第二話 ガンバってる女性って応援したくなるよね
~~研究室~~~~~~~~~
同僚女「どうします?候補。」
助手 「1万ほど目星をつけてますが。種はまき終わってます。」
ジュン「もうしばらく観察は必要だが、どれも大気が安定するとは思えない。」
助手 「ですよね。」
同僚女「いいのそれで。知能生物が誕生しなかったら私達やることなくなるわよ。」
助手 「もう少し、探してみます」
助手 「もし生物が誕生しなかったら、このチームは解散になるんですよね。」
ジュン「そのときはテーマを変えればいい。」
同僚女「同時にメンバーも変わりますね。」
助手 「ガイヤを新実験室へ移動できれば。」
ジュン「どうやって?」
助手 「ですよね、無理か―。もったいないな、あそこまで文明が発達したのに。」
同僚女「そうね。私も愛着があるから消えてしまうのは寂しいわ。」
ジュン「仕方ないだろう。実験室の耐久年数はとうに過ぎてる。
今使えてるだけもラッキーだと思わないと。」
研究室に12台のモニタがあり、
随時ガイヤの情報を表示している。
内3台は各地の風景を10秒毎に映しだしている。
オレたち3人は、ただそのモニタを眺めていた。
ジュン「もうこの星からは目新しい情報は得られないだろうな。」
助手 「そっかー。ガイヤを移動させてもダメですか。」
助手 「わかりました。あと100個は見つけます。」
ジュン「やる気があってうれしいよ。」
助手 「だって、このチーム好きだから。」
ジュン「一区切りついたことだし。今から10時間ほどガイヤへ行って来る。」
同僚女「10時間って。1カ月も?」
同僚女「いくら何でも長すぎない?仕事に復帰できるならいいけど。」
ジュン「心配ご無用。ガイヤで仕事もするつもりだから。」
同僚女「なになに?」
ジュン「何だよ。」
同僚女「向こうで、女、作った?」
助手 「それはないです。博士には無理ですから。」
ジュン「それは、わからんだろう。」
助手 「えー、居るんですか?」
同僚女「なるほど、いないみたいね。」
ジュン「わかるんだ。女って怖え。」
同僚女「仕事も兼ねてるなら、私はかまわないわ。」
ジュン「おう。サンキュー。」
助手 「博士、なんか変わりましたよね。」
ジュン「そうかい!」
同僚女「いいじゃない。人間味が出て来て。」
助手 「おれも行きたいな。」
ジュン「次な。」
同僚女「あんたは自分の仕事がすべて終わってからね。」
助手 「怖。」
オレはベッドに横たわり、ヘルメット型の計器を装着する。
左のモニタに『ダイブ』と書かれた大きなボタンを押す。
目を閉じると、VR感覚で異次元の部屋が映し出される。
部屋の中には4人の男性が立っている。
前回の男に触れる。
~~東京~~~~~~~~~
♪ウィーーン
棺桶の1つが開く。
ふたが開くと同時に目を覚ます。
男は立ち上がり、部屋の灯りをつける。
見慣れた光景が目に入る。
いつものように窓際へ行き景色を眺める。
ジュン「また夜中か。ここからの眺めは最高だ。」
壁の時計を見る。
ジュン「2018年! 約9年ぶりの東京か。変わってないな。」
オレはふと前回の旅行を思い出す。
女性とあんなに楽しく会話したことは人生になかった。
人にボコボコに殴られたことも、銃で撃たれたことも。
それがきっかけなのだろう。
更なる刺激を求めて、オレはまたここへ来てしまった。
ジュン「23時ならいいか。前田に連絡してみよう。」
前田は、オレと同じ外側からやって来た人物である。
経済研究チームの1人であり、
60年ほど前からここ東京に住みついている。
今では金融界に影響を当たる1人になっていた。
~~MAEDAコンサルティング~~~~~~~~~
ジュン「前田だよな?」
前田 「あぁ、7年前からこの体を使ってる。」
ジュン「変な感じだ。」
前田 「前回も同じこと言ってたぞ。」
前田 「10年ぶりくらいか。」
ジュン「お前はな。オレは1ヵ月ぶりだ。」
前田 「で、今回もバカンスか?」
ジュン「ここ気に入ったんで、1カ月、仕事しながら生活してみようと思って。」
前田 「いいね。ここは楽しいぞ。」
前田 「1度、私も研究室に戻る必要があるけど。
あと3カ月はここに居るつもりだから、何かあったら遠慮なく連絡してくれ。」
ジュン「ああ、そうさせていただく。」
ジュン「ところで、この星に何年いるんだ?戻ったら目が開かないなんてことのないように。」
前田 「おいおい怖いこと言うなよ。」
ジュン「冗談ではないぞ。」
前田 「そうだ、頼まれてたやつ、作っておいたぞ。」
キャッシュカードとマンションの鍵を受け取る。
ジュン「仕事早いね。もう出来てるのかよ。」
前田 「ジュン個人のカードだから自由に使っていい。」
ジュン「こんな夜中に無理言ってすまんな。すげー助かる。」
前田 「ああいい。感謝しているのはこっちの方だから。
この星を紹介してくれたのはすごく助かった。
住民に我々の言語を教えたのはもっとデカい。」
前田 「興味本位に聞くんだが、オレたちの言語が使われてるのが日本だけなんだが。
いったいどうやったんだ?」
ジュン「なにが。」
前田 「普通に考えたらおかしいだろう。
世界に影響を与えるほどの経済大国になったんだ。
だが、他の大陸でこの言語がまったく使われてない。
その秘密を教えてくれ。」
ジュン「実はオレにもわからん。」
前田 「OK、秘密ってことなんだな。」
ジュン「いや、本当だって。」
前田 「分かった、分かった。そういうことにしとく。
どうせオレには専門外だ。
聞いたところで理解できんだろう。」
前田 「そのカードには1000億円入ってるから。」
ジュン「そんなに貰って大丈夫なのか。」
前田 「大した額じゃないから気にするな。ただし、数日でそれを使い果たすのは止めてくれよ。」
ジュン「国が傾くからか?」
前田 「そんな額ではこの国はびくともせん。税部署とかが厄介なだけだ。」
ジュン「税・・?」
前田 「とにかく、あとで面倒になるなら1日で数億使うようなことはしないよう頼む。」
ジュン「了解したが、1日で憶使うのは無理だろう。」
ジュン「この鍵は?」
前田 「オレが確保してあるマンションの1つだ。
自由に使っていい。家具は揃えてある。
まだ誰も使ったことないから綺麗だぞ。」
ジュン「いろいろと助かる。発着室は不気味だからな。」
前田 「住所は携帯にメールしといた。後で確認してくれ。」
ジュン「それはありがたい。」
♪コンコン。
前田 「どうぞ。」
秘書 「社長、財務省の方が来られましたが。」
前田 「応接室に通しておいて。」
秘書 「かしこまりました。」
前田 「悪い。別件が入った。」
ジュン「そっち優先して。また来るから。」
前田 「そうだ。双子の2体と女性1体のホムンクルスが完成したから。
発着室へは来週届く予定だ。」
ジュン「助かる。女体があるとチームでここへ遊びに来れる。
帰って伝えるのが楽しみだ。ほんとありがとう。」
前田 「それはお互い様だ。」
ジュン「また来るよ。」
前田 「おう。」
前田のオフィスビルを出ると、
正面出口に1台の真っ黒なハイヤーが待機しいた。
後部席のドアの前に運転手が立っている。
前田の手配でここまで乗せてもらって来た車だ。
帰りも送ってくれるらしい。
運転手は、オレと目が合うと、軽くお辞儀をし、
運転手は後部席のドアを開ける。
運転手「ご苦労様でした。」
ジュン「待っててくれてたのですね。こんな夜中にありがとうございます。」
運転手「めっそうもございません。これが私の仕事ですので。」
オレが車に乗り込むと、運転手はドアを閉め、
運転席へと戻る。
運転手「ジュン様のマンションへ、お送りするよう受けたまっておりますが?」
ジュン「ありがとう。そこへお願いします。」
運転手「かしこまりました。」
~~マンション~~~~~~~~~
タオル、歯ブラシ、ベッドが整えてあり、
部屋の中は、ほこりのないホテルのような状態であった。
オレが来る前に部屋を掃除させたのだろう。
この気配りに感動する。
真夜中に掃除させたり、キャッシュカードを作らせたりと
あいつはこの星に馴染んでると感心する。
急に眠気が襲って来た。
考えてみれば、ここへ来るために昨日徹夜したのだ。
そして休憩もしていなかったことに気づく。
今日は疲れた。
シャワーも浴びず、服のままベッドの上へ倒れ、
そのまま寝てしまった。
目を覚したのは朝9時。
ジュン「お腹空いた。」
冷蔵庫を開けると中は空っぽだった。
それはそうか、とオレは納得する。
ベッドで寝れただけでもラッキーだと思うことにした。
とりあえず、メシにしようとマンションを出る。
さてと、どこへ行ったらいいのやらと悩む。
周りを見渡してもマンションだらけで、
近くにお店があるようには見えない。
昨日の夜、ここへ来る道のりで、
どんなお店があるか観察しとけばよかったと後悔する。
適当に散策すると、小さな中華屋を見つけた。
年季の入った店構えだ。
時間は午前10時、お腹が空きすぎた。
この店なら料理が出るまで待たされることはないだろう。
記念すべき初日はここで朝ごはんにしようと決める。
店主 「いらっしゃい。」
女店員「いらっしゃいませ。」
中へ入ると客がいない。めちゃめちゃ入り辛い。
店主と目が合ってしまった、入るしかない。
店員は、50代の店主と20才前後の若い女性の2名だ。
席は2人かけのテーブルが2つと4人掛けのカウンター、
計8人しか入れない店である。
女店員は、テーブルを1つ独占し、
複数の本を広げ何か調べごとをしていた。
オレを見るなり、立ち上がりキッチンへと向かう。
どこに座ろうか考えた挙句、
カウンターの奥へ座る。
女店員「どうぞ。」
カウンターを挟んで反対側から
女店員が腕を伸ばしテーブルにお水とおしぼりを置く。
正面から笑顔で直視して来たので、
オレは恥ずかしくてつい目を背ける。
相変わらず女は苦手だ。目を合わせられない。
女店員「ご注文が決まりましたらお呼びください。」
壁一面に、短冊のような黄色の紙が貼られている。
それはメニューであり1枚づつお品と金額が書いてある。
面白いお店だ。
何種類あるかわからないほど、メニューが豊富だった。
ダメだ、味の想像がつかない。
ジュン「おすすめって何ですか?」
女店員「今日のランチは生姜焼き定食です。」
ジュン「じゃあ、それで。」
女店員「かしこまりました。」
女店員が店主に注文を伝えると、店主は無言で作り出す。
女店員「ランチになります。」
このお店にして正解だ。注文して5分で料理が出て来た。
なんというスピードだ。
店の中に小さなテレビがあり、
高校野球の試合が映しだされている。
店主はテレビを見ながら仕込みをしている。
女店員はというと、テーブルへ戻り調べごとを再開する。
お腹が空きすぎて、一気に食べ終わってしまった。
結構なボリュームで味もこのみで美味しかった。
満腹で動けない。しばらく水を飲みつつテレビを見ていた。
テレビは面白く、正直スポーツには興味がないのだが、
昨日の試合のダイジェスト映像をつい見入ってしまった。
さて、食べ終わってお腹もようやく落ち着いて来たが、
帰るタイミングを見失った。
店主は仕込みをしているし、女店員は調べごと中だ。
コミュ障のオレには、帰りたいと言えない。
コップの水が空になると、女店員が気づき、
水を注ぎに来てくれた。
おお、この人ちゃんと仕事してると感心する。
ジュン「(水は)大丈夫です。」
オレは、腰を上げ立ち上がる。
ジュン「お会計お願いします。」
女店員「700円になります。」
ジュン「すごく美味しかったです。この店、気に入りました。」
女店員「ありがとうございます。また来てくれると嬉しいです。」
嘘、偽りのない満面の笑顔だ。
やばい、この女性は感じがいい。
オレはカードを出す。
ジュン「これで。」
女店員「すみません。うちは現金しか取り扱っていないんです。」
オレは、驚き、青ざめる。
現金など持ってない。
っていうか、カードが使えないお店があることを知った。
カードに1000億入ってても意味ないじゃんと思いつつ。
一応、ジャケット、ズボンと全てのポケットの中を
調べるふりをして現金がないアピールをする。
ジュン「すみません。現金持ってなくて。すぐに持ってくるので待っててもらってもいいですか?」
女店員「ご近所の方ですか?」
ジュン「はい。こっちの裏側のマンションに住んでます。」
女店員「であれば、明日でもいいですよ。時間が空いた時に持って来てくださればいいので。」
ジュン「いいんですか?」
女店員「あっ、はい。」
嫌悪感を感じさせない笑顔の返事だった。
やばい。この子はなんていい人なのだろう。
天使のように思えた。
この状況ならまづ店主に相談するのが普通である。
オレならそうする。
この子の勝手な判断で決めていいのかと、
逆にこちらが不安になる。
店主も店主で、
うちらの会話は聞こえてるはずなのに口出しして来ない。
ジュン「ありがとうございます。
であれば、今日の夜も必ずここへ食べに来ます。
お金はその時に持ってきますので。」
女店員「分かりました。お待ちしております。」
この店に貴重品を置いておこうと考えたが、
携帯とカード以外なにも持ってない。
ジュン「では、この携帯をここに置いて行きます。」
女店員「大丈夫ですよ。携帯ないといろいろお困りでしょう?」
ジュン「別にこれなくても不自由はしないです。」
女店員「ダメですよ。緊急で連絡が来たら私たちが困ります。」
ジュン「そうですね。失礼しました。逆に迷惑かけちゃいますね。
わかりました。では夜に必ず来ます。」
女店員「お待ちしております。」
結果、何も置かずに店を出た。
女店員「ありがとうございました。」
代金を払っていないのに、
『ありがとうございました』と言われた。
なんという罪悪感なのだろう。
あの後、オレは大通りに出て、
銀行のATMで現金を手に入れた。
直ぐあの店に持って行こうと思ったのだが、
夜に行くと約束したし、
ちょうどお昼で忙しい時間帯だ、行くのをためらった。
それから雑貨屋を転々と回りマンションへと戻る。
気が付くと、夕方6時。
朝食べ過ぎて3日はお腹空かないだろうと思ったが、
歩き回ったせいか、すっかり腹ペコだ。
今朝の中華屋へと行く。
たまたまなのか、店内は満席だった。
女店員が居てくれてほっとした。
女店員「来てくれたんですね。うれしいです。」
ジュン「約束ですから。」
女店員「お食事されて行きますよね?」
ジュン「そのつもりでしたが、席がありませんね。」
女店員「すぐ空きます、外で待っていただいてもよろしいですか?」
ジュン「分かりました。」
オレは外に出たが、待つこともなくカウンターが空いた。
女店員は、人気者のようである。
お客全員から話しかけられ、
いやな顔一つせず受けごたえしていた。
オレは、コミュ障だ、他愛もない会話など不可能である。
人気メニューを聞くのがやっと。
夜は、その人気だというラーメンと餃子を注文した。
これも想像以上に美味しく、しかも満腹になった。
それから、この中華屋がかなりのお気に入りとなり、
4日連続で朝と夜に食べ行っている。
すっかり常連だ。
5日目の夕飯は21時と遅めに行った。
正直、女店員を見に行くのが目的の半分である。
彼女は空きがあれば参考書を開いて何かの勉強をしている。
勤勉な人だった。
初日は、調べごとをしているものと思ったのだが、
どうも勉強をしていることが判明した。
今日は店内に客はいない。
となると座る位置は決まってカウンターの奥だ。
もうここはオレ様の定位置になりつつある。
女店員がお冷を持って来る。
ジュン「おすすめは何ですか?」
朝の時も聞いているが、夜も聞く。
自分でも気づいている。
単に女店員としゃべりたいだけなのだと。
女店員「麻婆豆腐定食がおすすめです。」
ジュン「それで。」
彼女の気遣いだろう、違うメニューをおすすめしてくれる。
いろいろな種類を食べたかったので、ありがたかった。
女店員「辛いのは大丈夫ですか?」
ジュン「食べた事ないのでわからないですけど。」
女店員「うちのは無茶苦茶辛いという訳ではありませんので、大丈夫だと思います。」
2人の男女が入ってくる。
サングラスをかけたチンピラ風の男と、
連れはキャバ嬢のような服装が派手な女性だ。
2人と見た目は20代前半に見える。
女店員「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
2人は、指示されたオレの真後ろのテーブル席へと座わる。
女店員「では、麻婆豆腐定食でよろしいですか?」
ジュン「それでお願いします。」
女店員「かしこまりました。」
女店員は、お冷を持って、カップルへ注文を取りに行く。
くそ。2人が来なければもう少し会話できたのに。
キャバ嬢「えー、ちょっとやだー。」
チンピラ「どうした。」
キャバ嬢「バッグが汚れたわ。これ落ちないやつよ。」
チンピラ「なんだこの店は。おい、これどうしてくれる。」
女店員 「大変申し訳ありません。只今、拭くものを持ってきます。」
何事?オレは後ろを振り向き状況を把握する。
チンピラ「拭いてもダメだ。ブランド物だぞ。」
キャバ嬢「大事にしてたのに。」
女店員 「すみません。」
チンピラ「すみませんじゃね。弁償しろ。」
なるほど、キャバ嬢がバッグをテーブルに置いたら、
テーブルにソースが残っていて、
バッグが汚れてしまったということか。
来るとき見たが、テーブルは綺麗だった。
女店員が拭き残すわけがないだろう。
オレは毎日通っているからわかる。
後片付けは、綺麗にされているのを。
オレは、携帯を取り出し電話する。
チンピラ「お前よ。ちゃんとテーブル拭いたのか?」
女店員 「はい。綺麗にしていたはずです。」
チンピラ「じゃあ、どうしてバックが汚れるんだ。」
女店員 「すみません。」
キャバ嬢が、付近で汚れを拭きとる。
キャバ嬢「ここ、拭きっ取っても落ちないよ。シミになってる。」
チンピラ「このバッグいくらしたと思ってる。昨日、買ったばかりの新品なんだぞ。20万だ。20万。」
女店員 「大変申し訳ありません。私が弁償させていただきます。」
ジュン 「はーい。」
♪パンパン。
オレは手を叩き会話を止める。
ジュン 「この店に入った時、そのテーブルは綺麗だった。オレが保証する。」
チンピラ「なんだてめー。部外者が入って来るんじゃねー。」
チンピラは、オレの前へ立ち。
鬼の形相でにらむ。そして、オレはにやつく。
チンピラ「何が面白い。」
ジュン 「それ弁償する必要ないですよ。」
オレは、女店員へ声を掛ける。
チンピラ「この女が弁償するで話しは終わってる。
おめえは関係ねぇだろう。」
ジュン 「関係ある。オレはあんたらより先にこの店に来て、
そのテーブルが綺麗だったのを見ている。この店に落ち度はない。」
チンピラ「だったら、この汚れはなんだんだ。」
ジュン 「さぁ。あんたらが自分で付けたんだろう。」
チンピラ「はぁ!」
女店員 「喧嘩はおやめください。私がお支払いしますので。」
ジュン 「こんな奴らに払う必要はない。」
チンピラ「なんだと、テメー。」
チンピラは、殴るそぶりを見せる。
ジュン 「殴るのか。殴ったらお前に多額の治療費を請求するがいいか?」
チンピラ「お前何か。この女の彼氏か?」
ジュン 「頭悪いなお前。」
♪ガラガラ。
こんな状況下で、運悪く客が1人入って来た。
客1 「ブラクオリティです。ジュン様いらっしゃいますか。」
ジュン 「早かったね。こっちこっち」
チンピラ「だれだこいつ。」
ジュン 「このバッグ査定してもらえますか?」
チンピラ「だれなんだって言ってんだろ。聞こえねーのか。」
客1 「これ偽物ですね。」
チンピラ「はぁ。」
ジュン 「価格はいくら位ぐらいになりますか?」
客1 「3000円でしょうか。」
チンピラ「てめー、テキトーなことぬかしてんじゃねー。だれだこいつ?」
ジュン 「では警察を呼びましょう。」
オレは、警察に電話をする。
チンピラ「ざけんな。なんだこの店は。」
ジュン 「偽物だってよ。」
チンピラ「この姉ーちゃんとは話が付いてる。1週間以内に金、取り来るから用意しとけよ。帰るぞ。」
チンピラは、外に出ようとする。
オレはチンピラの正面に立ちブロックした。
ジュン 「都合が悪くなると。逃げるのか。」
チンピラ「じゃまだ、どけ。」
ジュン 「そのバッグ、ちょっと中見せてくれないか?。」
キャバ嬢は奪い取られないよう。
バッグを両脇に抱えてしっかりガードする。
チンピラ「何でお前に見せる必要がある。」
ジュン 「バッグ貸してみ。中にソースとか入ってるんだろ。」
チンピラ「おい、聞いてるのか!」
ジュン 「こいつに騙されたんだよな。」
チンピラ「無視すんじゃねーよ」
♪ガラガラ。
更に客が1人、入って来る。
客2 「伊藤法律事務所の者ですが。」
ジュン 「私が依頼者のジュンです。すみません。こんな時間に来ていただいて。」
チンピラ「弁護士!」
客2 「どうされましたか。」
ジュン 「この2人が、バッグを汚れたと言いがかりをして来て、
この店に対して賠償請求してきたんですよ。
こちらの店員に脅迫して、凄く怖い思いをされました。」
チンピラ「おい、いつ脅したぁ。」
ジュン 「こちらはブランド品の鑑定士さんで、
そのバッグ見てもらったらどうやら偽物らしいですよ。
この人達は、20万したから20万よこせと。
これって、恐喝、詐欺、ウエイトレスへの精神的苦痛、
この店への営業妨害などで裁判できますよね。」
客2 「了解しました。刑事事件と民事訴訟の2つで進めましょう。
では詳しい話をお聞きしたいのでウエイトレスさんから
今、お時間をいただいてもかまいませんか?」
♪ウーゥ。
パトカーの音だ。
ジュン「警察来たね。さぁクライマックスだ。」
ジュン「店主、売り上げを私が払うので、今日は店を閉めていただいていいですか?」
店主は手でいいよとジェスチャーする。
いつのまにか、チンピラとキャバ嬢はおとなしくしている
事のてんまつを見守る。
ジュンは、チンピラの目を見て話しかける。
ジュン「警察署行ったら、お前らの被害届、他にも出てるんじゃないか。楽しみだ。」
♪ガラガラ。
警官が2人、店に入って来る。
オレは警官に事情を説明すると、
詐欺の2人は、警官によって店の外へ連れ出され事情聴取を受ける。
同じ被害が他に6店被害届が出ており、犯人の特徴が2人に酷似していることから
任意同行で署に連れていってしまった。
鑑定士と弁護士は落ち着いたのでいったん帰ってもらった。
店内には、店主、女店員、オレの3人になった。
店主は、キッチンの片づけをしている。
なんとマイペースな人なのだろう。
女店員「ありがとうございます。なんてお礼をいっていいか」
ジュン「いいのいいの。初めて来たときに助けてもらったのでお返しです。
逆に怖がらせてしまって申し訳ない。」
女店員「それは大丈夫ですが、」
女店員「もし、裁判になるのでしたら私が費用をお支払いします。」
ジュン「裁判はしますけど、
それはああいう人達を野放しにしたくないだけです。
これは、ボクの趣味です。なのでお金はいりません。
ただ、証人として立っていただくかもしれません。
出来るだけ呼ばないようには努力しますが。」
女店員「わかりました。でも何かお礼をさせてください。」
ジュン「であれば、今日の事は忘れて、明日も元気にここで働いてほしい。
あと、そうですね。2、3分でいいので、ボクと世間話しをしてくれるとうれしい。」
女店員「それって、いつもと変わらないですよ。」
ジュン「明日もいつもと変わらずに居てくれれば、なによりものお返しです。」
女店員「わかりました。まだお食事なさってませんでしたよね。」
ジュン「そういえば。
お腹空いたのを通り越して、忘れてました。」
女店員「キッチンは片してしまったので、まかないになりますけど、どうですか?
もちろん。お代はいりません。」
ジュン「店主と3人で食事ですよね。恥ずかしいので今日は帰ります。あすの朝、必ず来ますので。」
女店員「では、ちょっと待っててください。」
1分後。
女店員「もしよかったらお部屋で食べてください。」
小さな紙袋を渡された。
ジュン「なんですかこれ?」
女店員「おにぎりを作ったんです。余りもので申し訳ないですが、味は保証します。」
満面の笑みだ。
オレは不思議に思う。
先ほどの事件で彼女は動揺していないのかと。
それを微塵も感じさせず接してきたのだ。
仕事だからなのだろうか、
それもとも彼女自身の性格なのだろうか、
それは分からない。
ジュン「ありがとう。家でいただきます。」
彼女の90度のお辞儀を目にしながらオレは店を出た。
先ほどの事件で、オレは悟られないようにはしていたが、
かなり勇気を振り絞った行動を取っている。
実は、彼女よりもオレの方が動揺していたのだ。
帰宅後、受け取ったおにぎりをたいらげ、すぐ寝た。
目を覚ましたのは朝5時。
目覚めはよく、心身ともに絶好調だ。
まったく運動せず、食っちゃ寝の生活が続いている。
近くに大きな公園がある。
ランニングしようと衝動的に思いつき。
ランニングウェアに着替えマンションを出た。
空は快晴で、朝5時だというのに辺りは
明るく湿度があってジメジメする。
公園に到着すると、既にランニングしている人達がいた。
1周5kmと書いてあり、2週を目標で走り出す。
普通なら10kmなんて大した目標ではない、
だが、オレにとっては大ごとである。
たかが1km走っただけでもう死にそうだ。
リタイヤという言葉が頭を何度も駆け巡る。
最初は周りのペースに合わせて走っていたのたが、
徐々にスピードがダウンし、
ガンガン周りに抜かれるようになった。
4km地点では、歩いたほうが早いだろう
というような小さな歩幅で走るようになる。
オレはもう一つ誤算があった。
朝方なので涼しく気持ちよく走れると想像していたが、
蒸し暑く全身びっしょりである。
しかも頭がくらくらする。
2週は無理だ。せめて1周だけでもと気力で動き続ける。
スタート地点が見える。
5km走るのに何分かかったか時計を見る。
50分?バカじゃねー。自分が情けなくなる。
スタート地点を通り過ぎたとたん、
力尽きて道の端に座り込む。
息の乱れは止まらない。頭ももうろうとする。
背中を丸め、地面とにらめっこしている状態だ。
通りすがり「大丈夫ですか?立てますか?」
ジュン 「ハァハァ。大丈夫です。ハァハァ。じっとしていれば直りますので。」
通りすがり「ここに居るから先行ってて!」
連れの青年「1周して戻ってくる。」
オレは顔を上げ通りすがりの人を確認する。
ポニーテールをした若い女性だった。
どうも彼氏と一緒にジョギングをしていたらしい。
彼氏は、先に行ってしまった。
まぁ、コースは公園の外周であるから、
ここに居ればまた戻って来る。
通りすがり「脱水症状です。水分取ってますか。」
ジュン 「ハァハァ。いえ、あとで飲みますので。」
通りすがり「これ飲んでください。」
スポーツドリンクのペットボトルを差し出された。
ジュン 「大丈夫です。後で、その辺で買って飲みますから。」
通りすがり「口付けてないから大丈夫ですよ。」
ジュン 「あなたの分が無くなってしまいます。」
通りすがり「まだありますから。」
女性は、500mlのペットボトルが4つ入る
小さなクーラーバッグを持っていた。
中を見せ、残り3本あることを確認する。
ジュン 「すみません。お言葉に甘えていただきます。」
オレはスポーツドリンクを受け取り、
ゆっくりと飲んだつもりが、一瞬で飲み干した。
相当喉が渇いていたということか。
女性は、もう1本差し出したが、さすがに断った。
2分、ほどしてやっと落ち着いた。
ジュン 「ありがとうございました。助かりました。
彼氏が行ってしまいましたが、大丈夫ですか?」
通りすがり「弟です。私に合わせなくていいので、
今、気持ちよく走っていると思いますよ。」
ジュン 「それならいいのですが。」
通りすがり「それよりもお客さんの手助けができてうれしいです。」
ジュン 「お客?」
彼女をよく見ると、中華屋の女店員だった。
ジュン 「あぁ、ごめんなさい。気が付きませんでした。」
通りすがり「化粧してませんし、服装も違うから分らなくて当然です。
すっぴん見られたのは恥ずかしいです。」
ジュン 「化粧してない方が、健康的でいいですよ。」
通りすがり「そうですか。」
彼女は、体育座りでオレの真横に腰かける。
ジュン 「飲み物、あとで買ってきますから。」
通りすがり「気にしないでください。それは昨日のお礼です。」
ジュン 「また、助けられました。」
通りすがり「いえいえ、それはこっちの台詞です。」
ジュン 「弟さんとは、よくこちらへ練習しに来てるんですか?」
通りすがり「今日はたまたまです。
弟は高校生で、野球部に入ってて、普段は学校で朝練をしています。
今週はテスト期間中で朝練ないんですよ。」
ジュン 「それで。ここへ自主練に来てるんですね。」
通りすがり「そうなんです。走った後は、いろいろするみたいです。バットも持って来てますし。」
ジュン 「弟さんはレギュラーなんですか?」
通りすがり「補欠です。高校3年生で今年が最後なんです。
ベンチ入りのメンバーにはなってるんですけど。」
ジュン 「高校野球ってやつですか。応援が熱いですよね。
テレビで見て、一度は試合を見てみたいと思ってました。」
通りすがり「本当ですか?
もしよろしければ来週弟の試合があるので、いっしょに応援に行きませんか?」
通りすがり「次が地区大会の2試合目なんです。
弟が試合に出るかわかりませんが。
うちの学校、応援少なくて。」
ジュン 「なるほど、応援人数を増やしたいんですね。」
通りすがり「そうなんです。」
ジュン 「それならぜひ行かせていただきます。
相手チームに負けないくらい声援しますよ。」
通りすがり「ありがとうございます。
お礼をしたかったのにまた助けていただくことに。」
ジュン 「お礼をしたいのはオレの方ですよ。
高校野球、見てみたかったのは本当なので。
こんな機会でないと見るチャンスありませんから。」
通りすがり「そう言っていただけると助かります。」
通りすがり「お名前を伺ってなかったですね。
なんてお呼びすればよろしいですか?」
ジュン 「ジュンって呼んでください。」
通りすがり「ジュン様とお呼びします。
私は、ココと呼んでください。」
ジュン 「ココさんですね。」
しばらく2人は他愛もない会話をした。
それで分かったのだが、ココの父親が亡くなったらしく。
家計を支えるため、大学を中退し、
ネイルの仕事をしようと中華屋でバイトしながら
猛勉強しているとのことだった。
彼女は笑顔で会話しているけど、勉強は自分のためではなく
母親と弟くんのためにしているのだと知って、オレは動揺した。
将来何を目指していたのかは知らないが、大学を中退して
家族のために就職しようと頑張っている。
こんな人が居るのかと、彼女への見方が尊敬に変わった。
弟くんはランニングのあとトレーニングをこなす。
オレは体調が回復したところで、
弟くんのじゃまになっているのではと感じ、
気を利かして帰宅した。
死ぬ思いをしたランニングだったが、
ココと思わぬ出会いがあり、プライベートも聞けた。
走りに行ってよかったと心から思った。
数時間後、朝食をいただきに店へと行く。
ココさんはいつものように笑顔で仕事をしていた。
それからというも、
中華屋ではココと気軽に話せるようにまで発展している。
中華屋の仕事は就職が決まるまでのアルバイトだそうだ。
オレは、ココをサポートしてあげたいと考えている。
おそらく、大金を渡せば全て解決するのだろう。
だが、彼女は受け取りを拒否するにちがいない。
たとえ受け取ったとしても幸せになれるのだろうか。
オレは、ココが幸せな未来が描けるサポートをしたいと
悩むが何も浮かばない。
日は経ち。
ついにオレにとって、楽しみなイベントがやって来た。
テレビで見た篤い高校野球が生で見れるということ。
店以外でココに会えるということ。
最高ではないか。
彼女とは当日指定された駅で待ち合わせることにした。
聞けば、試合会場まで歩いて10分とのことだ。
オレは予定時間よりも30分も早く到着したのだが、
彼女は既に改札口で待っていた。
ジュン「早いですね。」
ココ 「私も今来たところでなんです。」
ジュン「ここ来るの結構難しいですね。」
ココ 「すみません。
そいえば東京不慣れっておっしゃってましたね。
ご近所なんだから一緒に来た方がよかったのかしら。」
ジュン「気になさらずに。勉強になったので逆によかったです。」
ココ 「今更ですが、今日は本当によろしかったのですか?」
ジュン「試合のことですか?」
ココ 「そうです。無理に誘ってしまって。もしかすると退屈かも知れません。」
ジュン「滅相もない。先日も言いましたが、今日楽しみにしてるんですよ。」
ココ 「であればいいのですが。では早速行きましょう。」
オレはココと他愛もない会話をしながら会場まで歩く。
途中、ゴミが落ちているのを彼女が見つけると、
それを拾って自分のバッグにしまう光景を目にする。
おいおい、嘘だろうと思いたい。
ここまで来ると、尊敬を通り越して女神なのではと思えて来る。
自分もこんな人間になりたいと思える人物である。
試合会場へ到着した。
野球観戦はネット裏がお勧めと言われたが、
メインは応援である。ココは応援席に行くとのことで、
オレも応援席に付いてくことにした。
試合開始まであと20分。
球場を見渡すと我が外野席はスカスカである。
反対側の客席は、結構お客が集まっている。
会場へ来る途中で聞いたのだが、
高校野球が好きで見に来る人もいるらしい。
そして、今日の対戦相手は強豪校だそうで、
その高校を応援するファンも集まるとのことだ。
我が応援席は、残りの野球部員と家族で固まっている。
試合は新庄高校×聖北高校。
新庄高校からの攻撃で始まる模様。
正直、どちらの高校を応援していいか分からない。
ココとの会話から聖北高校側だということを理解した。
気になるココの弟くんは、
ベンチに居るもののスタメンではないらしい。
チャンスがあれば出て来る希望はあるのだ。
試合が始まると、相手チームの吹奏楽部の迫力がすごい。
強豪校だからなのか。
100名以上の部員がいて音圧がここまで響く。
しかも相手チームにはチアリーダーもいて、
声援もそろっていてスタジアム全体に響いてる。
完全なアウェイである。
だが、この光景はオレがテレビで見て興奮を覚えた
一つであることに間違いはない。
それを目にすることができテンションはMAXだ。
我が応援チームはというと、
当然チアリーダーも吹奏楽部員もいない。
元卒業生なのか知らんが、
トランペットを持ったおじさんが5人いる。
メチャメチャ頼もしく見えた。
◆新庄高校(敵チーム)の攻撃
先頭バッターがグランドに登場する。
やばい、応援だけで圧倒される。
ピッチャーがマウンドに立つ。
キャッチャーとアイコンタクト。
大気く振りかぶって、初球から直球ストレート勝負。
♪カキーーン。
球は大きく舞い上がり、レフト側へと飛んで行く。
観客からもボールの道筋が見える。
取ってくれーとオレは祈る。
ホームラン
相手チームは大盛り上がり。
初球からホームランで、いきなり1点取られた。
二番バッターは、センターフライでアウト。
三番バッターは、ショートゴロで、1塁。
ここで四番バッター、主役の登場である。
会場は盛り上がる。
勝負するのかと思ったが、我がチームは敬遠を選択した。
状況は、1アウト、1,2塁。
相手チームのチャンスはつづく、まだ1回の表だぜ。
次の5番バッターも注目株のキャプテンだ。
オレはドキドキしている。
まさか攻撃せずに試合終了なんてことにはならないよな。
ここはなんとか1点で抑えたい。
ピッチャーが構える。投げた。
バッターは微動だにせず見送る。1ボール。
ピッチャーが構える。投げた。
バッターは微動だにせず見送る。2ボール。
ピッチャーが構える。投げた。
バッターは微動だにせず見送る。3ボール。
さぁ、後がなくなったぞー。
ここでキャプテンも敬遠して満塁にするのか、
それとも勝負にでるのか。
ピッチャーが構える。投げた。
♪カキーーン。
ボールはピッチャーめがけて飛んでいく。
ピッチャーはグローブで顔を防御しブロックする。
ここでミナクルが起きた。
ピッチャーのグローブに球が入ったのだ。
アウト!
それに気づいたピッチャーは1塁へ送球。アウト。
3アウトチェンジ!
我が聖北応援団は盛り上がった。
オレとココは手と手を組み、
この状況を守り貫いたことに一緒に喜んだ。
・・・・・
1回の裏、聖北高校(自チーム)の攻撃である。
迫力では相手の応援にはかなわないものの、
うちの応援団は気持ちでは負けてなかった。
みんなが大声で声援する。
だが、むなしく三者凡退。
いいところを見ることなく1回戦が終わる。
2回表、相手チームは打って打って打ちまくる。
強豪校だけあって塁に出る出る。
だがうち高校も負けてない。
ハラハラさせるものの何とかゼロ点に抑えた。
そして、2回裏。3者三振で終わる。
うちのチームは防御力があるのだが、打撃力が足りない。
ここで衝撃的な事実を知ることになる。
相手チームのピッチャーはエースではなく
控えであるということを。
エースは2日後の試合に備え温存しているらしい。
それを聞いて、オレはこの試合勝てないと悟った。
だが周りはみなその事実を知った上で、
勝てると信じて本気で応援している。
それを見てオレは胸が熱くなる。
そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしい。
1つ分かったことがある。
応援している人が信じてあげなければ、
その応援は選手に届くことはない、ということを。
3回表、相手チームは打って打って打ちまくる。
ついにもう一点許してしまい。
2対0と点差が開いた。
試合が開始される前は、たとえ対戦相手が強豪校だろうと
戦ってみなければ勝負はわからないと信じていたが、
素人目からしても実力差は明らかだった。
強豪校だからと一言で言ってしまえばそればでだが、
守備も攻撃も一流だ。
うちのチームが塁に出ることは難しい。
逆に相手チームはバンバン塁に出ている状況がつづく。
なんとか失点を1点に抑え、3回裏になる。
そろそろ、うちのチームもここでいいところを
見せてほしいところだ。だが、あっけなく終わる。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 合計
ーー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ーー
新庄 1 0 1 2
聖北 0 0 0 0
スコアボードを見て、まだ逆転できると信じた。
オレだけではない。
この応援席にいる全ての人が感じている。
試合は進み。明らかに一方的な戦いではあったものの、
我がチームは粘りを見せ、8回までゼロ点で抑えた。
だが、9回でついに1点を取られ3点差と広がった。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 合計
ーー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ーー
新庄 1 0 1 0 0 0 0 0 1 3
聖北 0 0 0 0 0 0 0 0 0
この3点差を縮めるのは、非常に難しい。
1回~8回までの我がチームの攻撃を振り返っても、
何度かチャンスはあったが、それをものにできてない。
オレは自分が監督でもないのに勝てる方法を模索する。
ここでスポーツの面白さにオレは初めて気づかされた。
今までチームに肩入れして見たことがなかったのだ。
だから、こんな感情を抱かなかったのだと。
9回裏。聖北3番バッターからの攻撃開始だ。
オレとココは祈る。
応援席にいるみんなの願いもむなしく、三振に倒れる。
続けて4番バッターの登場。
♪カキーーン
2球目でバッドがポールを捕らえる。
球は左中間を抜け、ヒットを獲得できた。
4番バッター、キャプテンの登場だ。
審判「デッドボール」
ピッチャーに疲れが出たか、デッドボールとなった。
現在、1アウト、12塁。
9回の裏でなんとドラマチックな展開なのだろうか。
勝てるチャンスが生まれた。
ここで監督がベンチから登場する。
何が起こる?
ウグイス嬢「選手の交代をお知らせします。
6番レフト藤井くんに変わりまして佐久良くん、佐久良くん」
ココ 「弟です。佐久良って私の弟です。」
ジュン「よかったじゃなですか。しかも最大のチャンスですよ。
ここでホームランでも打ったら同点ですよ。同点。」
やばい。ドラマを見ているような展開になった。
相手は、強豪校だぞ。
オレのテンションはMAXとなる。
ココ 「神様。打ってください。」
ココは、目をつむり祈る。
ジュン「この時のために、毎日練習してたんです。弟くんを信じましょう。」
頼む打ってくれ!ここに居る全員の願いだ。
弟くんがバッターボックスに立つ。
もう見てられない。オレの方がなぜか緊張している。
初球。ボール。
第2球。♪カキーーン
観客「おおお。」
・・・
観客「あぁぁ。」
ファール。
第3球。♪カキーーン
ファール。
第4球。♪カキーーン
ライトフライだ。大きい。
右翼手が下がる。
フェンスギリギリまで下がる。
ホームランか?
捕手はジャンプしたが、取りそこねた。
ボールはフェンスに当たって大きく跳ね返る。
右翼手は、着地と同時にボールへと向かい拾い上げる。
そしてキャッチャーめがけてボールを投げた。
2塁に居た走者は、
既に3塁を回ってホームベースへ向かっていた。
ボールは一塁手を超えて、ホームベースへと向う。
ボールの勢いは落ち、
キャッチャーの手前でワンバウンドする。
走者がスライディングしホームベースをタッチ。
と同時にキャッチャーミッドにボールが入る。
審判がセーフをジェスチャーする。
得点ボードに1点を表示。
観客「うぉおおおお。」
大盛り上がりだ。
無意識にココと抱き合って、何度もジャンプする。
まだまだ攻撃は続く。1アウト、2、3塁の展開。
逆転はあり得る。
相手チームの監督がベンチから登場する。
ウグイス嬢「選手の交代をお知らせします。
9番ピッチャー高橋くんに変わりまして吉田くん、吉田くん」
ついに、エースの登場だ。
・・・
その後、2者を三振させ、試合は3対1と、
あっけなく終わってしまった。
ココはしゃがみ、両手を顔で覆い、無言で泣いていた。
ジュン「残念でしたね。全然負けてなかったと思います。」
ジュン「弟くん、大活躍でしたね。あの1点は弟くんが取った1点ですよ。すごいよ。」
ココ 「すみません。取り乱して。」
ジュン「姉さんを甲子園に連れて行くって言ってたんですもんね。」
ココ 「甲子園には行けなかったけど、高校最後の試合で一生残る思い出ができたと思います。」
オレも泣いた。なんでオレも泣いているのだと自分に問う。
高校野球って何なんだろうと改めて考えさせられる。
3年間、毎日毎日、朝から晩まで練習して、
弟くんは1回しか出場していない。
おそらく3年間、
レギュラーになれなかった子もいたのだろう。
同じ練習をして来て、応援席にいる部員は、
どういった気持ちで応援していたのだろうか?
高校生活のすべてを野球に捧げて、
目標を失った彼らに後悔はないのだろうか?
血反吐を吐いて頑張った努力は無駄だたのか?
学者として興味はあるが、この状況で聞くことはできない。
試合が終わり、球場を出る。
ココはお店の準備があるということで、
近所だし一緒に帰ることにした。
帰りの電車では、高校野球について篤く語り合った。
地元の駅に降り、2人は中華屋へと向かって路上を歩く。
ジュン「仕事はみつかりましたか?」
ココ 「探してますが、なかなか見つからなくて。」
ジュン「どういった仕事を探しているんですか?」
ココ 「ネイルとかエステなど美容関係です。
求人は意外とあるんですが、私、大学を中退してるから。」
ジュン「それは関係ないんじゃ。」
ココ 「ありますよ。資格を持っているとか。業務経験とかあれば話は別なんでしょうけど。」
ココ 「少しずつ貯金してて。3年後くらいには、ネイルサロンのお店を持とうと考えてるの。」
ジュン「オーナーとしての知識も必要でしょう。
もしよかったら、私に協力さていただけませんか?」
ココ 「もしかして、ジュンさんがお勤めされてるお仕事って?」
ジュン「いえいえ、私はネイルから程遠い仕事をしています。
友人に顔の広い人がいて、仕事が見つかるかも知れません。
聞いてみますよ。」
ココ 「ありがとうございます。その気持ちだけでうれしいです。
お友達やジュンさんに迷惑を掛けてしまいます。」
ジュン「仕事があればの話です。
ココさんの人となりや今の状況を隠さず話しますので、
その上でココさんを使いたいというなら問題ないでしょ。」
ココ 「わかりました。ジュンさんに甘えさせていただきます。」
ジュン「期待はしないでくださいね。」
ココ 「はい。」
十字路に差し掛かった。
ここを曲がれば自分のマンションだ。
まっすぐ進めば中華屋だ。
ジュン「じゃあ、ボクはこっちなので。」
ココ 「今日は、本当にありがとうございました。」
ジュン「お礼を言いたいのはボクのほうですよ。」
ジュン「夜、食べに行きますので。」
ココ 「お待ちしております。」
ココは軽くお辞儀をする。
オレは、マンションへと歩き始める。
3歩進んだところで振り向く。
ココが、笑顔で小さく手を振っている。
こんな素朴な感じが彼女の魅力なんだよなと思いつつ。
軽く会釈をして、前を歩きだす。
ココ「キャー」
悲鳴だ。
振り向くとチンピラ2人に絡まれてる。
オレは急いでココの元へと走る。
ココ「放してください。」
ココはチンピラ1に腕を掴まれていた。
チンピラ1「うちの若いもんがお世話になった者だ。お前の彼氏はどこにいる?」
ジュン 「俺ならここにいる」
チンピラ2がオレの正面に行き、
金属バットを振りっ掛かろうとする。
ココ 「止めてください。この人は関係ありません。」
ココは、両手を左右に広げ、
オレをかばうようにして前に立つ。
チンピラ2は、女など関係ない。
ちゅうちょなく、ココの顔面に金属バッドを振る。
ジュン「うっ」
オレは、後ろからココを押しのけて、
金属バッドを右腕で受けた。
骨が折れたかも知れない。痛さが半端ない。
ココ 「腕、大丈夫ですか!」
ココ 「あなたたち何て酷いことを。」
ジュン「おいおい、挨拶もなしにいきなり殴りかかるとか、薬でもやってるのか。」
ココ 「だれかー。助けてくだ、ゴゴ」
ココは恥ずかしげもなく住宅街を大声で叫ぶ。
すぐさまチンピラ1がココの口を押え、声を出せなくした。
ジュン「オレに何のようだ。もう彼女は関係ないだろう放してもらえないか。」
チンピラ2がオレの前にスマホを見せる。
画面に男女の写真が映し出されていた。
チンピラ1「この2人に見覚えあるよな。」
ジュン 「ああ。あんたらお友達?」
中華屋で詐欺未遂をしたバカップルの写真である。
突然、黒服の大男が2人現れた。
チンピラ2人はあっという間に路上に倒し拘束する。
チンピラ1「なんだテメェーラは。痛ててて」
ジュン 「オレのボディーガードだ。」
オレは、バッドで殴られた腕をもう片方の腕で抑える。
ココ 「腕大丈夫ですか?」
ジュン「はは。大した事ないです。」
大したことはある。相当痛い。
傷口をココに見られないよう逆の手で隠す。
ココ 「大した事あります。病院へ行きましょう。」
オレたちの前に真っ黒のボックスカーが現れ停車する。
ドアが開くと、黒服の男が3人出て来た。
ジュン「ちょっと待ってね。こっち先に片づけるから。」
応援のボディーガードだ。
チンピラは手錠を掛けられ、左右にボディーガードが付く。
オレは、チンピラ1の正面へ立つ。
チンピラ1「オメーヨー。一人じゃ何も出来ねぇのか。」
ジュン 「お前に言われたくない。」
ジュン 「この人達、元郷田組の連中だけど。知っている?」
チンピラ1「あー!はったりかますんじゃねぇ。ヤクザの名前出せばビビるとでも思ってるのか。」
ジュン 「はったりかどうかは自分で確認するといい。」
元のボディーガードの2人は、その場に残り。
後は、チンピラ2人を車に押し込み去って行った。
ココ 「あの人たち。」
ジュン「あぁ、ご心配なく。野蛮なことはしませんので。
二度とこんなことしないよう説教するだけですから。
あと、お友達もいたらその人達にもね。」
オレは、無言でボディーガードに挨拶すると、
ボディーガードはそそくさと身を隠す。
ココ 「ボディーガードさん達は」
ジュン「知り合いがね。東京は意外と危ないからって、あの人達を付けてくれたんだ。
必要ないって言ったんだけど。よかった役に立って。」
ココ 「知り合い。」
ココ 「腕は大丈夫ですか。見せてください。」
ジュン「大丈夫ですよ。だいぶ痛みが治まってきましたし。」
腕の痛みなど治まってなどいないが、
ココを心配かけまいと嘘をつく。
ココ 「今すぐ病院へ行くべきです。」
ジュン「ココさんは優しい人ですね。
わかりました。病院は1人で行きます。
だから、ココさんは仕事に行ってください。」
ココ 「絶対、病院に行くって約束してください。」
ジュン「約束します。念のためボディーガードを1人付けます。」
ココ 「ボディーガードはいりません。」
ジュン「ボクを安心させてください。」
これは本心だ。この前のトラウマがフラッシュバックする。
これ以上、知り合いを失いたくなかった。
ココ 「ありがとう。お願いします。」
オレは笑顔で手を振って彼女と別れた。
これを最後に彼女と会うことはなかった。
~~後日談~~~~~~~~~
次の日の夜。場所はいつもの中華屋。
お店は閉まり。後片付けの最中。
見た目20代後半で、スーツ姿の紳士が入って来る。
ココ「申し訳ありません。本日は終了しました。」
客人「食事ではありません。
エルモエンターテイメントの者ですが、ココさんでいらっしゃいますか?」
ココ「はい、佐久良心音です。周りからはココと呼ばれてます。」
客人「ジュンさんからの依頼で、佐久良さんにお仕事の話をしたくて伺ったのですが、
仕事が終わってからでいいので、少しだけお時間いただけませんか?」
ココ「ジュンさんの知り合いの方ですか。分かりました。
あと20分くらいで片づけが終わりますので、その後でもよろしいですか。」
客人「かまわないです。では外でお待ちしてますので。」
ココ「外は暗いので店内でお待ちください。」
客人「では、角のファミレスに居ます。」
ココ「ジュンさんの怪我の具合はご存じですか?」
客人「怪我されたのですか?」
ココ「あ、はい。ご存じないのであれば大丈夫です。次、会ったときにでも聞きますので。」
客人「電話でしたけど、元気そうでしたよ。心配ないと思います。海外へ行かれたくらいですし。」
ココ「え!海外ですか?昨日まで一緒にいましたよ。」
客人「急な仕事が入ったようでして、しばらく日本には帰って来ないとおしゃっられてました。」
ココ「海外ってどちらに行かれたのですか?」
客人「すみません。そこまでは聞いてないです。」
ココ「そうですか。」
彼女は寂しそうに、仕事を再開する。
オレも寂しいよ。くそ、腕さえ怪我しなければ。
オレは、この客人に乗り換えていた。
昨夜、腕が2倍に膨れ上がり、
検査をしたところ複雑骨折をしていることが発覚した。
あまりの激痛と何日もギブスをしなければならない
ということで、仕事に支障をきたすことから、
やむおえず別人に乗り換えたのである。
そして、別人としてココに会いに来たのだ。
オレはファミレスでコーヒーを飲みながら。
ココを待つこと15分、彼女が現れた
要件は、ココへの仕事の依頼である。
仕事の内容は、著名人や芸能人のメイクやネイル、
服のコーディネートなどをするスタイリストである。
前田に相談したらすぐ見つかった。
オレを信頼してくれるのはうれしいが、
素性の知れない女をよくまぁ、
自分の地位を落とすかもしれない仕事を
紹介したものだと感心する。
ただし、業務経験がないことから、
1年間は見習いとしてアシスタントとして働くことになる。
当然、一流のスタイリストに付くのだ。
未経験者がトップスタイリストから
技術を習得できるのはデカい。
拠点は東京と大阪がメイン。
1年間はほぼホテル住まいで日本中を転々と
駆け回ることになるだろう。
1年後、彼女が使えるのであれば個人事務所として
改めて契約し、エルモエンターテイメントの傘下となる。
今日のアシスタント契約が決まれば、
あとはオレの預かり知らずだ。
1年後、彼女がどうなっているかはオレにもわからない。
オレは、きっかけを与えただけだ。
実際に運を物にできるかは彼女の情熱次第である。
ココ「ジュンさんにお礼が言いたいです。この恩をどうやって返せばいいか。」
客人「なら仕事で返せばいい。1年後、正式オーナーになれれば、ジュンに会える。」
客人「期待してますよ。」
ココ「がんばります。」
-- 2話 完 --