葬儀屋はめぐらす3
■問いは交錯する
庭師は、彼にとっては思い出深い花縫いのドレスに着替えた少女を閉じ込めるため、窓という窓すべてに鍵を掛けながら、問いかける。
「もう一度聞く。お前、本当は何がしたいんだ?」
視線を合わせないまま、視界の端に彼女を捉えながら言葉を重ねる。
「何のために、ここに留まる?」
「何のためかと言われたら、マリアンの望みのためよって答えるんだけど。何度でも」
人形の髪を指先で梳き、慈しむようにそっとドレスのレースやリボンの形を整えていきながら、彼女は優しい笑みを浮かべる。
小鳥を肩に乗せ、揃いのドレスをまとって椅子に腰掛けた少女人形の傍らに立つ姿は、まるでできすぎた絵画か展示品のようだ。
希薄な現実感が、不安を煽る。
「わたしは彼女のそばにいると約束したの。彼女を置いていかないと約束したわ」
なんなら鎖で繋がれても構わないのだと、続け、微笑んだ。
「エリザベス・エリオット様の事故の調査が終われば、葬儀屋はこの町を去るだろう。そうすればお前だって」
「わたし、約束は守る主義よ」
「奥様のそばにいるというのか?」
「彼女が望む限りね。ここに閉じ込めなくたって、わたしは逃げないんだけど。マリアンが望むならいいわ」
それくらいのワガママならあの子は許してくれるのよ、とそう続けて、視線を自身の影へと落とす。
まるでそこに何かがいるかのように。
「ねえ、ひとついいかしら? できれば答えてくれると嬉しいんだけど」
その夜色の瞳が、再び自分へと向けられる。
「ここで何があったのかしら? マリアンの大事なローザは、魔物にさらわれてしまったの?」
「……魔物なんか、いるわけがないんだ」
いるわけがない。
いるわけがないのだと繰り返し、彼女の瞳から目を逸らす代わりに、自分の目を閉じる。
「お嬢さまは、転落したんだ、月の晩に。あの日は満月で、子供たちやエリザベス様をご招待し、奥様は華月祭の夜、茶会の席をご用意されていた」
いまも、網膜の裏に焼きついている。
「お嬢さまは、奥様をとても愛してらした。奥様のために大事な用があるのだと、あの日、たったひとりで立ち入りを禁じていた塔に登っていった。俺は、ソレを知りながら、お止めしなかった」
そして。
そして、彼女は落ちたのだ。
あの高い塔から、鉄柵で調えられた薔薇の茂みへと、まるで人形のように落ちて、命を散らした。
「奥様は神にすがることをやめた。俺もあの日から、神を信じることをやめた。神は無慈悲だからな」
哀しい想いがあふれている。
失われた者への想いにあふれている。
果たせない想いにあふれている。
どこまでもどこまでも大切なものへの思いだけがあふれている。
自責の念すらも織りこみながら。
「あら、でも司祭様がいらしていたんじゃないの? 彼は神の愛と神への愛を説くのがお仕事でしょ?」
「あの方は何度かここへ足を運んでくれたが、神への祈りでは奥様を悲しみの底から救いあげることはできなかった」
だからせめてもの慰めにと、司祭は塔を調べ、事故の原因となった塔の一室を、この部屋を、美しいものへと改装することを勧め。
そして――
「あなたは何がしたいの?」
少女の問いかけに、思考が途切れる。
ローザと名乗った葬儀屋の自動人形が、ローザと名付けられた人形と並び、自分を見つめている。
自分に問いかけている。
「奥様とお嬢さまのためになることだ」
邪魔をするなと、言外に含む。
「間もなく華月祭がやってくる。お嬢さまを失われてから一年、一度は手元から離れたお嬢さまが奥様の元に帰ってくるのには絶好の日だ」
庭師の瞳に揺れる感情を、コマドリは否定も肯定もなく、ただ静かに見つめる。
「どうしてあなたはいつもそんなに悲しそうな顔をするの? 自分のいる場所に不安がってて、心細そうで、なんだかすごく迷子みたいだわ」
大きな黒い瞳は、夜空の深みを宿している。
「人形風情になにが分かる」
「人形にだって分かることはあるわ。この子だって、そう。お話はできなくても、とてもとても悲しんでいる」
椅子に腰掛けて微笑をたたえる人形の手を取り、哀しみを分かち合うようにそっと握る。
「俺はただ奥様のためになることをしているだけだ」
「マリアンが望むものと、あなたが望むものは、似ているようで、遠いわ」
ねえ庭師さん、と、夜を映した瞳は問いかける。
はじめに投げかけたものと同じ問いを、ほんの少しカタチを変えて、まっすぐに差し出す。
「あなたは誰と何をしようとしているの?」
「お前にお嬢さまの代わりは勤まらない。どれほど奥様がお前にお嬢さまの面影を重ねても、俺は認めない」
庭師は持ち込んだ鉛の道具箱を抱え上げ、マリアンの作った『鳥籠』から去っていく。
コマドリは彼を追いかけない。呼びとめもしない。
けれど。
「レイチェル、お願い」
鳥籠から青い石をひとつ取り出し、窓から差し込む月の光の中でその輝きを確かめると、駒鳥のくちばしにそっとくわえさせた。
「あの人の望みを、あの人の夢のカケラを、探してきて」
ぱきん。
小鳥の姿が、薄氷色の月の光の中に消える。
「ねえ、庭師さん。わたしはね、神様はとっても自分勝手だとは思うわ。でも、無慈悲ではないと思うの」
なぜならこの世界にこんなにも美しいものをたくさん作り出すのだから。
「ねえ?」
自分を見つめる少女人形と、そして足元に落ちる影へ視線と同意を投げかけて、コマドリはかすかに淋しげな笑みをこぼした。




