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91 龍の姉妹 上

 翌日、俺たちはカルガの屋敷に向かう。


 ウシュフゴールとグンガルが徒歩だったので、レガリオスまでという契約でメアが馬車を手配してくれていた。

 馬車は幌付きで、内部は左右四人ずつ座れる簡素な座椅子が置いてあった。


 御者はドワーフの青年で、俺たちが宿で朝食を摂っているとやって来て挨拶した。


「おはようございます。借馬車屋のカラです」

「おはよう。よろしく頼むね」

「はい。労賃は前払い。日に二食保証、危険手当別途支給という契約ですがよろしいでしょうか?」

「うん。馬の飼葉なんかは労賃に含まれる?」

「はい、大丈夫です」


 俺が彼の分の朝食も用意してやると、ドワーフ青年は鼻歌交じりで食事をガッついた。

 年の頃は二十手前だろうか。

 気を良くした彼は、この宿からレガリオスまでという契約だった所をカルガの屋敷まで送ってくれることになった。


 俺とイスティリが蜘蛛に乗り、メアは馬車に乗り込んだ。

 トウワは気ままに飛んで付いて来て、疲れると馬車に掴まって移動していた。

 

 グンガルもしっかり朝食を取ってから馬車に乗り込んだ。

 彼の今の立ち位置は微妙だが、一先ずは有事には戦って貰う事になっていた。

 武器は道すがら斧を購入して済ました。


 カルガの屋敷に付くと、彼は大広間に大量の服を並べて待っていてくれた。

 彼の背後には出入りの商人だろうか、恰幅の良いスクワイと数人の使用人が居り、俺たちに挨拶した。


「お約束していたのは、奥様方の服でしたので、急ぎ出入りの商人にあるだけ持って来させました。僅かではありますが男性用も用意できたようです」

「カルガさん! ありがとうございます」

「いえいえ、あなたは村一つを救ったのですよ? もう少し貪欲に要求しても良いと思います」


 俺は何も言わずに頭だけ下げると、女性陣は大喜びで服を見に行った。


「セイ様ぁ。このドレス、ボクに似合います?」

「セイー。こっちに来てー」


 イスティリとメアは大量に並べてある服をあっちこっちで手にとっては俺を呼んだ。

 ウシュフゴールは黙々と見ては、気に入った物に袖を通して更に吟味していた。


 俺は時々相槌を打ったりしていたが、大半はカルガと話していた。


「わざわざすみません。こんなにして貰って」

「いえ、足りなければあのスクワイに伝えてください。もっと持って来させますから」


 彼がそう言うと、件のスクワイは心得ましたとばかりに一礼した。


「所で、例のアーリックの姉妹が貴方に会いたがっています」

「あの姉妹が? 彼女らは今どんな状況なんですか?」

「牢に居ります。治療を施した後、今回の件を知っている範囲で話すよう伝えたのですが……」


 何でも頑として口を割ろうとしなかったので、仕方なく妹だけ牢から出して一時別の部屋に移したらしい。

 そうした上で、姉のほうに揺さぶりを掛けたのだという。

 アーリックの姉は半狂乱になって「何でも話すから妹だけは」という心理状況に陥り、その後はスムーズに事が進んだのだと言う。


「まあ、あくまで捕虜ですからね。過度の拷問や尋問は出来ません。妹の方は湯を使わせてから食事を摂らせてました」

「はは。でも普通は妹に何かされるんじゃないかと思いますよね」


 結局アーリック姉は全てを話すことを条件に妹と自身の身の安全を取り付け、カルガ達はこの襲撃についてはおおよそ解明できたらしかった。


 目的はノヴ=ソランの殺害である事は明白であった。

 俺が村で彼と話し込むまでに暗殺を幾度か企てたが全て失敗に終わり、待ち伏せしていたアーリックの暗殺者たちは歯噛みしていたのだという。

 しかし、俺がノヴとの直通回線を手に入れた事から事態が動き、プランの変更があった。


 俺の持つ腕輪を盗むために盗賊が派遣される。

 だが、それに異を唱えたのがアーリック姉だ。

 あくまで諜報の為に潜り込んでいたアーリック姉は手柄を欲しがって腕輪の奪取に志願する。


 そこから先は知っての通りだ。

 大して有能でもなかった彼女らは大失態を犯し、結果呼び込んだアガスレイと亜龍達は任務に失敗し逃亡したのだ。


「さる人から『あの姉妹に礼儀作法を叩き込んでくれ』と言われて預かったのですが、どうもそれも仕組まれて居た事の様で、旅券も身分証も偽造でした」

 

 黒幕は恐らくヴァアスモアという名のエルダーリッチ。

 彼はアーリックと亜龍を従えて徐々に領土を拡大していく中で、色々暗躍しているのだろ、そうカルガは締めくくった。


 込み入った話が終わると、カルガはシャリシャリと鎌を擦り合わせながら、後でその姉妹の所に行きましょうという様な事を言った。


 女性陣はホクホク顔で戻ってくるとカルガにお礼を言った。


「セイ様のも選んどいたからね! 旅装じゃなく夜会用の紳士服とか、肌着とか!」

「ありがとう」


 俺がイスティリの頭を撫でると、彼女はキシシッと笑いながらセラの中に出たり入ったりして上機嫌だ。

 メアもいそいそと服を搬入しながらも道すがら俺に頭を差し出した。

 

 カルガは消えては現れる彼女らを不思議そうに見つめていたが、ふと聞いてきた。


「あのお二人は奥方様。あちらの巻き角の魔族様は奥方候補ですか?」

「あ、いえ。彼女らは仲間です。特にまだそういった話は……」

「そんな! あそこまで好意を寄せてくれているんですから、早く情を交わしてあげませんと!」


 カルガの声はウシュフゴールまで届き、彼女は顔を真っ赤にしてセラの中に駆け込んだ。


「た、た、た、だいま……セイ様ぁ」

「……」


 セラから出て来たイスティリは顔から湯気が出る勢いで上気していた。

 メアは顔を反らしてこちらを見ては来ないが、明らかに意識しすぎて動きがぎこちなかった。

 彼女らは顔を真っ赤にして、時おり俺をチラチラ見ては頬に手を添え甘い吐息を吐いていた。


 カルガの何気ないその一言は、その後どんどん波及していくことになる。

 彼が軽く蹴落とした雪塊が雪崩となって押し寄せて来るのは、もう少し後の話になるのだが。


 とは言え、俺はそんな事とはつゆ知らず、お抱えのスクワイ商人に一礼してから、アーリック姉妹に会いに行った。

 彼女らは牢屋にこそ囚われていたが、鉄格子の中は半分カーテンで覆われており、ベッドもしっかりとした作りで俺のイメージしていた牢屋とは随分違った。


 とは言え、薄暗い半地下の牢屋はやはり気分が滅入る。

 俺がこんな所に閉じ込められたら半日で心が折れる自信があるな。


「やあ」

「やあ、とは間抜けな掛け声ね!」


 姉は牢の中ですっくと立ち上がると胸元を抑えて顔をしかめた。

 妹はペコリと頭を下げた。


「で、何の用なんだ?」

「そう! それよ! あなたに頼みたい事があるの!」

「頼みたい事?」

「私達を雇わない? どうせ今からヴァスモアの元に戻ってもまた囲われるだけだし、かと言ってこのままここで生活基盤を整えるってのは無謀なのよね」


 その言葉に、俺ではなく女性陣が気色ばんだ。

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