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薔薇園の主2

■神様の小鳥


 水車のある小川の畔で、リリンは雪色の花を摘み、冠を作る。


 できあがった五つの冠は円を描くように順にならべられ、友人たちの帰りを願う少女の切なる祈りを受ける。

 黒い服の彼女が咲かせてくれた花を使ったなら、すぐにでも消えた友人たちは帰ってくるような気がした。


「ローザ、かわいかったなぁ」


 黒い人形のようなお姫様との、魔法のような夢のようなひと時に、リリンの胸はまだドキドキしていた。

 スカートのポケットをそっと探る。

 そこには素敵なプレゼントがひとつ、入っていた。

 無事に駒鳥と再会し、小鳥を肩に乗せた彼女は、そののど元をくすぐるように指先でなで、それから鳥籠の中の小さな石をまたひとつ取り出したのだ。


『リリン、レイチェルを見つけてくれたお礼にコレをあげる』


 うながされ、差し出した手の平に乗せられた石は、陽の光を受け、冬の月よりなお冴え冴えとした輝きを放った。


『コレはね、持ち主にとてもキレイな夢を見せてくれる魔法の石なの。いつかあなたが本当に望んだとき、いちばん大切な夢を届けてくれるわ。そして、ソレはきっと正夢になる』


 大事にしてくれるとうれしいわ、と彼女は言った。

 その姿に、リリンは見惚れてしまった。

 お人形さんみたいだと言ったら、“ぜんまい人形みたいだってよく言われる”と返された。

 クスクスと小さく笑いながら。

 本当は、お姫様みたいにキレイだと、そう言うべきだったのだ。

 けれど、それに思いいたった時にはもう、彼女は鳥籠と小鳥と一緒に、薔薇園に続く緑の迷宮へと行ってしまっていた。


 ローザにもう一度会うことができるだろうか。

 会って、また話ができればいいと思う。

 その時には、ちゃんと、お姫様みたいにキレイでかわいいと伝えるのだ。

 その時には、友達も一緒だったらいい。

 戻ってきたみんなにローザを紹介して、そうして、そうしたら……


「リリン! リリン!」

「きゃっ!?」


 夢から目覚めさせるかのように、自分を呼ぶ声が遠くから飛び込んできた。


「……あ、レオン、さん?」

「やっぱりここにいたのか」


 呆れた表情で現れたのは、司書見習いのレオンだった。


「もうすぐ日が暮れるのに帰ってこないってさ、オバサン、すっごい心配してたぜ? もうすぐ〈祈りの時間〉だろ」

「ね、あのね、レオンさん、あたしね、ふしぎな子にあったの!」


 嬉しそうに笑って、石の入っているポケットをぽんぽんと叩いてみせた。


「あのね、マリーさまのバラ園までおくってあげてね、とってもかわいいコマドリでね、それでね、それで」

「コマドリ……?」

「そうなの。はじめてみたの。ふわーってしてて、キレイで、それでね、それで」

「ああ、もしかして、ソレは〈夢視〉だったのかもしれないな」

「ゆめみ?」

「何かの本で読んだことがある。いい子にしているとキレイな夢を運んでくれる小鳥のことだ。月のガラスでできた鳥籠に棲んでいるんだってさ」


 お伽噺を聞かせるように、レオンは笑う。


「物騒なことばかりだしな。だからきっと神様がリリンを心配して〈夢視〉を遣わしてくれたんだろ」

「ふぅん……」


 小鳥。

 夢を運ぶ神様の小鳥。

 黒いドレスをまとったローザは小鳥なのだろうかとひそかに首を傾げながら、リリンは司書見習いの言葉を聞く。

 子供を攫う魔物が本当にいたのだから、夢を運ぶ神の小鳥がいてもおかしくはないのかもしれない。


「ほら、そろそろ教会に行く時間だ。日が暮れる前に今日のお祈りをしなくちゃならないんだからな。オバサンが教会で待ってる」


 司書見習いの青年は少女と手を繋ぐと、やんわりとうながした。


「そうだ、リリン。この街に〈葬儀屋〉さまがきてるんだ。たぶん、今日の礼拝にいらっしゃるだろう。もし何か聞かれたら、ちゃんとご挨拶して答えろよ」

「はぁい」


 無邪気に返事をするリリンと、それに笑みを返すレオン、そんな二人の影の中に、ちらりと銀の光が反射した。

 蛇の形をした赤い瞳のソレは、ふたりの背を眺め、また影の中へともぐっていく。



 やがて、空の色が青から紅、そして藍色へと移り変わる頃、教会には、子供たちの手を引いた親たちをはじめ、町中から人々が集い始めた。

 祈りを捧げるために。

 神の守護にすがるために。

 鐘を鳴らす〈司祭〉デュランのもとで、幼い子供たちを魔物から守るべく、攫われた子供たちの無事を願うべく、祈りを捧げる。


 夜が来るのが恐ろしい。

 夜の訪れに怯え、扉を叩くものに怯え、ひっそりと身を寄せ合いながら、厳かな祈りの時間に身を浸して、ただひたすらに何事も起こらないことを願い続ける。

 そうして、司祭の言葉に耳を傾けるのだ。


「日暮れ以降、子供だけを外に出してはいけません。ひと月、何事もなく過ぎていますがそれはひとえに神の加護と祈りの成果なのですから」


 隣人を疑っていけない、魔物の正体を突き止めようとしてはいけない、誰かを追及してはいけない、ひとりで行動してはいけない、復讐心に駆られてはいけない、と、司祭は続ける。

 鐘の音を遠くに聞きながら、人々はきつく両手を組んで、まるで何かの儀式のように彼のとなえる教戒を復唱する。


 ステンドグラス越しに礼拝堂へ射し込んでいた西日が完全に失われていくなか、司祭が人々へと向けて語られる教戒は呼びかけに変わった。


「月の魔物を見たという方はいらっしゃいますか?」


 人々は顔を見合わせ、互いが発するかもしれない言葉を待つ。


「では、その影を見たという方は?」


 重ねられた問いへも、沈黙が返ってくる。


「では、なにか変わったことが起きた方は?」


 それへも沈黙が返ってくるものと思われた。

 しかし、


「あのね、あのね、しさいさま。あたし、ゆめみにあいました」

「リリン?」


 母親の訝しげな声も気にせず、リリンは嬉しそうに司祭へ駆けよると、大事な秘密を打ち明けるようにきらめく瞳でこそりと告げた。


「ゆめみ……?」

「あのね、ゆめみってキレイなユメをみせてくれるコトリさんだって、レオンさんにおしえてもらったの。そのコトリさんがね、きっとみんなをみつけてくれるの」


 はずんだ声とはずんだ笑顔。

 希望にあふれた、子供の夢物語。

 レオンが彼女の想いを補足するように、傍らに立ち、口を添えた。


「どうも駒鳥を見たようなんです、この子。それで」

「ああ、なるほど。駒鳥は神の小鳥とも呼ばれています。きっと良い知らせが来るでしょうね」


 穏やかにそう告げて、司祭は彼女の頭を優しくなでる。

 それは、いまだお伽噺を信じる子供に向ける、優しい大人の眼差しだ。


「あのね、ほんとなの。そしてね、キレイな石もくれたの、ほら、ね、しさいさま、レオンさん」


 そういってごそごそとポケットから冴えた青の石を取り出し、彼らの目線に合わせるように掲げてみせた。


「リリン、それは」

「おや、ずいぶんとキレイな……ただのタマゴに見えるのですが、違うのですか?」


 思わず目を奪われ、触れて確かめようと手を伸ばしかけたけれど、


「ちがうの。石なの。だいじにするねってやくそくしたんです」


 彼がそれを掴むより先に、リリンは石をしまった。

 行き場に迷った司祭の手は、彼女の頭に乗せられる。

 やわらかく、優しく、そっと彼女の髪を撫ぜる。


「そう、そうでしたか……ああ、リリン、あなたに神のご加護がありますように……」


 そして彼はもう一度微笑み、そして祭壇に向かった。

 子供を失った親たちは子供が無事に見つかることを祈り、子供を持つ親たちは自分の子供が同じ目に遭わないことを祈り、司祭はそんな人々のためにもう一度深く祈りを捧げる。

 黄昏に行われる、厳かな時間。



 琥珀の瞳を持つ〈葬儀屋〉は、そんな彼らのやり取りを信者席の最後列からひっそりと眺め、そしてするりといずこかへ消えてしまった。

 左の耳を貫くウロボロスのピアスを外し、口付け、落とし、影にしのばせ、教会の片隅に残して。


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