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神様に捧ぐ  作者: 古代いせき
第一章 白き者
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第5話 : 接触

ガツン、ドカン、と俺たちが出てきた扉をそりゃあないだろ!ってな具合に荒々しく叩く音が響く。

休む暇なく、俺たちはコンクリートが打ちっぱなしの無機質な灰色の通路をひたすら道なりに走っていた。

時折、道すがらでつんのめり、手をばたつかせながら転びそうになるへっぽこの上着を力任せに引っ張り、足を急がせる。飛び出してきた扉は強固なものらしくもうしばらく持ちそうだ。


「……おい、あの扉いったいなんだよ」

「備え付けのっ、非常扉みたいなものだよ。犯人が暴れたりしたときの隠し扉。特殊な手順でしか開かない扉だから、彼らには開けられない」

「開けられないって……、あいつらだって警察関係者じゃねぇのか?」


軍服みたいな制服はどう見たって警察と切っても切れない関係性を表してんだろ。

俺の疑問に、男は首を振る。


「ちがう。彼らは俺たちが飛び込んだ部屋の、聴取監視室の鍵を持ってないみたいだった。外の扉から誰も入ってこれなかったろ?関係者なら案内役としてうちの人間が必ず付くはずだ。それがついてないってことは」

「ただ鍵開けんのにもたついてただけじゃねぇのか?あいつら取り調べ室には入ってきたじゃんか」

「えっと、それは、なんといいますか、俺がカギを、かけ忘れてたっぽいかも……?」

「……このっ、へっぽこやろうが!!!!」


じゃあ、なんだ。あいつらは警察に乗り込んできた正真正銘名無し無法野郎どもってことかよ!!


「だー!もう、あいつらなんなんだよ!!?」

「わからない!君こそ何か知ってるんじゃないのか?君を執拗に狙ってたみたいだし。ほんと、お前何したんだよ!?」

「それがびっくりするほど何もしてねぇんだよ!!」


叫べば声が狭い通路に反響し、大きな音のうねりが返ってきて耳の奥がつーんと痛む。

隣でへっぽこも顔をしかめている。ひどい顔だ。音と共に背中を一筋の風が拭う。振り向けば、遠くでガコガコッと軋轢音。俺たちが出てきた扉がこじ開けられて、狭い通路へ一人ふたり、次々と屈強な軍服の男どもが押し入ってきたのが目に入る。

鉄の分厚い扉は、無理やり壊されたのか歪に変形して、床に放り投げられている。


「「……やっべ――」」


絶体絶命。

四文字が頭をよぎる。

唯一の救いは、たった今、通路が曲がり角に入ったことだ。まだ距離のある奴らから俺たちの姿は一時的に見えなくなったはず。姿が隠れたことで背後から撃たれるまで、少なくとも数分の猶予があることだろう。わぁー、まさしく焼け石に水!絶体絶命の一文字もくつがえせねぇじゃねーかよ!

俺の一歩後ろを走るへっぽこは、すでに息も絶え絶えになっている。警察の訓練より高校のかったるい体育の方がよほど役に立つらしいことがわかった。ぜぇぜぇと呼吸に随分な音を立てながらも、へっぽこはなにやらゴソゴソと手を耳に押し当てていた。


「お、応答せよ。こちら捜イチ、侵入者確認。至急応答せよ!!……っだめだ、通信妨害されてるなこれ」


どうやら通信機らしいものを耳に嵌めているらしく、胸に付けた小型マイクを口元に寄せながら何度か呼びかけるている。変わらぬ顔色から返答がないことは明らかだった。へっぽこの呼びかけが途切れた瞬間、後ろから迫る足音の中に一際軽やかな音が混じる。まるで他と質量が違う音。

先ほど、屈強な男たちの先頭に立って銃口をかざしていた女の姿が甦る。

地獄の門番が下りてきやがった。

こんなところで死んでたまるか。焦りと不条理な怒りを呑み込むよう歯を食いしばると研ぎ澄まされた五感が小さな異変を感じとる。


「おいお前!!なんか鳴ってんぞ!?」

「はぁ?なに言って……。だから通信機は全然なんだって……」

「ちげーよ、ほら、お前のポケット!!なんか鳴ってんだって!!」


はっとしたようにへっぽこがズボンのポケットからやけに古臭い型の携帯電話を取り出した。

画面が、光っている。


「こちら捜イチ、飛鳥(あすか)!現在、侵入者かくに……え?」


へっぽこが耳に当てた携帯から、やけに通る声がしていた。

まるで若い、少年のような声。


「二人とも至急、東エリア第2エレベーターで地下6階へ降りろ。いいか、無様な死に恥さらしたくないなら根性みせろよ」


癇に障る生意気な言いぐさ。

だが、あくまで冷静な声色だった。

嘲りも偽りも見えない、言葉の形に反して真摯な声色。


「……認証番号は?」


へっぽこの低い声に、電話の先からささやかな笑い声が返る。


「疑り深いな、いいぞ、認証番号は00ま…」


聞こえたのはそこまでだった。高い機械音が通り過ぎると共に、破壊音が轟く。

音と空圧に押されて、身体が壁に飛ばされ息が詰まる。正面を見れば、同じように反対側の壁へ身体を飛ばされたへっぽこの手から、携帯電話の残骸が零れ落ちカツンと床で音を立てていた。


振り向くまでもなく、痛みに悶える暇もなく、どうにか足を立て再び全速力で通路を駆けることに神経を注ぐ。

後ろから迫ってくる軍服、先頭を獲物をじわじわと追い詰めるかのようにしなやかに歩く女。

なんつー命中率。床に落ちた携帯電話の真ん中には確か綺麗な穴が開いていた。

女が放った弾丸が、へっぽこの携帯電話をピンポイントで貫き破壊したなんてくそ笑えねえ冗談だ。

女の姿はまだ遠く、距離があるように見える。こんな遠距離で当ててくんのかよ。まったくもってシャレにならない。再び目先の角を曲がれば、今度は通路が幾多か分岐している。


「おい!んな狭い通路で狙われてりゃ勝ち目ねーだろ!?とにかく、出口はどっちだ!」

「……出口」


へっぽこの額から一筋の汗が零れる。

日ごろの運動不足か、はたまた命の緊張によるものか、知ったこっちゃない。


「じゃあ、さっきの奴がいってたろ!東の第4エレベータ―ってやつ、どこだよ!」

「……わからない」


ぬるりと頬を不快感が伝う。

気づけば俺の額からも汗がしたたり落ちていた。


冷たい、寒い汗だった。


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