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第五話 幽霊なんて本当にいるの?

~~研究室~~~~~~~~~

助手 「いよいよ、1号機。破棄ですか。」

同僚女「そうね。私もガイヤには愛着があったから残念だわ。」


助手 「一回は遊びに行きたかったですよ。

    可愛い子、いっぱい居るとこ見つけたのに。」

同僚女「そっち?あなたは隠れて何やってるのよ。」


助手 「仕事はちゃんとしてますよ。」

同僚女「ならいいのだけれど。」


同僚女「残念ね。人類が最後どうなるか見届けたかったわ。」


オレはモニタを眺めならがら、2人の会話に耳を傾ける。

ガイヤが消えて一番寂しいのはオレだと言いたい。

あそこには、思い出が沢山ある。

関わった人数は少ないが、オレの性格や考え方を大きく変えてくれた人達がいる。


アカリの死から、わずか2日しか経っていないのに、遥か昔のように感じる。

ココも頑張ているだろうか。

心境を聞きたい。


♪ピンポーン (チャイム音)


同僚女「はーい。どうぞ!」


研究員「突然すみません。」

同僚女「あら、関くんどうしたの?」


関  「お願い事がありまして。

    こちらの研究室にあるガイヤへのダイブ機を貸していただけないかと。」

同僚女「前田チームも持ってますよね。壊れたの?」


関  「いえ、うちのリーダーが帰って来ないんです。」

同僚女「それは大変ですわ。」

助手 「明日になればネットワークが切断されるのだから、

    強制的に戻ってくるのでは?」


関  「それが、ネットワークの切断は中止になりました。」

同僚女「嘘!聞いてないわよ。」


関  「今さっき決定しました。」

助手 「本当だ。お知らせに通知が来てますよ。」


関  「宇宙の終焉を観察したいチームが多数あって、急遽そうなったようです。」

同僚女「なるほど、それは緊急事態ね。」

助手 「どうしてですか?

    時間が2000兆倍になるだけでしょ。

    向こう側で寿命を迎えて、勝手に帰ってくるだけなのでは?」


関  「現在、ガイヤでの100秒を1秒で脳へ記録しています。

    それが2000兆倍になると、たとえガイヤで2カ月しか過ごさなくても

    ナノ秒よりも短い時間でその2か月間の記憶が脳へ書き込まれます。」

同僚女「そうね。正気でいられるかは誰もわからないわ。」


関  「そうなんです。だれも試したことがないので。」

助手 「なるほど。」


助手 「ならダイブ機を停止させれば?」

関  「それも考えたのですが。

    だれも実験したことがないから脳へどんな影響があるのか、

    ないのか分ってないんです。」

同僚女「そうね。100倍の環境で、ガイヤ側で死んだら無事帰還できるって

    ことしか分かってない。」


助手 「え!ということは、ネットワークの切断したってリスクが

    あるかも知れないじゃないですか。」

同僚女「そうよ。」


助手 「もしかしてこの機械、結構危険じゃ?」

同僚女「今、気づいたの!」


助手 「どうするんです?こちらからの連絡は取れないし。」

同僚女「だから、私たちの機器を借りて、

    リーダーを呼び戻しに行こうとしてるんでしょ。」

関  「そうなんです。」


関  「お借りしてもいいですか?」

同僚女「だれも使っていないから構わないわよ。」


オレは、前田チームの研究員が入って来てからも会話には参加せず、

モニタを見続け、もくもくと作業を進めていた。

だが、全ての会話はしっかりと耳に入っている。


ジュン「待った!それ、オレが行く。」


3人がオレに注目する。


助手 「いやー。・・・」

助手 「博士が行ったら、2人して帰って来なくなりますよ。」

同僚女「そうね。関くん。あなたが行きなさい。」


ジュン「前田は、今や経済界のご意見番になっていて、

    あの国から離れられないはず。

    オレじゃないと、彼を戻すことはできない。」


助手 「ちょっと待って!経済研究しているチームリーダーが

    自ら国を動かしているってことですか?

    その研究に意味あるの?」

関  「それは問題ないです。

    ガイヤで実験して、その結果をフィードバックさせてるので。

    現実世界では理論だけで、実際に実験はできないですからね。」

助手 「なるほどね。ガイヤを実験台にしてるんだ。」


ジュン「朝までに2人で戻ってくればいいんだよな。」

助手 「博士もガイヤで滞在して何かする気なんですか?」


同僚女「彼女にお別れでも言いに行く気かしら。」

助手 「そうなんですか?」


ジュン「お世話になった人たちにお別れの挨拶を、しに行くだけだよ。」

同僚女「どうやら図星のようね。」

助手 「博士はいったいガイヤで何してるんですか。」


ジュン「待って!彼女なんていないから。」

同僚女「はいはい。」


同僚女「関くん、そういうことだから。」

関  「ありがたいです。

    私が行くよりジュンさんの方が説得できると思うので。」


同僚女「タイムリミットは14時間よ。」

助手 「なんか映画みたいっすね。」



~~発着室~~~~~~~~~


♪ウィーーン


棺桶のフタがゆっくりと開く。


男はゆっくりと立ち上がり、日時を確認する。

午後、2時。ちょうどいい時間だ。


窓際へ行く。


ジュン「最高の眺めだ。これが消滅してしまうのは寂しい。

    何度見ても、ここからの景色はいい。」


オレは、前田に連絡を入れアポを取る。


♪プルプル


~~MAEDAコンサルティング~~~~~~~~~


前田 「待たせて申し訳ない。」

ジュン「相変わらず忙しそうだな。」


前田 「ほんと忙しい。

    ここ3年、こっちで1日も休みを取ってない。」

ジュン「そうか。」


前田 「で、今回の要件はなんだ。」

ジュン「第1実験室の破棄が決定した。

    14時間後に時間設定を最高速にして自然消滅させるとのことだ。」


ジュン「14時間は、研究所の時間な。」

前田 「ということは、こっちに居れるのはあと何日だ。」


ジュン「ざっくり2カ月くらいか。

    余裕をみて50日後には、帰還した方がいいだろう。」

前田 「んーん。」


前田は頭を抱える。


ジュン「わかるよ。お前的にはあと10年はここに居たいだろう。

    だが、こればかりは仕方のないことだ。

    オレもここが無くなるのはお前と同じ気持ちだ。」

前田 「情報ありがとう。オレは最後までここに残るよ。」


ジュン「そう言うと思ったよ。

    ここに残ってもオレたちは死なないからな。

    万が一、廃人になったらどうする?

    第2実験室だってある。

    お前の実験がこの世界で終わるならいい。

    終わらないのなら第2実験室に希望を託せ。」

前田 「んーん。」


前田は頭をかきむしる。


前田 「分かった。帰るよ。ここを去るのは残念だが。

    やりたいことはまだ沢山ある。

    お前の言う通り第2実験室に希望を託そう。

    1つ協力して欲しいことがあるのだが。」


ジュン「いいぞ。前田には貸しがある。なんでも言ってくれ。」

前田 「とある芸能事務所の社長が、昨日捕まってしまって、

    事務所が混乱している状況だ。

    役員会で捕まった社長を解任して、新しい社長を選任する予定だが、

    株主を集めて説明する必要があり、それに数日かかる。」


ジュン「オレに、次の社長が決まるまでの間、代行しろというんだな。」

前田 「その通り。」


ジュン「ちょっと待て!芸能事務所なんてオレには無理だろう。」

前田 「いや。ジュンには才能がある。オレは知ってるぞ。」


ジュン「マネージャーと社長を一緒にするな。」

前田 「1人が60人になるだけだ。

    お前にはキャパがある。余裕だろう。」


ジュン「オレは、その事務所の事は何も知らないんだ。

    そんなやつがトップになったらやばいだろう。

    副社長とかいないのか。普通なら、そいつにやらせるだろう。」

前田 「いるよ。事情聴取を受けてないが、幹部はみな怪しい。

    ただでさえ、契約しているCMのスポンサーからクレームが出てる。

    更に不祥事が出たら終わりだ。

    クリーンで信頼できるのはジュンしかいない。」


ジュン「新社長までの代行なんだな。

    そして、この仕事をすれば、研究室に戻ってくれるんだよな。」

前田 「あぁ。約束する。」


ジュン「わかった。やるよ。どうなっても知らんぞ。」

前田 「どうせ、この星とお別れすんだ。好きに暴れてくれ。」


ジュン「了解した。そのつもりでやらせていただく。」



~~プロダクションTES(タレント、芸人、歌手)~~~~~~~~~


オレは、プロダクションTESに到着する。

歌手、俳優、芸人、タレント、合わせて60名ほど在籍する芸能事務所だ。

マネージャー等の事務作業員を含めると総勢80名となる。


気が重い。

前田に騙されたような気がする。

オレは研究者だぞ。

冷静に考えれば、芸能事務所の社長など務まる訳がない。


そう思いながら事務所へ入る。

かなり身構えていたのだが、あっけにとられた。

だれ一人として、オレに見向きもしなかったのだ。

だが次の行動で状況は一変する。


オレは、社長専用のデスクに荷物を置き、椅子に腰かけたのだ。

すると、全員の視線がオレに集中した。


この光景を見てオレは、理解した。

なるほど、さっきまでオレは部外者だと思ってたのね。


この場の全員がオレに注目しているならちょうどいい。

立ち上がり、周りを見渡す。


ジュン「今日から社長代行を務めさせていただく田中ジュンだ。

    ご存じの通り、この芸能事務所はかつてないほど存続が危うい。

    買収を狙っている会社があるだとか、

    スポンサーの違約金が発生しそうだとか、

    国民からの不信感が大きくなったとか、

    テレビ、ラジオ、イベントなどのオファーがキャンセルになるなど。

    相当やばい状況であることを認識していただきたい。

    私の役目はこの危機を乗り越え、次の社長へバトンを渡すことにある。

    スタッフ一同。一丸となって頑張りましょう。」


ユイ 「ちょっと待って。

    田中ジュンなんて人、聞いたことありませんけど。

    あなた、この業界の仕事したことあるの?」


さっそくお出ましか。歌手でトップアーティストの涼風ゆい。

この事務所の稼ぎ頭であり、彼女一人でこの事務所を支えている人物だ。


ジュン「いや。この業界での業務経験はない。」

ユイ 「そんな人が社長っておかしくない?

    この事務所をつぶしに来たのでしょ!

    正直に答えてちょうだい。」


ジュン「おい、涼風!

    初対面の人間に対してその暴言は無礼だろう。

    自分がこの事務所を支えているだなんて思い上がるなよ。」


ユイ 「話をそらさないで!私の質問に答えてちょうだい。」

ジュン「所属タレントならびスタッフ全員、切ることなく、この事務所を守る。

    これでいいか?」


ユイ 「口ではなんでも言えるわ。私は騙されないから。」

ジュン「分かった。ちょっと待て!」


オレは、紙面に直筆で、所属タレント、社員含めてこの会社を守ることを約束し、

もし、この行為に違反した場合は、500億円の違約金を支払うと記載した。

オレのサインと今日の日付を追記し、印鑑を押す。


ジュン「これでどうだ。」


オレの誓いを記載した書面をユイに渡す。


ジュン「お前が持ってろ。それは直筆だ。法的に効力を発揮できる。

    もし、私がこの会社を潰したとしても、裁判すれば500億円はうばえる。

    その資金があれば再建は可能だろう。」


ユイ 「500億?笑っちゃうわ。そんなんで騙されないわよ。

    あなた、そんな額、持ってる訳ないでしょ。

    裁判で勝ったところで資産が数万円しか引き出せないって言われて終わりよ。」


ジュン「安く見られたもんだな。これでも納得できないか。」


オレは、携帯で自分の口座へアクセスし、ユイに見せる。

ユイは、口座の残高を見て驚愕する。


ユイ 「あなた何者?」

ジュン「この事務所を乗っ取ることも、潰すことも、私にとっては容易いということだ。」

ユイ 「わかったわ。信じてあげる。」


ジュン「この件は解決でいいな。では先ほどの無礼を謝罪してもらおう!」

ユイ 「お断りします。私は、まだあなたのことを信じてません。

    この誓約書は、私が言ったから書いただけで。

    あなたは、この事務所が潰れなければいいぐらいにし思ってないわ。

    私は、この事務所を愛しているし、恩を感じているの。」


オレは、この子に見透かされている。

確かに、前田に頼まれた以上、この事務所を潰すつもりはない。

だが、もっと良くしようという意思はない。

次の社長にバトンを渡すまで、適当にやっていればいいという考えでいた。


ジュン「所詮、雇われだ。正直、事務所がどうなろうと私の知ったことではない。

    だが、私が社長代行を務める以上、この事務所の未来安泰につながるよう

    努力するつもだりでいる。

    あいつが、ここをダメにしたと思われたくないからな。

    私にだってプライドがある。

    これが私の本心だ。」


ユイ 「動機はさておき、ここを潰す気でないならいいわ。」


ジュン「だいたい、私は代行だぞ。

    私を退任するよう世論に働きかければ、

    明日から来なくさせる力をお前は持っているはずだ。」

ユイ 「えぇ、そうかもね。

    だけど、そんなことしたら事務所の評判はますます下がることにもなります。」


ジュン「任期中に必ず私を認めさせてやる。」

ユイ 「是非、そうしていただきたいわ。」


ジュン「その時は謝罪しろよ。」

ユイ 「分かりました。みんなが見てる前で土下座して謝罪します。」


職員1「会話の途中で申し訳ないのですが。」

ジュン「どうした?」


職員1「ユイさんの案件で、心霊スポットめぐり第5弾の撮影なんですけども。

    事務所から最低一人、マネージャを同行させないと撮影できないと

    制作サイドから条件が出されまして。」

ジュン「何の問題があるんだ!だかれ付かせればいいだけだろう。」


職員1「それがだれもやりたがらなくて。」

ジュン「なぜだ。」


ユイ 「私がいると本当に怪奇現象が起こるからよ。

    そして、撮影する度に必ずだれかが怪我をしている。

    だから視聴率もいいのだけれど。」

ジュン「ばかばかしい。

    幽霊が怖くて、同行したくないって言ってるのか!」


ユイ 「あら、あなたは怖くないの?」

ジュン「幽霊など居るわけないだろう。」


ユイ 「なら、あなたが来なさいよ。」

ジュン「オレは社長だぞ。」


ユイ 「現場を見るいい機会じゃない。素人なんでしょ。」

ジュン「お前に乗せられるのはしゃくだが、私の本気を見せるいい機会だな。」


ジュン「私が同行する。そう伝えろ。」

職員1「分かりました。制作サイドにお伝えしておきます。」


ジュン「ついでにお前のコンサートも同行しようじゃないか。」

ユイ 「それは全力でお断ります。」


~~ポルターガイストの小屋~~~~~~~~~

心霊スポット撮影日当日。


時刻は19時半。

ユイとオレ、そして撮影スタッフの2人は、

幽霊がでるという小屋を目指して夜の森を歩いている。


実は、目的の山小屋までは歩いて5分くらいのところまでは車で行ける。

だがそれではテレビにならないということで、山道を歩いて、小山で行くこととなった。


ユイがライトを持って1人先頭を歩く。

その後ろをディレクタ兼カメラマン、音声録音兼機材持ちAD、

オレの3人が並んで付いて行く。


???「ガァアアーーー。」

ユイ 「今の声なに?」


動物なのか人間なのか区別のつかない音声だ。


ユイは、音が鳴った方をライトで照らすが、特に何もない。


ジュン  「猛獣か?」

ディレクタ「この辺りに危険な動物はいないと住民から聞いてる。」

ジュン  「ほんとうか?

      聞いたことない動物の声だぞ。

      この暗闇で襲われたらしゃれにならん。」


音は遠くから聞こえたとは言え、もし先ほどの声の主が獣ならば

光に向かってこちらに向かって来る可能性はある。

背中に悪寒が走り不安が増す。

オレは何があってもアーティスト、ユイだけは守ると心に誓う。


ユイ   「左の方で、影が動いた。」

AD   「あ!ライトのような光が見えた。」

ディレクタ「どこだ。」


AD   「ユイさんが指さした方向です。」

ユイ   「怖ーい。」

ジュン  「ちょっと待て、森の中だぞ。こんな時間に人がいるはずがない。」


AD   「本当にライトらしきものが見えたんです。」

ジュン  「我々の明りが何かに反射したんじゃないのか?

      さっきの声の方が気になる。もし獣がいたら大変だ。」


ジュン  「小屋へ急ごう。ユイ、進むぞ。」

ユイ   「意外と頼もしいわね。」


ジュン  「見直したか。ユイは意外と乙女だな。」

ユイ   「カメラが回ってるから。」

ジュン  「そうかい。」


ジュン  「しかし、良くこんな仕事受けたな。」

ユイ   「社長のあんたが言う?

      事務所のために決まってるでしょ。

      あと、一般の人に高感度上がるし。」

ジュン  「そうですか。

      最後の一言で、私の好感度は下がったけどな。」


撮影は続けられ、道があるのか、ないのかわからない森の中を

ひたすらまっすぐ歩くこと1時間。我々は目的の小屋へ辿り着く。


この小屋はだれも住んでいない。

中は真っ暗で、電気もない。

携帯の発電機で小屋の中を照らす。


小屋は、山道沿いあり大きさは12畳ほどの広さがある。

だれでも自由に使え、日中は休憩を取る人はいるが、宿泊する者はいない。


今回、ここに来た理由は、ここで休憩した人の噂で、

物が自然に動くとか、変な音が聞こえるというポルターガイスト現象を体験したという

多くの証言を聞きつけ、我々はそれを検証しに訪れたのである。


撮影は、部屋の中心にユイを座らせ、何か起こることを期待して録画する。

30分経過したが何も起こらない。

オレは、ポルターガイストよりも先ほどの声の主の方が気になっていた。


ユイ 「きゃ!」

ジュン「どうした?」


オレは、ユイのそばへ行く。


ユイ 「今、だれかに肩を叩かれました。」


ユイを見ても特に周りになにもない。


ジュン「バカな。オレたち以外ない居ないぞ。」

ユイ 「そうよね。ごめんなさい。」

ジュン「あやまる必要はない。」


ユイ 「イヤーー。」


見えない誰かに引っ張られ、ユイの左腕がピーンと伸びる。

ユイは立ち上がると同時に、ユイがオレの胸元へと倒れて来くる。

オレは、正面からユイを受け止め、抱きかかえるようにして後ろに倒れた。


ユイ 「ごめんなさい。」

ジュン「いい。それより、どうした?」


ユイ 「誰かが、私の左腕をつかんで引っ張ったんです。」

ジュン「おいおい、誰かって亡霊がか?」


ユイは左腕をオレに見せる。

赤くなっている部分があり、確かにその部分の跡が、誰かに握られたように見える。


周りの言う通り、ユイと居ると不思議な現象が起こるようだ。

この部屋には我々4人しかいない。

そして、ユイは部屋の中央に一人で座っていただけ。

この現象を説明するには、幽霊の存在を信じるか、自作自演しか考えられない。

見ていた限り、自作自演には思えなかった。

となると幽霊の存在を信じるしかない。


その後、再度30分、撮り直したが何も起こらなかった。

ユイは度胸が据わっている。

あんなことが起こったのに、撮影を再開したのだ。

もしかして慣れているのだろうが、少し彼女を見直した。


ディレクタ「これ以上、なにも撮れそうにないな。

      作業を中止して次の現場へ向かおう。」


ディレクタ「ここでの取れ高はゼロだな。」

ジュン  「なぜです。道中、叫び声が取れたじゃないですか。」


ディレクタ「あの声だけでは弱い。あの声に伴って何かあったらよかったのだが。」

ジュン  「なら、ユイが引っ張られたのは?」


ディレクタ「あれは、やらせだと言われるのがおちだ。」

ジュン  「だが。」

ディレクタ「わかるよ。私も見てたし。

      でも視聴者は、あの映像見てどう思うかな。」


ディレクタ「これはお互いにとっていいことなんだ。

      番組のイメージが悪くなるだろうし、ユイさんだって叩かれる可能性がある。

      今までの映像が全てやらせだったんだって事にはしたくない。」

ジュン  「制作に関してはお任せしてます。

      私が口出すことではなかったですね。

      申し訳ない。」


ディレクタ「ユイさんが頑張ってくれてるんです。

      次の現場で、いいのが取れることを期待しましょう。」

ジュン  「そうですね。こんな場所にまで来てるんですから、

      放送してもらわないと困ります。」


我々は車で次の現場へと移動した。



~~廃墟の病院~~~~~~~~~


車は廃墟となった病院の前に到着する。

ここでは亡霊を見たという噂が絶えず、肝試しのスポットとなっている有名な名所である。

噂では、地下にある死体安置所で亡霊を見たという証言が多い。

かなり期待できる場所だ。


現在、深夜2時。

さすがにこの時間帯は誰もいない。想定通りだ。


ディレクタ「撮影はここから始めます。

      先ほどと同じで、ユイさんが1人で病院の中を散策する感じで撮ります。

      我々が後ろから付いて行きますので。

      何か見つけたら我々に話しかけて頂いて結構ですので。」

ユイ   「分かりました。このまままっすく進んで入口から入っていいいんですか?」


ディレクタ「はい。歩くルートは、入口から入って1Fの部屋を見て回り、

      地下へ降りていただく感じです。

      こちらから指示を出しますので、ユイさんは気の向くまま進んでください。

      気になったところがあれば、それを口に出したり、

      指を指して頂けると助かります。」

ユイ   「分かりました。開始していいですか?」


ディレクタ「準備できてる?」

AD   「いつでもOKでーす。」


ディレクタ「では始めましょう。」


・・・


ユイ   「今回、私は有名な心霊スポットの前にいます。

      見てください。後ろの建物。なんだかわかりますか?

      面影はありませんが、かつては病院だったところです。

      そうです。病院の跡地なんです。

      これからあの中へ入っていきますが、聞くところによると出るらしいんですよ。

      白衣の亡霊が。

      入る前から怖いんですけど。入らなきゃダメ?」

ディレクタ「ここまで来て入らないなんてことあります?」


ユイ   「だって台本には『ユイ、人間ドックを受ける』って書いてましたよ。」

ディレクタ「間違ってないです。ここで診察して頂こうかと。」

ユイ   「えー。」


私と関係する女性は皆、たくましいというか、努力家なのか、尊敬に値する人達だ。


ユイもまたその一人だ。彼女はアーティストである。

何曲も大ヒットを出し、何万というファンが付いている。

本来こんな仕事などする必要はない。十分成功しているのだから。


10代、20代だけでなく、多くの人に自分を知ってもらいたいと

彼女はどんな仕事も引き受けている。

それによって、事務所の知名度は上がり、エンタメや役者の仕事が舞い込んでる。

そう彼女は自分を育ててくれた事務所のために恩を返そうと頑張っているのだ。


今日、ユイと一緒に居て分かった。彼女は基本優しい人間である。

そして、決して高飛車ではないということだ。


初対面でオレに食って掛かって来たのも、今思えば、

誰も言えないから彼女が代表してオレの真意を確認したのだ。

そして、全力で取り組むよう鼓舞させるために、挑発的な態度をとったということも。


オレは、ユイにまんまと乗せられたということになる。



~~診察室~~~~~~~~~

確かに建物の外観だけでは病院とはわからないが、中へ入ると病院だったことがわかる。

我々は、廊下を歩き、2つ目の診察室の居る。


壁に血の跡があったり、人のように見えるシミがある。

これらは、ここに来た人を怖がらせようと、誰か書いたいたずらだろうとオレは判断した。

オペ室ならともかく、診察室の壁に血が付くわけがない。


だが、テレビとしては絶好のアイテムである。

ユイが頑張っているのだ。

このロケを無駄にしたくないので、オレは口を出さない。


♪ギ、ギ、ギー。


ユイ   「今、音、しませんでした?」

ディレクタ「したね。」


♪ギーー。


ユイ   「何の音かしら?」

ジュン  「あぶない!」


1.8mある鉄製の棚が、ユイに倒れて来た。


ジュン  「うっ」


オレはユイを抱きかかえ、背中で棚を受け止める。

片足と背中に棚の重みがのしかかる。

ヤバイ。尋常でない重さだ。


ユイ   「ありがとう。」

ジュン  「いいから早くどけ。」


ユイはオレから離れる。


♪バターン


ユイの安全を確認し、オレも避難する。


ジュン  「怪我してないか?」

ユイ   「怪我はしてません。」


ジュン  「ならいい。お前は稼ぎ頭だからな。ここで怪我されては困る。」

ユイ   「そうですね。この後も怪我しないよう注意します。」


ディレクタ「大丈夫でしたか?」

ジュン  「身体は頑丈なので、問題ありません。」


ジュン  「ところで、なぜこの棚が倒れたのです?」

ディレクタ「この棚、ボルトで固定されてたようだけど。

かなりボルトがさび付いてるな。ぼろぼろだ。」

ジュン  「それにしたって、抜けて倒れるわけないでしょ。

      鉄の棚ですよ。」


AD   「大変です。」

ディレクタ「どうした?」


AD   「今のV(録画テープ)を確認したら、窓の外に白い影が映ってます。」

ディレクタ「ほんとうだ。」


ガラスのない窓枠の外で白い影が横切り、そのあと棚が倒れた映像が撮られていた。

白い影をスローで再生してみるが、外が暗く一瞬で通りすぎているため、

人のようにも見えるし、白い布のようなものが飛んでるようにも見え、

何が横切ったのかわからない。


AD   「噂の亡霊ですよ。」

ディレクタ「だといいな。この映像を取れたのはでかい。

      こいつが何なのか編集室で分析してもらおう。」


ディレクタ「とりあえず、だれも怪我してなくてよかった。」

ジュン  「撮影を続けましょう。出来そうか?」


ユイ   「私は大丈夫です。できます。」

ディレクタ「ごめんね。毎回怖い思いさせちゃって。」


ユイ   「気にしないでください。仕事なので。

      あと、私、結構楽しんでやってるので。」

ディレクタ「そう言ってもらえると。助かるよ。」


AD   「いつでもOKでーす。」

ディレクタ「不自然だからこの棚に触れてから進もうか。」

ユイ   「白い影はどうされます?」

ディレクタ「あれは編集で気づいたことにするから触れなくていいです。」

ユイ   「分かりました。」


・・・


ユイ   「怖かったー。突然、正面の棚が倒れてきました。

      見てくださいよ。こんな大きなものが倒れて来たんですよ。

      ここに住むという亡霊の仕業なのでしょうか?

      もう少しで怪我するところでした。

      マネージャーさん!怪我してませんか?」


マネージャー? オレのこと?


ジュン「怪我してませんよ。」

ユイ 「よかった。助けてくれてありがとう。」


オレにお礼を言いたかったのか。

テレビを使って言って来るとは。


ユイ 「見てください。ユイもどこも怪我してません。

    私達はちゃんと撮影の許可と取ってここに来てますけど、

    このようにここの建物は非常に危険ですので、

    くれぐれも皆さんはここへは来ないようにお願いしますね。」


ユイ 「では、隣の部屋へ行ってみましょう。」


手慣れたもんだな。動揺しているだろうに。

それをみじんもかんじさせない。

いろんなプロが居るんだな。


ユイ 「次の部屋は。んーん。

    消えかかっていて読み辛いですけど、

    X線照射室って書いてあります。

    X線って何? レントゲンとか取るところかな?

    入ってみましょう。」


部屋の中には大きな医療機器がたくさん山積みされていた。


ユイ 「凄いのがいっぱいある。ユイには何する機械かわからないけど。

    当時はハイテクな病院だったんじゃないですか?」


♪ガーーン


ユイ 「きゃー」


ユイの周囲に亀裂が入り、床が5cmほど陥没した。

ユイはしゃがむ。


オレは、床が抜けると思い、ユイの元へと走る。


♪ガーーン


また、床がさらに陥没する。これは本当にやばい。

オレは、ユイを抱きかかえ。

立ち上がろうとしたとき。床が抜け、

オレとユイは地下へと落ちた。


さらに、抜けた穴の周りが崩れ、

次から次へと瓦礫が落ちて行き、床にできた穴は大きくなる。

そして最悪なことが起こる。

山積みの機器も傾き、崩れ、穴の中へと次々に落ちて行ったのだ。


ディレクタとADは何もできず、ただただ、その光景を見ているしかなかった。


・・・


ディレクタ「ユイさーん。マネージャーさん。

      生きてますか?返事してください!」


ディレクタは1Fから下に向けて2人を呼び続けた。

ライトを照らして底を覗くと瓦礫の山になっている。

どう見ても生きているとは思えない状況だ。


AD   「ダメです。入れません。

      下の部屋は扉が変形してて、開けることができません。」


ディレクタ「警察と消防は?」

AD   「連絡してあります。すぐ来てくれるといいですが。」



ジュン  「おーい。」

AD   「声が聞こえた。」


ディレクタ「生きてるかー!」

ジュン  「マネージャーだ。ユイとオレは無事だ。」


ディレクタ「ここからだと良く見えない。」


ライトを照らしても、がれきの山で2人が見えない。


ジュン  「身動きが取れない。」


ディレクタ「動かない方がいい。危険だ。

      消防を呼んだから助けがくるまでじっとしてろ。」

ジュン  「わかった。」


オレは仰向けで倒れ、ユイを抱きしめていた。

ユイの顔はオレの胸にあり、ユイがオレに乗っかている体勢だ。

暗くて何も見えないが、がれきに覆われて身動きができない。


ジュン  「生きてるか?ユイ。」

ユイ   「生きてるみたい。」

ジュン  「どこか痛いところあるか?」


ユイの背中をさすり、何も刺さってないのを確認する。


ユイ   「多分、どこも怪我してないと思う。」

ジュン  「そうか。」

ユイ   「また助けられました。」


ジュン  「今日で何度目だ。3回か。どう考えても不自然だろう。

      まぁいい、今は考えないようにしよう。」


ユイ   「社長はどうなの?」

ジュン  「何が。怪我か?」


ユイ   「はい。」

ジュン  「ああ、オレも運がいいな。どこも怪我してない。」


それは嘘だった。全身が痛い。

特に背中だ。ゴツゴツした上に落ちたようだ。

もしかしたら、もう立ち上がることはできないかもしれない。

この痛みはやばそうな感じだ。とにかくオレはどうでもいい。

ユイさえ助かればオレは死んでもいいと思っている。

替えの身体があるのだから。


ジュン「しかし、この状況でよく2人とも助かったな。」

ユイ 「私達、悪運強いのかしら。」

ジュン「そうだな。普通なら死んでるぞ。オレら。」


ユイ 「重くない?」

ジュン「ああ。重い。」

ユイ 「もう。」


ジュン「悪い事もあるが、良い事もあるな。」

ユイ 「良い事て何よ?」


ジュン「超有名アーティストと抱き合ってる。」

ユイ 「こんな時にバカなこと言わないでよ。」

ジュン「こんな時だから楽しもうぜ。」


♪ギギギ

嫌な音が周囲から聞こえてやがる。


ジュン「救助が来る前に、上の瓦礫が崩れたら

    オレたちは間違いなくあの世行きだ。」

ユイ 「楽しい話しするんじゃなかったの?」

ジュン「楽しいだろう?」


♪ギギギ


音が鳴る度に、ユイの全身に一瞬力が入るのがわかる。

直ぐに力が、すーっと抜けるのも伝わって来る。

オレに身をゆだねているのを感じる。


♪ガラガラ、ドーーン。


ユイ 「きゃっ。」


どこかが崩れた。

ここでなくてよかった。


♪ギシ、ギシ


やばい、オレらの周辺で変な音が鳴り出した。

終わりか。


ジュン「オレは、とことん付いてないな。」

ユイ 「ごめんなさい。私のせいです。」


ジュン「ユイのせいではない。オレのせいかもだ。

    東京に来てから、悪い事しか起きてない。」

ユイ 「なら、社長のせいね。」

ジュン「面白いな、お前は。」


ジュン「こんな時に不謹慎だけど。

    実はこの状況、楽しんでる。」

ユイ 「わかるわ。すごく同感できる。

    5万人の前でステージに立ったり、こんなテレビに出演しているから、

    感覚がおかしくなってるんだと思う。」


♪ギシギシ


ユイ 「流石に音が鳴ると怖いわ。」


ジュン「1週間。1週間休みが出来たら何がしたい?」

ユイ 「突然なによ。」


ジュン「いいじゃないか。楽しい話ししようぜ。」

ユイ 「家でぼーっとするわ。」


ジュン「お前、意外と暗いな。もっとアクティブだと思ってたよ。」

ユイ 「だって、仕事で各地を回ってるのよ。

    テレビで美味しいものも散々食べてるし。

    私用で旅行したって、仕事してるみたいで楽しくないわ。

    あと、外出たら声かけられるし、休息なんてできないのよ。」


ジュン「有名人は大変だな。」


ユイ 「社長はどうなの?」

ジュン「オレか。オレは休みの日も働くよ。

    振り返ると、つまらん人生送ってな。」


♪ギー、ガシャン


近くで何かが崩れた。


ユイ 「死んだら天国行けるかしら。」

ジュン「死なないから安心しろ。」


ユイ 「なんでそんな事言えるのよ。」

ジュン「ここで死ぬなら、落ちた時点で死んでる。

    オレたちは悪運と幸運の両方を持っていると思わないか。」


消防隊「消防隊だ。生きてるか?」


ついに助けが来た。オレたちの緊張が解ける。


ジュン「生きてるー。ここに2人居る。閉じ込められて動けない。」

消防隊「君たちの場所は把握している。救助するから、じっとしててくれ!」


ジュン「分かりました。」


♪ギー、ガタガタ


オレたちの周囲の瓦礫が動く。

オレは、ユイを強く抱きしめる。


♪ガラガラ


ユイ 「きゃーーー。」


オレは死んでいい。

幽霊でも何でもいい。頼む、この子を守ってくれ!


♪ドシャーーン


1Fから覗く消防隊のライトが眩しい。

周囲がはっきりと見える。

ユイの上にあった瓦礫が横へと転がり、天井に大きな穴が開いてるのが見える。

あそこから落ちてきたのか。


オレたちの上に覆い被さっていた瓦礫の山がなくなった。

これらは消防隊の仕業ではない。

自然と崩れ、オレたちは助かったのだ。


ユイ 「私達、助かったよ。」

ジュン「な、言っただろ悪運と幸運の持ち主だって。」


ユイは、ライトに照らされるオレの顔を見て驚く。

顔が血だらけだったのだ。


ユイは上半身を起こし、オレの上半身を見る。

腕や肩、脇の服がぼろぼろで血だらけだ。見るに堪えない状況であった。

ユイの服にもオレの血が付いている。


消防隊「危険だから、まだ動かなで!」

ユイ 「早くしてください。社長が、社長が。」


オレは、全身にまったく力が入らない。

あれ、起き上がれない。

しゃべるのがやっとだった。


振るえるユイの手を握る。


ジュン「落ち着け!オレは大丈夫だ。どこも怪我してない。」

ユイ 「しゃべらないで!じっとしてて!」


あれ、オレの手が真っ赤だ。


♪ドーーン


今度は何だ!

この部屋の扉が重機によって破壊され、消防隊が入って来た。


ユイ 「社長を先に病院へ運んでください。」

ジュン「オレはいい。彼女を先に。」

ユイ 「黙ってて!」


消防隊「応急処置してから2人いっしょに運びますので。

    そのまま動かないでください。」


その後、2人は担架で運ばれ、病院へ直行した。

救急車の中では、今までの緊張がほどけたせいか、

2人とも眠ってしまった。


~~病室~~~~~~~~~


次の日の朝。

オレは上半身を起こし、ベッドでおとなしくテレビを見ている。

ワイドショーで、ユイが怪我したことが放送されている。

どの局を見ても、ユイの撮影事故でもちきりだ。

そりゃそうなるか。

多くの報道がここへ押し寄せて来てるが、病院側が拒否しているため入って来れない。


病室は個室で、ユイは隣の部屋にいる。


♪コンコン。


ユイ 「入っていい?」

ジュン「どうぞ」


ユイ 「元気そうじゃない。」

ジュン「お前、出歩いていいのか?

    ちゃんと先生に許可とったんだろうな。」


ユイ 「許可も何も。私、どこも怪我してないんだから平気よ。」

ジュン「1日は安静にしろと言われてるんだろう。」


ユイ 「ここに来るだけならいいじゃない。

    一応、心配だから見に来てあげたのに。」

ジュン「ご覧の通りピンピンしている。」


ユイ 「ミイラみたいな格好でよく言うわよ。」


オレが全身に包帯で巻かれている姿を見て、ユイはクスクス笑う。

オレの怪我は、幸い全身を切り傷と打ち身だけですんでいた。

脳も内臓も損傷はなく、骨も折れていなかったのだ。


ユイは、オレの診察結果を知った上でここに来てる。


ジュン「大げさなんだよ、この病院は。

    午後から事務所に戻ろうと思う。

    お前は、一日ここでじっとしてろ。」

ユイ 「ずるい。なら私も事務所に行くわ。」


ジュン「報道が騒ぐから1日はここに居ろ。業務命令だ。」

ユイ 「こんな時に権限使うなんてひどくない!」


オレはベッドから出て立ち上がる。


ジュン「痛た、た、た。」

ユイ 「社長の方が数日安静にしてた方がいいと思うけど。」


ジュン「これはかすり傷だ。怪我には入らない。」

ユイ 「1カ所ならともかく、どう見ても尋常じゃないですけど。」


ユイ 「何してるの!」

ジュン「見りゃわかるだろう。包帯を取ってるんだよ。」


ユイ 「ちょっと、もっと身体を大切にしなよ。」

ジュン「お前はオレのおふくろか。」


ユイ 「事務所は午後からなんでしょ。今から何する気?」

ジュン「下の報道が他の患者に迷惑を掛けてるから帰ってもらうよう叱って来る。」


ユイ 「なら私も付いていくわ。元気な姿を見せればファンも安心するでしょ。」

ジュン「確かに、それは一理あるな。」


ユイ 「素直じゃない!」

ジュン「オレは、ちゃんと人の話を聞く男だ。

    よし、会場押さえて記者会見を開こう。

    医者を同席させて怪我の報告をしてもらえれば、騒ぎは収まるだろう。」


ジュン「頼む。協力してくれ。」

ユイ 「いいわよ。これで1つ貸しね。」


ジュン「オイオイ。昨日、何度も助けたぞ。

    貸し借りで言うなら、オレの方が貯金があるはずだが。」

ユイ 「分かったわよ。

    じゃあ、あと2回言うことを聞いてあげる。」


ユイ 「あと、あなた。『ワタシ』から『オレ』に口調が変わってるわよ。」

ジュン「それは自覚している。

    猫被るのが面倒になったただけだ。

    これが本当のオレだ。」


オレは、事務所へ連絡し、記者会見をするよう会場の手配から、

報道陣への通知をスタッフにさせた。

そして、午前11時から1時間、事故の報告を行った。

ユイへの質問攻めがきつかったが、ユイは元気に応対し、

国民を安心させることが出来た。


会見後、ユイは病室へ戻り、オレは元郷田組へと向かった。


~~PMCプロテクトマネージメントカンパニー~~~~~~~~~


オレは屋敷の1室にいる。

ここは元郷田組の跡地で、今はボディーガードを手配するオレの会社となっている。


ジュン「そうか突き止めたか。」

諜報員「ターゲットは、西条実(サイジョウミノル)34才、

    涼風ゆいの元マネージャーをしておりました。

    半年前にプロダクションTESから青葉芸能へ転職されたようですが、

    折が合わず先月退職し現在無職のようです。」


ジュン「そんなやつが、なぜユイを狙う。」

諜報員「西条は、涼風から個人的に3000万円の借金をしています。

    その借金をなくそうと今回の事件を起こしたのではないでしょうか。」


ジュン「亡霊に見せかけてユイを殺害したかったのか。」

諜報員「おそらくは。」


諜報員「西条の処分は如何されますか?」

ジュン「むすかしい。こいつを今すぐにでも牢屋にぶち込みたいところだが。

    こいつの悪行が世間に知られたら。

    事務所内でのいざこざで発生した、やらせ事件にすり替わってしまう。」


ジュン「ユイが個人的にこのマネージャーにお金を渡しているとなると

    元恋人という噂にもなるだろうな。」

諜報員「そんな噂、立ちますかね。涼風さんですよ。」


ジュン「いままで清楚で好印象だったからこそ確実に立つ。

    少なからずアンチがいる。

    嘘の情報でもバラまかれたら、全国に知れ渡るのは一瞬だ。

    その嘘を事務所が釈明したらしたらで、

    逆に真実ではないかと疑われるだろう。」


ジュン「事務所の方もただでさえ現社長の不祥事で世間のイメージが悪い上に

    ユイの問題が出たらヤバイ。

    どの局もうちのタレントを避けるようになる。」


諜報員「3000万円は、事務所から横領したことにすればいいのでは?」

ジュン「だめだ。ユイの口座から直接引き落とされている。

    裁判で嘘がばれてしまう。」


・・・


諜報員「では涼風さんは個人のブランドを所有しているので

    その会社から横領したことにするのはどうでしょう?」


ジュン「なるほど。

    ユイの個人口座をブランド会社の口座にしてしまって

    新事業するのに3000万を融資したことにするんだな。」

諜報員「ざすがです。如何でしょう?」


ジュン「それで進めよう。帳簿も偽造しておいてくれ。」

諜報員「了解しました。」


諜報員「裁判で西条が、横領ではなく、

    個人的に借りた金だと主張されたらどうしましょう?」

ジュン「だから帳簿を偽造するんだろ。

    これが証拠になるから何を騒いでも無駄だ。」

諜報員「私も同じ考えです。一応確認したまでです。」


ジュン「ユイにはオレから説明しておく。

    お前は頼りになる。これからも頼む。」

諜報員「社長ほどではありません。」


今回の事故は、ユイの元マネージャが引き起こした。

殺人未遂であることを警察に報告し、証拠も提出した。

すると警察の動きは早く、元マネージャーの確保に乗り出し、

その日の内に逮捕された。


メディアの反応も早かった。

元マネージャーが逮捕されてわずか数分後には、ニュースが流れ出したのだ。

そして、うちの事務所に報道陣が押し寄せたのである。


想定通り、押さえていた会場で記者会見を開く。

関係者は、オレとユイの2人が出席した。

オレがまづ事実関係を説明する。


昨夜、テレビの撮影でユイが死んでもおかしくない事故に遭ったということ。

それは、本日逮捕された元ユイのマネージャーの単独犯の仕業であったこと。

証拠と供に説明した。


ではなぜ、犯行に至ったかは現在取り調べ中で、動機は不明であるとした上で。

ユイの事務所からだまし取った3000万円をうやむやにするためだったのではと、

我々は想像していることを伝えた。


3000万円もの大金をだまし取られた経緯は、

元マネージャーが新事業をするということで、ユイに話を直接持ち掛けられ、

自分を育ててくれたマネージャーへの恩返しとして資金提供を承諾しと説明した。

元マネージャーで信頼していたし、敏腕であったことから、

騙されるという発想はなかったことも強調した。

そして、マネージャー逮捕されるまで、新事業事態が初めから嘘であったことを

知らなかったことも伝えた。


騙されたという根拠は、渡した3000万円が、元マネージャー個人の

借金返済に使われたことを理由とした。


説明後、報道陣からのユイへの質問が集中する。

どうして調査もせず簡単に大金を渡したかに焦点が集中する。

ちょっと調べれば新事業が嘘であることはすぐ分かったはずである。


新事業は表向きで、恋人同士だったから借金返済を肩代わりしてあげたのでは?

等の質問がだされた。

だがユイは、自分が事業者として無知であったことと、

自分を育ててくれたマネージャに恩を返すためだったと

誠心誠意で返答した。


この記者会見は、同時にネットでライブ配信もさせた。

理由は、マスコミに断片的に切り取られた内容で偏向報道させないための対策である。


この作戦が功を制したのかはわからないが、ほとんどの局が、

信頼していた元マネージャーからお金をだまし取られた上に

殺害されそうになった悲劇のヒロインとして報道され、

ユイへのマイナスイメージを迂回することに成功した。


国民のほとんどが、こんな純粋な子を騙して殺すなんて、と同情してくれ人が多かった。

だが、成功しているユイを妬んでいる者もおり、

国民の全てが肯定的に捉えられた訳ではなかった。


ただ、そばで見てたオレの印象は大きく変わった。

本当に純粋でいい子だということだ。


ユイとしては今回の記者会見は嘘、偽りなく釈明したいと申し出ていた。

だが、オレが事務所を守るために芝居をしてくれてと頼み込み、

しぶしぶ呑んでくれた結果である。

確かに、新事業を名目にお金を貸したというのは嘘だ。

だが、元マネージャーに恩を返すためにお金を貸したのは事実だし、

殺されかけたのも事実である。

なので、全てが嘘という訳ではない。


記者会見後、オレとユイは事務所へ戻っていた。


ユイ 「個人的には、あなたという人間を信用することにしたわ。」

ジュン「どうした?えらく評価してくれるじゃないか。」


ユイ 「でも所属アーティストとしては、

    経営者としてのあなたをまだ認めてないから。」

ジュン「上げて、下げるパターンか。」


ユイ 「だってそうでしょ。まだ何にも成果出してないじゃない。」


いいじゃないか。今回の件でオレが本気だってことさえ分かれば。


ジュン「めんどくせぇ女だな。」



~~後日談~~~~~~~~~

さて、本来の目的は、前田を研究所へ連れ戻すために、

オレは再びガイヤへやって来たのだが、

なぜか芸能事務所の社長代理を無理やらさることとなる。

一緒に帰るどころかオレまで滞在するはめになってしまった。


引き受けた当初、任期中無難に業務をこなせばいいだろうという甘い考えでいた。

社員および所属タレントはユイにお礼をした方がいいぞ。

オレを本気にさせたのだから。


ユイの霊感についても触れておこう。

ユイと行動を共にすると霊的な力で災害に遭うなどと騒いでいたが、

果たしてそんな能力を彼女は持っていたのだろうか?


確かに廃墟となった病院で災害に遭遇した。

だが、あれは元マネージャーによる人災だ。霊などまったく関係がない。

その前の小屋だって、気づかれていなかったが周囲にオレのボディーガードを配置していた。

ADが見たという光は、ボディーガードの1人だったのだ。


周りが恐れているような怪奇現象は発生しなかった。

不明な鳴き声も確かにあった。だがあれっきり何も起きてない。


でも一つ説明できないことがある。

小屋の中で起こった、ユイの腕にできた手形のあざだ。

あれを説明するには、あの場でユイ自身が自分であざを付けるしか方法がない。


ユイはそんなことするだろうか。


-- 5話 完 --



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― 新着の感想 ―
[良い点] 50日というタイムリミットの発生に驚きつつ。前田さんやジュンが地球に愛着を持っていくれているように感じられて、なぜか嬉しくもあり。涼風さんというまた魅力的な女性が現れ、面白かったです。 […
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