93 奴隷都市レガリオス①
俺たちは翌日の正午過ぎには奴隷都市レガリオスに到着した。
街道から道なりに進むと門があり、そこには六人ほどの門番が警備をしていた。
門番達は全員がお仕着せなのか皮の胴鎧に槍を構え、腰には短剣を佩いている。
この情報は俺では無く、目の良いイスティリが教えてくれたものだったが。
門が見え始めた辺りで雇っていた御者とは別れた。
「また良かったら使って下さい。あの魚は本当に旨かった」
御者は名残惜しそうに別れを告げると、元来た道を戻っていった。
それを見送ってから、トウワ以外の全員が木陰で外套を目深に被ったり、口元に布を巻き付けたりして軽く変装したが、その警戒は杞憂に終わった。
少し歩くと門の前は結構な人だかりで、門番たちが手際良く人の出入りを捌いていた。
「ようこそ、レガリオスへ。身分証の提示を。あるいは提示したくない場合は金貨五枚を徴収させて貰う」
この情報は前もってグンガルから聞いていた。
俺は人数分の金貨を衛兵に手渡すと「全員分だ」と告げる。
こういった手合いはレガリオスでは珍しくないのか、門番は早速人数をざっと見てから金貨を数え始めた。
その門番は「五枚多い」と律儀に伝えて来た。
「セイ様、多分トウワさんは役畜だと思われてます」
「そうなのか?」
(セイ、この金貨五枚は俺の分にしてくれよ。また蟹が食いたいぜ)
トウワは憤慨するでも無く軽く流すと、浮いた分の金貨を要求して来た。
俺は彼に「蟹でも海老でも好きなだけ食えよ」とだけ伝えると、門番から金貨五枚を返して貰う。
こうしてレガリオスに入り込むと、一先ずは宿を手配して一服した。
宿の名前は『酔いどれ包丁亭』とあるらしかったが、文字は分からないのでイスティリの受け売りだ。
「セイ様、ここにしましょう。『元宮廷料理人シリリが厨房で自慢の腕を振るう!! 味に自信あり!!』と看板に書いてあります」
「なるほどなぁ。あの下手くそな絵はおっさんが鍋を味見でもしてんのかな? じゃあここにするか」
宿に入ろうとすると、グンガルが一旦離脱した。
コモンの妻に、ここまでの経緯を説明してこちらに来てもらうのだと言う。
「良かったら俺たちがそっちに向かうよ?」
「ありがたい話なんですが、流石に大人数でゾロゾロ移動して目立つのは良くないと思います。セイ様が目立てばパエルルの耳に届くかもしれません。門を潜れば『はい、お終い』という訳でも無いんです」
「分かった。グンガルの分も食事を用意しておくから」
「……感謝致します」
グンガルは外套を目深に被ると街の雑踏へと消えていった。
俺たちは彼を見送ってから宿に入り、カウンターで記帳して三日分の宿代を前払いした。
そう言えば岩石採掘亭ではゴスゴが俺の代わりに全てやってくれていたので結局記帳しなかったな。
彼は元気でやっているんだろうか。
記帳はメアがササッと書いてくれたが、そこでイスティリが険しい顔をした。
「ちょっとぉ、メア!! どさくさに紛れてセイ=ディ=メアって何!? そもそもセイ様の姓はクドゥなんだからね!!」
「えっ……そう言えばわたくしセイの本名を知らないですわ。ひ、ひとまずクドゥ=ディ=メアっと……訂正訂正」
「メア!!」
イスティリがメアの持っているペンを取り上げようと掴みかかったが、メアは渡してなるものかと必死で防戦していた。
「遊んでないでご飯にしようよ」
「遊びなんかじゃないっ!」
「遊んでなんかいませんっ!」
イスティリは「フシャーッ」と俺を威嚇し、メアは俺の頬を抓り上げた。
「ちょ……痛い痛い痛い……」
(はいはい。そこまでそこまで)
そこでトウワが助け舟を出してくれた。
彼はメアのペンを取り上げて、カウンター内で呆然としていた従業員に投げて返した。
(ここは沢山の人がいるんだからな? 静かにしてないと追い出されるぞ)
彼が触手を振るって彼女らにお説教すると、二人とも言葉は分からないが意味は通じたのか大人しくなった。
「ウシュフゴール=クドゥ=ナイトメアソング? それとも前に付ける方が良いのかしら? そうなるとクドゥ=ウシュフゴール=ナイトメアソング?」
ウシュフゴールは一人でブツブツと呟いては思案していたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
部屋はベッドが四つある二階の大部屋を確保し、それからそのまま食事にした。
一階はどこの宿でも食事のスペースになっているが、昼食時という事もあり割と混雑していた。
テーブルを確保すると、案の定イスティリ・メアの椅子取り合戦が始まりそうになったが、トウワが俺の左の席にポヨンと座った。
「「エッ!?」」
愕然とする二人を尻目に、トウワは俺に分かるよう説明してくれる。
(セイよお、左の席は『正妻』の席だぜ。右は『第二婦人』、悪く言やぁ『妾』の席だな。取り合いになるのは見えてるんだよ)
「そ、そうなのか。それで椅子取り合戦になるのか」
(そっそ。これで俺はちょっと視界がテーブルの下だけどな)
「ってかトウワの目はどこにあるんだ?」
(笠の縁部分に沿って二十個くらいあるぜ。眼点だけどな)
俺はその昼食時、トウワの為にエビの殻を剥いては手渡してやることになり、イスティリはその様子を羨ましそうに見つめていた。
メアは俺の右を確保してニコニコ顔だったが。
「あーあ。ボクもセイ様に『あーん』ってやってもらいたかったなぁ」
「どこをどう捉えたらこれが『あーん』になるんだ?」
「ねえ、トウワー。今度蟹奢るからさ、その席譲らない?」
トウワはプルプル震えると、またエビを口に運ぶ作業に戻った。
「ちぇー」
トウワに袖にされたイスティリは不貞腐れていたが、それも彼女が頼んだ料理が運ばれてくるまでだった。
「セイ様っ。この腸詰め凄く美味しい!! こっちのお肉とキノコ焼いたのも最高!! パンもふっかふかだー」
実際看板に味に自信ありと書くだけあって、どの料理も美味くて、俺たちは腹一杯になるまでお代わりを頼み続けた。
「所でセイ。セイの本名は何て名前なんですか?」
「工藤誠一郎だよ。工藤が姓で、誠一郎が名になるんだ」
「クドゥセイイチロゥ……クドゥセイイチロー……」
メアは自分の発音に満足いかないのか何度か言い直した。
「わたくし、もっとセイの事を知らなければなりませんね。落ち着いたら夜更かしして、セイの故郷について語ってはくれませんか?」
「それ良いね!! ボクも賛成。その時は甘い苺のパイとか砂糖たっぷりの焼き菓子買って夜更かししよう!」
「そうだな。みんなで今度そうしようか」
そこに頼んでおいた果物が届いた。
セラの為に果物を頼んだのだが、宿には加工してパイにした物や砂糖漬けの果物しか置いてなかったので、わざわざ買いに出て貰ったのだ。
「桜桃の熟れたのがあったから買ってきたよ。駄賃弾んでくれよ?」
見習いコックといった体の少年が籠で持ってきたのは真っ赤なサクランボで、セラは大喜びで俺の膝に飛び出て来ると(あーん)と言った。
俺はサクランボを一つ一つ彼女の体に落とし込んでやると、余程美味しかったのかココ・ココと振動しながら全部食べてしまった。
「ちぇー。セラ、旨い事やったなー」
しばらくして、グンガルが一人の人物を連れて戻って来た。
その人物は淡い金髪を短く刈り込んだ、三十代くらいの細身の女性で、木製の杖を大事そうに抱えていた。
【解。ハーフエルフ。ヒューマンとエルフの混血種。あるいはハーフエルフ同士での婚姻の結果、新たな種族として定着しつつある新興の種族。主要十二部族では無いが、場合によってはヒューマン、あるいはエルフとしてカウントされる為、そのニッチさが種としての取柄である】
彼女はハーフエルフであるらしかった。
「初めまして」
「は、初めまして。私はプルア=ディセア。コモンの身内です」
彼女がコモンの奥さんであるらしかった。
グンガルは以前彼女の事を『内縁の妻』と表現していたが、その点を聞くのは野暮と言う物だろう。
ひとしきり仲間たちの挨拶も済んだ所で彼女が改めて口を開いた。
ポイントや評価では無く、今見て下さる読者様の為に頑張ります。




