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「霧島くん、何を見ていたんだ。業務の進捗も、後輩も。君はそろそろ仕事にも慣れてきて、責任ある立場になってくる時期だろう。それなのに、こんなことで……」

 うるさいな、何も知らないくせに。この案件をろくに引継ぎもせず振ってきた上層部のほうがどうかしてるわ。逆に、俺の後輩のほうがよくやってたわ。

「すみません。気を付けます」

 泣きそうな顔をしている、愛想の良い同僚を片目に、微塵も思ってもないセリフを口に出す。こいつも重々に関わってたんだけどな。お咎めは、俺だけ、か。しかも、この業務、今日ちょっと残業したらすぐ片付くじゃねーか。わざわざ大事にしやがって。どうせ残業代ださないなら同じだろ?心のなかで盛大に悪態をつきながら、俺は上司に頭を下げた。



「……。」

 重い瞼を開ける。白い天井が目に入る。なぜ俺は、夢の中でも仕事をしているんだ……。暫く無心で天井を眺めたのち、ゆっくりと体を起こす。頭が重い。

「ここは……?」

 天井に限らず、壁、床、視界の全て一面が白い。そして壁がない。延々と、この白の世界が広がっている。凹凸も何も無い、ただただ白い空間。


「おじさん、気がついた?」

 背後から、綺麗な声がする。声の主は想定済みで、急に声をかけられても、この状況にも、もはや驚きもしない。

「……お前、何したんだ」

「僕は何もしてないよ。おじさんが変な薬の飲み方するから。簡単に異空間にワープできちゃったじゃん」

「変な……お前、何か盛ったのか」

「失礼な。おじさんが、ビールで飲んだんじゃん。いつもの薬。疲労と睡眠不足と、アルコールでの薬の内服なんて、おじさんは自己管理が下手くそなんだね」

「……お前さぁ……いや……うーん……。……ここは、どこなんだ」

 こいつに対して文句は山ほどあるが、今はとりあえず、色々と知らないことが多すぎる。青年の嫌味は無視することにした。

「ここは、無の世界。うーん……パラレルワールドって感じかな?僕もさっき色々知ったんだけど」

 淡々と、綺麗な表情のまま青年は言った。何でこいつはこんな色々受け入れているんだ?

「誰に聞いたんだ」

 青年は笑みを崩さない。

「おじさん、仕事嫌いでしょう?大人の世界に嫌気が差しちゃってるでしょう?僕、今高校生なんだ。で、早く大人になりたい」

 モラトリアムな時代、懐かしいな。俺もできれば……。


「できれば、青春時代に戻りたいと思ってる」


 思いを先に口に出されて、俺は一瞬たじろいだ。ダメだ、こんなガキに流されるなんて。

「……お前、理想論を語るのも良いけどな、俺は普通に社会人なんだ。まぁ、明日は週末だからお前のおままごとに付きやってやったとしても、夢から覚めなかったにしてもどっちでも良いが、月曜日には元の生活に戻してもらわないと困るんだ」


 目の前の、花影と名乗る青年を睨む。

 そんな俺に、怯む様子もなく青年は言った。

「おじさん、ほんとに頭の固いおじさんになっちゃってるんだね。社会人って怖っ」

「おいこらガキ」

「だから、その社会的体裁?っていうのは全部そのままで、中の意識だけ、入れ替えるんだよ。しかも、この空間は1ヶ月くらいで消えるらしい。つまり、1ヶ月限定のままごと?だよ。1ヶ月だけ、お互いの立場で生活を楽しんだら、元に戻るってこと」

「は?」

 色々意味がわからない。

「その1ヶ月に何の意味があるんだ」

「お互い、今の生活に疲れちゃったでしょう?単にリフレッシュ的な」

「そんなよくわからない、リスクしかないことに巻き込まれる筋合いも暇もない」

「おじさん、お願い」

「どうして俺なんだ。お前、全くの赤の他人だろ?」

「この人だ、って思っちゃったんだ。お願い、霧島さん」

「……どうして俺の名を?」

「僕、特別だから」

 青年がニコッと微笑む。……本当に何なんだ、こいつは。埒が明かない。

「それに、全くの他人ではないと思うけどなぁ。花影奏汰、って聞いたことない?僕の顔、見たことない?」

「俺テレビあまり見ないからな」

「出会いがテレビを介してだったとは思えない発言だよね」

「……。」


 花影奏汰……。テレビ……。こいつと出会う前、確かにこの整った顔は画面で見たかもしれない。何の番組?確か、疲れてて音楽番組を聞き流そうと思って……。脳内に、美しいクラシックピアノが再生される。またまたN○Kが付いたんだ。そしたら……。

「あぁー!」

「思いだした?」

「お前、あれだろ。チート高校生!」

「……もうちょっと他に言葉はなかったの?天才ピアノ少年!とか」

「それ、自分で言っちゃうんだな」

「僕、ポジティブシンキングなもので」

 そう。今日に限らず、この顔はテレビで見たことがある。最年少にして、海外のピアノコンクールでえらい賞を取ったとか何とかで、ニュースになったこともあったのだ。整った顔と恵まれた才能に、微かに嫉妬を覚えていたのは黙っておこう。

「さすが、勝ち組の考えることは違うな」

「おじさん、今の自分の状況を卑下しすぎてない?おじさんも、十分すごいじゃん。普通に社会人で働いてるし」

「それ、割と成人男性の大半に該当するんだぞ」

「……。」

 妙な間が生まれる。

「とにかく、期間限定だから。良いよね。よろしく、霧島さん」

「お前……ちょっと待て、色々承諾していない……」

 そして俺は、花影が差し出してきた手を払いのけつつ、何とか反論をしようとするが、猛烈な睡魔と共にまたしも意識を手放したのであった。

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