入学試験その2
学校は祭りかというほど賑わっていた。祭りのようなものではあるが。
王国学校には、学歴を持つために貴族なども入学を希望するため、それはもう大盛り上がりだ。
俺は人の流れに逆らわないように石で作られた通路を歩いていた。噴水なんかもあり、どうにも落ち着かない。そこで突然、後ろから右の肩当たりに思いっきり人の頭がぶつかった。青色の髪で、髪型を見るに女の子だろう。
「ああっ!ごめんなさい!」
俺の顔を見上げ涙目になりながら謝るこの人を見ると反射的に謝ってしまった。
「うおっ、俺の方こそごめん。怪我はない?」
ふと、俺は何か謝ることをしたか?と心の内では思いつつ、こちらの顔を覗き込むその顔を見下ろす。髪と同じ綺麗な青色の目をした、予想通り女の子だった。
「大丈夫です…身長がないから人に押しつぶされてしまうのです…」
いや、押し潰そうとしてきたのは君だろう。という言葉をすんでのところで飲み込む。歩を進めながら何と言えばいいかと苦笑いをしている時に、彼女は俺の返事を待たずに口を開いた。
「なので!私を試験会場までエスコートしてください!」
「え、いや…え?」
突拍子もない彼女の発言に頭がついて行かない。何を言ってるんだお前は。
「い、いいけど…俺、おま…君の名前すら知らないような人だけど」
「自己紹介がまだでしたか。私、ミルノ=サファイアと申します!」
違う。別に名前が知りたいわけじゃないんだ。名前も知らないのになんでエスコートしなきゃならんのだと問いたいのだ。
「あ、あはは。そっか。ミルノちゃんね。よろしく」
「よろしくお願いします!あなたの名前も知りたいのですが!」
俺が名乗ったんだからお前も名乗れということか。そして、今、俺は結構なハイペースで人混みをかき分けるようにして逃げて…もとい歩いてるのに彼女は当たり前のようについてきながらニコニコ話している。恐怖すら感じる。
「俺の名前はカザノ。家名はないよ」
家名があるのは貴族だけだ。なのでミルノは貴族だろう。貴族というのは傲慢で人を見下すようなイメージがあったがどうやら彼女は違うらしい。
「カザノ様ですね!覚えました!ところでカザノ様はどうしてこの学校に?」
「とりあえずさ、様付けは勘弁してくれ。疲れる」
「そうですか…ではカザノさん!」
「ん、この学校に来た理由だよな」
何気なく空を見上げる。綺麗な青空だ。
この学校に来た理由か…そうだな。
「父さんと母さんの…夢だったから」
「夢ですか?」
「そう。騎士になるのが夢だったみたいでさ。俺、特にやりたいことなんてなかったから」
まあ既に、その2人はもうこの世にはいないんだけど。
「ミルノちゃんはどうして?」
「私は強くなりたいからです!」
「ふむ、なら騎士になるってより武道の心得を学ぶってこと?」
試験会場が見えてきた。普段は戦闘訓練や集会に使っているそうだ。大きさはこれまで見た全ての建造物より大きかった。
「そうですね…騎士にはなりたいですけど」
「けど?」
少し、ミルノが黙る。彼女の方を流し見ると悲しそうな、何かを諦めているような顔をしていたが、俺が見ていることに気づくと作り笑いだなと初対面でも気づく笑顔で「なんでもないです」と言った。
貴族にも色々あるのだろう。そうかと言って話を終わらせる。
あまり居心地の良くない空気に包まれ、俺が何か適当なことを言おうと口を開けようとしたところで、彼女が言った。
「ここまでありがとうございました!私は知り合いのところに行きますので失礼します!」
「ああ、うん。俺こそ、退屈凌ぎになってありがたかったよ。お互い頑張ろうぜ」
「はい!では!」
彼女は早歩きで、すぐにたくさんの人の背中で見えなくなった。
ため息をつく。少し疲れた。
入口で軽く年齢確認と軽い登録を済ませ、後で使うと言われカードをもらった。ほとんどの人が落ちるので面倒な手続きは後でするのだ。
会場内は人で埋め尽くされていた。それでも、まだ人が入るには余裕があった。
しばらくの退屈の後、スピーカーが起動するような音が会場内に響き、「あー」と、男の声が聞こえた。
すぐに、周りから常に聞こえていた人の話し声がなくなる。
「初めまして。今回の試験責任者のロキだ。1度しか説明しないからよく聞けよ」
面倒そうにロキは続けた。
「試験内容は3つ。筆記試験と戦闘試験、そして討伐試験だ。筆記試験は校舎内の教室で行ってもらう」
この世界には、魔力と呼ばれる全ての生き物に宿るエネルギーがあり、その魔力を他の物質やエネルギーに変換する技を魔法と呼ぶ。また、動物と違い心臓を持たず、代わりに魔石という物を持ち、血は流れず魔力のみをエネルギーとして活動している生き物を魔物と呼ぶ。
筆記試験ではこの魔力、魔法、魔物についてを中心とした問題が出される。
「戦闘試験は屋外訓練場で我々教師と数名の在校生と実際に得物を持って戦ってもらう」
戦うといっても、これは試験なのでこちらの技術を見るために教師達が全力を出してくることはないだろう。むしろこちらの全力を出しやすいよう立ち回ってくれるはずだ。
「討伐試験は黒羽根の森にいる黒豚を討伐もらう」
黒羽根の森というのはアルティの近くの森で、黒豚というのはそこによく出る凶暴な動物だ。最近黒羽根の森の近くの農家などで被害が出ていると聞くし、試験ついでに駆除してもらおうという魂胆だろう。
「それぞれ入口で貰ったカードがあるだろうが、これは行う試験の順番と討伐試験でのチーム、筆記試験を行うクラスと戦闘訓練を行う場所と時間が書かれている。Aは筆記試験から戦闘試験、Bは戦闘試験から筆記試験の順番で行ってもらい、討伐試験は明日行う」
俺のカードはAだったから筆記試験からだ。
「筆記試験はAは11時に、Bは4時に行う。クラスは自分で探せ。戦闘試験の場所は外に行けばわかるが屋外訓練場が区切られていてそれぞれ2桁の数字が書いてあるから自分の番号の場所に指定された時間に行け」
クラスは2-4。戦闘試験の番号は18で時間は5時だった。
「討伐試験は明日、11時に黒羽根の森の学校側の南側に集まってくれ」
討伐試験のチームの番号は251。
「それと、自分の試験が終わった者は各自速やかに帰宅するように。では試験頑張ってくれ。以上」
そういうと、プツッという不快音がして少しの静寂の後、ロキが話し出す前の騒がしさが戻った。
まずは筆記試験だ。




