ランドリー
規則正しい機械音。泡の弾ける水流の音。
ぐるぐると回る洗濯物。
僕は、ベンチに座り、手持ち無沙汰でただぼーっと自らの服が回る様を見ていた。洗濯をするといつも頭がボーっとなり、一種の酩酊気分を味わえる。
そのランドリーは静かで、僕以外誰もいなかった。
ランドリーの入り口は全面ガラス張りになっており、外の道が見える。もう20時だと言うのに外は明るく多国籍の陽気な人々が通り過ぎる。
僕は目線を洗濯機に戻した。回る僕の3日分の服。
後どれぐらい僕はこの地にいるんだろうか。それを決めるのは僕のはずだが、まだ未定のままふわふわと根無し草にようにここに留まっている。だが、この洗濯が終われば、帰れるはずだ。
入口のドアが開く。そこから大きな鞄を持った一人の女性が入ってきた。現地の人だろうか、スペイン人特有の彫りの深い整った顔に、茶色の髪。年齢は分からないが、僕と同じか少し上に見えた。この辺りは大学が多い。もしかしたら学生かもしれない。
彼女は僕に見向きもせず、入口近くの自動販売機のような機械を操作していた。コインが落ちる音がやけに響く。
そして僕の使っている【1】と書かれたナンバープレートのついた洗濯機のすぐ隣の洗濯機のドアが開く。その横開きのドアの上には【2】と書かれてある。
店内には他にも洗濯機は何台もあるのに、彼女はなぜか僕の隣を選んだ。彼女は僕の座るベンチへとやってきた。ぼくは横に置いていたリュックを膝に乗せて、少し横にずれるように動く。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
彼女は眩しい笑顔を私に向けて、挨拶をした。ドギマギしながら僕は挨拶をした
「韓国人?アジア人が “ここ”を利用するなんて珍しいわね。向こうでのビジネスに失敗した?それとも成功し過ぎたのかしら」
彼女は流暢な英語でそう話しかけてきた。僕は我流の英語で返す。
「日本人です。ここは初めて利用してます。使っている【安宿】の洗濯機が壊れてしまって」
そうすると彼女はニヤリと笑った。
「【安宿】はダメよ。危ないから。ここはセキュリティもバッチリだし、何より信頼できる」
そう言いながら彼女は鞄の中から夏に着るには随分と分厚い生地の服を何枚も取り出して、洗濯機の中へと放り込んだ。そして、洗濯機に備わっているボタンをいくつか押した。
「ねえ、君、これ持ってるでしょ?」
彼女は小さなジップロックに入った白い粉末を取り出しながら私にそう聞いてきた。あー確かにあの量を洗うには【洗剤】が足りないだろう。
「いや、さっき使ってしまったけど、まだ少し残っています」
「あら、じゃあ分けてくれる?」
「もちろん」
僕は鞄から白い粉が入った袋を出した。彼女に渡した。彼女はそれを鞄に収めた。
「ありがとう。でもこれ、あんまり質は良くないわね」
「安宿で分けてもらったやつです」
「タダのやつは質が悪いし辞めた方がいいわよ?」
「はあ…今度からは自分で買います」
「その時はまあ教えてね。それじゃあ、チャオ!」
彼女はそう言い残すと、風のように去っていった。
なぜか彼女が服を入れた洗濯機は動いていない。
さて、僕も行こうかと立ち上がった瞬間。
「オイ!貴様!何をしている!!!手を頭に乗せて床に伏せろ!!!」
突如入口から警官らしき男達が銃を構えてこちらに走ってくる。
僕はパニックになりつつも、とにかく手を挙げた。
警官達は僕を無理やり床へと押し倒す。思わず抵抗してしまった僕に警棒を振り上げた警官。
次の瞬間、僕の意識は飛んだ。
☆
気付くと、取調室のような場所に僕は手に手錠を付けられ触らされていた。目の前には厳つい男が座っている。目の前の机には、僕のパスポートがあった。
「起きたかね?君は自分が何をしたか分かっているかい?」
その男は流暢な日本語でそう声を掛けてきた。
「え、いや、あの、何が何やら…僕はただランドリーで…」
「ロンダリーだと知っていたという事か?」
「え、あはい。3日分しか服がなくて泊まっている宿の洗濯機が壊れたので」
…」
「そこで何をしていた?」
「いや、ランドリーですることは服を洗うこと以外ないですよ」
「ではこの袋はなんだ?白い粉が入っていた痕跡があるが」
「いや洗剤ですけど」
「…もしかして、君、あそこを、ランドリーとして利用していたのかい?」
「え?いやランドリーでしょ?」
ちぐはぐな会話の後にその男は突然笑い始めた。
「はははははは!いやすまない!なるほど、我々も君も勘違いしていたようだ!
「勘違い?」
「この写真の女に見覚えは?」
男が一枚の写真を取り出す。それには、ランドリーで僕の横の洗濯機を使ったあの女性が写っていた。
「彼女はマフィアの一員でね。麻薬の売買で得た資金の洗浄が担当でね」
「マフィアですか」
「そう。あそこはマフィアの【ロンダリー】なのさ」
「ロンダリー?」
「そう、聞いたことあるだろ?マネーロンダリングって。あそこで、服の隙間に金や麻薬を詰めて、受け渡しをして、所有者を分からなくするんだ」
「僕は…」
「今調べさせているが…ちょっと待ってくれ、連絡がきた。あーうん。分かった」
男は、携帯電話から耳を話す。そうすると僕の後ろに回り、手錠を外した。
「君の服を確認したが、そういう形跡は全くなかった。この袋の中身もただの洗剤のようだ。よって君の無実が証明された。乱暴にしてすまなかったね」
僕は荷物を全て受け取り、警察署から出た。リュックには洗われた三日分の服が詰めてあった。
僕はスマホを開け、ネット口座に指定の金額が振り込まれているのを確認すると、警棒で殴られた頭をさすった。
「ランドリーも【ロンダリー】も二度とごめんだ」
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骨太ファンタジーなので興味ある方は是非!
【竜血姫の国崩し〜拝啓妹よ。俺様は国家転覆を狙う姫様の下僕になってしまったが案外悪くないぞ〜 】
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