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おとぎばなしのつづき

■コマドリは夢と踊る


 ふわり、さらり、水面のように揺れる空から生れ落ちるように、触れることの叶わない夢幻のしゃぼん玉が色を移ろわせながら舞う。

 月光色で彩られた〈追憶と忘却の館〉が佇む広大な庭園の、咲き乱れる花々の、霞にけぶる景色の、さらにその奥。


 すらりと伸びた両の指と腕に計七個、両の耳に計十個の、意匠を凝らしたウロボロスのシルバーアクセサリーで飾る黒スーツの青年は、迷いなく、その先へ向かう。

 ヒトらしい熱を一切感じさせない〈葬儀屋〉アリィルファルテを待っているのは、ガラス張りの鳥籠だ。


 そこは、〈夢視(ゆめみ)〉と呼ばれる少女のお気にいりの温室。

 神に作られたその〈小鳥〉は、夢をみて、夢を与え、夢を渡り、夢とともにありながら、さえずりに重ねて、波うつ長い黒髪と黒のドレスをふわりと踊らせ、軽やかに温室の花々へ水やりをする。


 だれがコマドリを殺したの?

 それはあたしと、スズメは言った

 あたしが殺した

 弓と矢で

 あたしがあのヒトを殺したの


 悲しいくらいに音階が合わない、リズムのずれたその歌声は、ソレ以外の要素――例えば声質だとか声域だとか声量だとか、そういう類の恵まれた才能すべてを台無しにしていた。

 謙遜ではなく、正真正銘の、致命的な音痴。

 美しいモノだけをこよなく愛する〈夢視〉にとって、これは実に『美しくないこと』である。

 だから、歌わない。

 とくに、人前では絶対に歌わない。


 たまたま彼女の歌を耳にした音楽院の〈旋律師〉に才能の台無しさ加減をさめざめと嘆かれたという(“いとしいわたしの小鳥(せいと)たちに負けず劣らずの美を誇りながら、ああ、天上の音楽へと羽ばたけるでだろう才を持ちながら、何故きみは音程だけが狂っているのだね、ああ、神は残酷だ、これほど残酷だとは……!”)そのせいもあるかもしれない。


 だからこうして口ずさんでいるのは、よほど浮かれて無防備になっている時だけだ。

 訪問者がきていることにも気づかないほど、一体何に心奪われているのだろうか。

 ソレと分からないほどほんのわずかに苦笑して、アリィルファルテはガラスの温室を軽くノックする。


「ずいぶんと上機嫌ですね」


 ピタリと歌が止む。

 スイッチが切れたみたいにピタリと、一切の余韻も残さずに。

 そうしてくるりと踊るように彼女は振り返った。


「ごきげんよう、〈葬儀屋〉さん」


 ドレスの裾をつまんで可愛らしくお辞儀する。


「何かいいことでもあったんですか?」

「聞いてくれる? あのね、〈静謐の花〉が冬月色の実を結んだの! きっととてもキレイな〈Robin's(ターコイ)egg()〉になるわ。いい予兆よ、ステキな予兆、そしてね」


 まぶしそうに、楽しそうに、身振り手振りを交えながら笑みをあふれさせ、小鳥がさえずるように彼女は告げるのだ。


「そして、ここにキミがきたの」


 小さく首を傾げる。


「どうしたの? すごく会いたいっていうわたしの想いが伝わった?」

「さあ、どうでしょうか。ただ、〈夢視〉のあなたへ仕事の誘いはしにきました。きっと話を聞けばあなたもやりたがるだろうと思いましてね」


 つられて笑顔になることもなく淡々と、けれど、その琥珀色の瞳に深淵を宿して彼女を誘う。


「都合がよければ、ですが。お好きでしょう、猟奇的な香りのする事件」

「ええと、ね、これでも一応えり好みはするのよ。で、ソレは美しい部類?」

「おそらく」

「わたしでキミのお役に立てる?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、喜んでご一緒するわ」


 ガラスの水差しを近くのアンティークテーブルに置いて、天井を振り仰ぐ。


「レイチェル、お出かけよ!」


 音程さえ必要としなければ、彼女の透き通った声はよく響き、いっそ耳に心地いい。

 そう、例えば役者として舞台に立つのなら申し分ないのかもしれない。


「レイチェル!」


 駒鳥が、自身の数倍はあろうかという黒い鳥籠をクチバシにくわえ、いずこからともなく舞い降りてきた。

 指先に止まった駒鳥から鳥籠を受け取り、そこから彼女は〈Robin's egg〉をひとつ取り出す。

 目の醒めるような鮮やかなブルーが、白い指の間で密やかに息づき、輝いた。


「レイチェル、連れていって。場所は……、ええと、どこ?」

「いま説明します」

「……レイチェル、この子の言うことよく聞いてて、お願いね」


 ちゅぴり、と小鳥はさえずった。

 ぱきん、と指の間で石が砕けた。


「あ、でもちょっと、うん、せっかくだから寄りたいところがあるんだけど……」


 彼女の台詞は途切れ。

 二人の姿が温室から掻き消えた。




■エリザベス・エリオットの手紙



 ねえ、アリィルファルテ、あなたはこんな突然の手紙を許してくれるかしら。

 私はいま、ひとつの大きな不安を抱えているの。

 子供が消えるのよ。たったひと月で五人の子供が姿を消したわ。

 けして大きくはないこの町で、子供ばかりが五人も。

 なぜ、子供たちは消えなくてはいけなかったのかしら。

 なぜ、この時期に消えなくてはいけなかったのかしら。

 それを考える時、私は私の罪の所在を考えてしまうの。

 間もなく、そう、あとひと月もすれば『華月祭』がやってくるわ。

 それがひとつのキッカケなのだとしたら。


 ねえ、アレイ、私は罪を犯したかもしれない。

 月の魔物を引き寄せたのは私かもしれない。


 だとしたら、私は裁かれるべきなのかしら。

 それを私は私の力で確かめなくてはいけない。

 けれど。


 お願い、アリィルファルテ。

 あなたがまだ、私との約束を覚えていてくれるのなら。


 お願いよ、アレイ。

 私が真実に辿り着けず果てた時にはどうか、あなたの手でこの問いへの答えを導いて。

 あなたのその手で、罪の告発と断罪を……


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