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「花影くんって、何でもできるんだね。かっこいい!」
そうかな。
「花影、お前は将来の期待の星だ」
うるさい。
「花影ってほら、先生のお気に入りだから」
うるさい、
「いいな、なんでもできるチートは」
うるさい!!
「奏汰、すごいな!」
、、、、。
こんなものに拘束された将来なんて、僕はいらない。
2,3日過ごしてわかったことがある。
個人としてのスキル、は相手のままであること。つまり、花影が元々できたことは、俺が中身に入ってもそのままできるということ。逆に、できないことは、そのままできないということ。
「奏太、移動教室だよ、行こ」
模範的に制服を着こなした、いかにも好青年、といった男子高校生数人が、俺に話しかけてくる。
「うん、行く」
「どうしたん?なんか考え事?」
「違うよ~」
「今日は持久走だから、嫌がってるのかと思った」
「そ……うだね、すごい嫌だ」
「正直じゃーん」
青年の一人……カズはくすくす笑う。
「しょうがないな、一緒に走る?」
「女子か」
「それで、最後一周で裏切るの」
「女子か」
「何々?女子と遊ぶの?カズくん」
「いいな~」
「違うわ!」
「俺を裏切るって話だった」
「「「!?」」」
「……何だよ」
「奏汰、反抗期?」
「へ?」
「何でもな~い」
「何だよ!」
カズが肩を組んでくる。あぁ、懐かしいな、この感じ。この、周囲に友達がいて、飾らずに話ができる、この感じ。
「なぁなぁ、もうすぐさ、文化祭じゃん?」
「そうだな」
文化祭、っていうワードがまず良いよな。俺、めちゃめちゃ楽しんだ記憶がある。
「俺さ、有志でお笑いしたいんだわ」
男子生徒の一人、利人がとんでもなく楽しそうなことを言いだす。
「どうぞ~」
「すごい、いいじゃん~!」
「ちがうわ、お前らの中で一緒に!」
「え~はずいじゃん~」
「僕は嫌だよ~恥ずかしいじゃん~」
「奏汰はアレでしょ、ピアノ練習で忙しいから、難しいよね」
「え、俺……」
「いや、それは不平等だわ~」
「じゃあ、この持久走でドベになった人が、利人と一緒に組む、ってどう?」
「「「賛成~」」」
「え、そんなにみんな嫌なの?」
「さっ、まずは持久走行かないと!遅れちゃうよ~」
「ちょっ、カズ~?」
カズを追いかけ、更衣室まで行く。正直、お笑いステージとかは、花影のキャラじゃないな……。ステージに立つ花影を想像すると、場違いすぎて思わずにやけてしまった。とりあえず、持久走頑張ろう。
この後、持久走で上位5人へ食い込むカズと、序盤でゴールを迎えた男子生徒数人を傍目に、中の下あたりで彼らの盛大な応援を受けながら、ゴールを迎えたのは、また別の話。
「奏汰、頑張れ~」
「花影、遅いよ~文化祭でコンビ組むの決定な~」
「花影くん、運動嫌いなの可愛い~」
「いやいや、俺の方が可愛いだろ」
「カズ、男同士が可愛さで競うのはどうかと思うな」
「うはははは」
……あいつら、好き勝手、言いやがって。っつーか、まじで、こいつ、体力ない……肺に空気が入って……いか、ない……はぁ……。
花影の体力を恨みながら、全力で、残り一周を走った。
「花影って、俺って言ってたっけ」「俺も初めて聞いた」「まぁ、そういう気分だったんじゃない?」
……持久走を走り終わったカズ達が、こんな会話をしていたのも、また別の話。
♢
「花影君じゃーん」
「……誰?」
昼休憩時間。記憶にない、いわゆる初対面の男子生徒数人が、俺の元へやってきた。襟元の青いバッジ……上級生か。真面目な学校のためか、ぱっと見不良、には見えないが、このご時世でもこういうものってあるのか、と逆に感心してしまう。
「遊びに付き合ってよ~。天才君」
「お~い、聞いてるのかよ~」
視界の隅で、カズがこちらを向いているのがわかる。他のクラスメイトの、動揺も伝わってきた。ただ、よくある光景なのだろう。一人の生徒が、職員室へ教師を呼びに行こうとした、その時。
「いいよ。何する?」
俺の口から、挑発に対する肯定のような言葉が飛び出した。
「えっ……?」
明らかに周りの空気が変わった。
「いいじゃん、今日はノリが良いな」
先輩は逆にノリ気で、声が生き生きしていた。
「その変わり、他のクラスメイトは今から昼食です。周りを巻き込む非常識なやつにはなりたくない。音楽室、に行っても良いですか?あ、でもリンチとかだったら話は別ですね。ベタに体育館裏とかどうですか」
「お前、何言ってんの?そんな生意気なこと言ってただですむと思ってんのか?」
「先輩たちこそ、目撃者はこれだけいるのに、よく飽きずに毎回脅しに来られますね」
「お前……」
先輩の一人が手を挙げる。やばいな……。花影の運動神経は、さっきの持久走で体感してしまったからな。避けられる反射神経も期待できない、というか受けるのにこの綺麗な手は使いたくない、あいつに悪すぎる。一発殴られるか。花影、ごめん。覚悟して目を閉じた時。
「いい加減にしろ、またお前らか!」
タイミングよく生徒指導が入ってきたところで、先輩たちは撤収され、この事態はお開きになった。見守っていた他のクラスメイト達も、動き出す。声をかけてきた先生に「大丈夫です」と笑顔で返し、俺は弁当片手に席を離れる。途中クラスの優等生グループには、盛大に睨まれた気がするが、「迷惑かけてごめんね」とスルーしておいた。
「奏汰……僕は寿命が1年縮んだ気がするよ」
「そうか?」
カズがお弁当片手に詰め寄ってくる。
「そうだよ!まさか反論するとは思わなかったし」
「え……」
「何で今日はいつもみたいにやり過ごさなかったのさ」
「えっと……」
「……まぁ、良いけどさ。何もなくてよかったよ。っていうか、奏汰、音楽室、って、あのままだったらピアノ聴かせてくれる感じだったの?」
「いや、そっちの方が早く黙るかなぁ、って思って」
「それがあの先輩たちに通用すると思ったのがすごいよね」
ガキ相手だからな……と悪態をつきつつ、俺もしがない高校生であったことを思い出す。
「うーん、確かに」
「何それ~勝算あるのかと思ったじゃん~」
けたけたとカズは笑う。カズはよく笑う。傍にいると、心が安らぐ。彼の周りにはいつも人が絶えない理由がわかる気がした。
「でも、僕奏汰のピアノ、聴きたかったな~」
「いやいや、人の演奏聴いてもおもしろくなくない?」
「おもしろいかそうじゃないかは、僕が決めるんだよ~!それに、プロの演奏を身近で聴けるんだよ?超贅沢じゃん!奏汰、そうやって一回も聴かせてくれないけど」
「いざとなったら、N○Kで聴けるぞ、年に数回」
「生で聴きたいんです~」
「でもカズ、放課後部活じゃん」
「奏汰だって、放課後は帰っちゃうでしょ~」
「音楽室は、吹奏楽部が使うからな」
「じゃあ、今の昼休憩!」
「今は弁当が食べたい」
「じゃあ、食べ終わったら!」
「今日はありえないほどゆっくり食べる気分なんだ」
「なにそれ~奏汰、最近意地悪だよ~!」
この守られた空間。味方もいて、気軽に笑い合える友達がいて。ほどよく敵?みたいな人もいるけれど、建前なく素で過ごすことができる。やっぱり楽しい。そう、この気楽さとノリ。余計な上下関係や損得を考えずに、話ができること。日々、ちょっとしたことでわいわいできる感じ。懐かしいな。おまけに、将来有望で、才能も周りに認められている。ただ、こんなに楽しいと、少し花影に対して罪悪感が芽生える。楽しいあいつの青春の時間を、今、大人である俺が奪ってしまっているではないか。……いや、そもそも最初に交換条件を言ってきたのはあいつなのだが。少し、思考の中でひっかかる。
こんな楽しい時間、花影は嫌なのか?早く大人になりたいのか?問題が、奴の思考が、わからない。