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神様に捧ぐ  作者: 古代いせき
第一章 白き者
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第3話 : 疑惑

マジで切れる5秒前、だ。


何度同じ話をしただろう。5回6回……さっきで10回目か?

街の中で耳にした落下音、血だまりの飛び降り現場、消えた少女、残された俺。


訳の分かんねぇ不可解すぎる現場に遭遇した俺は、面倒事はごめんだと路地裏からすぐさま逃亡を図るも、俺の抵抗を物ともしないスカシ野郎に問答無用でパトカーに乗せられてしまった。抵抗するなんてなおさら怪しいとあらぬ疑いとフザけた笑い付きで。マジでふざけんな。

へっぽこ野郎なんざ終始無言で、けれど俺を逃がしてくれる様子は皆無だった。俺はただの通りすがりだってのに、警察ってのはこんな杜撰で無能なのか。



そんなわけで、事情聴取を受けてから早3時間は経過していた。

強制送還で警察に連れて来られて、ちっさい部屋にぶち込まれてからは、顔色一つ変えない声のトーンすら変わらないロボットみたいな男に永遠と事情を説明するはめになっている。

無表情で、何度も同じことを聞いてくる。最初に目した状況は?なぜそんな血まみれになっている?お前が悪さをしたんじゃないのか?最初は律儀に答えていた俺が馬鹿だった。どれだけ説明しようが一切無視され続け同じ質問の繰り返し。俺が、悪さをしたとの質問にYESと答えるまで続くんだろう。いい加減にしろバカヤロー。いよいよ11回目の質問に突入した俺は、正しくぶちぎれる寸前だった。


コンコン、と。

絶妙なタイミングで、窓ひとつない、狭苦しい部屋唯一のドアが開く。

ぼさぼさの髪の毛がぴょこんと見えて、額の血管が超高速でブチ切れそうになる。

俺をここに連れてきた原因野郎との数時間ぶりの再会に血圧が上がりすぎてるのか、あまりの怒りに言葉すら出なかった。俺の様子に目を向けた後、へっぽこ野郎はロボット男へとへらりと顔を向ける。


「お疲れ様。そろそろ変わるよ」

「……これは俺の仕事であって、あなたの仕事ではないと思いますが」

「いーから、いーから!ほら、たまには違う仕事もしてさ、俺も君も気分転換が必要じゃないか」

「俺には必要ありませ」

「ほら、ちょうど休憩と交代の時間だ。さぁ、いってらっしゃい」


へっぽこが自分の腕時計を指差すと、ロボット男も自身の腕時計を不承不承に確認し眉を潜める。

そしてため息を付くとロボット男は「交代も規定のうちですから……」としぶしぶ部屋を出て行った。

へっぽこはロボットが座っていた俺の向かいのパイプ椅子によっこらせと座る。

おやじくせーな。不機嫌な顔を脆出しでガンをとばす。そんな俺に気づいているのかいないのか、へっぽこは徐に手に持った白いビニール袋からがさがさと何かを取り出した。容器を2つ机に置いたかと思うと、そのうちの一つをほいと俺へ差し出してくる。


「お疲れ様。はい、差し入れ」

「……なんだよ、これ」


ここ数時間、冷血無表情ロボット刑事を相手にしていたせいで、へっぽこのどこまでものんびりした、正しく平和ボケしてるとしか思えない物言いに、不覚にも付いていけない。テンポの差がありすぎる。

だいたい俺をんなところに連れてきてこんな目に合せたくせに、なにのんきにしてやがる。理不尽さと敵愾心に怒り狂ってやりたいところだが、あまりにも平然と目の前に現れたせいで、なんだろう。このマイペースお気楽野郎相手に怒っても、すげぇ俺の体力の無駄な気がする。それって俺が馬鹿みてぇじゃねーか。

……ってか、俺もここまで本当に疲れた。


「もう昼過ぎだ。お腹空いたろ?ここの社食カレー、なかなか美味しいんだよね」


目の前の男と机上に置かれた白いビニール袋を見比べる。

マジで、なんなんだこいつ。


……まぁ、とりあえず。どうしても言っておきたい言葉があった。


「俺、カレー嫌いなんだけど」

「……マジで?」

「マジで。世の中の人間全員がカレー好きだと思うなよ」


「こんなにうまいのに!俺の500円……」と呆然としたように手元の袋を見つめる情けない男。

ざまあみやがれ。多少、水滴1滴分くらいはまぁすっきりした。

目の前に置かれた透明のプラスチック容器へ手を伸ばす。中のカレーライスの熱でだろうか、容器が少しへなへなと変形していた。作り立てなのか、触ればほかほかと温かい。


「んじゃ、いたーきます」

「え、や、カレー嫌いなんじゃ」

「あぁ、嘘」

「へ?」

「別に。嫌いじゃねぇよ」


まぁまぁ、うめぇな。

けど、ぜってー口には出してやらない。それくらいには力づくで連行された鬱憤は溜まっている。


口をあんぐりと開けたまま呆けていたへっぽこも、部屋に充満し出すカレーの香りに負けたのか、なんとも表現しづらい表情で食事を始める。ちょっと不満げで不貞腐れた表情がなんか大人げない。


「で?俺はあとどんだけここでむさ苦しいおっさんたちの相手しなきゃなんないわけ」

「……今時の若者ってみんな君みたいに図太いわけ?……まぁ、現場検証がまだかかるようだから、それまではこの部屋で過ごしてもらうことになりそうかなぁ」

「俺マジでなんもしてねぇぞ」


これだけははっきりさせておきたい。さっきのロボット野郎にも何度も言ってきたが、俺の言葉に一切返答が返ってこなかった。まるで透明人間にでもなったかのようで。


「うん、わかってるよ」

「…………は?」

「俺も、それにきっと君を連れてきた加賀さんもね、わかってる」

「おい。なら、なんで……。てめーら何してんだよ!!」


思わず、思い切り叫んでいた。

ならば、なんで俺がまるで殺人犯みたいに扱われなきゃいけないのか。問答無用で連行されなきゃいけなかったのか。ふざけんのも、大概にしろよ!!いつの間にか握りしめた拳は、力を籠めすぎて骨が真っ白に浮き出ていた。今にも怒りと共に皮膚を破り、鋭い骨が飛び出ちまいそうだ。

視界の端でへっぽこがスプーンを置く。その顔は、まっすぐに俺へと向いていた。


「あの後、救急からあの現場位置から緊急車両要請があったと報告があった。とても必死な男の子の声だったって。君のことだろ?」

「……女の子が倒れてたんだよ。ひどい血でよ……確かに、ここにいた」


少女の頭を乗せていた膝に爪を立てる。参考物証品として血痕がたんまりと付着した俺の服は回収されていた。渡された真新しい替えの、糞ダセェ衣服に着替えさせられたけど、俺の肉は確かに少女の感触を覚えている。苦しそうな呼吸、体温。一瞬で消えてしまったそれ。

俺の様子を見据えながら、へっぽこは静かに口を開く。


「君は紛れもないあの事件現場の第一発見者。取り調べは必須だ、状況判断のためにも。それはわかるだろ」


わかる。わかるが、うなずきたくはなかった。すぐに、あの場からすぐに飛び出していきたかった。どこに行ったのかなんてさっぱりわからないが、探しにいってやりたかった。あの、少女を。


「……最近ね、妙な事件が多いんだ」


俯いていた顔を上げる。目の前の男は、ただ真剣な眼差しをこちらに向けていた。


「妙な、事件?」

「なんて、説明すればいいのか。事件内容に規則性はないんだけれど、小さな共通点があってね。前日、いや数時間、数分前までいつもと変わりなく生活していた人が、急に豹変して加害者となってしまう。前後不覚に陥ったとでもいうのか。事件内容がとても過激で、どこか奇妙で……。とにかく、そういう不可解な無差別事件がここ数か月急増している」

「不可解な無差別、事件…」

「話を聞くに君の見つけた少女は、自ら……と考えられる状況だけど、でもちょっと問題なのが、確かな血だまりがあるにも関わらず、消えた負傷者。そして落下音に気づいて駆けつけたのが君ひとりという奇妙なシュチュレーション。過敏になってる捜査班を刺激するには十分すぎる」


すごく嫌な予感がする。


「……もしかして、もしかしねぇよな」

「最近の事件に感化されて、いくつか突拍子もない意見が上がってる。君が件の少女を襲い、殺して、隠した。もしくは遺体が消え君が血まみれであったという状況は、前後不覚となった君が少女を食べてしま……」

「ふっざけんなよ!!!!んな気色わりいこと誰がするかよ!!!」


手を机に叩きつけて立ち上がれば、けたたましい音を立ててパイプ椅子が吹っ飛んだ。

頭に血が上りすぎて、今度こそ血管が切れちまいそうだ。急激に沸騰する俺を余所に、男は以外にもピクリともせず、ひどく冷静な様子のまま。


「うん、だろうね」

「は……?」


男は笑っていた。

先ほどのスカシ野郎の軽薄な笑いと、なぜだろう。昨日の勧誘男のニタリと粘着に笑う顔がふと蘇る。

全然、違う。

へっぽこ野郎のにやけ顔は、そのどちらとも異なっていた。


「確かにこれまでの事件の中には、そういうちょっと考えられないような事件がいくつもあったことも事実なんだ。……けど、嘘をつく人間を、これまで掃いて捨てるほど見てきたんだ。わかるよ、君は嘘をついていない」


それに、と言葉をつづけ男が笑みを変える。


「それにきみ、すっごいわかりやすいもんな」


――……カレー、本当は苦手なんだろ?


からかうように笑う男に今度こそ腹が立ち、手にとった空の容器を思い切り振りかぶる。


「あ?だったらどうした?」

「や、ちょ、ま、待て待て待て!おま、それ本気の振りかぶり……っ」

「くたばれくそじじい」

「ちょ、俺、まだ若いから!!!」


心底慌てたように俺を止める男に、容赦なく容器を投げつけたのは言うまでもない。


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