変化する空気
殺す、それはヒトを一番下げる。
夕刻、外からはブラスバンドの音色と運動部の掛け声が響き渡る教室。
教室には僕、仙崎弥生と矢場香奈子しかいない。
僕の心臓は鼓動を早めていた。
「仙崎くん。」
彼女は話しかける。
「仙崎くんは、どんなモノが欲しい?」彼女はいつも聞いてくる。
僕が望むモノを。
彼女は酔う程の、衝撃的な僕の理想を求めている。
でも、僕には無い。
いや、望んじゃいけない。
だから、その言葉を言った。
「別に無いし、僕にモノを望む資格はない。」
「まーたそんなこと言うんだ、そんな考え方してたら、病気になっちゃうぞ。」
「大体、そんなに意見が欲しいなら境雅に聞けばいいだろ。」
僕は嬉しい気持ちと、少し恥ずかしい気持ちから、この言葉を言ってしまった。
「違うよ。仙崎くんと雅ちゃんの理想、その二つがあればきっと最高が生まれるよ。」彼女はいつも、僕と境雅の名前を出す。
彼女は呆れる程、理想を求めている。
「お前くらいだよ。日常で最高なんて言うなんて。」
「当たり前だよ。仙崎くんと雅ちゃんは、私の足りない所を補う、なくちゃダメなヒトなんだから。」
彼女は当たり前と言う。
僕にとったらこんなこと、当たり前じゃないのに。
夢みたいな話。
僕は、彼女が話しかけてくれるのが嬉しい。
嬉しさを抑えようとしても、抑えられない。
だって、彼女は何度も、僕よりも僕を理解しようとしてくれたから。
だから、少しは彼女に答えたかった。
「なら、一ついいかな?」僕は声をかけた。
こんな僕だけど、欲しいモノがある。
「ん、何?仙崎くんの欲しいものは?」
僕の欲しいモノは、
「矢場と共に歩ける、世界が欲しい。」
それが答えだった。
僕が願った世界。
もしこれが、その答えならば、変えなければならない。
僕の理想は、こんな荒れ果てたものじゃない。
そして、探さなければならない。
僕が残したヒト、花奏を。
覚えている。
忘れられない、あの夜の残劇を。
ヤヨイは兵士を一瞬で兵士を殺した。
理想を叶える力、神から与えられし力、創造を使って、ヤヨイはランドー・ケンヨードを超えた。
怖い。
ヤヨイが怖い。
殺すのに抵抗がない彼が怖い。
ヤヨイは何度もモノを作り出して兵士を殺す。
ヤヨイはランドーのあの突進を耐え、彼を殺した。
私達の仲間を沢山殺した、あの技を耐えた。
彼は、何者なの?
あの夜から一週間が経った。
少し、僕の周りに変化が起きた。
「おはようございます。」朝の挨拶をした。
「おはよう。」一人の男が返す。でも、その言葉は、前よりも冷たくなっている。
女は黙っている。
もう一人の男は外で煙草を呑んでいる。
また、一人に戻った気がする。
「お、おはようございます。」
扉を開け、カゲアキが入ってきた。
「おはよう。」男の声は前と変わらなかった。
彼は口を開き、用件を伝えた。
「明日、君たちには帝都へ赴いてもらい、あの夜の全貌を伝えてもらいたい。この前の任務はかなり、大事になっていて、スガーナ王国から多くの批判の声が上がっている。その理由は、解っているな?」
「はい。理解しています。」
「そうか。ならば準備をして早めに来てくれ。ここから帝都までは、かなり遠いからな。」
「分かりました。」
(俺まで行くのか。)
少し不満に感じたが、まあ、仕方がないだろう。
俺達は村役場を後にした。
静かさがある朝の役場
「マドローナ。」
「何。」
「ヤヨイが、怖いか。」
「怖くなんかない。でも、ヤヨイの考えてる事がわからない。」
「マドローナ、君はヤヨイを恐れている。殺すのに躊躇をしないヤヨイを。」
「だから!、私はヤヨイが怖いんじゃない。でも、彼を見てると思い出す。仲間を殺したアルト・ジョーリックを。
嫌なのに、思い出す。思い出しちゃうの!!」目からは雫が溢れ落ちている。
「マドローナ、泣くな、君は笑っている方が、何千倍と美しい。それと、私達が成すのはアルト・ジョーリックに復讐をする。ただそれだけだ。きっとあいつを見たら、私も、きっと思い出してしまう、仲間のことを。」
「スラー、隊長は、どれだけ私を泣かせるの?」
「私はもう君に泣いて欲しくない。だから、私がアルト・ジョーリックを殺さなければならない。」
「隊長、あんたやる事がやっぱ変わらんな。あんたのことなんだ彼についてわかった事があるんじゃないか?」タバコを喫んでいたナーバス・リカヨリドが戻り、口を挟んだ。
「ナーバス、君も少し分かっているんだろう。ヤヨイは少し、危険だとね。」
「なんだ、カゲアキは危険じゃないのか?」
「カゲアキは、ヤヨイほど目立った行動をしていない。きっと、ヤヨイほどの実力はないのだろう。でも、ヤヨイが選んだ男だ、何か怖い程の力を持っているのだろう。」
「あの男は、きっと何もない。いや、何も出来ない。カゲアキは、動こうとも動けない、ただの一般人。あの夜のカゲアキはただ、観ているだけだった。」マドローナは口を挟んだ。
「そうか、中々厄介なヒトだな、そんな奴らを俺は見つけたみたいだな。」
「私は、ナーバスの目と彼らを甘く見ていたな。
ならばこれからは油断はできない。いつ彼らが裏切るかわからない。だから、私は最後まで、彼らを上手く、使って見せよう。」
俺は服を見ていた。
ジャージ
これは俺があの世界から持って来たモノ。その中には血がついた切符、そして何故か買った新聞がある。
その新聞には、俺の知ってる名前が刷られている。
矢場宗治
彼は、俺とはあまり関わりの無い奴だった。
でも、彼はあいつを死まで追い込んだ。
彼がいなければ、俺はここにいなかったかもしれない。
彼がいなければ、俺が信頼を落とす必要すら無かったかもしれない。
彼がいなければ、あいつは、まだ生きていたかもしれない。
でも、後悔しても後の祭り。
一度失敗したモノを覆すのは難しい。
だから、俺は俺とあいつを壊した彼を憎むしかない。
そうしないと、自分が満たされない。
俺は間違っていないと、思いたい。
だから、矢場宗治は悪だ。
悪いのは矢場宗治だ。
悪いのは矢場宗治なんだ。
悪いのは矢場宗治、、、、
俺は、新聞紙をビリビリに破いた。
俺達は役場へ戻り、村役場前の馬車に乗り込んだ。
この馬車内は、前の馬車よりも内装は豪華だった。そして、国旗を掲げている。
「ヤヨイ、カゲアキ、帝都に着いたら、きっと国の使者がいるはずだ。その者に従い、王宮まで向かってくれ。王宮内に私の知り合いがいる。玄関口で私の名を口にすれば、きっとその者に案内されるだろう。」
「分かりました。その者に、この前の任務の全貌を話せばいいと。」
ヤヨイは頷いている。でも俺は少し、信じられない。(こんな遅くに、報告に向かうのか?俺なら、もう少し早く報告に向かわせるが。)
「ああ、その通りだ。道は前ほど荒れてはいない。ただ、山賊に気をつけてくれ。」
「分かりました。僕は、彼らを見つけたら、必ず、殺します。」
ヤヨイは『殺す。』そう答えた。
「いや、殺す必要はない!!」
スラーは大声を上げた。スラーは焦っていたのだろう。
ヤヨイは殺すのに躊躇がない。
それをきっと、彼らは恐れている。
俺ですら、わかってしまった。
ヤヨイはきっと、彼らを超えている。
そんな奴がもしさらに暴れたら、この国には更なる崩壊が待っているのだろう。
もし山賊を殺したら、国内では、「軍人が平民を殺した。」として一大事になってしまう筈だ。
「すみません。少し、血迷っていました。」ヤヨイは謝った。本当の気持ちはないだろう。
「こちらこそすまない。」
スラーも謝った。彼もきっと、そこまで気持ちはないだろう。
嘘を張り合うヤヨイとスラー。
スラーの目にはきっと、ヒトをすぐ殺す殺人鬼として、ヤヨイは写っている。
ヤヨイの目には、スラーは、ただのヒトとして写っている。
俺と同じ目で。
僕らは、村を出発し、帝都『バルゴグラード』を目指した。
僕はきっと、あの村を追い出されたのだろう。
僕はいつの間にか、彼らに嫌われ、居場所を失ったのだろう。でも、僕は別にいい。
もう、慣れている。
でも、彼らが許せない。
僕だけじゃなく、カゲアキすら、追放したことを。
ヤヨイは危険だが、本当に強い。
残しておけば、次の戦争でも勝てたかもしれない。
最初は単なる捨て駒だったのに、むしろ彼は、全ての兵を殺した。
本当に油断していた。
伝えておけば良かった。
あの兵はこの国のヒトだったことを。
私はまた、自分から逃げてしまった。
言葉で朝、最後まで彼らを見ると言ったのに、逃げてしまった。
自分の失敗で狂ったヒトを見たくない。
「ヤヨイ、君は僕の被害者だ。」
また一つ、嫌な記憶を生む。
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