8
「ん?
おいッ、ヒース、下に誰かいるのか?」
「いやいや、誰も呼んじゃいませんぜ」
思わず踵を返した時、床の音を響かせてしまったのだ。
(やばい、気が付かれた)
しかも、話を聞くことを優先しすぎて姿が隠れきらない場所に立っていたことに気が付いた。何たる不覚!
「あそこに誰かいるわ」
と、下を覗き込んだメアリーが私の陰に気付き、高い声を張り上げた。
「何? この建物は私個人の所有で誰も住んでいないんだぞ。
メアリー、上に行って王子の部屋を確認しに行くぞ!
ヒース、長官と一緒に下を調べに行くってくれ」
言葉と同時に自分より二階半分くらい上の階からどたどたと下へ降りてくる靴音が聞こえた。
彼らが大っぴらに喋っていたのは五階建てのアパートが丸々個人のものだったからか。と、今更知っても遅い。
周りを見渡すと螺旋階段から各階に続く廊下と部屋のドアのみ。
一階に自分も向かえばすぐばれてしまう。二階の部屋のどこからの窓からなら飛び降りたところで大した高さではないだろう。
すぐさま自分がいた二階に渡れる階段から廊下に走り開いている部屋のドアがないか、一つ一つドアノブを回した。
(ちっ、鍵がかかっている部屋ばかりか、どうしよう)
どのドアもガチャガチャ言うだけで開きもしない。焦りだけがどんどん高まっていって、相手がどこにいるのか分からなくなって、心臓の音だけがやたら大きく聞こえる。
でもその時、天の助けか「おい、四階は私が探す、お前は三階に行け」というオブリー長官の声が聞こえ、光が見えた。
(よし、やつらが上の部屋調べるなら、その間に一階に逃げられる)
これ幸いとばかりに彼らの靴音に耳を傾けながら、靴音が階段の近くから遠く廊下に向かったと判断した瞬間、一気に一階にかけ下りた。
「長官! ヒース! 少年が階段を走っています」
だが、その姿を五階に上る螺旋階段から下を眺めていたメアリーが見つけて叫んだ。
その声に反応して「何? 逃がすかっ」と上の階の靴音が一気に戻ってかけ下りてくる。
「くっそ、メアリーの奴。 私、足早くないんだよね」
ダンダンダンと階段の床を踏み鳴らしながら大の大人が追いかけてくる。
彼らは今二階から一階の途中だが、明らかに私の姿を視界にとらえているはずだ。
帽子が飛ばないように頭を押さえ、ロビーから玄関へ駆け抜け開けてあった扉を閉める。
「ヒース、撃て!
門より外に出すな! 賊の侵入で片付ける」
(なんで銃を持ってるの? 普通はそれだけで法規違反じゃないの?)
ウィンバー王国では普段警察官に帯刀は許されているが、銃は携帯しない。
しかも一般人で銃が持てるのは狩猟シーズンの狩りの時のみで、軍人も基本的に緊急事態以外銃は持たないことが規則となっている。
ズキュ――ン、ズキュ――ンという口径が小さい携帯用の小銃の音が響き、玄関のドアが撃ち抜かれ、外に出た私の横を弾が通る。
(ひょえ~~! 撃ってきたよ。嘘でしょ)
門の横の木の幹に銃痕が出来上がり、冷や汗が背中を伝う。まさか銃が出てくることになるとは思いもしなかった。
とりあえず、撃たれていないし、門近くの木にいる自分の馬に駆け寄って手綱を解く。でも、焦りすぎて自分が括りつけた馬の手綱を解くのに手が震えてうまくいかない。
その時、彼らが玄関のドアを開けるギイっと言う音がした。
切ってしまえ、とやけっぱちで持っていたポケットの短刀で手綱を切った。途端、先ほどの銃声で興奮した馬は勢いよく走りだしてしまい、逃走用の脚を無くしてしまった以上、植えられた木立の中に身を隠すしか方法がない。
「追うぞ、ヒース」
オブリー長官とヒースと呼ばれている猫背の男は門の方まで走って行ったが、おそらく彼らは馬に人が乗っていないことにすぐ気が付くだろう。イチかバチかで門から出て行くか、それともここに隠れるか。
私の命運はここで別れる。
読んでくださってありがとうございます。