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おとぎばなしのはじまり

■おとぎばなし


 いいかい、よくお聞き。

 ガラスの城に棲んでいる、漆黒の〈コマドリ〉に手を出してはいけないよ。

 それはそれはおそろしい、まっくろな災いが降りかかってくるからね。




■葬儀屋は咎人を断罪する



 城壁に囲まれた小さな町に落ちた夜の帳。

 行き交う馬車の音もすでに石畳の上から途絶え、凛とした静けさだけが街を覆い尽くしていた。

 だが、きらめく天球の星の代わりに古代呪を閉じ込めた光球が照らし出すのは、ひとつの悲劇の終焉。

 冷たい石を積み上げた時計塔の最上階を舞台として立つのは、天使を模した人形を抱いて震える少女と、その少女を捕らえてその首筋にナイフを当てる初老の男。

 そして、闇が滴り落ちるような真黒しんくのフロックコートをまとった青年だった。


「〈魔術屋〉スティーヴン・レイン、〈葬儀屋〉の名の下に、ジェニー・ジェーン殺害の咎にてあなたへ断罪の儀を執り行いに参りました」


 人らしい熱を一切持たない美貌の上には酷薄にして怜悧な色が乗っている。


「な、なぜここに、なぜだ、なぜ、葬儀屋がここに」

「お答えすべきですか?」


 ゆらり。

 漆黒の封筒、そして銀のインクで綴られた漆黒の便箋を掲げ、断罪者――アリィルファルテは告げる。


「〈死者からの手紙〉は届けられ、〈協会〉は〈葬儀屋〉を派遣した、私がここにいる理由はそれ以上でもそれ以下でもありません」

「誰にも見つからなかったはずだ。だれにも、アイツが死んだことは気づかれていなかったはずなのに!」

「ご存知のはずだと思ったのですが。〈死者からの手紙〉は、したためた者の死とともに届けられるようにできています。いかなる例外もありません」


 手紙を懐にしまい、葬儀屋は自身の手首を飾るウロボロスのバンクルへ口付けた。

 闇色の中で眠っていた銀の蛇は、生を吹き込まれ、ゆるりとほどけて主のための〈鎌〉となる。


「彼女はあなたから与えられる死を望んでいなかった。彼女は彼女の愛するものによって迎える終焉を望んでいた。あなたは、そんな彼女の最後の望みを奪い去ったのですよ」


 まるで〈死神〉そのものを具現化したかのように、握られた鎌は鋭い光を刃に宿し、つむがれる言葉にチカラを与える。


「あなたが王立研究所から盗み出した禁呪を閉じ込め、贄に変えようとしたその人形は、ジェニー・ジェーンからこの少女へと渡ったもの。あなたが人形に与えようとした〈物語〉は、人形にも所有者にも望まれぬものです」


 リン……、とかすかな鈴の音を引きつれて、鮮やかな弧を描き、鎌は振り上げられた。


「あなたは気づくべきだった。人形とは相応しい持ち主の元にいるべき存在、そして、意思と意味を持つ存在であるのだと」

「ま、待て、よせ、この娘がどうなっても」

「あなたに終焉を」


 あらゆる制止は意味をなさない。

 闇に落ちる有罪の音を聞きながら、男は捕らえた少女を道連れにすることすら叶わずに、その首を刎ねられた。

 ごとり。

 だが、切り裂かれたそこから飛び散るはずの血液はない。

 糸の切れた操り人形のごとく、あるいは精巧な蝋人形のごとく、男は断面をさらしながら石の床に崩れ、四肢を投げ出して倒れ伏す。

 人間、あるいはあらゆる生物の〈死〉から遠く隔たった〈無機物の最期〉こそが、葬儀屋によって咎人に科せられた罰だ。


 不意に、頭上に下がる時計塔の鐘が鳴る。

 午前零時を告げるその鐘の音は、聞く者の悼みを刺激する。

 少女は一部始終をただ眺め、震え、怯え、声を失い、捕らえていた男の腕がなくなれば、すとんと自身も支えを失って座り込む。

 全てが終わったのだと、理解するにはあまりにも時間がたりない。

 悲鳴をあげることも、泣くことすらもできず、ただ呆然と目の前の光景を見つめる。


「怪我はありませんでしたか?」


 人形を抱きしめたまま動けなくなった少女へ、葬儀屋はそっと手を差し伸べた。

 その口元にはわずかな笑みも浮かんではいないが、注がれる眼差しと声音には、やわらかないたわりが滲む。

 大丈夫、という返答も、ありがとう、という礼も、か細い溜息の中に消えてしまった。

 かわりに少女の唇をついて出たのは小さな呟きだった。


「あなた、葬儀屋さんだったのね……」

「ええ。ですが、あなたの友人でもあります。人形を愛する同好の士と、そう表現した方がよろしければそれでも構いませんが」


 掛けられた言葉の意味を吟味するように少女は俯き、戸惑い、わずかな沈黙を相手と共有し、そうしてゆっくりと顔を上げた。


「ねえ、アレイ……、アリィルファルテ、ひとつだけ、私と約束をしてくれないかしら?」

「なにを、でしょうか?」

「彼女から受け継いだこの人形、ここに込められた物語、それが、本当なんだとしたら……私の元にもいつか〈終焉〉が来るわ」


 天使を抱いた少女は、深淵の闇をまとう青年をまっすぐに見つめ、願いを口にする。


「もし、この子を手放す日がきたら、その時は必ずあなたに譲るから、だから代わりに弔いの鐘を私のために鳴らしにきて」




■もうひとつのおとぎばなし


 煌々とした光を放つ月と、影を落とす石造りの塔、赤黒く彩られた銀のナイフを持つ道化師、それらに見下ろされながら、ひとりの少女の『時』が永遠に止まった。

 お伽噺の中でしか生きられないはずの〈月の魔物〉がくだしたひとつの死。

 咲き乱れる花々に受け止められるようにして、四肢を投げ出し倒れた、白いドレスの少女。

 薄く開いた唇から、ひとすじの赤い流れが跡を残す。

 そして。

 事切れた少女の喉から腹部に掛けて裂かれた鮮赤の軌跡からは、脈打つことをやめた心臓だけが、そっと切り離された。


 天空に向けられた虚ろな瞳が、ほのかに薔薇の花を映し込んでいる。

すでに完結している物語の投稿となり、毎日更新をしていきます。

よろしければ少しの間、お付き合いいただければ幸いです。

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