1
「過去を想うと、僕はきっと、泣いてしまうな……」
自らの口をついて出た言葉、僕はいつか、理解できる日が来るのだろうか。
「おじさん、聞いてる?」
「え……?」
テレビの中の少年が、抑揚のない声で、俺の目をみて真っ直ぐ語りかけてくる。……否、正確には、レンズを通して他の視聴者と同様、彼と目を合わせたというべきか。ただ、そういう誤解を生みそうなほど、彼の眼差しは、まるで個人を射止めるように強かった。
あれ、これは全国放送だよな?放送事故か?ああ、テレビ局も大変だな……。こんなマナー知らずの子供のお守りまでしないといけないなんて。お気の毒で見ていられない。他人事のように目線を外し、手元のビールに口をつける。冷蔵庫から取り出したばかりであるにも関わらず、すっかり常温になっている気がする。
手元にあったカプセルを口に放り込み、ソファに手足を投げ出し天を仰いだ。足先に脱ぎ捨てたスーツが引っかかった気がしたが、おかまいなしだ。疲労がどっと出る。もう、暫くは動けない。
今日は散々だった。仕事で欠員が出るわ、取引先で忘れ物をするわ、会議は社長の一言で大幅に延長するわ、社内のパソコンはフリーズするわ。……まぁ、フリーズのおかげで今日は珍しく、夕日を横目に帰れたのもあるのだが。今更、他人のことになんて気をまわそうという気も起きない。今夜は金曜○ー○ショーでも見ながらゆっくりすると決めたんだ(今)。
「ねぇ、何で無視するの?」
少年の声が部屋に響く。記者よ、諭してやれよ。
「ねぇってば」
ほら、早く。これ以上、問題になる前に。
「……」
無言の空白。実にきみ悪い感じである。ふとテレビを見ると……。
「……え?」
何と、俺の目の前に、テレビの中にいるはずの少年が立っていた。
「うへぁあ!」
思わず、人間が出さないような、奇妙な発声をして後ずさる。動かない身体はどこへやら、俊敏な動きで俺はソファからずり落ちた。
「何なに?君、なに?」
二、三歩踏み出せば簡単にパーソナルスペースに入ってしまうであろう、そんな距離に少年はいた。俺は間違ってホラー映画を観ていたのか?いや、それでも目の前に立体があるっておかしいだろ。いつからここは3Dシアターになったんだ。夢?ここは夢なのか?!
「おじさん、色々顔に出すぎだよ」
呆れた声がした。
「待って、君は生きてるの?死んでるの?あ、見えて良い存在なんだよね?」
「さっきまでテレビで見てたじゃん」
「そう、テレビ!」テレビの画面をみる。画面内がパニックになって……いない?
「もう次の番組に切り替わっちゃってるよ」
「あ、そうなの?」
「きっとあっち側ではごたごたしちゃってるだろうけど、きっと大丈夫だよ」
いやいやいや……。
慌てふためく俺をみて、少年……否、青年は微かに笑う。こいつ、非常識なことをやっているくせに、綺麗で万人受けしそうな顔をしているのが腹立つな。そしてスタイルが良い。学ランを模範的に着こなすその背丈は、尻餅をついている自分から見上げて190cm近くはあるだろう。おまけに微かに甘いにおいがする。人生勝ち組とはこういうことを言うんだな。青年は、俺の前に正座をして姿勢を正した。
「僕は花影奏汰。急にお邪魔して、びっくりさせてしまってごめんなさい。唐突な話で申し訳ないんですけど、おじさん、僕と入れ替わって下さい」
「……。えーっと、花影くん?何を言っているのか理解ができないのだけど。あと、不法侵入で通報しても良いかな?」
「あ、ごめんなさい、通報は待って下さい。ほら、おじさんにも悪くない話なんですけど……」
「……?」全く話の意図が読めない、というか話が通じない。とりあえず、通報しよう。スマホへ手を伸ばしたその時。激しい眩暈と睡魔が襲ってきた。
「おじさん……?……!」
遠くで青年の綺麗な声が聞こえたような気がした。




