贈られた花の重みと意味
童話のようなファンタジーです。
シリアスな設定がありますが、子供に命の重みを感じてほしくてあえてそういう設定にしてあります。
目を覚ますと、僕は猫になっていた。
「起きましたか」
声の方へ振り向くと、白い羽の生えたブロンド髪の美しい女性が微笑みかけていた。
ギリシャ神話の絵画に出てくる女神のような印象を受けた。
「ええと、僕は確か、ビルから飛び降りて死んだはず・・・」
「そうなのですけど、大神様の気まぐれで天使として生まれ変わりましたのよ」
「う~ん。状況が呑み込めないのですが、ではあなたは、俗に言う女神というやつで?」
ええ、そうよ。と言い、ふわりと羽を広げた。
「生まれ変わって天使になったのは、一旦、飲み込みます。信じられないけど」
僕は息を大きく吸うと手に力を籠め地団駄を踏んだ。
「なんで猫なんですか!」
「あら?猫になりたいって、人間の時は毎日のように泣いていたじゃない」
「それは!人間の時はなにもかもうまくいかなくて!猫みたいに自由気ままに生きていけたらって思って泣いてたんですよ!」
「今のあなた、かわいくて素敵よ~!青いビー玉みたいな目に全身真っ白いふわふわな毛並みにこれまた真っ白い小さな羽」
ブロンドの女神は僕の頭をなでながら、ウィンクをした。
ゴロゴロゴロゴロ
自分の意志には反して、喉がなる。
猫ってこんな感じで喉を鳴らしてたのか。と考えているうちに、ブロンドの女神は目の前からいなくなっていた。
あたりを見渡しても、真っ白い空間が続くばかりで、姿が見えない。
徐々に不安な気持ちが襲ってきたところで、遠くの方で声がした。ブロンド髪の女神だ。
「言い忘れてたわ~!。大神様が、地球で使命を一つ果たしたら、私のもとへ来なさい。って言ってたわ。それから、あなたは猫担当の猫天使だからね~」
天使って担当があるのか・・・。と僕は茫然とした。
ハッと気がついた時には、空の上を飛んでいた。
パタパタパタと音が聞こえる。多分、僕の羽の音だろう。
空を飛びながら、頭の中で整理する。
僕は、猫の天使に生まれ変わった。
そして、大神様の命令で、地球で大切なことを見つけなければならい。
「一体、僕は何をしあらいいんだ・・・」
大切なことを見つけなければならない事にたいして、情報があまりに少なすぎる。
というか、本当になにをすればよいのか見当さえつかない。
はあ。とため息をつきながら、下に目をやると、知っている街並みが広がっていた。生前に住んでいた街だ。
とりあえず、街に降りることにした。
降下していくと、誰かが僕に手を振っていた。
目を凝らす。
猫だ。
確かに猫なのだが、人間の様に仁王立ちしている猫だ。
目を凝らして見てみると、しっぽが2本生えている。
猫又というやつだろうか。
僕は、意を決して、仁王立ちしている猫のもとへ降りることにした。
「やぁやぁ。猫天使さん!なかなか降りてきてくれないから、どうしたものかと思いましたよ~!」
そう言いながら、僕の肩をたたく。
「ええと・・・」まるで、はなから、僕を知っているかのような振る舞いをするから、あっけにとられた。
「おや?驚いているようなお顔ですね~。新米さん?」
「ついさっき、猫天使に生まれ変わったばかりでして」
「なるほど!」
猫又は、ぽんっと手をたたくと、うんうんとうなずきながら自己紹介をし始めた。
「私は猫又の文之助。のらりくらりと猫のふりして、この街で過ごしております。猫又は初めて見るでしょう!」
二つに分かれた茶色いしっぽいを見せながら、にこりと笑った。
「ほんとにいるんですね。人間みたいに立っているから、びっくりしました」
「にゃははははは!」
猫又は大笑いすると「それは、猫天使さんも一緒ですよ!」と言った。
たしかに・・・。
僕はなんだか恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
そんな僕をよそに、猫又は話を始めた。
「お呼びしたのは、先日の猫集会で、とある猫が山の山頂にしか咲かない花を、取りにいったと聞きましてね。まだ子猫なんですよ。10日経っても帰ってこないし、猫又って言っても寿命がないだけで、得になにかできるわけでもなく・・・。他の猫たちがその山に探しに行くって言うもんですから。それで、大神様にお願いして、猫天使さんをお呼びしたのです」
「文之助さんに会ったのは偶然ではないというわけですか」
僕は腕を組んで、ブロンド髪の女神の話を思いだしていた。
ちょっとつづ繋がってきたような・・・。
要約すると、ちょうど生前に、猫になりたいって思っていた人間が自殺して、大神様は僕を猫天使にした。そして、ぼくは地球に降りてきた・・・。
都合よく利用されたような感じが否めない。
余計に胸がもやもやするが、怒ったところでどうしようもないか。
「子猫を助けるっていいても、僕は空を飛ぶくらいしかできないし」
「十分じゃないですか!ひとっ飛びして子猫を助けてあげてくださいな」
気は乗らないが、猫天使にされたのも、僕が自殺した罰なのかと受け入れることにした。
「それで、どこの山に?」
「たしか、カッコウソウっていうのを探しに行ったと聞きました」
「ああ、鳴神山ですね」
生前の知識が役に立つとは。
僕は小さい羽をパタパタと動かしながら、空へと飛んだ。
飛ぶぞって思うだけで、羽が勝手に動くのだ。
下から猫又が「お願いしまーす!小さき天使さん!」と言っているのが聞こえた。
鳴神山まで幸い、そんなに離れていない。一時間も飛べば山腹までつくだろう。
「おーい!」
横に振り向くと、フクロウがいた。翼が4つある。
「こんにちは!猫天使さん!私はフクロウの天使です!」
女神が猫担当と僕に言っていたことが頭によぎる。
「もしかして、フクロウ担当ですか?」
「ほーほほほ!鳥全般の担当ですよ!生前はフクロウになりたいって思っていたもんですから、フクロウにしてもらったんですよ!」
「あなたも自殺を?」
「いやいや、私は飛行機事故で墜落して死にました」
天使って、元は人間だったんだろうか。
「今からどちらに?」
「鳴神山まで」
「そこまで羽を動かしたら、疲れるでしょう。私にまかせて!」
そうフクロウの天使は言うと、ホーホー!と大きな声を出す。
すると僕の目の前に大きな大きな緑の羽根が現れた。
「その羽根が一振りすると、山までビューっとその風で連れて行ってくれますよ!」
僕が返事をする前にフクロウの天使はそーれ!と言って羽根で僕に向かって一振りした。
ビュウーーーーー!
風は僕の背中を押していく。
どんっ!
瞬きする間もなく、気づけば、僕は地面に尻餅をついていた。
「いたたたた。急に風がなくなるから、羽を羽ばたかすひまもなかった」
起き上がると、目の前に石垣の階段が続いていた。
僕はよっこいせ、と一段、また一段と階段を上り始めた。
キシシシシッ
足元から笑い声がしたので、目をやると、石垣の階段に目と口がついている。
「うにゃ!」僕はびっくりして、思わず爪を立ててしまった。
「痛いじゃないか!」低いうなり声とともに、石垣から水があふれてきた。
足に付いた水をペロリと舐めると、しょっぱい味がした。
涙だ。
「わしは、森の精霊じゃ。大きな音がしたから、寝ていた目が覚めたぞよ」
「それは、邪魔をしました」
僕は深くお辞儀した。
「いやはや、わしも、お前さんのことを笑ったから、おあいこじゃ。それはそうと、天使がこの山に何用じゃて」
「子猫を見ませんでしたか?」
「キジトラの猫なら、ひと時前に、よたよたと、この階段を上っていったぞよ。」
「たぶん、僕の探している子猫です!ありがとう!」
僕はそう言い、階段を急いで駆け上がった。
階段のその先には、まだ急な山道が続いていたが、お構いなしに全力疾走で駆け上がる。
上がりきると、そこは山頂だった。
ハァハァ。
息を整え、奥へと進む。
あたりを見回すが、子猫の姿はなかった。
どこに行ったんだろう。一本道だから、ここにいるはずなのに。
「キジトラの猫!いるなら返事をしてくれ!」
大きな声で何度も叫んだ。
もしかして、この先の崖に落ちてしまったのだろうか。
最悪の事態を想像しながら、崖の先まで駆け寄った。
「にゃおーん・・・」
崖の下から、小さな声がした。
僕は羽を羽ばたかせ、崖の下へと飛んだ。
崖下裏の出っ張りに、しがみつく子猫が今にも、落ちそうになっていた。
急いで猫の首を口にくわえ、崖上へと上がった。
地面に降ろすと、くわえていた首根っこを、やさしく舐めた。
子猫は大事そうに花を噛みしめていた。
「天使のお兄ちゃん、ありがとう」
「なんで、こんな危険なことしてまで、カッコウソウを探しに来たんだ?」
僕は怒るというか、不思議に思い、疑問を投げかけた。
「今度はあたしが、美雪ちゃんを幸せにしてあげるの!」
子猫は大事そうに、花を抱えながら、力ずよく言った。
子猫を後ろに乗せながら、帰る道中に子猫から詳しく話を聞くと、がんで入院している、美幸ちゃんが死ぬ前に、鳴神山にしか咲かない花をこの目でみたいと言ったからだそうだ。
「その気持ちはすごく分かるけど、君が死んだら、美幸ちゃんはもっと悲しむよ」
「にゅーん・・・」
しょんぼりとした声で子猫は鳴いた。
「ついたよ。」
子猫は、病室の窓にぴょんっと飛び乗ると、そこから、女の子が眠るベットへ飛び移った。
顔のそばにカッコウソウを置くと、すやすや眠る、美雪の鼻の先と、自分の鼻先をくっつけ挨拶をしているようだった。
子猫の目から、大粒の涙がぽつりぽつりと、落ちていく。
僕は、締め付けられる胸を抑えながら、子猫に言った。
「そろそろ行こうか」
子猫は小さくにゃんっとつぶやくと、僕の背中に飛び乗った。
天に上る途中で、子猫は言った。
「お兄ちゃん、あたしね。後悔してないよ。だってね、美雪ちゃんは夢を叶えたんだもの」
僕は何も言えなかった。
ただ、小さな猫が贈った一輪の花に、胸の奥が熱くなるのを感じた。