空っぽの世界
何処だ、此処は……。
それが俺の真っ先に思った事だった。
古巣に帰るつもりで、別の土地に来てしまったのだと。
俺が長引いた用事を済ませ、久し振りに古巣に戻ると……待っていたのは、空っぽの世界だった。
時には仲違いする事も有れど、苦しい時は支えあった、背中を預け合えた、掛け替えのない仲間達が。
俺達が、確かに此処に居た証として、皆で大きくした組織が。
別の組織に所属していても、何処で孤立しようと、そいつ一人が近くに居れば、どんな劣勢でも戦えた…敵に居れば、一撃入れて挨拶とした戦友が。
命を預かる立場として、共に泣き、笑い、過ごして、育て上げた部下達が。
俺の帰るべき場所で、例え日を跨いでも、何時も笑顔で待っていてくれた嫁が。
嫁を見ると、それだけで緩む俺の表情をからかってきた相棒が。
皆と共に過ごした証も、記録も、何もかも。
【全てが消えていた】
こんな状況、まともに理解するだけで丸一日かかったし、受け入れるのは未だに不可能だ。
こんな、こんな事って…!
到底受け入れられない事態に陥っているってのに…クソッタレな事に、この俺の脳細胞は…!!
刻一刻と、最後に残された「思い出」すらも消し去ろうとしやがる!!!
どれだけ足掻こうと、薄れていく記憶…。
ふざけるな!
俺が、俺が忘れてしまったら…あの日々は!あの仲間は!!
「無かったこと」
同然になってしまうというのに!!!
必死に過ごした日々を思い出そうとするも、昨日は思い出せた事が、今日は出てこない……。
記憶の奥底に封じられたかの様に。
止めてくれ…!
俺に残されたのは、これだけなんだ!
無情にも、一つ、また一つと消えていく思い出。
俺は、いつしか考える事を避ける様になった。
思い出そうとしても思い出せないなら、考えない方が楽だ。
…だが、ふとした瞬間に出てくる思い出が俺を苦しめる。
この景色は、アイツ等と激戦を制した後に見た景色みたいだ。
この知識は、アイツに教えてもらったっけ。
この口癖、アイツにそっくりだ。
アイツなら、こいう時どうしたかな?
記憶が風化し、名前すら出てこないってのに…!
それでも、それでも確かに、アイツ等の記憶は俺の中に有る。
それを思い出す度、意図的に思い出せない自分に腹が立つ。
…そう言えば、俺が暫く離れる事になった時、リーダーが言ってたっけ。
『例え我等が散り散りになろうとも、我等の心は繋がっている。
これだけは忘れるなよ?』
と。
当時は、格好いい口調で決め台詞を言いたいだけかと思っていた。
だから笑って流した。
用事がここまで長引くとも思ってなかった。
こんな事になるとも思っていなかった。
今思えば、リーダーは薄々察していたのかも知れない。
俺が、俺達が気楽にしている姿を見て…リーダーは何を考えていたのだろう?
今はもう、ただ一言聞く事も出来ない。
なあ、リーダー……アンタには何が見えていた?
俺達が目先の出来事で一喜一憂してる間、アンタは何を考えていた?
俺が用事で暫く離れると言ったとき、どんな気持ちで見送った?
何で、それとなく伝えてくれなかった?
俺達は仲間で、アンタと俺は相棒だろう?
どうして何の相談もしてくれなかった?
一言…ほんの一言くれれば、俺はこんな事になる前に、絶対に戻ってきたのに…!
分からない…分からないよ…。
お前は、何時もそうだった。
粘着野郎に絡まれていた時も、濡れ衣で晒し者にされていた時も…。
本当に困った時、本当に大切な事、それだけは絶対に話してくれなかった。
そして、馬鹿な俺は…お前が教えてくれる、ほんの些細な悩みを解決して「俺は頼れる奴だ」と鼻高々だった。
俺が粘着を知ったのも、濡れ衣で晒し者にされていた事を知ったのも…とっくに解決した後、仲間がポロっとこぼした時だった。
俺は馬鹿だから、お前みたいな頭の良い奴の考えは分からない。
だから、だから!
口にしてくれと、声をかけてくれと何度も頼んだ!
だけど…お前は、相変わらず些細な悩みしか教えてくれなかった。
他の仲間には話していたらしいのに、だ。
俺は、お前の、相棒だろ?
何で俺にだけは話してくれなかった…。
俺はお前を頼っていたから、お前にも俺を頼って欲しかった。
些細な悩みを解決してやる位しか出来なかったけど、な。
その実、貰ってるのは俺だけで…お前に何一つ返せていなかったってのに。
そうだ……。
他の土地に行けば、またかつての仲間に…戦友に…部下に……お前に、会えるかな?
色々言いたい事は有るけど……もし、もしも会えたなら、一言目は決まっている。
「久し振り」も「ただいま」も違う。
もしもこれを言ったら、一言目が何故それかと言われるだろうが…でも、俺が伝えたいのはこの言葉だ。
俺が、俺が本当に伝えたい言葉は……
「ありがとう」
俺と共に居てくれて、俺と共に戦ってくれて、俺と共に泣いてくれて……。
離れて、初めて分かったんだ。
あの日々こそが俺の人生最高の日々だった、と。
さて、行くか。
この広い、数多くの世界から、仲間達を探すのは骨が折れそうだが…俺がやりたいんだ。
全員の行方なんて分からないだろうけど……でも、それでも!
アイツ等にもう一度会いたい、会って話がしたい。
もう、かつて仲間が居た「空っぽの世界」に用は無い。
俺は、この世界から離れる。
世界は一つじゃない。
色々な世界を渡り歩けば…きっと、きっと俺はアイツ等に会える。
そんな確信を胸に、俺は一歩、また一歩と、しっかりと確かめる様に地面を踏み締め、歩きだした。