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「本人がいない間も新聞の社交欄記事で顔が出ていない時はなかったわ。

 記者もどこでネタを探してくるのか、旅先のエリスフレール王国の記事まで拾って来るんだから。

 記憶にあるだけで、エリスフレール王国の名前忘れちゃったけど、とりあえず貴族のお嬢様とのデートでしょう。

 あと、あっちに行く前からずっと話題になっていたオブリー警察長官のお嬢様とマクブライト外務大臣のお嬢様があなたを取りあっている勝負は延々と決着つかずってでっかく書かれていたかな。

 もう、我が従兄妹殿の人気に頭が下がる思いだったわ。

 誰かのお陰で恋愛ネタが全く出ない私とは正反対よね」


「あほか! 男の恋愛ネタは勲章だけど、お前がそんな記事出てみろ。

 ろくな相手が寄って来ないからいいんだ」


 よく聞く娘に対して悪い虫を付けさせないような頑固な父親のような口調でジュリアンは目くじらを立てた。


「ろくな相手どころか、好条件の男も寄って来ないわよ!

 どうしてくれるの!」


 まったくもって私の社交界生活は、デビューと同時にジュリアンのお陰で悲惨なものだ。

 彼は私が社交界デビューした去年、私が出席すると返事したパーティーに欠席することは絶対なかった。

 しかも、毎回男性達に「ハートリー女公爵に一切近寄るな」と言って、パーティーの最初にくぎを刺すのだからたまったものではない。

 お陰で出会う男達は誰一人引き攣った笑顔と挨拶だけで、まったく挨拶と世間話以上声をかけてこない。

 ジュリアンは自分のことは棚に上げて、大事な従兄妹に変な男は近づいてほしくないと言い張って、近づく男達を握りつぶしてくれている。

 親心と言っているが実際は暇つぶしとしか思えない。


「私だって年頃なんですから、素敵な恋人欲しいの」


「そんなもの寄ってくる奴がいい男かどうか、お前が見抜けると思うのか?

 って、そんな話している場合じゃないぞ」


 またいつもの如く私達二人の会話は本筋からそれて行ってしまう。

 今回この程度で止まったのは、事件が事件だったからだろう。


「まあ、そうだわね。

 で、話戻すけど、誘拐されるた状況は?

 賊に襲われたの??」


 いくら女たらしの遊び人だろうが、ジュリアンの腕は帝国の軍人たちの上級者でも舌を巻く腕前だ。

 ただの軟派男ではないことを知っているのは、彼と一緒に幼い時に武術を習っていたからだ。


「いや、俺もハイトも」


「ハイトって誰?」


「……ハイトってのは王子の腹心の部下のことな。

 その彼も相当の凄腕なんだが、二人が気付かないうちにまるで雲隠れしたみたいにいなくなっちまったんだ。

 昨夜、三人とも同じ部屋で眠ることになったんだが、明け方俺達二人が宿の下の酒場に行ったんだ。

 前日の食堂は混んでいたから、朝も混むだろうし食べるものを部屋に届けてもらうようにしようって、食堂の人間が動き出す時間に合わせて起きてな」


「じゃあその間に誘拐されたんだよね。

 裏口とかどっかに痕跡は?」 


「その宿は、上の階の階段は下の食堂のカウンター席を通らなくちゃ裏口も玄関も行けない、つまり注文をしに行った俺達の後ろを通らないと出られない作りになっているんだ。

 そこを誰一人通らなかったし、他の部屋も金積んで調べたけど客以外いなくてさ」

「最後連れだした可能性は窓ってこと?」


「そうだな。それしかないと思う。

 窓の下に干し草の台車か何かを置いておけば、上のどっかから入って誘拐出来るだろ

 確かに何台か荷馬車の轍の後もあったんだが、馬の足跡も轍もどれも似たり寄ったりで、しかもその日の朝の目撃者の証言じゃ、皆、荷馬車は幌付きだったっていうんだ」


 ああ、なるほど。

 確かに宿場町の宿の建物といっても、たいていのものは木造だし、それほど背が高くない。

 荷馬車を用意して、荷馬車に干し草か布か綿を高く積んで二階の窓から音が出ないように逃げ出してあとは王子の姿を隠したければ荷馬車を幌で覆ってしまえばわからないだろう。


「でな、注文して部屋に戻ったら王子の姿が無くて、ベッドに『エリスフレール王国の王子を頂いた』って書かれたカードがあったんだ。

 それ見た瞬間、どこで正体がばれた? って顔が引きつってさ」


 それはそうだろう。

 どう考えてもジュリアンの顔の方が知られている気がしてならないしなぁ。


「どっかで内緒の訪問がばれたんじゃないの?

 この国の人間大半はエリスフレールの王子の顔知らないと思うんだよね。

 私も会った記憶がないんだけど。

 でも、身代金目的なら、私だったら、この国の社交界のゴシップネタで顔も身分もばれているあなたを綺麗なお姉さん使っておびき出して誘拐するわ」


 私の説明は理論的には納得できるが、ジュリアン自身は身も蓋もない言われようでかなりむきになって

「その言いぐさはなんだ!」と怒った。

 まったく、自分の事が分かっていない男というものは厄介だこと。


「はいはい、言葉が過ぎて、ごめんあそばせ。

 でも可能性としては、犯人がずっと道中付けていた、ってことが一番じゃない?

 誘拐でしょう?

 話を聞いていると、かなり重大事件だと思うわ。

 私に相談するよりも、まず誘拐事件が大きく広まる前にエリスフレール王国と戦争が起こらないように外務大臣に相談して、誘拐犯の逮捕は警察省の長官に・・・・・・」


 と言いかけて、口をつぐんだ。


 ジュリアンが言えるわけないわ。思い当たった状況にがっくりと肩を落とした。


「どっちの娘にも手を出しているから悪いんでしょうが!」


 身から出た(さび)がこんなところで「つけ」として回ってくるとは何と因果な、と呆れた。


「どっちの()にも手は出してないって言うの!

 だから、そこに話を持って行く前に、助けてくれって言ってるんじゃないか!

 あっちの家が俺と結婚したくて必死なの、本当は分かってるんだろ?」


 言われてみれば、仕事はしない癖に野心家で抜け目ないといわれるオブリー警察省長官の娘サラも、浪費家で親子そろって賭博癖が有名なマクブライト外務大臣の娘メアリーもかなり美人で、社交界の美女トップテンに入ると言われている美女なのに、ジュリアンは近づかない。


 そう、昔からジュリアンは明らかに「下心」が丸見えの相手は、恋のゲームの対象にならないのだ。


「そんなところに今回のこの話を持って行って貸しとか作ってみろ!

 俺は・・・・・・。想像したくない」


 想像したくないのは王子の最悪の結果なのか、誘拐の件で大臣のどっちかの娘と結婚することだろうか?


 滑稽なほど天を仰いで絶望しているジュリアン。


「まあ、どっちと結婚するか妄想しても構わないけどさ。

 王子の行動が軽率だったとしても、あなたにも責任がある、とみなす人間も出てくるか。 あの大臣の娘のメアリーと長官の娘のサラなら絶対そこをついて迫るだろうね」


 自信過剰なジュリアンが滅多にない絶望の淵に沈む姿を見るのも面白いけれど、問題が問題なだけに楽しんでいるわけにはいかない。

 誘拐された王子の命も、下手すれば国家同士の戦争にもなりえる話だからだ。


「となると、本当に切羽詰まったら最後の手段は国王陛下に謝るしかないよね。

 国王陛下に旅立つ前に「行動を慎め」って言われてたのにねえ。ジュリアン」


 と横目で見ると、彼は端正な顔色を青くして「そうなんだよお、国王陛下に釘刺されてたんだよ、俺」と更に落ち込んでいる。

 でも、そんな彼を責めさいなんでも仕方がないので、とりあえず今回の事件の要点をまとめていかなくてはならない。

 それは推理小説を組み立てる作業に似ている。

 この話、いずれ何か小説に行き詰った時に使えるか? なんて思いながら、思いついたことをあげていく。


「誘拐犯はエリスフレール王国に詳しい人物だと思うの。

 でなかったらこの国で殆ど知られていない王子を誘拐しないよね。

 そういう人物に心当たりは?」


 コンコンと指でテーブルを叩きながら記憶の糸を手繰るジュリアン。彼は無意識に指を鳴らしながら「俺の周りにはいないと思う」と答えた。


「そう。

 私が今浮かんだのが、一人いるけれど、その人物は、王子を知っている可能性があるのよね。

 ほら、三か月前、あなたのお父様、運輸大臣カスパール・レッドフォード公爵の名前で、エリスフレールで作った密造酒の密輸で各国に拠点を持つ悪党が吊るしあげられたでしょう?

 その首謀者のオービックって結局内通者か誰かによって留置所から逃げられているじゃない?

 それが一枚噛んでいるとか。

 彼ならエリスフレールのお酒を密輸してたくらいだから王子の顔を知っていてもおかしくないでしょう?」


 密造酒で各国から賞金首になっていた男は勿論エリスフレール王国でも確か懸賞金がかっていたはずだ。


「でもさ、奴なら王子を誘拐じゃなくて、俺を殺すだろ。

 捕まえたのは俺の親父なんだし」


 そう言われると確かにそうで候補が消えてしまう。犯人の特定は厄介だな。

 まるで雲をつかむような感じだ。


「次の小説のネタになるかは別にして。

 ジュリアン、宿屋に怪しい人間居なかった?」


「それはもうとっくに調べたけど、そんな顔なかった。

 明け方、そのカードを見てすぐ、宿屋どころかその宿場町全部を叩き起こして調べた。

 でも朝も早かったし真っ暗だったから、大半の人間は外に人間がいても顔を見てない。

 ただ、部屋の窓はどの部屋も確かに大きい両開きなのは確かで、俺たちが戻った時は扉の鍵は開いたままだった」


「難しいな。王子が自分で出て行ったとかそういうことは?」


「無断で出て行くかよ。しかも窓からなんて。

 小さい子供じゃあるまいし」


 子供じゃないから黙って出て行くんじゃない、と言い返しそうになった時ノックの音がして、メイドの一人が来客を告げた。


「ブラックバーン伯爵様にお会いしたいと、ローレンハイト・レニエ様がいらっしゃいました」


読んでくださってありがとうございます。

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