98 奴隷都市レガリオス⑤
セラから出て闇競売所へ向う道中、イスティリは自身の過去を話してくれた。
クラフトマンズ・ネストに転移で配置された時はまだ赤子だった事。
教育係のゴアは戦いだけでは無く一般教養や礼儀作法にも詳しく、訓練の合間を縫ってそれらも徹底的に叩き込まれた事。
オルセー神聖騎士団にネストの結界を突破され、その同盟者、コボルドの女魔術師クルグネ一派に捕縛された事。
そして、そのクルグネに手を切り落とされ、レガリオスの闇競売で『商品』として競りにかけられた事……。
「でもボクは負けなかった。ボクを競り落とした男の屋敷で暴れ倒して、一旦は逃げ出そうとしたのです」
「呪紋を掛けられたりしなかったのか?」
「ええ、しっかり呪紋は掛けられましたが、それでもボクは、ボクの誇りに掛けてその男達を叩き潰したのです!」
しかし、逃亡しようとした矢先、レガリオスの防犯を一手に引き受ける魔導士団によって再度捕縛されてしまったらしかった。
「その後は知っての通りです。食事制限で体力を消耗した所でドゥアに移送されて、ギリギリ生きていた所をセイ様に買って頂いたのです!」
彼女はそこまで話すと俺を後ろからキュッっと抱きしめて背中に頬ずりした。
「イスティリが奴隷だったと言うのは少し聞いた事がありますが、そんな経緯でセイに出会ったんですね」
「うん! セイ様ね、ボクを買った日にたっくさんのご飯を食べさせてくれてね、それからボクをベッドに寝かせてくれたんだ!」
「あの一つしかないベッドで?」
メアはくすくす笑いながら相槌を打った。
「そうそう! それでね、セイ様はその時何処で寝てたと思う?」
「ええっと。セラの中?」
「違うよ!! セイ様はベッド脇の床で毛布も被らずガタガタ震えながら寝てたんだ!」
イスティリが爆笑すると、メアもつられて笑い始めた。
良く覚えてるよな、イスティリは。
「しかしクルグネ……クルグネ。何処かで聞いた事があるような」
「セイ、ドゥアの隣町ヘレルゥはクルグネの所領ですから、それで聞いた事があるのでは?」
「それだ! 確か最初に毛布を買いに行った時、店主が教えてくれたんだった。コボルドは金にがめついから嫌いだとか言ってたな」
「セイ様、ボクはそのお陰で助かった部分もあります。神聖騎士団だけで突入してきていたらボクは殺されていたと思いますので」
何でもクルグネは魔王側に組しながらも勇者側に所領を構える蝙蝠で、双方の情報を売買しては私財を溜め込むスレスレの行為で財を成しているのだとか。
「とは言え、表向きは魔王側とは袂を分かち、勇者側についたとされてはいますが」
なるほどなぁ。
とは言え、イスティリの称号<復讐を誓う虎>の復讐が誰に向けられているのかはおおよそ分かった。
オルセー神聖騎士団とコボルドの女魔術師クルグネか。
覚えておこう。
しかし闇競売所に向う間に数人が尾行してきているのに気が付いた。
昼間は全く気が付かなかったが、夜になればイズスの秘術<夜のとばり>のお陰か、些細な変化にも敏感になるのだ。
メアは自身に呪文を掛けていたが、コッソリ聞くと<暗視>というものらしい。
早速俺とイスティリにも掛けて貰ったが、<夜のとばり>に加えて昼間並みに視界が確保できる状態になったので相手の『毛皮』の色まで判別つくようになった。
「なあ、ドローマ。こそこそしてないで出てきたらどうだ!」
俺の言葉にクロスボウ使いのピアサーキン、ドローマがしぶしぶ姿を現した。
その後には三名のピアサーキンが付き従っていた。
「チッ。あっさりと見破りやがって……可愛くねえ野郎たちだ」
「で、何の用なんだ?」
「いや、昼の落とし前を付けさせて貰う。お前の女は殺して、お前自身は手足を捥いででも俺の主の元へと連れて行く」
「素直で良いね。でもそんな少数で俺たちに敵うと思ってるのか? 悪いけど、帰って晩飯でも食ってた方がマシだと思うよ?」
「うるせぇ! 野郎ども! やっちまえ!」
ドローマは部下をけしかけるとニヤニヤしながらふんぞり返った。
イスティリが前に出るとメアが素早く彼女に呪文を掛ける。
そこに刺客の一人が細剣を突き入れるが、イスティリはその突きよりも早くそいつに斧を叩き込んだ。
瞬時に崩れ落ちるピアサーキンに驚愕した残りの刺客二人は、合図を取って左右に分かれ、同時に突撃して来た。
メアは左方向から襲い掛かって来た奴に<雷撃>を三回叩き込むと、そのピアサーキンは毛皮に引火して地面を転がりながら火を消そうとした。
イスティリは右方向から向かってきた奴に斧を横薙ぎに払い、その斧を受け止めたピアサーキンの剣は即座に折れ、その斧の勢いは止まらず、彼の胴体に叩き込まれた。
「な?」
僅か数秒で決着した戦いを見て、ドローマが口をパクパクしながら驚愕していた。
そこに何処からともなく新手が現れる。
「ドローマさんじゃないですか? お困りの様ですね」
「お前は!! ガギュか」
「ええ、まあそんな名前です。俺たちもそいつらを連れて来るよう言われてるんで、良かったらここは共闘といきませんか?」
おいおい、面倒だな。
ガギュと呼ばれた人物はまだ若い男で、彼の後ろには杖を持った二十名ほどの男たちが居た。
「た、助かる! これは貸しにしといてくれ。アンタの雇い主と俺の雇い主は同盟者だ!!」
「ええ、まあはい」
ガギュは気の抜けた返事をすると配下に「所要時間を計るよー。10ザンを切れれば報酬は倍。切れなきゃ半分ねー」と煽った。
配下達は色めき立って<雷撃>を俺たちに向けて連射し始めた。
ドローマは俺の足に向けてクロスボウの矢を放ったが、それは当たらなかった。
俺は片っ端から<雷撃>を飲み込むと、素早くル=ゴを呼び出し配下達の杖を狙わせた。
ル=ゴが七名の杖を喰った所で、意図に気付いたガギュが散開の指示を出し、杖の無い者も含めて円で囲むように俺たちを包囲した。
イスティリは打って出た。
素早く数名を倒すと、地面に転がっていたピアサーキン達に蹴りを見舞って昏倒させた。
メアは<雷撃>を数発撃ちこんだが、カスリもしない。
敵の大半が魔術師であり、<雷撃>の回避方法にも熟知しているのだ。
彼女は切り替えたのか、今度は<火球>を魔術師達の足元に立て続けに打ち込んだ。
<火球>は轟音と共に着弾し、飛散した火が彼らを容赦なく炙り、数名が衣服に引火し、彼らは火を消す為に注意力が散漫になった。
そこにイスティリが強襲し、確実に倒して行く。
「あ、これは無理だあ」
ガギュが呟く。
彼はこれ以上の長居は無用、とばかりに配下を撤退させ始めた。
「ちょっと待てよ! ガギュ!?」
「いや、あれは無理ですよねー? やっぱ奇襲にしときゃよかったなー。ではでは」
ガギュはやはり気の抜けた返事をするとピアサーキン達を放置して逃げ出した。
イスティリが戻ってくると返り血で少し衣服が汚れていた。
俺は彼女の顔についていた血を拭ってやる。
「えへへっ」
彼女は照れてはいたが誇らしげだ。
それを見ていたメアは俺の腕を握りしめた。
しっかり当たる胸の柔らかい感触にどぎまぎしながらも「メアもありがとう」と伝える。
「メア、それって酷くない? ボクには無理じゃん?」
「イスティリ? ギュっと押し付けるんです。ギュギュっとすればその弾力でセイは陥落します」
「ようっし!! 準備万端!! イスティリ、突撃しまーっす!」
あれ? 結構イスティリの弾力も……。
と思って彼女も見ると、イスティリはパアァァァっと笑顔を向けて来た。
……等と遊んでいると、ドロ-マがため息をつきながらこっちに向かって来た。
「あの。余裕なのは分かるけどさ、そういうのはベッドでやってくれよ」
「まだいたのか?」
「」
彼は自身の配下を叩き起こす。
「俺はこんな雑魚だけどさ、俺の雇い主は権力者で金持ってる訳よ。アンタもリリオスに敵対するなら会っておいて損は無いと思うんだけどな……」
「そんな事は言われんでも分かってるよ。けどさ、有無を言わせず拉致しようとして、それに失敗したら今度はそんな言葉で釣ろうなんて都合良すぎるぜ?」
「……」
ドローマはそれ以上は何も言わず立ち去って行った。
それからは襲撃も無く闇競売の入口に到着した。
「合言葉を。あるいは金貨百枚だ」
酔っ払いに扮した番人が扉の前で語り掛けて来る。
俺たちは金貨三百枚を正直に払うのも勿体なかったので、一旦は裏路地に引き返した。
イスティリとメアにセラの中に引っ込んでもらって金貨百枚だけ支払って扉の中に入ると、即座に彼女らに出て貰った。
そこから地下へと続く階段を降りると、薄暗がりの中で数十名の客が待機していた。
丁度前の競売が終わり、次の品を準備している所であるようだった。
俺たちに競売の従業員が歩み寄り、「出品ですか? それとも参加でしょうか?」と聞いてきた。
俺は「出品だ」と告げ、ル=ゴの力でリリオスの魔剣を出現させると、それを従業員に見せた。
「レガリオス七宝剣の内の一振りだ」
その言葉に従業員は一瞬動揺したが、すぐに立て直して「では、早速準備させていただきます」と告げてから立ち去っていった。
「ようっし!! 準備万端!! イスティリ、突撃しまーっす!」
この一言の為だけに98話を作りました。




