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92 龍の姉妹 下

「あなたは駒を欲しているんでしょう? じゃあ私達は使える駒よ。戦いならお手の物。なんたって誇り高き龍の一族ですからね」


 その言葉にイステイリは激怒した。

 メアもさも汚物でも見るような顔でアーリック姉を見ていたし、ウシュフゴールは溜息を一つつくとそっぽを向いてしまった。


「この尻尾野郎! セイ様がボク達を駒として見るわけないだろっ!」


 イスティリは鉄の格子にありったけの力で蹴りを入れた。

 鉄の格子は轟音を立ててその部分だけひしゃげた。


(言わせておけ、姫様。俺たちはセイを知っている)


 トウワがポツリと呟いた後、イスティリの肩を叩いた。

 イスティリにはトウワの言葉が分からなかったが、その意図は理解したようで荒い息を付きながらも怒りを和らげた。

 彼女はカルガに小さく会釈し、格子を曲げてしまった非礼を詫びた。

 ロオスの領主は片方の鎌を軽く上げると「気にしてない」といった仕草をした。


「うーん。悪いんだけど、君たちを雇う気にはなれないな」

「なんでよっ!? そりゃ色々悪さはしたけどさ、このままだと私達姉妹はヴァスモアの消耗品に戻るか、勢力を失ったはぐれ者になるしかないじゃない!!」

「身勝手だなぁ。自分らの保身を考えての行動にしちゃ浅はかすぎやしないか?」 

「……」

「そもそも、捕縛された虜囚がそこまで自由に物事を決められるのか? カルガは何と言っているんだ」


 俺の言葉に今まで様子見していたカルガが口を開いた。


「正直、この様な話になるとは露知らず。どうかご容赦ください、セイ様」

「いえ、俺もまさか敵対して来た人物が雇ってくれと言うとは思いませんでした」

「もちろんこの者達にそのような権利はございません。王族の暗殺計画に加担した者ですので、良くて政略的な人質、悪ければ処刑もありえます。それでも一旦は王都に護送し、より正確な情報を引き出した上での話ではございますが」


 俺たちの会話にアーリック姉はうなだれ始める。

 この龍娘は世間と言うか常識を知らなさすぎる。

 俺に好意的な王族ノヴ=ソランを殺しに来たその翌日に、よくこんな事が言えたものだ。


「行きましょう、カルガさん」

「ちょっと!!」


 アーリック姉が俺を呼び止める中、皆で半地下の牢前を立ち去り始める。


「待って! 私の知っている情報を全て教えるから、せめてここから出してよ!」

「それはカルガにでも言うんだな」

「あなた自身に関係する事だとしたらっ!?」

「しつこいな。君はもう少し世界を知るべきだ」

「何よっ。異邦人に言われたくは無いわっ」


 確かに俺は異邦人だが、彼女よりは物事を知っている気がした。

 

 こうして俺たちはアーリック姉と、交渉と言う名の時間の無駄を過ごした。

 アーリック妹は終始無言であったが、最後まで俺を見据えていたのが印象的だった。


 その時、俺はこの姉妹とまた出会う事になるとは思いもしなかった。

 時には敵として……そして時には味方として、戦場でこの龍姉妹と出会う事になるとは思いもしなかったのだ。


 その後もイスティリ達は怒り心頭だったが、俺がアーリック姉の戯言を流した事は朗報であるようだった。


「もう! これ以上セイ様の周りに女の子が増えるのはゴメンだっ! タダでさえボクの取り分は減少していっているのに!!」

「ほんと! わたくし、あの姉妹がもし仲間になっていたらセイのほっぺたを引きちぎっていましたわ!!」


 うーん……なんかいつの間にか方向性がズレてないかい、お二人さん?

 

 そのまま馬車の元まで戻り出発する事になったが、カルガとその従者以外にも熊のロダリエ、それにカマキリ戦士のカダルとフゾンが別れを言いに来てくれた。

 フゾンは怪我も快治した様子で元気にしていた。

 

「じゃあまたどこかで……」

「セイ様。ロオスまで来て下さって本当にありがとうございました。このカルガ、貴方様と出会えた事を誇りに思います」


 カルガはそう言いながらも、結局俺に対しての負い目を払拭出来ないのか伏し目がちだった。


 俺は村を救ったのかも知れないが、バイゼルやアーリックたちを呼び込み、ロオスに争いを持ち込んだ。

 用が済んだら、出来る限り早く立ち去らせるのが『ロオス領主』としてのカルガの判断なのだろう。

 俺が彼の立場なら、俺もそうしただろうと思う。

 仲間達もカルガに対しては何の不満も口にしない事から分かるように、決してそれが間違った判断で無い事を裏付けているように思えた。

 

「またポロ煮込みを食べに来てくださいね」

「ありがとう、ロダリエ。あの料理はイスティリが大好きだからな。また来るよ」

「またねっ。ロダリエさん」


 ロダリエはメソメソ泣き出したが、イスティリに「泣いてると奥さん出来ないよっ!!」と言われて一生懸命涙を堪え始めた。

 その表情が面白くて皆で笑ってしまった。


 カマキリ戦士達は特にイスティリと長く話していた。

 やはり肩を並べて戦った者同士で何か通じ合うものがあるのだろう。


 こうして俺たちは次はレガリオスに向かった。

 



 夜まで馬車を走らせてから、野営をすることになった。 

 ウシュフゴールがセラの世界で魚を釣り上げ、トウワが外に運んでくるとメアが捌いて、イスティリが焼く。

 その間、グンガルは歩哨を買って出て辺りを警戒して居てくれた。


 俺はと言うイスティリの横で焚火の管理をしながら、パンをスライスしてバターを塗りたくっていた。


「おーおー。そんなにバター付けてくれるなんて良い雇用主だな。えっ!? 魚も焼いてる? 魔法で保存してたのか?」


 御者は大喜びで魚が焼けるのを眺めていた。

 そうして食事を摂ると、グンガルは改めて俺に礼を言ってきた。


「セイ様。本当にありがとうございます。レガリオスに着いたらプルアさんに会って下さい。コモン様の内縁の妻です」

「セイで良いよ。まあレガリオスに着くまでに話は詰めよう。それよりも、レガリオスについて教えて貰えないかな?」

「はい」


 グンガルは語り出す。

 レガリオスはエルフの領主リリオスの所領の一つ。

 人口はおよそ一万とかなり多い部類になるが、その三割が奴隷であり『奴隷都市』の異名をとる都市。

 領主であるリリオスは領主と言うより商人のような思考をする人物で、かなりの成金趣味。 

 そのリリオスが金に飽かせて世界中から集めた七本の魔法の刀剣は『レガリオス七宝剣』と呼ばれ、彼の自慢の一つ。


「その、セイ様が『食べた』剣はリリオス自慢の逸品だったわけです」


 コモンも確かそう言っていたな。

 俺はその剣をル=ゴから取り出せることを知ってはいたが、まだエネルギーに置き換えた状態で放置していた。

 出来ればこの剣をリリオスに対しての交渉材料に出来ない物かとも思ったが、出来る限り身分を隠したままレガリオスで情報を仕入れて、それからダイエアランに向かうつもりでは居た。

 蓋を開けてみればレガリオスでも俺は大暴れする事になり、大変な目に合うのだが……。


 グンガルは更に続ける。

 レガリオスは奴隷以外にも世界最大の競売所があり、その競売所目当てで訪れる者も多い。

 そこでは『買えない物は無い』と言われるほど商品は多岐に渡っているが、特に重要なのは非合法の物でも何でもお構いなしの裏競売で、そこでは本当の意味で『何でも揃う』と言われている。


「コモン様はレガリオス所有の奴隷ですので、定期的に競売にかけられます。そうして競売に出品しない日は『奉仕』という名の強制労働。売れなければそれが二十年続くという訳です」

「でもコモン達は警備隊として雇い入れされる位なんだから、すぐ売れてしまうんじゃあ?」

「それがですね……『パエルルに逆らった男とその部下』という事で見せしめ的に競売に掛けられているだけで、実際に買い手はつきません。買ったという事はパエルルに喧嘩を売ったと言うのと同じなんですよ」

「なるほどなぁ。あの腐れエルフ、どこを切り取っても最低だな」

  

 待てよ? そのコモン達を買うと言う事は……。

 まあ少し安請け合いしすぎたかもしれないが、それでももう腹は括った。

 

 そして、そこで俺はコモン達以外に奴隷を二人購入する事になる。

 この二人は俺にとって重要な意味を持つ事になるのだった。

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