入学試験その7
戦闘試験はスムーズに行った。メンバーが良すぎたのだ。獲物を仕留めたアイシャが口を開く。
「なんか拍子抜けなほど簡単だったねー」
それを聞いたソルラがたしなめるように言った。
「まだ終わってないから気を抜かないように頼むよ。それにしてもアイザック君は森の奥に行きすぎだ」
「…申し訳ねえ」
本当に、その通りだ。アイザックが始まると同時に、奥の方がでかいやつがいるに決まってると言って森の奥へ奥へと躊躇いもなく歩いていってしまったのだ。そのせいで獲物を見つけた頃には相当集合場所から離れてしまっていた。
獲物はそのアイザックが持ってくれている。アイザックが言い訳をするように言った。
「それでも、結果として大きい獲物を見つけれたからいいじゃねえか」
「結果としてね。別に奥にしかいないって訳でもないから、集合場所の近くで小さくても早く仕留めて時間短縮に努めるのがセオリーよ。それこそ最近農家を襲ってるのだから、森の入口あたりにもいたはずよ」
アイシャが容赦なく言う。俺は、流石に可哀想と思い口を開く。
「本人も反省してるんだし、その辺で許してやれよ」
「それもそうね。それよりあんたもあんただわ。敵に抜かれ放題、大したダメージも与えられない、隙を作ることも無い。本当にセンコー倒したの?」
「面目ない…」
俺が得意なのは剣を使って相手の動きを止めつつ魔法でトドメを刺す戦い方なのだが、今回のように力でも速さでも負けてる相手の対しては本当に何も出来ないのだ。
苦笑いしながらソルラが言う。
「2人とも頑張ってくれてたし、アイシャもその辺に」
突然、ソルラの声をかき消すようにして、ぎゃあぎゃあと何かの鳴き声が響いた。俺達の右手の方からだ。ソルラが続ける。
「見てこよう」
後ろから静かについてきていたハクとアサトを含め、全員が頷く。
皆が無言で草木をかき分けながら歩くこと数秒。それは見えた。
巨大なカラスだ。翼を広げると4mはありそうだ。そいつの見た目には見覚えがあった。この森に唯一出る魔物、ヤタノガラスだ。
そいつが何かに攻撃をしている。カラスが空中に飛び上がった時にその姿は見えた。
ミルノだった。
彼女は身体中から血を流しながら必死に剣を握っていた。
なぜ逃げずに戦っているんだ。その問いは彼女の後ろを見てわかった。
イリアが倒れていた。頭から血が流れてるのが見える。
無言でヤタノガラスのもとへ歩きだそうとする俺の肩を、ソルラが力いっぱい握り、止める。
「無謀だ。死にたいのか?後ろの子が生きているかもわからないし僕たち全員が合わさってあのカラスに勝てる保証もない。あれは魔物だろ?ここで戦ったらルール違反だ。撤退する」
「ふざけてんのか?」
「ふざけてるのは君だ。1度引いて教師を呼ぶ。それが最善策だ」
ソルラの手を振り払う。それと同時にアイシャが弓を、ハクが杖を構える。
ダメだ。ダメなんだ。俺は口を開く。
「俺は、学校に入って、一番で卒業して、騎士を目指しているんだ」
必死に戦うミルノから目を逸らさず続ける。
「騎士ってわかるか?強くて優しくてかっこいいんだ。そして」
目が乾く。それでも瞬きはしない。
「人を助ける。助けを求める人がいるなら、絶対逃げない」
パワーエイジを発動。
「ここから逃げたら、俺は二度と騎士にはなれないんだ!」
そう叫び、走り出す。前だけを見て走る。ミルノがこちらに気づき驚くと同時に泣きそうな顔をする。
その隙をついたヤタノガラスの攻撃をすんでのところで止める。
「待たせたな。もう絶対、大丈夫だ」
「どうして…」
ミルノの頬を涙が伝う。カラスの攻撃を受け流し、彼女の顔に目をやりながら言う。
「君が助けを求めていた。だから助ける」
何か言おうとする彼女から目を離してカラスを見据える。
いざ正面に立つと本当に巨大だ。それでも、彼女達を守るためにはこいつを殺さなきゃいけない。
いつでも魔法が発動できるように、剣とこの一帯の地面に魔力を通す。魔力量だけは人よりも圧倒的に多いのだ。
カラスは、標的をミルノから俺へと変え、突進してきた。爪での攻撃を剣で止め、弾く。そして、50センチほどの氷柱を高速で発射する、アイシクルショットという魔法で追い討ちをする。胴体に直撃するも、ダメージをくらった様子はなかった。
そこで、俺の後ろから人が歩いてくる音が聞こえる。
「やれやれ、あそこまで言われたらもう戦うしかないじゃないか」
後ろの方に軽く目を流すと、そこには獰猛な笑みを浮かべたソルラの姿があった。彼は「助太刀するよ」といって俺の隣に並んだ。
「いいのか?ここで戦えばルール違反で失格なんてあるかもしれないぞ」
口を動かしながらも、カラスからは目を離さずに身体に力を込め続ける。
彼は笑いながら言った。
「いいさ。どうせこんな試験しなくたって僕は入学できる」
「それはいい。俺も家名が欲しかったね。他のみんなは?」
「教師達を呼んできてくれと頼んだ。さぁ、センセー方が来るまで踏ん張るよ」
ソルラは黒豚との戦闘時とは比べ物にならない速度で、ヤタノガラスに肉薄した。パワーエイジを使ったのだろう。俺もまだ手に慣れてない学校の剣を握り、走る。
ソルラの剣は凄まじかった。一太刀一太刀に明確な殺意が見え、敵のくちばしや爪に当たる度に森に音が反響した。俺は彼の動きに合わせながら隙を付いて、黒い羽根を切り裂き、アイシクルショットを撃ち込んだ。
それでも決定打を与えられないでいる時、突然、戦況が変わった。
ソルラが泥に足を取られたのだ。それをカラスは見逃さず、鋭いくちばしでソルラの右肩を抉る。
堪らず剣を落とした彼に追撃しようとするカラスの前に入り、爪を剣で止める。カラスがまるで嘲笑うように大声で鳴いた。
血の流れる右肩を左手で押さえ、顔を歪めながらソルラが言った。
「すまない…敵の前で剣を落とすなんて笑えないな」
ソルラは右腕をだらんとさせながら左手に剣を持って立ち上がり、続ける。
「僕が森の奥へ走るから、君は彼女達を抱えて外へと走ってくれ。あいつはきっと、僕を追う。大丈夫、足には自信が」
「うるせえな」
「なっ」
ソルラの提案を一蹴する。何か言おうとした彼を遮り、アイシクルショットをカラスに撃ち込みながら言う。
「あいつは俺が殺すんだ。横から突然出てきて何訳の分からないこと言ってんだ」
「訳の分からないことを言ってるのは君だろう!お…僕の攻撃ですら通じなかったんだ。君が倒せるわけがないだろう!」
「知らねえよそんなもん!」
ソルラが黙り込む。1人を倒したことに調子づいたカラスが猛攻撃をしてくる。
ぎりぎりのところでなんとか耐え続けているものの、このままじゃジリ貧だ。
身体中に乳酸が溜まり、息が苦しくなる。
クラクラとしてきて一瞬視界が暗くなった時、カラスのくちばしが俺の喉元にあった。
終わった。
そう思うと同時に、突然カラスの頭が跳ね飛んだ。
何が起こったのか分からないまま、カラスの返り血を浴びながら俺は意識を失った。
戦闘シーンが長い小説って読んでて飽きるので短めに書いてみました