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94 荒れ狂う者

 バイゼル=ルフ=ハランディールは自身の屋敷で荒れ狂っていた。


「クソがぁぁぁ!!」


 彼は奴隷や使用人を片っ端から切り殺し、血に染まった顔を歪ませ、荒れ狂っていたのだ。


 それを白けた態度で一人の男が見ていた。

 狼の面を付けた痩せぎすの男、テオであった。


「バイゼル、もうそれ位にしておきなさい。奴隷はともかく使用人の補充は手間です」

「分かってはいる!! しかし、この怒りは血を見なければ収まらぬのだ!!」

「とは言え、貴方の祝福≪共食い≫は、より強力な同族を殺さねば何も得られない。これ以上は時間と金の無駄です」

「ああっ!? 『鎖』風情が大層な口を聞くなっ!」


 バイゼルは次の『獲物』を切り刻むと、そこでようやく一区切り付け、幾重にも折り重なった死体の山の上に胡坐をかいて荒い息を整えた。

 その様子を見ていたテオは一つため息をつくと、小さく独り言を呟いた。


「やれやれ、血統収斂の果てにようやく発現した祝福が≪共食い≫とはな。しかももう一人の発現候補者はバイゼルが殺した……。その結果得られた物はごく僅かな能力向上にしか過ぎないと言うのに……」


 祝福≪共食い≫は……同族を、そしてその中でも血族や親しい人物に対して無自覚に刃を向ける。

 この殺人衝動は、ともすれば≪共食い≫の本質であるので、本人が意識していても止められるものでは無い。

 とは言え、世界中を探してもウィタスに存在する祝福の数は十に満たない中で、≪共食い≫発現者の『予備』を失った出来事はテオとその主人にとって痛手であった。


 テオは考える。

 もう一度最初から、御しやすい血統を使い実験をやり直すか? 

 いや……それには時間が足りない事は明白だ。

 

 バイゼルとカラリアを組ませたのはガリアスだったな。

 ……この落とし前はガリアスに付けさせよう。


「何か言ったか、テオ」

「いいえ」


 息を整えたバイゼルの顔は、先程の狂乱が嘘のように穏やかであった。

 彼は赤く染まった衣服を脱ぎ散らかすと、庭に出て池に沈み血を洗い流した。

 テオは彼の為に片手に布を持ち、静かにその付近で待機していた。


 そこに幾つかの影が<転移>で姿を現した。


「テオルザード様。新たに奈落種が三体完成致しました」

「ご苦労様です、ガッド殿」


 ガッド殿、そう呼ばれた者は隻腕の男性コボルドで、全身が灰色の毛で覆われていた。


「つきましては、彼らに名前を授けてやっては頂けませんか?」

「そうですか。都合九体が調整槽に沈んで居た筈ですが、生き残ったのは三体でしたか」

「は。二体、再調整しておりますが、使い物になるかは微妙です。残りは崩れました」

「仕方がありません。お前たち、近くに寄りなさい」 

 

 三体の異形がテオの前に進み出た。

 鉛色の肌を持つ男、皮膜の翼を持つ女、そして岩石の肌を持つ大男が彼に頭を垂れたのだ。


「お前達に名を授ける。かつて魔王種であった者達よ。かつてラビリンスの主であった者よ。……『奈落種』として新た生を得た者達よ」


 テオがそれぞれに名を与えると、彼らとテオの間には紐付けがなされた。

 永遠に消える事の無い、呪紋にも似た、しかし呪紋では到底辿り着く事の出来ない強固な主従関係が結ばれたのだ。


「良いな。私にその三体くれよ。あの斧魔族を寸刻みにしてからセイを殺すからさ」

「駄目です。バイゼルには次の任務があります。それをキッチリ消化してからなら考えても構いませんが」

「次の任務は何だ? すぐ終わらせて戻ってくる」

「ダイエアランの死霊騎士ウルメランを捕らえます。良い『素材』なんです、彼」

「分かった。準備は任せた」


 バイゼルはそれだけ言うと、池の近くで裸身のまま大の字になって寝始めた。


「ガッド殿。一先ずは奈落種達をお預けします。連携の訓練と装備の準備をしてやって下さい」

「心得ました」


 ガッドが姿を消すと、それを追うように奈落種達も姿を消した。


「さて、まずはバイゼルの兵の手配ですね」


 テオは独り呟くと、屋敷へと戻って行った。


◇◆◇


「アガスレイよ、今一度問う。ノヴ=ソラン暗殺に失敗し、王族を二人見捨て、亜龍を一体失い、その上で何の情報も得ずに帰還した、と?」

「は……」


 アガスレイ=ビリスは恐怖に慄きながら玉座に向かって跪いていた。

 彼に淡々と言葉を投げかけるのはヴァスモア……エルダーリッチのヴァスモアであった。


 ヴァスモアは髑髏に僅かばかりの肉が付いた躰を玉座から浮かせると、ゆっくりとアガスレイの周りを一周した。

 アガスレイは冷や汗を拭う事も出来ないままに硬直し、死を覚悟した。


「この責任をどう取る? 返答次第によってはお前は明日の朝日を望むことは出来ぬ」

「ヴァ……ヴァスモア様……今一度、今一度機会をお与えください。姉妹を奪還して参ります。その上で……」

「その上で?」

「ノヴ=ソランの暗殺を遂行いたします」

「浅いな。もう王都に我らの情報は漏れているだろう。その中で彼の暗殺をどの様にして遂行すると言うのだ?」

「……」

「そもそも、お前達アーリックが王族に対して恨みを持つが故にこの作戦を許したが、私には利点が無かった。暗殺計画は中止とする。姉妹の奪還を第一とせよ」 

「はっ!」

「その後、ドゥア近郊に隠れ潜む双子のリッチ、バルダーズ兄弟を捜索せよ。彼奴らが持つ禁書『肉合わせの秘本』を奪取するのだ」

「はっ!」


 助かった。

 この際ソラン氏族への恨みなどどうでも良い。

 まずは自身の命あっての物種だ。

 アガスレイは心の底から安堵すると退出しよう立ち上がった。

 そこにヴァスモアの声が響き渡る。


「お前のその顔が気に入らぬ。まるで『助かった』とでも言わんばかりの顔が気に入らぬ」

「……!! ……がぁぁ!?」


 ヴァスモアの手から<火球>が放たれ、アガスレイを直撃した。

 余りの衝撃と苦痛でアガスレイは床に倒れて半ば気絶していた。


 衣服に引火し、皮膚を焼き、そしてその火は蛇のようにアガスレイの体を這い、彼の顔を舐めるように焼いていった。


「ぐっ!? あががっ……がっ」


 アガスレイの端正な顔も見るも無残に焼け、体中に火傷の線が走り、一種の入れ墨の体を成した。

 床に屈し荒い息をするアガスレイを尻目に、ヴァスモアが宣言する。


「高々『駒』風情が調子に乗りよって。お前の替えなど幾らでも補充できる所を生かしてやったのだ。その点を理解してこのヴァスモアに仕えよ」

「……は、はい。ヴァスモア様」


 アガスレイは逃げる様に退出すると、医務室へと駆け込んだ。


「アガスレイ様っ。その火傷は……!?」

「ヴァスモアにやられた」


 医務官として常駐する僧侶が驚きの声を上げるが、慌てて治療に入る。


「今に見ていろよ、ヴァスモア! 俺はこの恨みを忘れんぞ」


 彼は医務官にすら聞こえない声で呟いた。


 アガスレイは心の底で荒れ狂い、その怒りを溜め込んだ。

 復讐を誓ったが、今は臥龍の時だ。

 そう自身に言い聞かせながら、アガスレイ=ビリスは激痛に耐えたのだ。

 

「いずれヴァスモアの首を取るのは俺だ」


 彼は独り復讐を誓った。

何時も読んで下さる皆様に心からの感謝を。

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