97 奴隷都市レガリオス④
「どうしたの? セイ様?」
イスティリとトウワが合流してきた。
俺はフォーキアンの少女を買う為に金を工面したいと伝えた。
「んー、つまりはセイ様の母語でしか通じない単語を使った女の子を買いたいと」
「でも、わたくし達の全財産を投げ打っても落札できるか分かりませんのよ?」
「俺はリリオスの魔剣を売って金を工面できないかと思ってるんだ」
イスティリとメアはむつかしい顔をした。
少しの躊躇いの後で、イスティリが重い口を開く。
「セイ様、ボクと闇競売まで行きましょう」
「イスティリ! それは危険です。リリオスの魔剣を売ってしまえばセイがここに居ると言ってるようなものです!」
「でも、メア。セイ様の話が無かったとしても、祝福持ちが売りに出される事なんて滅多に無いと思うんだ」
「わたくしはそれでも反対です」
イスティリとメアはお互いに火花を散らし合って睨みあった。
俺は随分と迷った後で二人に告げた。
「分かった。俺が悪かったよ。今回は危険すぎる。リリオスのお膝元で彼の息子から強奪した魔剣を売るなんて、正気の沙汰じゃないよな」
メアはほっとしていたが、イスティリは目尻を釣り上げて顔を真っ赤にした。
「セイ様! もし危険があればボクが守ります! 今まで通りね! 貴方がここで折れてどうするんですか?」
「しかし……」
「しかしもカカシもありません! どの道セイ様の動向は筒抜けです。今更保身に走ったって意味無いんですよ! ボクはトウワさんと一緒にもう競売所についてから尾行していた人物を三人気絶させてます」
「えっ!? そうなんだ」
「そうです! 前の二人はボクが気絶させてからトウワさんの触手で麻痺させました。もう一人は今路地裏で寝てます」
メアも驚いたのか表情が固まっていた。
俺はイスティリを疑う訳ではないが、その路地裏で寝ている人物を見に行くことにした。
その人物は下着だけにされて自身の衣服を裂いたもので縛られた中年で、猿ぐつわを噛まされて地面で蠢いていた。
「ボク、正直この男の人には触りたくなかったです……。けど、トウワさんが麻痺毒切れちゃって……」
(俺も調子乗って塗りたくりすぎた。次は加減するわ)
俺はその男の猿ぐつわを外すと彼に問いかけた。
「なあ、どうも俺たちを付けていた様だけど?」
「セイ様。そいつは尾行じゃなくて暗殺です。毒たっぷりの吹き矢で狙いを付けていましたから」
「えっ?」
イスティリは俺にこくんと頷くとその男に囁いた。
「ねえ? 今ここで死にたい? それともセイ様に洗いざらい話して助かる方に賭ける?」
「……」
その一見パッとしない中年は暗殺者であるらしかったが、イスティリの脅しに屈する事も無く彼女を睨んでいた。
イスティリは「仕方ないか」と呟くと斧を上段に構えて振り下ろした。
「待ってくれ!?」
暗殺者は初めて表情を見せ、イスティリに屈した。
「俺の雇い主はパエルルだあいつは父親の逆鱗に触れて蟄居を命じられたその解除にはアンタの首が必要なんだ!」
「最初からそう言えば良いのに」
イスティリは斧を寸での所で止めると「他には?」と暗殺者に聞いた。
暗殺者はため息をつくと諦めたのか話し始めた。
「ふーっ。嬢ちゃんが倒した二人以外にも尾行していたヤツは四人居た。俺も合せれば七人で見てたんだよ。そいつらは俺と雇用主が違う奴らさ」
「残りは何処に?」
「嬢ちゃんが倒したのも含めて俺が全員始末した。俺はアンタの首を持って帰らんと報酬が貰えん。横取りされる訳には行かないんだ」
「うーん」
全部筒抜けな上にパエルル・リリオス親子以外にも俺を狙っている奴らが居るのか……。
そうなると宿で待って居るウシュフゴールたちに危害が加わる可能性も考えられるな。
「一旦帰ろう」
「そ、そうですね」
メアも不安げに頷くと、足早にその場を立ち去ろうとした次の瞬間、何処からか矢が飛来し暗殺者の首に突き刺さった。
「が!? ゴフッ……」
幾度か暗殺者は矢を抜こうと努力したが、その努力も空しく急速に力を失っていった。
「誰だっ」
イスティリの問い掛けに平屋の建物の屋上から一人の男性ピアサーキンが飛び降りて来た。
彼は簡素な服にクロスボウと矢筒だけ装備していた。
「俺の名はドローマ。さるお方から派遣されてきた密使みたいなもんです。良ければ俺の主にあってくれませんかねぇ?」
「何故殺した?」
「え? ああ、あの暗殺者ですか? 彼は懸賞金が掛かっているんで、小遣い稼ぎに、つい」
明らかに口封じじゃないのか?
俺はどいつもこいつも信用できないと思った。
「行こう」
「へ? ちょっと旦那! そっちじゃないですよ。こっちこっち」
「いや、お前の主とやらに会いに行かない。これから宿に帰るんだよ」
「ちょっと待ってくださいよー。ね? ホラ、リリオス派以外は彼が失脚するのを今か今かと待ってるんです。俺の主もその一人。で、ね? ああっ? ちょっと旦那ぁ」
「じゃあな」
俺たちは彼の居る方向ではなく、逆側から裏路地を抜けて急ぎ宿屋に戻ろうとした。
「待てや、コラぁ!!」
ピアサーキンが矢を放った。
しかし素早くメアが詠唱すると、その矢は反転すると逆に彼に襲い掛かっていった。
「うわっ」
矢は見事にピアサーキンの右腕に刺さり、彼は地団駄を踏んで悔しがった。
「ふふ。<矢返し>は初歩呪文ですが効果覿面でしたね」
「流石メア!! ボクも今度その呪文教えてー」
「良いですよ。イスティリは素質十分なのですぐ覚えますよ」
そう言いながらも小走りに宿に向うと、宿前で途方に暮れているウシュフゴールとグンガル、それにプルアが居た。
「セイ様!」
「ウシュフゴール。無事だったか」
「はい。ですが、セイ様が出て行ってから賊が押し入り、私はその方々を片っ端から眠らせました」
「うん」
「そうしたら、宿の人が『揉め事厳禁だ! 出て行ってくれ!』と私達を追い出しました」
「あー、そういう事か」
「でも私も含め、みんな無傷です」
彼女はそう言うと、俺に頭を差し出した。
「褒めて下さい」
俺は恐る恐るウシュフゴールの髪をかき混ぜると「よく頑張った!」と盛大に褒めた。
ウシュフゴールは満足そうに頷くとニカッと笑った。
後ろから何やら熱気が……。
俺が恐る恐る後ろを振り向くと、静かに怒りを溜めるイスティリとメアが居た。
「セイ様?」
「セイ?」
「め、迷惑掛けちゃった事を、や、宿屋に謝って来るよ!」
俺は脱兎の如く駆け出し、宿屋に逃げ込んだ。
別に宿屋に謝りに行きたかったわけではなく、単に女性陣の近くに居たくなかっただけだ。
『ガブリッ』
「ぎゃああああああ!? あああああああああっ!?」
その願いも空しく、後ろから追い縋って来たイスティリに首をやられた。
その噛み痕は三日間消えなかった。
◇◆◇
ヒリヒリと痛む首筋を摩りながら、ル=ゴに購入した建物を飲み込んでもらう。
『主殿の細君は嫉妬深いな』
珍しくル=ゴが冗談めいた事を言った。
俺は何故か嬉しくなって「また葡萄酒でも飲むかい?」と語り掛けた。
『今度はボトルで欲しい』
「ああ、分かったよ」
結局全員でレガリオスの街中を闊歩し、メアが購入した家を食べたのだ。
ここまで案内してくれた人は、上物だけ消失し土地だけとなった敷地を呆然と見ていたが、それでも気丈に振舞っていたのが印象的だった。
プロ意識がなせる技なのだろうか。
プルアは初めて見る俺の能力に怖気づいてしまい、ウシュフゴールの背中でコソコソしていた。
その後はプルアに衣服を買い、グンガルにも買い与えた。
「何から何までありがとうございます、セイ様」
「明日はコモン達を必ず落札しますからね。もう少しの辛抱ですよ、プルアさん」
「はい」
夜はセラの中で寝る事になった。
グンガルとプルアにはセラについて簡単に説明する。
彼らは安心したのか個々に毛布を被って寝てしまった。
「やったー。毛布を貸してしまったという事は……セイ様と一枚の毛布で……ムフフ……と言いたい所だけど、メア」
「ええ。もうここまでセイの動向が筒抜けなんでしたら……行きましょう、闇競売所へ」
「今度こそ、お土産忘れないで下さいね?」
ウシュフゴールは目を擦りながら手を振った。
彼女はそのまま寝てしまった。
トウワも触手を振ると海の方に飛んで行ってしまった。
俺はイスティリとメアだけを連れて闇競売所へと向かったのだ。




