっていた。逢魔が時、特有の紫色に染まった景色の中で目の前の異変に気づいた。
あれ?電信柱の影だけが、何故かオレンジ色?影は黒いに決まってるのに。。そうか!街灯のオレンジ色に影まで染まったんだ。珍しいなぁ…そう思って近づいたその時。
影が口を開けた。
あり得ない。そりゃ分かってる。でも確かに大きな口が開いたのだ。
叫び声は出なかったと思う。
でも、例え叫んでいても声は届かなかったはずだ。
何故なら。
あの口に俺は飲み込まれたから。
そして、この世界にたどり着いたのだから…。