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神様に捧ぐ  作者: 古代いせき
第一章 白き者
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第1話 : 異変


空白の君へ捧ぐ。


忘れもしない。茹だるような暑い夏の日。

俺が出会ったのは運命だったのか、それとも宿命だったのか。

知ってるやつがいるなら、教えてほしい。


あと知らない奴がいるなら、いくらでも教えてやる。

運命も、宿命も、想像を絶する糞ったれだと。



**********



「アナタハ、神ヲ信ジマスカ?」


掴まれた腕を振りほどく。不愉快なそれを睨むように見下ろすと、男は嬉しそうにニタリと笑った。

脂ぎった黒髪にくしゃくしゃの白いシャツ。宗教勧誘にも最低限のドレスコードがあるだろうよ。

お前の信じてる神様は乞食を愛する変態か?冷めていく俺とは裏腹に、目の前の男の頬には赤が走る。鍛えがいのある獲物を見つけたと、蔑む色を隠そうともしていない。これから己の説法が、己の神が、お前を変えるのだと。それはとても素晴らしいことだと、思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しい自分本位。虫唾が走る。

前を歩いていたクラスメイトがようやく俺の様子に気が付き、吹き出した。


「アナタハ神ヲ……」

「くそったれが」


言い放ち、再び伸ばされた男の手を思い切り叩き落とす。

不機嫌を隠さず顔をしかめる俺の姿に、クラスメイトがついにゲラゲラと声を立てて笑いやがった。


「お前ら、あとで覚えとけよ」

「ちがうって~!俺らは、木戸(きど)が宗教勧誘の…、いや、神の使者に立ち向かう勇姿がそりゃあ素晴らしすぎてだな……くっ」

「笑ってんじゃねーよ!!こっちは夏休み初日から根暗野郎に絡まれたってのに」

「あははは!お前、ホント初っ端から運悪すぎだろ!飛ばしすぎだわーまじやべぇ、いや、馬鹿にはしてねぇよ!たぶん」

「……お前らまとめて地獄に落ちちまえ」


涙を浮かべて弁解になってない弁解を必死に並べているのは、野球バカの倉木(くらき)だ。横にばかりでかくなる身体が小刻みに揺れている。……完全に笑ってんじゃねぇか、後で覚えとけ。湧き上がる怒りを燃やしていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。振り返れば、同じくクラスメイトの真谷(またに)の野郎が俯いている。さっきまで最近付き合い始めた彼女とののろけ話に浮足立っていた身体がどうだ?小刻みに揺れている。

てめぇも、倉木と同じか。あとで絞める。ついに我慢の限界が来たのか腹を抱えて笑いだす奴らの足を思い切り踏みつけようと足を振り上げると、笑いながらも真谷がおもむろに何かを指差した。


「あー、うけるわ!!あの男もさ、なんで一番神様なんてものを信じてなさそうなお前に声かけたんだろーなぁ。目つきの悪ぃ不良の見本みたいなのっぽ野郎になぁ。やー、おもろかった!お前に勧誘した根暗男の勇気はすげぇもんだぜ!?……まぁ、目が悪いか気が狂ってるとしか思えねーけど。でもほら、見て見ろ」

「あ゛ぁ?」


顔を上げて後悔する。

太陽の光が眩しい。目ん玉いっぱいに映る白い光。

咄嗟に頭上に手をかざして影を作る。なんだってんだよ。

まだ何かを指差している真谷の手を辿るように来た道を振り返える。

するとどうだ、どうやら歩いてきた道の脇に生垣のような木々がみえる。蒼々と生い茂る新緑の切れ目から、光り輝く白が見えた。太陽の光を反射して真っ白に輝く城。洋風なその建物は、豪勢な佇まいに反して日本風の生垣にひっそりと身を潜めているように見えた。


「はぁ?……なんだ、あれ」

「お前、普段この辺は通んねーから知らなかったべ?あそこ、結構でかい教会みたいで通称、純白の教会、だってよ。ほら、なんか建物が白い石でできてんだよ。なんでも正真正銘の神様がお住まいになっておられる、ありがたーい幸せが宿る神様の家だとか」

「糞くっだらねーな」

「だな」


肩を上げて軽く同意する倉木を余所に、もう一度だけ、横目で白く輝く教会を見る。

横に並んだ真谷がふいに、同じように建物へと目を向けて呟いた。


「そういえば俺、あそこで勧誘してんの初めて見たかも?」


夏の生ぬるい風が身体をひとつ通り過ぎる。

どこかへ行ってしまったのか、諦めて帰っていったのか。

振り返った先に、勧誘根暗男の姿はどこにも見当たらなかった。



**********



昼間の暑さに比べて、夏の晩はよく冷える。


妙な勧誘に目をつけられた鬱憤と夏休みが始まる解放感に、あのあと騒ぎに騒いで帰路についた。

ゲーセンに、カラオケ、公園で餓鬼みたいに騒ぎまくった。

だが、俺たち以外の周辺の学校もほとんどが今日、終業式だったらしい。他校の生徒も町でよく見かけた上に、ゴミに集る蠅のごとく制服姿の警官が街を巡回していた。興奮した気持ちながらも、補導の格好のカモになるほど馬鹿にはなれず、それでも闊歩する警官の姿は気にくわなくて、度胸試しに警察官に冷やしを浴びせながら、夜更けを待たずにちりじりに帰宅したのだ。


ベットへ思い切りダイブする。

古びた木枠の四足がギシリと軋んだ音を立てた。

開けた窓から冷たい風が入ってくるが、閉めたら閉めたで、暑くて寝られたもんじゃねーんだからしかたねぇ。

ベッドに横たえた身体で寝返りを打つ。

あーあ、ったく風がなけりゃあくそ暑い!!

あつい、すずしい、あつい、暑い、あつい、あつい、熱い、熱い、熱い、熱い!!

ちょっと待て。なにかが、おかしい。


どうしたってんだろう?身体の様子が、おかしかった。

学校中も、遊び回ってた間も、帰ってきて夕飯食って、風呂入って…、そん時は別になんともなかった。

違和感はあまりに突然だった。飯食って、風呂から上がって、くっだらねぇバライティー見て、そろそろ寝るかって、ベッドに横になって、あれ、おかしくねぇかって違和感に気づいた。

熱でも出てきたのか?いや、違う。

頭痛もなけりゃあ、腹痛もない。そういう、風邪だとかこれまで経験してきたものとは違う何か。

最初は違和感を気にせず寝てしまおうとしていたが、次第に襲う鳥肌と悪寒が眠ることを許さない。

なんだ、なんだ、なんだ。


「ったく、うぜー!なんだってんだよ!!」


身体を起こし暗闇の中、違和感へと手を伸ばす。

窓の外で名前の知らない鳥が鳴いていた。


「…………は?」


反射だったのか。身体を辿っていた指先が跳ぶように離れる。Tシャツの上からでもわかった。

背中に伸ばしていた手をまじまじと眺める。なんともない。手は、なんともないけれど。

気づいた瞬間からじんじんと存在を放つように違和感が広がる。


手を伸ばした背中が、尋常じゃないほどの熱を持っていた。


沸騰するヤカンに指を当てちまったみたいだ。熱に焼かれて刺すような痛みが、遅れて指先を襲う。

身体が、人の身体が、持っていていい体温では、温度ではなかった。


「あ……っ、あっ?」


それは、一瞬の出来事だった。

背中を襲っていた熱が、こそばゆい痒みを纏い、刺激に、痛みに急速に変化する。

これまで感じたことのない激痛。息がつまり、目が見開き、口元からよだれが垂れる。背中に爪を立てて掻きむしるも内側で暴れる痛みを前に、皮膚が傷ついた感覚などすでに麻痺してしまっていた。なんだこれ、なんだこれ!!


「あ゛、ぁっ……ふ、ぐっ、かはっ!!」


声にならない。突沸的な音だけが漏れる。ジンジン、ドンドン、ガンガン、ジュクジュク?痛みを表す言葉が思いつかない。全部だった。この世の痛みのすべてが今、間違いなく俺を襲っている。そんな感覚。痛む箇所を確認しようと頭を捻れば、異常的な熱と痛みの中、尾骶骨から脊椎をたどり頭のてっぺんまで、鋭い電気が突き抜けた。聞いたことのない音が自分の口から漏れる。これは俺なんだろうか。動物的な慟哭。野太い叫びと、細い高い息の音が重なる生々しい命の叫び。背中が海老のように反り、頭が天井からつるされているかのように身体が硬直する。背中に当てていた手は痛みのあまり力が抜けて、ベッドの上に落ちていった。


一体どれだけそうして痛みに耐えていたのだろう。意識はほとんどなく、悪戯に強弱をつけて身体を襲う激痛に身体が痙攣するよう跳ねる感触だけが妙にはっきりと感じられて。


心臓が脈打つ振動が眼の裏を震わせ、鼓動の音だけが耳に響く。

あぁ、もう。

痛みすら、感じられない。

無、とでも言えるのだろうか。あるいは、どこか自慰に近い心地よさは、眠りに落ちる瞬間によく似た感覚で。

ついに意識が途絶えるその時だった。


「……っ!?」


ベッドから飛び起きる。頭が混乱していて、しばらく状況が理解できなかった。

風がカーテンを揺らし、開けっ放しの窓から光が漏れている。

太陽の光。

見慣れた景色、見慣れた机に絨毯に、ラックに、本棚に、布団。


「ゆ、夢……?」


変わりない、朝だった。

あんなにも苛烈な痛みは、なぜかさっぱりと消えていた。

それどころかあれほど喚き苦しんだはずなのに、ベッドは横になった時からどこにも荒れた様子もなく、変わったところが何一つない。

なんだよ、驚かせんなよ……。

ベッドの横、カーテンを投げるように開ければ今日も眩しい太陽光が部屋中を照らす。朝日の中で、額から流れ落ちた冷や汗がぽつりと光る。心臓がどくどくしていた。戸惑いと安堵。拭いきれない恐怖心。悪夢にビビるとかこの年になってダサすぎだろ。だが、本当に、あれは、夢か?いや夢のはずだ。夢に決まってる。

右手をそっと後ろに回す。腰に当てた手のひらは汗で湿ったTシャツの感触だけを伝えていた。

そろそろと背骨に沿って指を這わせる。なんともねぇ。次は手を身体の前へと持ってきて、何度も首、肩を確かめた。熱くない、痛くない。何も、ない。ため息と共に力が抜けて肩が下がる。そのままベッドに手が落ちた。手の甲に触れるシーツの感触に、夢のフラッシュバックが起こり身体がぴくりと震える。でも、それだけだった。痛みはない、これっぽっちも。胸糞わりい。悪夢なんて久々に見たぞ、おい。暑さにやられていたのだろうか。


「夢にしたって、度が過ぎてんだろ……」


こんな生々しい夢がそうあってたまるか。

まったくもって二度と御免だ。


(とおる)ちゃーん、ごはんだどー」

「……うーっす」


階段下から聞こえてきたばあちゃんの声に応じながら、飯を食いに立ち上がる。


「あ?」


背中を走る微かな違和感。

思わず身体が停止する。立ちすくみ、石碑のように固まった身体。

なにかに耐えるように力の入った足の指がカーッペットを抉る感触だけが俺を正気に留めている。

こんの、くそったれが!!!

奥歯がつぶれそうなほど噛みしめ、顎が軋む。ドタバタと階段を駆け下りていく。

寝癖も服もそのままに、台所のばあちゃんを通り過ぎて洗面台へ向かえば、顔を鏡に向けたまま、身体を無理やり捻じりこみ、背中を鏡に映す。


「……夢、だろ?」


立ち上がり、背伸びをした時。

少しだけ背中が涼しげに沁みた。

いつもの朝とは違う、ただひとつの違和感。

呆然と鏡の前で立ち尽くす。


「おーい、なした?」


いつまでたっても現れない俺にしびれを切らしたのか、ばぁちゃんが洗面所を覗き込む。

そのままのそり、のそりと足を引きずりながらゆっくり隣へとやってきた。


「……あぁ、ずいぶん背中引っ掻いてんなぁ。寝てる間に蚊にでも食われたかねぇ」


そう言ってばあちゃんは、肉を抉る赤い傷が走る俺の背中をやんわりと摩る。

ばあちゃんの手は、俺よりもずっとひんやりと冷たかった。



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