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95 奴隷都市レガリオス②

 プルアは恐る恐る俺に聞いてきた。


「コモン達を救って下さると伺っております。本当ですか?」

「ええ。その代わり彼等には俺の『剣』になって貰うつもりです」

「奴隷のまま?」

「いえ、手続きを踏んで奴隷状態から解放した上で、雇い入れたいと考えています」


 そこでプルアは小さく安堵のため息をつくと、俺に感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます。貴方様のお名前は存じてはおりますが、今一度お教えいただけますでしょうか?」

「セイとでも呼んでください」

「はい、セイ様。このご恩は生涯忘れません」

「セイで良いですよ。それにまずはコモン達を無事救出できてからですから」

「はい。セイ様」


 うーん。

 なかなか思い通りには呼んで貰えないものだなぁ。


「ありがとう、グンガル」

「いえ、お嬢が俺を買って下さらなければここまで辿り着けませんでした」


 二人は手を握り合って喜んでいた。

 イスティリとメアが彼らの為に椅子を引いた。


「良かったらプルアさんもご飯にしませんか? グンガルとは約束しているんですよ」

「えっと……よろしいのですか?」

「ええ、もちろんです」

「……ありがとうございます。正直ここ何日かはまともに食べておりません」


 どうもプルアは魔術教練と称される魔術師の先生であるらしかったが、グンガルを購入した後、パエルルの怒りを買い失職したらしかった。


「もちろんそれは想定内だったのですが、そこから空き巣に現金と貴重品、それに衣服まで根こそぎやられました」


 その空き巣とやらもパエルルの息が掛かった者だろう。

 メアが特に憤慨していた。


「わたくし、何故そこまで執拗に出来るのかが理解できません! 女性にそこまで出来るなんて!」

「パエルルは敵だと認めた者には男女の関係なく容赦しませんので」

「プルアさん、わたくしの服で良ければ何時でもお貸しします」


 プルアは頭を下げて感謝していた。


 プルアとグンガルが昼食を食べている間、俺たちは食後のデザートとばかりに桃のタルトに齧りついた。


「明日朝から本格的に動くので、今日は上の部屋で打ち合わせしておきましょう。自宅は危険でしょうから泊まって行って下さい」

「えっと……私、ですか?」

「ええ。お嫌ですか?」

「そういう訳では。ただ長い事着替えてもおりませんし……」

「なら、男たちは下で酒でも飲んでるので、その間に湯浴みでもしてメアの服を借りてはどうですか?」

「お心遣い感謝いたします。そういう事でしたら是非」


 その後、一階の食堂には俺とグンガル、それにイスティリが残り、メアとウシュフゴールはプルアと連れ立って二階へと上がって行った。

 セラはそっと俺の膝から抜け出すとメアの胸ポケットに忍び込んだ。

 トウワは満足したのか椅子でそのまま寝てしまった。


「ふふ。ありがとう、セラ。プルアさんに服を選んでもらいましょうね」


 セラは心得た! とばかりにカラコロと震えた。

 イスティリは鼻唄交じりに料理を追加し始め、グンガルは酒と聞いてしきりにニヤニヤしていた。


「おねーさぁーん。エール三つねー」

「こら、イスティリ! どさくさに紛れて」

「いいじゃん、セイ様。もう三つ頼んじゃったし」

「成人したらな。あと半年ほどだろ? びっくりする位盛大に祝ってやるからな」

「うわわーい! じゃあボクそれまでお酒は飲まない! セイ様の前で盛大に酔っぱらって押し倒すんだ!」


 ちょっと違う気もするが、イスティリはエール二杯をグンガルに押し付けて、自分は肉料理に舌鼓を打ち始めたので良しとするか。

 グンガルは酒好きなのか、大喜びで一杯目のエールを流し込むと二杯目に手を付け始めた。


「酒なんて久しぶりだぁ! ありがとうございます、セイ様!」

「お代わりも好きに頼んで良いからな」

「本当ですかっ!」


 と、そこでグンガルが急に顔をくしゃくしゃにして歯を食いしばった。


「ああっ! 畜生! 俺はこうやって酒を飲んでいると言うのに、コモン様や仲間たちはっ!!」


 彼は堰切った様に感情を爆発させ憤った。

 

 コモン達は今何をしているのだろうか?

 レガリオスの奴隷として重労働を課せられているのか、それとも決して買い手のつかない競売で陰鬱な気持ちになっているのだろうか?


「それももう少しの辛抱だ、グンガル。彼らを解放したらどこか酒場でも貸し切って朝まで飲もう」

「ありがとうございます。プルアさんの金じゃあ配下一人しか解放できなかった。……それで俺が選ばれたんです」


 彼はコモン達の中で唯一レガリオス出身だったのだと言う。

 故にプルアが彼を購入してもある程度『お目こぼし』されるのではないか、そう考えた結果……プルアは失職した上に全財産までも失った。

 

 そこで思い出したのが俺だったのだという。

 藁にもすがる思いで俺を頼ったのだ。

 

「コモン様はしきりに貴方とその仲間達を褒めていました。『度量のある主に、技量のある仲間、最高の組み合わせじゃないか!! 今度付くならあんな奴の下が良いな』と……」

「それで俺を頼って来たのか」

「はい。でも追い返されても仕方がない所を、こうやって来て下さって本当に感謝します」

「えへへー。セイ様の実力を見抜くとはコモンもやるね。ボク見直しちゃった」


 イスティリは俺が良いふうに評価されたことが嬉しいのか、ニコニコしていた。

 彼女はさっき昼食とデザートまで食べたのに、今も元気いっぱいお肉を頬張っていた。

 本当に良く食うね、この子。


 俺はそれを見ていて、ふと思いついて葡萄酒を一杯頼んでみる。  

 

「ル=ゴ」

『何用だ? 酒杯程度、一層のディバでも飲み込めるだろう』

「いや、たまには葡萄酒でもどうだ? 口に合うかは分からないけどさ」

『……』


 ル=ゴの蛇たちは出てきた後、一瞬躊躇うようなそぶりを見せたが、上手に盃の中の葡萄酒だけを飲み干すと消えていった。


『……美味い』


 微かに聞こえたのは、ル=ゴの柔らかい呟きだった。


 そして第一層のあの骸骨がディバという名である事が判明した。

 

◇◆◇


「あの、私がベッドを使ってもよろしいんですか?」

「ええ、ベッドは丁度四つありますので、女性陣で寝て下さい」


 プルアの問い掛けに俺はそう答えると、部屋の隅で毛布を掛けて寝始めた。

 彼女はしきりに恐縮していたが、俺に押し切られてしぶしぶベッドに潜り込んだ。


 グンガルは入口辺りで同様に床で毛布を被ってウトウトしていたが、物音がすると目を開けて確認し、また目を瞑る、という動作を繰り返していた。

 彼は歩哨としての役割を買って出てくれていたのだ。

 

 夜半に目が覚めると、イスティリとメア、それにウシュフゴールが交代で木の実を食べに行っているらしかった。


「今日はメアとウシュフゴールの日だからね。ボクは他の果物で我慢するよ」

「ありがとう。でも良いんですか? 本来ならイスティリの手を治す為に、セイが食べて良いと言ってくれてるんでしょう?」

「んー、そうなんだけどね。でもそれってどうかと思うんだ」

「ふふ。イスティリは優しいですね」


 イスティリはユラユラと揺れて照れ隠しすると、俺の毛布に潜り込んでクークーと寝始めた。

 それを見たメアは一瞬躊躇っていたが、セラの中に入って行った。


 セラは俺のポケットに居るのだが、どうやらある程度の距離なら関係なく出入りできる様子だった。


 ウシュフゴールはメアとほぼ入れ替わりで戻ってきたが、イスティリを探した後で何処にいるか気が付いて何故か動揺していた。

 

 プルアは熟睡できている様子で、グンガルはやはり物音で目を開けてはじっくり聞き耳を立て、それから目を閉じる。

 グンガルの生真面目さは評価するべきだと思う。

 彼は誰に言われた訳でも無いにも関わらず、常にああやって陰で努力してくれていた。 


 漠然と思考を巡らせていると、メアが戻って来て毛布を取ってくるなり、俺の肩に寄り添って寝息を立て始めた。

 

「次からはベッドの数も考えて宿を取ろう」


 その呟きを聞いたのはセラだけだった。

 彼女はココッと小さく音を出すと(おやすみなさい)と言った。


「おやすみ、セラ」


 静かに夜は更けていった。 

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