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神様に捧ぐ  作者: 古代いせき
第一章 白き者
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第4話 : 冷徹

「覚悟しろ!!」

「うわっ!!」


全力投球、容器を振りかぶり力いっぱい投げる。

ちっ、ミスったか。

不覚にも容器は、目を瞑り頭を下げたへっぽこのすぐ横、頬すれすれを通り、標的にあたることなく後ろへと飛んでいく。だが、そこで予想だにしない事態が発生した。突然へっぽこの後ろ、つまり部屋の扉が外から開けられたのだ。


「「あ」」


俺とへっぽこ野郎の声がそろう。これはやっちまった。まずい、これはまずい。

扉の隙間から覗く、宙に掲げられた色白の艶めかしい細い指。俺たちの予想とは別に、容器は誰かに直撃する寸前で、扉を開けた人に見事に片手でキャッチされていた。


「……野蛮人どもが」


聞こえてきたのは地を這う様なハスキーボイス。

侮蔑を隠さない声色は差別と嫌悪を俺たちに突き付けている。

天変地異にも程があんだろ。

空を舞う白い雪のような儚い指先の持ち主は、どうやらマグマすら飲み込む地獄の門番だったようだ。

艶やかな白い指でクシャリと容器を握りつぶしていたのは、俺たちよりも背の高い、モデルのような冷たい美貌の女性だった。どこの国の奴だろう、抜けるような白い肌に高い鼻、染めているのではない自前の金髪を頭の上で無造作にまとめている。鋭く細められたブルーの瞳が正しく見下すように、というか実際、俺たちを見下していた。まるで妖精みてぇな容姿。だが、どうだ。視線を少し動かせば、まったく隙がない立ち姿と、全身を覆う緑色の軍服みたいな制服に気が付く。幻想的どころか、女の姿は精々しいまでに血なまぐさい現実しか映してくれないようだ。


「お前が件の第一発見者か」


女の声が部屋に轟く。


「はあ?」

「お前が“木戸 澄(きど とおる)”で間違いないな」


フルネームで呼ばれる俺の名前。

紛れもなく俺の名前のはずなのに、音は他人事のように周りを揺蕩うだけで、耳に、脳に、馴染むことがない、

女はまるで無機質な道具の名を読み上げるように、感情の一切排除している。

そのせいで一瞬、自分の名前が呼ばれたことに気づくのが遅れた。

つーか今のところ、敵意しか感じねぇぞおい。


「……だったらどうだってんだ、あぁ?」

「彼が誰であるか、その前に、そちらこそどちら様ですかね。ここは関係者以外立ち入り禁止のはずですが」


不躾な目線を繰り出してくる外国人女に詰め寄ろうとした俺をひっつかみ、へっぽこが真面目な面して問いかける。女はひとつ舌打ちを漏らした。おいおいおい。舌打ちってよ、とてつもなく不愉快じゃねぇか?完全に舐められてるって感じがしてよ。思わず一歩前に足を踏み出す。


「無礼者が。動くな」

「なっ!?」


女の腕に掲げられた一丁の拳銃が、躊躇なく俺の眉間へと口を向けていた。

現実離れした展開に呆気にとられる。へっぽこが驚き動こうとしたようだが、女の後ろにぞろぞろと仲間がいるらしく、遠巻きにいくつもの銃口が向けられ動きを止めている。

いつから日本は銃OKの無法地帯になったんだ?しゃれになんねーぞおい!!

場を包む緊張感に口の中が乾いていく。俺たちの状況など考慮されるわけもなく無情なまでのスマートさで女がかちりと銃の安全レバーを下す音が聞こえた。


「お前、あの方をどこにやった」


あー、これ、たぶん、答えを間違ったら死ぬやつだな。

明らかな女の殺気が喉を突き、唾を飲むことすら許されない。

ごくりと喉を鳴らしでもしてみろ?目の前の女は、俺が少しの音を立てることも許さないだろう。

頭が吹っ飛ぶ、お陀仏バイバイ。はははは、笑えねー。どうしろってんだよ。


「あの方……っていうと?」

「私は、無駄な戯れが大嫌いだ。私の気が変わらぬうちにさっさと答えろ」

「……緑色の目の、女の子のことか?」


女の空気が一変する。あぁ、もちろん悪い方に。

殺気が部屋中に瞬発し女の目線は毒ガスのごとく致死性を孕んだものへと変化する。

なんとなく予感はしていた。白い肌、褐色の肌。青い瞳に緑の目。

対極のようでいて、近い色彩、島国に滞在する外国人という共通点。


「いいか、お前の耳が腐っているようなのでもう一度言う。私は、無駄な押し問答を、するつもりはない。さぁ、答えろ。あの方をどこへやった」


突きつけられる銃口は一ミリの震えもなく、俺の眉間を見据えている。ふざけんなよ糞野郎。

あまりに現実離れした現状にめまいがする。それでもここで踏ん張らなければ、次の瞬間、間違いなく脳みそを床にぶちまけながら頭が吹っ飛ぶことだろう。んな派手な死に方、死んでもするもんか。とはいえ、俺にできることと言えば、とにかく見た情報を伝えることぐらいだ。……嫌な予感しかしねぇけど。


「どこにやったって……俺が聞きたいくらいなんだよ!!俺が路地裏に行ったら、緑色の目ん玉の女の子が血まみれで倒れて…」


右耳が熱を富み、痛みが押し寄せる。目先の銃口からは緩やかな煙が立ち上っていた。

女の顔に、もう体温すら感じられない。


「お前が、やったのか」

「はぁ……!?」

「忌まわしき悪魔め……、血まみれでなんて、それではメネア様は…」

「お前、なに一人でぶつぶつと…」

「……メネア様を、我らがメシアを、返せ」


女が顔を伏せたまま、唸るようにつぶやいた。

はっと目を凝らせば、女の指がトリガーを引く。突然に訪れた死の宣告。

走馬灯を浮かべる暇もなかった。示し合せをする隙もなかった。そこにもはや意識は存在していなかった。


「……っくそったれが!!」


咄嗟に頭を両腕で庇いながら、右の壁へと突っ込む。体中の筋肉が悲鳴を上げるがそれどころじゃねぇ。

女の銃口が乱れなく俺を追うのを眼の端が捉えていた。

こっの、こんちくしょーめが!!身体を屈め思い切り壁に飛びかかる。身体がついに壁に激突するその瞬間、女の拳銃が煙を引き、弾丸を受けた壁がガシャンとけたたましい音を立てて崩れ去った。


「ってーー!!」


ゴロゴロと身体が床を転がり、どうにか途中で床に手を踏ん張り体制を整える。

俺が閉じ込められていた取調室の右の壁。

俺が部屋へと連れられてきたとき、へっぽことスカシが右隣の部屋へ入るのを見かけていた。

そして取調室に入ってきてからのへっぽこの話からして、ずっと俺の様子を、話を聞いてたなと感じてたんだ。

ならば取調室の定番。刑事ドラマでよくあんだろ、壁がマジックミラーで隣の部屋から丸見えってやつ。壁がはったりのマジックミラーであることを予想して飛び込んだが、どうやらガキ染みたこの発想が正解だったらしい。


それにしても、いったいどんだけ馬力のある弾丸なんだろうか。細かく砕けたガラスが降り注ぐ中、間一髪で隣の部屋へと着地したが、もう訳がわからない。次はどうすりゃあいい。

しゃがんだ頭上を数発の弾丸が追い打ちを掛けるように通過していく。この調子じゃ、すぐ壊れた壁から女が乗り込んでくるはず。あのドアは?いや、ドアは廊下につながってるだろう。すぐに女の仲間が流れ込んでくるはずだ。こんちくしょう。

……あ゛ぁーーもう、しゃらくせぇ!!強行突破しかねぇか。そもそも悠長に考えてる暇なんてない。余裕もない。選択肢もない。そうと決まれば、と勢いづけて扉へ走ろうと足に力を入れる。


「いてっ……おっ、ちょ、うわ……っとっとっと、痛っ!」

「……くそダセぇ」


ゴロゴロ、パリン、ガシャン、ドン。

どたばたと煩い物音に、思わず声が出る。

俺の後に続いてへっぽこ野郎も咄嗟にマジックミラーへ飛び込んできたようだった。お互い奇跡的に銃の餌食にはなっていない。男は受け身はとっているようだが、体勢が整わないのだろう。ガラスが散らばった床をゴロゴロと転がり壁に激突してようやく止まる。


「どんくさっ」

「ほ、んっとに、ひどいね、君!」


へっぽこ男がぶつぶつと文句を垂れているが無視だ。相手をしてる暇なんてない。とにかく、とにかく脅威から逃げなければ。逃げなければ、やられる。強行突破の決意を固めてドアへ突っ込もうと助走を掛けたその時だった。


「危ない!!」

「…っ」


突然ズボンのすそを後ろから掴まれた。

足がつんのめり、思い切り顔から床へ突っ込むも、辛うじて両手をついて衝突を防ぐ。もう自分で自分の反射神経を盛大に褒めてやりたい。つーか、誰か褒めろ。じゃねぇーとやってらんねぇよこんな状況!!

頭上で壁が鈍い音を立てる。見上げれば、さっきまで俺の頭があった位置に綺麗に弾痕ができていた。

崩れた壁から女が銃を構えている。

だめだ、もう、我慢なんねぇ。

なして俺がこんな目に合わなきゃいけないのか。

とにかく、相手が女だろうがなんだろうが、一発ぶん殴ってやる。

両手拳を握り立ち上がろうとすると、それが合図だったように突然部屋の電気が消えた。


俺たちがいた部屋、そして隣の部屋の両方の明かりが一斉に消えたのだ。

隣の部屋がざわめき、進行方向に会った扉が外から乱暴に叩かれる音がする。

昼間とはいえ窓がない部屋だったせいで、真っ暗闇が一面に広がっていた。


「!?」

「しっ!!」


突然掴まれた腕に一瞬反抗するも、覚えのある香りに戸惑いを覚える。

その間にも腕を引かれ、進行方向とは逆へと素早く駆ける。


「助かりたいなら目を覆って!!」


雑音が立ち上がる中、耳元で呟かれた言葉に従い目を覆う。

普段なら他人からの命令なんて反抗しただろうが、今は助かる道があるならなんでもいい。

縋ってでも、這いつくばってでも、なんだってしてやる。暗闇の中で影が壁を探り、カチリと音がする。

するとどうだ。一斉に、目を潰す様な眩しい明かりが瞼を照らし、それと同時にガシャンと金属音がした。

扉が開く音?

暗闇にいたものにとっては、拷問にも等しい眩しさに完全にたじろいた軍隊をすり抜けて、気づけば俺たちはどこにあったのだろう、部屋に備え付けられていたらしい隠し扉から、無機質な通路へと飛び出していたのだった。


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