入学試験その5
10時45分。既にほとんどの人が集まっているようで、黒羽根の森の前は人で溢れていた。中には保護者と一緒に来ている人もいるようで、所々に両親と話す受験生の姿が見えた。
とっくに慣れていると思っていたが、少し胸のあたりがチクチクする。
眩しいものから逃げるように集合場所から少し離れ、手頃な大きさの岩に腰をかける。
集合場所に向かっていく受験生を眺めつつ時間になるまでここにいるか、なんて考えている時に見知った顔が少し遠くを歩いているのが見えた。ミルノだ。
話しかけようか、と思うがすぐにやめた。彼女は別の人と話していたからだ。茶色の髪色なのは見えるが、それ以外の容姿の特徴はほとんど掴めなかった。
1人で勝手に気まずくなり目を瞑る。今は多分50分頃だろうしもう少し経ったら行こう。そう思い目を開けた時に、遠くにあるミルノの青色の瞳と完全に目が合った。
彼女の顔がここからでもわかるほど驚きに変わり、すぐに笑顔になったかと思うと、隣の友達と数秒話したあとその友達の手を握りながらこちらに走ってきた。
「カザノさん!おはようございますっ!」
走りながらそう言う彼女に軽く手を振る。しばらくして俺の近くに着いた彼女は、息を切らしながら「また会えましたね…」と今にも死にそうな声で言った。素直に怖い。
「ああ、おはよう。その子が前に言ってた友達?」
「そうです!彼女はイリア=レイアンです!」
ミルノがちらっと横に目配せすると、イリアは
「イリアです。よろしく」
と無表情で淡々と自己紹介した。では俺の方も。岩から降りて、
「俺はカザノだ。ただのカザノ。よろしくな」
と言った。一瞬他にも何か言った方がいいか、と思うがすぐにミルノが俺に聞いた。
「ところで、カザノさんはどうしてこんな所にいるのですか?」
なんと言おうか考えてる時に、自分の目が泳いでいることに気づきすぐに目を閉じて口元に手を当て、
「あー…わざわざ試験開始まで立ちっぱなしというのも人混みの中にいるのも面倒だからな」
と言って目を開ける。彼女は「確かにそうですね!」と肯定したあと続けた。
「では!もうすぐ試験説明も始まりますし一緒に行きましょう!」
冗談じゃない。この元気の塊のようなミルノと死体のようなイリアといたら気疲れで試験前からクタクタだ。
「俺はもう少しここで休んでから行くよ。家から結構遠くて疲れたんだ」
「では!カザノさんを待ちますね!勿論イリアが行きたいのであれば先にいいですが!」
「どっちでもいい」
「やっぱりそろそろ行こうぜ。時間になっちまう」
心が折れそうだ。
俺には重すぎる花を両手に持ちながら集合場所に到着する。道のりはとても長く感じた。
会場に着くとほぼ同時にスピーカーのつく音が聞こえる。ずっと話していたミルノが静かになり、開放された気分だ。
「昨日と引き続き説明する、試験責任者のロキだ」
昨日以上に面倒そうに彼は続ける。
「今から昨日配ったカードに書いてあるチームを作ってもらうが、先に試験の説明をする。それと、もしも欠席した者がいて人数が足りなかった場合はその人数で試験を行ってもらう。欠席したやつを恨め」
なんとも酷い言い草だ。でも実際もう1人を用意することなんてできないだろうし仕方ないのだろう。
「昨日も言った通り、この森に生息する黒豚を討伐してきてもらう。武器は学校のものを貸し出すが、杖は限りがあるため1チーム1本とする」
逆に杖以外の武器は限りがないのかと思ってしまう。王国の運営している学校なので資金は相当あるのだろう。
「全チーム同時に開始し、黒豚を討伐でき次第獲物をここまで持ってこい。袋が欲しい場合は支給する」
黒羽根の森はとても広大だ。ここにいる全員が同時にこの森に入っても問題ないだろう。
「評価の観点は3つ、1つ目は獲物を仕留めここに運んでくるまでの速さ。2つ目は獲物の大きさ。3つ目は獲物の状態だ」
1つ目と2つ目に関しては運が付きまとうが3つ目に関しては実力によって決まる。強いやつなら一撃で仕留めることができ、外傷が少なくて済むからだ。
「最後に、もしも魔物と遭遇した場合戦闘は避け、撤退しろ。極力教師と数名の在校生で巡回はするから、遭遇する可能性はほとんどないだろうが」
黒羽根の森には稀に魔物は出る。魔物は例外なく強力で、一般人では為す術なく食われるだろう。
「試験終了時刻は5時。それを過ぎた場合は失格だ。以上。試験は30分に開始する。それまでにチームメンバーを揃えて試験官に報告しろ」
数秒の静寂の後、メンバーを探すために皆が大声で自分の番号を叫ぶため途端に頭が痛むほどの喧騒に包まれる。俺も突っ立っていて欠席扱いされては大変だ。隣にいるミルノとイリアに、
「じゃあ俺はチームメンバー探してくるから」
と言って軽く手を振り、人混みをかき分け『251』を叫ぶ声を探した。




