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神様に捧ぐ  作者: 古代いせき
第一章 白き者
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第6話 : 最悪

「はぁ……!?」

「確かにここは東棟にあたる。聴取室から一番近いのは中央エレベータ―のはずだけど……、そもそも第4エレベーターなんて聞いたことがない」


癖なのだろうか。頬に手を当てつねりながら、へっぽこが険しい表情で答える。

へっぽこの最悪の答えに一瞬、意識が真っ白になったが、どうやら少しは役に立つらしい。

じゃなきゃ今すぐここで楯にしてやるところだ。

目を覆い、眉を潜め、必死に思考をめぐらせようとする様子だが、もうそんなもの必要なかった。


「じゃあ、ここは東エリアってやつなんだな?」

「え?あぁ、確かにこの棟は東エリアにあたると思うけれど、第4エレベータ―ってのが……」

「わかる」

「へ?」

「俺がわかる。第4エレベーターってのは、もうちょい先だ。行くぞ」


呆然とするへっぽこを置いて走り出す。


「え、ちょ、わかるって、どういうこと!?」


声を上げるへっぽこと俺の周りに鋭い音を立てながら銃弾が撃ち込まれていく。

追いついて来ている。

けたたましい銃弾は当たったら確実にアウトだが、たぶん当たらないだろう。

あいつら、俺らが逃げられるわけがないとたかを括って、余裕こいていたぶってやがる。胸の内に秘めた鬱憤を晴らそうとするかのごとく。

銃弾の音が響く中、必死に天井の縁に目を凝らす。天井と壁のつなぎ目の間際。

先ほどからちらちらと目に入っていたそれ。

なにかを記す様、ところどころ通路の天井付近には薄く数字が印字されていた。

豆粒見て―な小ささで黒字で刻印された数字は、灰色のコンクリートに埋もれるよう意図的に隠されているようで。へっぽこは気づいてねーみたいだし、まぁ、そこそこタッパのある俺だからこそ辛うじて判別できるのかもしれなかった。


忌々しいあの部屋を出た直後、目に入ったのが確か36。そこから駆け抜けてきて、今通り過ぎたのが12と数字が小さくなっている。


「あ、エレベーターだ!あれかいっ!?」

「いや、違う。あれじゃねぇ」


へっぽこが指差した先、初めて無機質な通路の中に白いエレベーターの扉が現れた。だが天井の数字は4じゃない。いつの間にか通路の壁には、幾つもの扉が現れ始めていた。正直なところ、今すぐにでも最寄りの部屋に入っちまいたいが、鍵もなければ、恐らく入ったとしてもそこは出口にはならない。ただの死に場所になるだけだ。

通路の様子が変化するに従い、奴らもようやく速度を上げてきた。万が一にも、通路から逃亡されては億劫だと言わんばかりに。後ろから温度のない声が響く。


「……お遊びにも付き合うのもそろそろ飽きた。お前たちもいい加減、己の限界と絶望を自覚しただろう?終わりにするぞ。お前たちには勿体ないほどの、地獄を、見せてやる…」


ほら、やっぱり地獄の門番じゃねーか。

ふざけんな。

声がひたひたと迫り、いよいよ女の足音が速度を上げて急接近してくる。


「まだかい!?」

「もうちょい!!」


天井の数字が5に変わった。

数メートル先にひとつの扉が見える。

他のエレベーターに比べて半分ほどの、いやもっと低い高さの扉枠。

目を凝らせば、扉の真上に4と数字が躍っていた。


「あれだ!あのちっせーエレベーた」


勝ったと思ったその時、何かに躓きバランスを崩す。前傾に倒れる中で足元を見やれば、黒く厳ついナイフが俺の足場をせき止めるよう垂直に突き刺さっていた。数歩後ろの細い脇道から忌々しい軍服姿の男が数人現れる。くそっ、しくった!!もう少しだったってのによ!!


せめて死ぬなら一発でも喰らわせてやると、倒れながら床に聳えるナイフに手を伸ばす。

だが、志半ばで急に腹へ加わった衝撃に、ナイフを手に取ることは許されなかった。


「っ!?」


腹に回った腕が、腸を胃を、押しつぶす。

片手に俺を抱えたへっぽこが、いつの間に手に取ったのか、もう片方の腕で銃を構えていて、その指先がトリガーを引く。音もなく飛び出た弾丸がエレベーター脇の開ボタンを掠め、エレベーターの扉が開いていた。おいお前、なら最初っからそれ使っとけよ!!声は腹の圧迫に音にならず、口の端から泡が飛び終わる。

文句を飲み込んだ俺の目の端を、なにやら見覚えのある黒い物体が飛んで行った。


「「なっ!?」」


俺と軍服野郎どもの声が揃う。

へっぽこはあろうことか手に持ってた銃を思いっ切り放り投げていた。ぎょっとする俺と同じように、すぐ後ろに迫っていた軍服が明らかにひるむ。……というか武器をいともたやすく捨てやがった行為に皆が呆気にとられていた。銃を一寸の迷いなく平然と放り投げたへっぽこは、俺を抱えたまま自分の上半身も低く落として、閉まりかけの扉の隙間へと勢いよく滑り込む。エレベーターは俺たちを待っていたとでもいうように滑らかに口を閉じて、他の侵入者を受け入れることなく地下への下降を始めたのだった。


ジンジンと、エレベータ―の箱が下ろす機械音が四方を取り囲み聞こえてくる。

あらかじめ設定されていたのだろうか。

第4エレベーターは俺たちが言わずとも階数ボタンのF6を明るく輝かせていた。


「あ、あっ、あぶなかったぁああ――!!」


腰が抜けたのか、なけなしの体力を使い果たしたのか、へっぽこはへなへなと情けなく床に転がっている。

打った腰に顔を顰めながら立ち上がると、転がっていた手を踏んじまったらしく「いてててて」とみっともない非難の声があがった。悪い悪い、だけどお前だって勢いよくエレベータに飛び込みやがって。

おかげで助かったいえるとはいえ、狭いエレベーターの中で勢いを殺しきれなかった俺たちは、狭い箱の壁にこれでもかというほど、しこたま身体をぶつける羽目になっていた。ふざけんな。


「おい、へっぽこ」

「……あの、木戸君もあの時は気が動転してただろうし、覚えてないかもしれないからもっかい言うけど、俺、捜査一課の飛鳥っていうんだけど…」

「さっきの電話のやつ、へっぽこ、あんたの知ってるやつか?」


妙に若い、電話の先にいる野郎。

答えによっては、いやどうあったとて次の体制を整えなければならない。

休んでいる暇はない。今はまだ休める時じゃない。

俺にとっては軍服も、そして警察も、決して味方ではないのだから。


「……いや、俺の知り合いの声ではなかったよ」


ため息をつきながら、へっぽこは首を振る。


「でも、少なくともあいつらよりは信頼に値すると思う」


あいつら、軍服のやつらのことだろう。

よっこらせと立ち上がり一つ息を吐く姿を横目に睨む。


「あの携帯電話は個人に支給される特殊なもので、番号を知ってるだけでもそれなりの地位にある警察関係者と言えるんだけど、なによりも電話の主の認証番号だ……」


認証番号?

無言で先を促すが、へっぽこはそれに気づく余地もなく、自身の思考を自ら確かめていくように目を細めて言葉を繋げる。


「警察組織に所属するものには自分の所属を伝える、つまり身分を保証する認証番号っていうのが各々与えられててね。途中で携帯電話ふっとばされたから、途中までしか聞き取れなかったけれど……。彼の言ってた認証番号、聞き間違いじゃなえれば頭3ケタが000だ」

「それが?」


へっぽこの目が俺を見据える。

どちらも視線を離すことをしなかった。

これからの行く末を、互いの中に見定めるように。


お互いが、お互いを、信用できなかった。

それでも頼れるのは目の前に居る奴だけだということもどこか薄々感づいていた。

へっぽこがゆっくりと口を開く。


「頭3ケタが000で始まる認証番号は、存在しないと言われている」

「は?じゃあ、あいつのどこが信用に値するっていう……」

「存在しない、つまり存在が明らかになってはいけない所属。機密事項を扱う公安部のなかでも、特に特殊機構を取り扱う所属。もしくは、おいそれと公表できない最上階級に値する地位にある身分」


エレベーターが止まる。

俺たちの目線が閉まっている扉のつなぎ目、中央に集まる。

壁から背を離し、へっぽこが俺の隣に並ぶ。開いていくエレベーターの扉が酷く生々しく感じられた。


「とにかく、俺らは今とんでもなく厄介な事柄に巻き込まれてるってことだね」

「……サイアク」


扉の隙間から見えたのは、底の見えない暗闇だった。


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