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葬儀屋は鐘を鳴らす1

■コマドリと仕立て屋と人形師



 年に一度の華月祭――古の時代より続く〈光の守護祈願〉の本祭を間近に控えた秋晴の空のもと。

 路上には風鈴やガラズ細工、珍しい東方の果物を取り扱った商人たちの市が立ち並び、陽気な声が飛び交い、旅の一座や大道芸人たちの多種多様な催しものでひどく賑わっていた。


 一体どこにこれほどのヒトがいたのかと思うほどに雑多な人々であふれかえる街中で、ふと、〈仕立屋〉L・C・バレンの蒼い瞳が一点にひきつけられる。


 リボンやレースで模られた花を散りばめた色鮮やかな衣装をまとう人々の間にあって異質ともいえる、顔の右半分を金の仮面で覆った、金の刺繍で飾られた闇色のアルルカンが見つけたモノ。

 それは、かつてあまりにも細かすぎる注文を聞きながらこしらえた自分の『作品』だった。

 最初に目についたのは、黒鳥をモチーフにして姫袖やプリーツに凝ったアンシメトリーのシルエット。

 頭から爪先まで覆う漆黒は、襟や袖、胸元にたっぷりとあしらったフリルやレース、リボンにまで及ぶ徹底ぶりだ、けして普段着といえる代物ではない。

 次に、『作品』を着た彼女の、黒レースの手袋に包まれた指が引っ掛ける黒い鳥籠へ視線を移し。

 そして最後にとても特徴的な歩き方で、L・C・バレンは、相手が何者かを確信するに至る。


 彼女は歩いている。

 幼いようにも年経たようにも感じられるカオに、途方にくれた色を浮かべながら。

 腰に届くほどに長くゆるやかに波うつ黒髪を、指先でもてあそびながら。

 その小ささゆえにヒトにぶつかられ、はずみでモノにぶつかりながら。

 彼女は、ぜんまい仕掛けの人形みたいな足取りで歩く。


「よ、相変わらずちまくて黒くてどんくさいな。なぁにをしてんだ?」


 まるでネコの仔を捕まえるように、人波にもまれる彼女の襟首をひょいとつまんで引き寄せる。

 痩身長躯の彼に掴まれて、彼女の爪先が地面から離れた。


「きゃあっ、……って、あら、バレン。こんなところでナイスタイミング」


 中途半端な悲鳴をあげつつも、相手を認めたとたん、彼女は嬉しげに声を弾ませた。


 非常に失礼な扱いを受けているにもかかわらず、無邪気に笑みを振りまいて。

 黒を金で縁取る異質なアルルカンにつままれた、黒い服の小鳥。

 自然、人々はそこを避けるように流れ動く。

 いやに見晴らしが良くなった。

 同時に、まわりの雰囲気はわずかながらもそわそわしたものへと変わる。

 だがそれらすべてが意識の外になるのだろう、黒い少女は意に介さず、笑みも崩れない。


「あなたにお願いがあってレイチェルと探してたのよ。あなたったら〈アトリエ〉にいないんだもの。で、レイチェルまで見失ったの。とっても困ってたわ」

「……まぁた、なくしたのかよ」

「またなくしたのよ」


 頬に手を当て、やれやれと溜息をついてぼやく。


「もっと大きかったら良かったんだけど……あの子小さくて見つけにくいの。しかも共有してる視覚情報がね、断片的なのよ。屋根とかありすぎだし、同じ景色すぎて、どこを飛んでいるのか全然まったく分かんないわ。世界って広いのね……」

「使い魔なくすってどんだけだ」


 心底呆れた顔で、L・C・バレンは溜息を落とした。


「鳥籠にぶち込んどけとまではいわねぇけどよ、毎度毎度〈外〉出るたんびになくすんなら、いっそ紐で括っときゃいいんじゃねぇの?」

「だって、紐で繋いでるのって美しくないんだもの。前にも言わなかったかしら? わたし、自分が美しいと思う行為しかしないことに決めてるの。自分の主義に反することをし続けるって一種の罪だわ。美学に反することをやるってよくない。精神衛生上、非常によろしくないわ。ね、そう思うでしょ?」

「……、オマエ……」


 似たような理論を似たような笑顔で似た様に喋り倒す男を思い出し、バレンは心底うんざりした顔で、襟首をつまんでいた手を離す。

 小さい体はバランス悪く着地した。


「きゃあ! ちょっと、小さくても懸命に生きてるんだから、もっといたわるべきだわ」

「う~るせって。で、オレに頼みたいのはなんだ? ん? わざわざオマエがこんな街中にまで出向いてきて、なぁにを仕立ててほしい?」

「あのね、これ、ここに書いてきたわ。注文書、意味不明だったら遠慮なくあなたのアトリエに呼んで。もちろん、あなたが来てくれても構わないのだけど」


 差し出されたのは、蔓薔薇のモチーフをあしらった半透明のキレイな封筒だ。中に折りたたまれた便箋は一体何枚になっているのか、ずいぶんと分厚い。

 ためらうことなく彼女の目の前で封を開け、つらつらと文字を追っていく。


「はぁん?」


 口を歪め、目を細め、片方だけさらした素顔でニヤリと笑う。


「そういや、いつもつるんでる〈葬儀屋〉はどうした? オマエが〈鳥籠〉から出るってことは、アイツ絡みだろ? この注文書も当然そうだよなぁ?」

「レイチェルを失うことで、あの子へと続く道も閉ざされたわ……せつない」


 遠い目をして、空を振り仰ぐ。

 心の底から悲しげに。

 だが、しょせん悲劇を気取った喜劇だ。

 答えをはぐらかしたいという見え透いた意図と、わざとらしさは拭えない。


「……迷子ここに極まれり、だな。だったらいっそオマエもアイツに繋がれるか?」

「言葉って難しいわよね。表現には常に主観が混じるんだもの。それに提案が常に有意義かつ有効であるとは限らないし……あっ!」

「あ?」

「待って。動かないで。みつけた。ここにいて、うん、そっか、良し、レイチェル!」


 いったいそれまでどこにいたのか、いずこからともなく駒鳥がこちらの頭上をかすめて彼女の指先に止まる。


「あなたってホント目立つわ。ナイス・ランドマーク。そのままのあなたが好きよ、愛してるわ、〈葬儀屋〉さんの次にだけど。これであの子がいる場所に辿りつけそう。今度お礼をかねて華月祭の夜にお茶会をするからご招待させて。その前にお洋服が届くかしら。楽しみにしてる。わたしと主義主張が同じ〈人形師〉さんにもよろしく。ありがとう。ごきげんよう。あ、ちなみに何度も言うけどレイチェルは使い魔じゃないわ、わたしの一部よ」

「ああ?」


 コマ切れの単語をバラバラとならべて、こちらが意味を理解しないうちに、にこやかにキスを投げて微笑を残し。

 彼女は鳥籠から取り出した宝石をヒトカケつまむと、ぱきり。

 小鳥のさえずりを引き連れて、砕けたガラスのカケラのように光を振り撒き、消えた。

 偶然の再会は、一瞬で別れとなる。


「ランドマーク……って、どういう意味だ、まて、こら!」


 だから、抗議はもう彼女には届かない。

 もう一度襟首を掴まえようと伸ばした手も、もちろん届かない。

 まるきり、文字どおりの、これは『道化』の芝居だ。笑うものはどこにもいないけれど。


「こんな往来で大声出して、どうかしたのバレン?」


 そんなバレンに声をかけてくるものがいる。

 紙の袋に布や石膏や天然石やガラスといった材料をめいっぱい詰め込んで抱えるのは、〈人形師〉ラインハルト・ヴァレンタイン。

 黒を基調とした礼服は銀と蒼で飾られ、本人もまた冬の夜空を模した石膏人形のように美麗なカオをしている。

 その彼が、表情豊かに目を丸くして立っていた。


「テメェが買い物に時間かけっから、ちまくて黒くてどんくさいコマドリに仕事頼まれついでに心を抉られたんだよ!」


 頭ひとつ分低い相手の胸に、ぐいっとひとさし指を押し付ける。


「ちまくて……? ああ、なるほど。めずらしいね、彼女が〈外〉にいるなんて。〈葬儀屋〉さんがらみ、だよね、うん。相変わらず一直線に愛を注いでるねぇ。かぁわいいなぁ」

「アイツにそれを素で言ってやれんのはテメェだけだ……」

「そう? 俺は“かわいいもの”と“美しいもの”と“才あるもの”は全力で愛でる主義なだけだよ」


 ほにゃりと相好を崩しながら、なんのてらいもなく言ってのける。


「だから、キミも愛でている。かわいいからね」

「うるせぇよ、どいつもこいつも好き勝手言いやがって」

「あはは。じゃあ、仕事しよっか? 彼女の依頼、たぶん急ぎでしょ? 徹夜になりそうな予感がするし、俺が手伝うこともちゃんと計算の内じゃないかな」

「ああ……」


 冬色の〈人形師〉に背を押され、促がされ、釈然としないながらも〈仕立屋〉は賑わう街中を自身のアトリエに向かって歩きだす。


「このクソ忙しい時期にめんどくせぇ依頼しやがって、あのコマドリはホントにまったく、すっげぇ迷惑だな」

「かわいいね、バレン。彼女からの依頼が嬉しいって、めいっぱい顔に書いてるよ」

「書いてねぇよっ」

「あははははは、ホントに正直者なんだから」

「もういいから黙れ、テメェ」


 むっすりと不機嫌に顔をしかめたバレンは、相手が抱える荷物を問答無用で奪い取り、ざかざかとヒトを掻き分けていった。

 そんな姿をひどく楽しげに眺めながら、ラインハルトは彼を見失わない速度でその背を優雅に追いかける。


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