1.何のため?
ずっと、人形の生き物でしかなかった。
ひととしての姿形はとっていたけど、中身が空っぽだった。
そんなあたしに、いつだってあなたは教えてくれてきた。
あなたがあたしの中でひろがっていって、ようやくあたしは感じるの。
今、この瞬間にも。
何も悪いことしてるわけじゃない。
クレームがあるなら神様につけて。
どこにも行けない恋だって、わかってる。
だけど、どこにも行かない愛だから。
これは最後のプレゼント。
恋の遺書。
覚えてる?
出会ってから、初めてのお誕生日。
なぜかあたしたちは、ふたりで飲んでた。
あの日もたまたま電話して、「遊んで〜」って言ったんだと思う。
これが、大概は断られるんだよね。
断られれば断られる程、逆効果なんだよ、あたしの場合。
ところがその時は、比較的あっさりとOK出されて。
んでまぁ、よもやま話の合間にぽろっと、
「オレ今日誕生日だったんだ」と。
勿論、信じないあたし。
てゆか、むしろどうでもよかったのか。
あぁ、そぉ、へぇー。もしかして明日もお誕生日?とか言った気がする。
そしたらちょっと心外そうな表情で、「ほらこれ」って。
友達にもらったんだ、って、エゴイストの紙袋に入った恐竜のぬいぐるみ。
「オレ恐竜好きだから」って。
そこであなたの個人情報に、
(好きなもの:恐竜)(送り主:女性)ってインプットされた。
そして、翌年の同じ日。
あたし自身が恐竜をプレゼントすることになる。
当時のあたし、不倫してました。
大企業のお偉いさんてのに興味があって、冗談から駒、(だっけ?)
酒の席で笑い話にしようと思って、いい加減なリップサービスしてただけなのに。
なぜだか気がついたら、彼の愛人、というような立場になってた。
会社じゃ誰もが恐れながらも尊敬している男性でした。
次期社長、という噂もあったくらい。
だから、ちょっと勘違いしちゃったのね。
「誰も知らないあの人を、あたしだけが知ってるの」的優越感に酔ってた。
当然超名門出身、なのにどこか危ない雰囲気を持ってて。
ルックスも悪くはない。よく、知らない人に前首相と間違えられてたな。
勿論、贅沢もし放題。
瓢箪から駒(違った?)、一時本気で恋に落ちた。
はずだったの。
なのに。
・・・どっちが先だったか。定かではないんだけど。
NY支社への辞令がおりた、と。
夜中に突然会いにきて、まずはお前に言いたかった、と。
それからしばらくの間、あたしの家から一緒に車を拾う朝が続いた。
会社の近くでモーニングを注文し、そのまま歩いて出勤する二人。
人目も憚ることもなく。
そんな毎日の中だったのか。それよりも前の出来事だったか。
彼を呼ぼうとして出てきた言葉が、あなたの名前だもの。
本当に驚いた。なんで????って、頭の中クエスチョンの乱舞。
救いは、彼に聞こえてなかったこと。
もしくは、聞こえてなかった振りをしてくれたこと。
だいたい、遅いんだよね。
自分が何を考えてるか、すぐにはわからないの。
プライベートでも、ビジネスでも、ちょっとねかせた後でないと、切り返せない。
考えをまとめること自体には、たぶん、そう時間はかけない方だと思う。
でも、何を感じているのかという根本的な部分にいつも膜が張ってあって。
タマネギの皮を剥いていくように一枚一枚剥がしていかないと、己の感情が理解できない。
だから、本当は、もしかしたら一目惚れしてたのかもしれない。
とにかく。
「このひと、同じ言葉で話すひとだ!」って。
それだけは、出会った瞬間にわかったの。
いつもあたしは、暗い穴の底で膝を抱えて。
わずかに光の射してくる隙間から、みんなを覗き見てた。
羨ましかった。みんな、とても楽しそうで。
卑屈だった。あたしひとりだけ、不幸な気がして。
辛かった。何のために生きてるのか、わからなくて。
あなたの、堂々とした輝きに憧れた。
だけどそれだけなら、ここまでこない。
アノヒトハナニカガチガウ、そんな声がした。
穴の底から。
箱の話を初めてしてくれたのは、それからだいぶ時が経ってからだったけど。
見たくない箱。
何かが入っているかもしれない箱。
だけど、空っぽかもしれない箱。
目を背けているから、ずっとわからない箱。
いつかきっと、開けなくちゃいけない箱。
それはわかってるんだ、とあなたは言った。
箱の中から。
時々あたしは、箱の中に閉じ込められる。
そんな時あなたは、箱から遥かに遠ざかって、あたしごと見ないフリ。
箱の中には他にもたくさん入っているはずなのに、何も見えない。
ただ、閉じ込められてしまったとわかるだけ。
あなたがすっぽり、箱の中に入っている時もある。
それは必ず、あたしが強制的に箱から追い出された後。
一緒に入ろうとは、絶対にしない。
だけどね。
あたしも自分から箱に入ること、覚えたよ。
あなたが閉じ込めたものなら、無理にでも取り出せる。
じゃぁ、勝手に入ってしまったものは?
あたしが勝手にやってるだけ。
わがままだって、自覚もある。
だけどあなたも、たいしたわがまま者。
自分勝手なのはお互いさま。問題にもなりません。
ただね。
甘えるなら、隠さないで欲しいの。
誰にも見せたくないはずの姿を、あたしには既に見せてるのに。
肝心なところで、どうして逃げようとするの?
あなたの思ってる以上に、あなたの嘘はよくわかるのです。
何を怖がっているのか、ずっと不思議だった。
あなたの大切にしていきたいものを、あたしがわかっていないとでも?
あたしだって、本当は全力で甘えたい。
だけどそれは、あなたを壊すものでしかないってわかってるから。
あなたを壊すくらいなら、あたしが壊れます。
常に心に禁忌を抱いて、戒めてるつもりでいる。
それでも隠しきれない、甘えがチラリズム。
「あなたが連れて歩いても恥ずかしくない女になる」
コンプレックスの強いあたしにとって、無謀な誓い。
それでも、諦めるなんて、念頭になかった。
だからあたしはあなたの作品。そう言っても、過言ではない。
ただし、(あたしのイメージするところの)あなたが作り上げたもの。
嗜好にあってるかは全く不明。
真の人間関係に、愛は必要不可欠。
何も、恋愛に限った話じゃない。
惚れなければ、何も始まらない。
惚れただけでは、何も始められない。
だけど、一方的な強すぎる愛は、諸刃の剣にもなりかねない。
ずっと今まで、あなたにとって+の存在になりたいと思ってた。
きっといつかは、+の影響を与えられると思ってた。
だけど、ふと影が差した。
必要とされてる・・・どんな形でもそれは嬉しい。
でもね。
あたしたちの信頼関係に於いて、あなたは絶対的にしてはいけないことを、した。
それはたぶん、あたしの責任。
惚れた弱味で何でも許していたら、ただダメになっていくだけ。
離れるか、改めるか。
今のままでは続かないって、よくわかってる。
そして、「離れる」なんて選択肢がないことだって。
不安になるのは、並べるから。比べるから。
どうしてそんなに束縛するの?
枠の中にいるつもりなら、出会った意味がない。
貝が口を開くように。
あなたはゆっくり、心を開く。
そして少し開いたところで、あわてて閉じようとして殻にこもる。
殻と言うより、甲羅。
それはあなたの一部。
何度も何度も、繰り返し見てきた。見せられてきた。
辻褄あわないってそれはあなたが、誰よりもよくわかっているはず。
なのに、浅い嘘で糊塗しようとするのは、なぜ?
得るために、失うものもある。
だけど、失うために得るものは、本当に欲しかったもの?
あなたは、箱をみないフリ。
箱をみないあなたは、あなたにも解析できない。
あなたのままであること、それが何より大切なのに。
あなたはあなたを、本当にわかっているの?
だけど、わかっているの。
認めたとしても、決して選ばない。
定着したくない、ただそれだけの理由で。
落ち着いてしまったら、生きる意味を失う程。
いつの間にか、恋に落ちた後。
長い間、ほっとかれた。
気が狂う程、いえ、ほとんど狂いかけたことが何度かありました。
2度目のお誕生日は、現実逃避のために昔の男を頼ってNYへ飛んでいた真っ最中。
プレゼントとお手紙だけは送ったけど、会うことはなかった。
3度目に、悲劇、もしくは喜劇、が起きた。
「彼女がいた」
・・・何のことだろうと思った。
本当に、単語が頭に入っていっても、理解が全く追いつかなかった。
追っかけてははぐらかされて、の連続。その時点で、2年近く。
妻子ありはもう、仕方ない。それでも好きなんだから。
だけど、ドロドロなんて想定外。
あたし自身、結婚してる時には恋なんて出来なかった。
好きな男はいたけれど、恋愛だって認めたくなくて、辛くなるだけだった。
状況は違うけれど、あなたに彼女が作れるなんて、想像もしてなかった。
だから、このままでよかった、のに・・・
「彼女」がいたわけですよ!
昔、大好きな男に「お前なんて嫌いだ!二度と会いたくない!」
裸足で飛び出し、彷徨った夜もあったけれど。
更にアドバンステージ。
ショックとか、絶望とか、そんな生易しい言葉じゃ表現できない。
あの夜、本当は仕事が入ってた。
1週間前から、マネージャーを無理矢理口説いて、もらったお休み。
周囲だけに打ち明けて、マグナムのシャンパンを用意した。
勿論、あなたには内緒。
深夜2時。
戻ってきたあなたを、威勢のいい開栓の音が迎えた。
それまで誰彼ともなく、「オレ今日誕生日」って触れ回っていたあなた。
計画を知ってるから、みんなわざとあたらずさわらずで。
すぐにあたしの仕業だとはわかったんでしょう。
喜んだ振りをした。無邪気な仲間たちの手前。
しかしあの時、あたしは虎の尾を思い切り踏んだことになる、わけよね。
彼らは本当にあなたが大好きだったと思う。
そのおかげで、あたしのこともある程度受け入れてくれていた。
お祭り騒ぎであがっていく空気。
主役が途中退場なんて考えられなかった。
予想外の事態に結局あなたは、待たせていた彼女を呼び寄せたのか。
知らない女の子がいるなぁ、とは気がついた。
だけど、気にはならなかった。
むしろ、その時点で紅一点だったあたしは歓迎して何かと話しかけた、
・・・ような気がする。
夕方から飲んでいたから、記憶なんて定かではなくて当然。
気がついたら、なぜかあなたと怒鳴り合ってるシーン。
「どうして!?奥さんがいるのになんで彼女がいるの!?」
それだけは覚えてる。
虎の尾踏んだ後、更に地雷まで踏んでたね。
怖かった。
いえ、諸々踏んだことが怖かったんじゃありません。
踏んだことがわかったのは、事態が収束した後だもの。
それよりも。
「なんでそういつも空気が読めないんだよ!!!」
きわきわのところを、ぐしゃぐしゃとかき回されたあなた。
内訳としては、罪悪感が比較的高い割合だった。
それ故に尚更、毛を逆立てた?
「もう、いいっ!!!」
怒りのために飛び出したあの時のあたしには、エールを送りたいくらい。
正直、彼女とあなたとの展開なんて、どうでもよかった。
既婚時の自分と重ね合わせて、共通意識を感じてたから、(裏切られた・・・)
まずそう思って傷ついた。
それから、「結婚してるんだから」あたしとはムリ、そんな言い訳が効かなくなった。
何よりそれが辛かった。
ストレス解消法。
頭が空っぽになるまで動くこと。
既に空っぽな頭で、土曜早朝のオフィス街を彷徨った。
スタート地点がマイナスなんだから、楽になれるわけもない。
ぼろぼろ大粒の涙をこぼしているのも上の空で、地下鉄に乗る。
大きな衝撃は、アルコールすらも分解するらしい、とはその時初めて知ったこと。
家に帰っても、眠れない。
何もしたくない。
寝返りばかりうっている間に、携帯が鳴った。
着信音であなたじゃないことはわかる。当然、無視。
とろとろと微睡みかけては悪夢が訪れる。
そうこうするうちに、日が暮れて。
ぼんやりとした頭で、時間を確認しようと携帯に手を伸ばす。
留守電が1件。仕事先から。
ぁぁそっか、あたしにはまだ、ダンスがあったんだ・・・
きっと踊っていればまた、元気になれる。
半ば抜け殻の心のまま、再生。
「昨夜、取り締まりがあって・・・」
意味が分からない。
「そんなわけで、当分店を閉めますので」
どんなわけで?
「落ち着いたら連絡します」
それで、終わってた。
何度か聞き直して、ようやく理解した。
踊って忘れる。今一番の願いが、状況的に出来なくなったことを。
あの時、切れていても不思議じゃなかった。
切れていない方が、不思議なんです。
あなたから連絡がないことは、わかりきってた。
煩悶しながら出来ることと言えば、飲むことばかり。
異変に気づいた家族が迎えにきた頃には、あたしはいなくなっていた。
それでも結局。
時は偉大な癒しを与えてくれる。
秋になる頃、死にそうな気持ちでメールをする。
返事がなかったら、もう何も出来ない。
怖くてずっと連絡できなかった。
だけどもう、どっちにしても一緒だな。
連絡できないあたしも、連絡を待つあたしも、あなたにとっては同じこと。
それならいっそ、仮面を被って近寄ろう。
下卑た勇気を振り絞れば、待ち望んだ着信音。
何事もなかったかのような、あなたの返信。
今までなかったのは、レスポンスの速さ。
お互い落ち着いた頃、改めて聞き糺したよ。
「奥さんがいても、恋がしたいの?」
それは、必要なんだ、男としてどうしても。
だけどどっちか選べって言われたら、答えは当然決まってる。迷うわけがない。
あなたの返事を聞いた瞬間、あたしは誓った。
この後如何なることがあろうとも、永久にあなたの恋人にはなりません。
最近のあなたは、見知らぬ相手にすら悉く
「彼女じゃないから」
「付き合ってないから」
やたらアピール。
・・・情けない・・・
歯牙にもかけてなかった頃は、周囲に何言われても返さなかったじゃない。
黙っている方が、未知で美しい。
事情は存じておりますが、そんなとこでエネルギー使う必要ないってば。
この関係、お互い以外にわかる人がいると思う?
もしかしたら、お姉さんならわかってしまうかもね。
だけどきっと、同時に止められてしまうでしょうね。
あなたがあたしに口に出来るのは、憎たらしいことばかり。
それでも憎めないのは、口に出来ないことが伝わってしまうから。
夜遅くに、はずみで送ってしまったメール。
あーまた、遠くなるなって、送信完了画面が出た途端に思ったよ。
携帯を半ばダイアリー代わりに使ってたあたしがいけなかった。
もう、二度とないよ。ごめんなさい。
切っちゃえば、早いのに。
だけどそれが無理だと、あなたなりに理解しているがための反応。
迷惑だけならまだしも、負担にもなっているとわかっていても、離れられないあたし。
まだまだきっと、本当の愛じゃない。エゴが優先してしまう。
だけど、エゴのない愛なんて。
誰に出来る愛し方なの?
都合のいい解釈は、最強の守護。
ずっと聞きたいと思ってるんですけれど。
・・・あの時。
単に寝ぼけて奥さんと勘違いしたの?
翌朝、「全然覚えてない」って、唐突に言ったのはなぜ?
何も聞くつもりなかったのに。
あのまま世界が終わって欲しかった。
馴染もうと思って、頑張っても頑張っても受け入れてもらえなくて。
寂しくて壊れたくて。
そんなあなたが今は、諸手を上げて迎え入れる社会に迎合してる。
だけど、安心してる?
あなたがあたしとの時間を大切にするのは、世間に馴染めない自分を落ち着かせるため。
出来うる限りあたしとの時間を短くしようと努めるのは、世間から逃げたくないから。
そしてまた、殻を厚くする。
そんな想像は、傲慢ですか?
あたしが無理に「〜〜してね」って言ったって、無駄なときが多いけど、
あなたが自分から「〜〜する」って言った時には、必ずその通りにする。
わかっていながら、不安になる。
いつもほっぽってどっかに行っちゃいそうで。
今まで、あなたのような目を見たことがない。
痛い程に訴えかけられる。
言葉なんて何の意味も持たないのかもしれない。
それでも、伝えたいことがたくさんあるの。
何も知らないのに、わかることはわかりすぎる。
会うたびに、いえ、会わずともやり取りをするだけで、必ず何かを教えてくれる。
琴線に触れる何か。
怖いよ。
信じられないくらい、あなたが大切。
本当に心から、幸せでいてほしいと思う。
だから。
「どうしてそんなに家にきたがらないの?」
「いやがる人がいるから」答えを聞いた時に・・・
そんなのわかってる。
だから苦しんでる。
だけどじゃぁ、今の状態は、こうして二人でいることは、いやがられないの?
そして、あなたの気持ちは?・・・一体どこにあるの?
あなたが、愛する人たちを傷つける・・・あたしのせいで。
そんなの耐えられない。
あなたは、思いつきなんかで行動できる人じゃない。
本能のままに、は口癖だけど、同時にすごく理屈っぽいところもある。
愛するには愛するだけの理由がある。
好きだから好き、って走ってしまうあたしとは違う人。
そんなあなたが選んでつくっていく家庭。
何よりも大切な場所。
いつもそこに帰りたい、かけがえのない愛情を抱く人たち。
もしも彼らを傷つけるものがあれば、あなたは身を張って守るでしょう。
そんなあなたが彼らを傷つけることは、即ち。
あなたがあなたと戦うことに他ならない。
・・・壊れる。
ずっと、駄々をこねてた。
いつ飲みにくる?って、毎日誘っては断られて。
今もまだ、冷蔵庫で眠っている2本のワイン。
白は「獅子座のワイン」。単純にネーミングで決めたシャルドネ。
赤は、紀伊国屋一押しのシラーズ。最後の入荷かもしれないって。
持って帰って、奥さんと飲んでください。
あなたがそう望むのなら。(お子さんはまだダメよ)
本当にね。
誰もが幸せになりたくて、それなのに。
なぜか諍いばかり起こしてる。
愛する人に対してでさえ。
それは、どうしてなの?
「あなたを愛するあたし」を軸にしてしまうから?
全てはエゴが原因なのでしょうか?
この先もあたしはきっと、わがままに生きていく。
あなたを傷つけることもしてしまうかもしれない。
だけどそれは、言い訳を作るため。
あなたを逃れやすくするためなの。
自分勝手だと思われても構いません。
実際、あなたを悪者にしたくないのはあたしのエゴだもの。
昨日ちょっと笑えたこと。
パンツのジッパー、開けっぱだったんだよね。
ふと視線を下ろした時に気がついて。
以前なら言えなかったでしょう。
でも、さらっと口にできた。
あなたは唖然と直した後に、シャツの裾で隠そうとした。
・・・遅いって。
ね、そんなとこに視線が行っちゃうの、どうしてかわかる?
あなたがあたしから目を逸らしてばかりいるからだよ。
少し前までは、どんな些細なものでも取り返そうとしてたのに。
帽子に夢中になっているあなたが、サングラスを邪魔そうにしていた時。
ついつい手が伸びて。
そのまま帰ってしまった。
だけど、今回ばかりはお互い確信犯。
でしょう?
この街に来たがらないあなた。
以前はいつも呼び出されていたところなのに。
「一人で行けるような、知ってるお店を紹介してよ」
「自分の庭は自分で見つけるべき」
見つけたと思った夜。
口説かれて口説かれて、ついついお持ち帰りしてしまった。
「自分の庭」にすべく見つけたバー、のオーナー。
端正な顔立ちをした、6つも年下のコロンビアのハーフの男の子。
あまりに必死にすがられて、男子禁制、破ってしまった。
彼はやれると思って口説いたのでしょう。
でも、絶対それはなくて、なだめるうちに眠らせて。
翌朝もさっさとあたしは「約束があるの」ってほっぽって出かけちゃった。
「自分の庭」見つけたと思ったのに、それから行けない。
あなたといるとね。
男の子たちはあたしに興味を持ったとしても、それ以上のアクションは起こさない。
それはきっと、あたし以上にあなたに惹かれるから。
反面。
あなたといると。
やたら注目を集める。
つきまとうあたしの粘り勝ちで、一緒に飲んでたあの日。
帰り間際の女性が、つつつっ、とあたしに近づいてきて。
「握手してください〜」(だったっけ?)
「あまりに素敵な女性で、お似合いのカップルなのが羨ましくて〜」
ついついあたしは「酔っぱらってますね?」
一方あなたは「カップルじゃないです!」
オープン初日のフランフランに引っ張っていった時。
あなたは一刀両断、
「こんなギャルのインテリアやめろ」
さっさと出て行ったよね。
ところがあたしは、どうーーーしっても欲しいアイテムがあって。
駅まで一緒に行った後、リターンしました。
それで色々悩んでいたら、近づいてきたスタッフさん。
「ご案内しますよ」
「うーん、・・・とても欲しいのですが、反対されていて」
「ご主人さまに、ですか?」
(曖昧に誤摩化す卑屈なあたし)
「先ほどちらりとおみかけしたのですが、帽子を被っていらっしゃった・・・?」
やたら見られてるよぅ。
そう言ったら、困った顔して、それでも。
黙認してくれてるよね。
何度も、聞きたいと思った。
「あなたがあたしと一緒にいるのは、何のためですか?」
何のため、はあなたの十八番。
「時間つくれる?」って聞くと必ず「何で?」
何で「何で?」ばっかり言うのって聞いたら。
「オレが聞いてるのは、何のため?って意味」。
何のため?
会いたいから、じゃダメなのかな。
ぼんやり考えてるあたしに、あなたは例え話。
何で遅刻した?って聞いても、いやちょっと電車に遅れて、とか答えるヤツ。
それは遅刻した理由じゃないだろ。
何のために会いたいのか?
恋だもの。何のため、なんて考えたことない。
だけどそんな答えで納得してくれるわけもなく。
初めて考えた。
何のために?
話を聞きたい。あなたを知りたい。一緒にいて欲しい。
だから、時間をつくってってお願いしてる。
だけど、どうしてこんなにもあなたでないといけないのか。
一体あなたの何が、あたしをこうまで惹きつけるのか。
飛んで火に入る夏の虫。
カナブンを躍起になって追ったあなた。
走っては止まり。飛び上がっては悔しがる。
まるでからかわれているようで、息が止まる程笑った。
それでもあなたはやめようとしない。
・・・10分近くかけて、カナブンはあなたの手に収まった。
既にアルコールが入っていたというのに。
強いて言うなら。
あの時のあなたのため、かもしれない。
抽象的に表現することが許されるならば、
「可能性のため」。
あなたの可能性のために、あたしは必要な人間になるから。
あたしの可能性のために、あなたは必要な人間になるから。
それが今のところ、いちばんしっくりくる答えだと思う。
可能性があることは、わかりきってる。
だけどそれがどんな可能性なのかはわからない。
成功の頂点に立つか、決定的な失敗をするか、どっちかしかない。
中庸な人生なんて送れると思えない。
そう言ったら、「成功って、何?」って。
成功とは、やりたいことをやり遂げること。
失敗とは、それをやり遂げられないこと。
それがあたしの定義。
「じゃぁ、世界人類をひれ伏させるのがオレの成功」って。
それにはね、まず。
世界人類と知り合ってください。
だって、あなたを知っている人、多かれ少なかれみんなあなたにひれ伏してると思うよ。
色んな意味で。
最近のあなたは、すぐにあたしをやり込めようとする。
ぴりぴりしているあなたを相手にするのは、辛いし怖い。
迎合するような態度を取ってしまうようじゃ、煽るようなもの。
あたしだって、そんなあたしはキライ。
だけど怖くて。睨まれて居竦められる小動物。
そしてあなたはますます嵩にかかる悪循環。
恋に落ちたが故に、あたしを憎むの?
免罪符さえあればいいの?
それは愛する人たちのため、それともあなたの良心のために?
いいよ、欲しいものなら、あたしにできることなら、何でもあげる。
だけどね。
あなたがずるくなるのは、絶対に嫌。
汚してしまうのがあたしなら、どうしてもそうしてしまうのなら。
二度と会わない。そう思いながらも。
ずるさも汚さも、全部抱えていきたい矛盾。
キレイゴトばかり並べて、まだまだ恋を捨てきるつもりがない。
ぐるぐる同じところで回り続けるあたしは、あなたの目にどう映っているの?
だけど、恋を捨てる必要なんて、あるのかな。
この気持ちを失った時、あたしの目にあなたがどう映るのかもわからないのに。
・・・一筋の光明が射した。気がした。
「檻の中で銀賞をもらった絵書き」が成人して体験したこと。
「日本で3人しかいない銃弾貫通者」
「Drと呼ばれたヤクの売人」
「方向音痴なのにやくざの運転手」
あたしに話してくれたのは所詮、氷山の一角でしかないんでしょ。
今では立派な3児のパパなんて。
それが最もあり得ない履歴とすら思えてしまうよ。
かたや。
銀行頭取と華族の孫。
戦後遭えなく落ちぶれながらも、プライドは捨てきれない血統。
父は医者を志し、資金面でやむなく諦観、それでも大学を二つ出た真面目なお役人。
運転手がつく程度の身分にはなった人。
亡くなる間際に国家的訴訟問題になった医学教授は、祖父代わりだった。
教育方針の厳しい家庭だったのも、無理はない。
学校から帰ってきたら、まず「予習」「復習」「お箏の練習」。
終わらないと遊びに行かせてもらえなかった。
つまり、遊んでいる時間なんてほとんどつくらせてもらえなかった。
チャンネル権なんて当然のようになくて、映っているのはいつもNHK。
畢竟、友達との会話もわからないことばかり。
やせっぽちで色白でちっちゃくておとなしい髪の長い少女。
いじめのターゲットにされるのは目に見えてた。
だけど、誰にも言えなくて。
泣き顔がわからないように、いつも本を読んでた。
そんな二人が出会う、それだけでもまるで奇跡なのに。
5年もかけてようやく歩み寄りつつある。
運命的、というのが気に入らないのなら、天文学的な、と言い換えていい程の確率。
今年の春。
今度こそ本当に諦めよう。そう思って、1ヶ月以上も連絡を取らなかった。
ちょうどその頃、留学に行く予定だった。
それなのに、申し込んだ会社は架空のツアーを募集していた。
振り込んだお金が、口先だけで誤摩化されてなかなか返ってこない。
詐欺じゃないかと疑って調べてみれば、数年前に億単位の持ち逃げしてる同一人物・・・
それからが大変だった。
消費者センター、弁護士事務所、警察を回る毎日。
アドバイスだけはくれるけど、効果的な措置がなくて。
消費者センターではほとんど諦めるように諭された。
警察では被害届を出させてくれず。
犯罪者を告発するのすら金がかかる社会の仕組み。
地裁で直接対決したのが功を奏したのか。
最終的にあたしだけは一挙に全額返金されたけど。
しんどくて、あなたに聞いて欲しくて。
絶つはずの連絡、再開。根性なし。
忘れようとすればする程、あなたを思い出した。
何を見ても、何をしても、勝手にあなたを連想する。
無理にシャットダウンしたら、魂が抜けてしまった。
何を見ても、何をしても、何も感じない。
どうして生きてるんだろう。そればっかり考えていた。
もう、あたしには何もないのに、何のために生きていけばいいの?
忘れようとすればする程、あなたが全てになっていた。
エゴで動いている限り、あなたは動かせない。
少しずつ相手にしてくれるようになったのは、転職がきっかけだったんだと思う。
自分が無職なのに、とにかくあなたの仕事を探そうと必死だった。
それを口実に会える。そんな気持ちも勿論あったけど、それより何より。
覇気のないあなたを見ていられなかった。
何でもいいから始めて欲しかった。
結果的に、あなたは己の力で仕事を見つけたけれど。
ばたばたするあたしをみているうちに、じっとしていられなくなった。
そんなふしもある。
あたしさ、たぶん。
元はあなたと同じものだったと思う。
一人じゃどうしてもできないことがあったために、二人に分かれた。
だとすると、恋はよけいな副産物?
ただのナルシストじゃん。てことになっちゃう。
だけど、きっと恋をしなきゃ気がつかなかった。
きっかけは、恋。それは確か。認めてあげようよ。
恋を認めることは、あなたを傷つけることにはならないよ。
きっと、逆。
認められないから傷つくんだ。
少なくともあたしは、そう。
今まであなたに惹かれた女性たち。どうしてるのかな?
結婚した人もいるよね。
あなたを知った後で、どうして他の男性と付き合えるんだろう。
幸せの定義が違うのかな。
優しくてお金持ちの旦那さま。それが幸せなら。
きっと何度も幸せになる道を通り過ぎて。
一度も幸せへの道を選択できなかった。
だけど、今この道を歩いていることに幸せを感じるの。
あたしがあなたの中にみているもの。
その箱を開けたら、あなたはどうなるの?
毎回聞かれる、「何のために?」
漠然とした可能性。
・・・その箱を意味しているのかもしれない。




