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89 穏やかな午後の日差し

 その日は昼食を宿で取ると、皆で約束していた服と釣り竿を買いに出る事にした。


 俺は翌日カルガが大量の服を用意してくれているとも知らずに、女性陣に好きなだけ服を選ばせたのだ。

 結果二日間で驚くほど沢山の服や下着が手に入って彼女らは大喜びだったので、結果オーライだったが。


 とは言え、今の俺は荷物持ち兼相談役といったポジションで、彼女らが歓声を上げて服を選ぶのを見ていた。


「セイ様っ!! この衣装、色すっごく綺麗っ!! こっち来てー」

「セイ? この緑と赤、どっちが良いですか?」

「……セイ様。本当に好きなだけ買って良いんですか?」


 俺はイスティリに相槌を打ち、メアの服の色について意見し、ウシュフゴールの言葉に大きく頷いた。

 服屋は従業員総出で彼女らの為に汗をかいて駆け回ってくれた。


 オーナーらしき年配の女性は最初何事かという体で店の奥から出てきたが、即座に上客だと悟ったのか、零れんばかりの笑顔で俺に愛想を振りまいていた。


「いらっしゃいませ。旦那様はどちらからいらしたのですか?」

「ドゥアからです。旅の途中で立ち寄ったのですが、彼女らに服を買うと約束していたもので」

「左様でございますか。どうぞ、ごゆっくり。店を出て少し行った所に姉妹店がございます。そこは宝飾を専門に扱っておりますので、よろしければ後で案内させますが?」

「そうだね。姉妹店なら服とも合わせやすいかな。後で立ち寄らせてもらうよ」


 俺の言葉に張りきった店主は従業員に混じって、姿見で服を合せる彼女らに丁寧なアドバイスをし始めた。


「この服は若草色と黄色がございます。採寸はお済みですか? 少し図らせて頂いても? 肌着や下着は純白の物から真っ赤な物までございます。絹のものもありますし、綿の物もあります」


 俺はイスティリが胸を図らせた際に少しだけ嫌そうな顔をしたのを何となく見ていた。

 

 ウシュフゴールは採寸されるのが初めてなのかカチコチに緊張していたが、それでも自分の服を買うのが嬉しいのか終始興奮していた。

 青い肌が真っ赤に染まり、角度によっては肌が紫色に見えた。


 食事もしっかり摂るようになったからか、出会った時はこけていた頬もふっくらとして来て、生気も宿って来た様に思う。

 一瞬ウシュフゴールと視線が絡んだ。

 彼女は慌てて別の服を見に行ってしまった。

 目で追うが、裏手の棚に彼女は隠れてしまった。


「セイ? このスカートの大きさ、もう一回り小さいのが無いか聞いてください」


 そこにメアが来て、俺の視線に気付いて少し困惑した顔をしていた。


「ん? 分かった。色はその色で良いの?」

「え、ええ……」

「後でそのスカートに似合う上を合わせような。それから貴金属も買おう。メアの亜麻色の髪には何が似合うかな?」


 メアはパッと顔を赤らめるとスカートを俺に押し付けた。


「そのスカートに合せるのはもう決めてあるんです! すぐ持って来ます!」

 

 彼女は来た通路をいそいそと戻っていく。

 俺は走り回る従業員を呼び止めて、メアから頼まれた事を聞いた。


 そこにイスティリが飛び出してきてスケスケの下着セットを見せびらかした。


「メア!! うっすい絹の下着!! 真っ赤なの!! これ着けてセイ様のベッドに潜り込もう!! あっ!?」


 イスティリは俺だと気付いてピャっと跳ねると大慌てで下着を後ろ手に隠して後ずさりした。

 俺と従業員は顔を見合わせて笑ってしまった。


「これの一回り小さいのですね。探してまいります」


 従業員がスカートを探しに行く。


 こうして彼女らが満足するまで山ほど服を選んでもらうと、オーナーが代金を伝えに来た。


「端数はオマケしておきます。お代金は○○○金貨です」

「ありがとう」

 

 ウシュフゴールは今買った服を早速着ていた。

 今まで腰回りはともかく、胸元がメア仕様だったので、自分のサイズに合った服を着て誇らしげだった。


「おおっ!! 一段と可愛くなって」


 ウシュフゴールは照れていた。

 イスティリとメアも彼女の服を盛大に褒めていた。


「ボク達だっていっぱい買って貰ったもんねー。下着だってすっけすけの……モガモガ」


 イスティリはメアに口を塞がれていた。

 結局あの下着買ったのか、この子。


 支払いを済ませると、オーナーが従業員を整列させる。

 彼女は一人一人に金貨を一枚ずつ手渡していった。

 

「ダイエアラン地方では、伝統的にお祝いがあると従業員や部下にお金や食料を配ります。出来るだけおおっぴらに配って労うのです」


 メアが教えてくれる。

 なるほど、俺たちの買い物は『お祝い』レベルなのか。


 それから今度は案内を付けて貰って宝飾店に向った。

 店内に入るなりセラは俺のポケットから飛び出してきて貴金属を吟味し始める。


 従業員一人だけだった。

 彼は最初びっくりしていたが、棚に陳列された金鎖やブローチを熱心に見て回る立方体に一生懸命接客し始めた。


「こっちは琥珀です。ルーで採れた上質の奴です。そっちは珊瑚。マーティルから輸入した奴ですが、見事な象眼でしょう?」


 先程の店とは違ってこちらにはカマキリの用心棒が居たが、俺とトウワが大量の服を担いでいるのを見て安心したのか奥に引っ込んでしまった。

 代わりに奥から二名の男女が現れて俺たちの応対をしてくれた。


 どうも象眼や加工をしている職人とオーナーであるらしかったが、職人は誇らしげに商品を紹介し始めた。


「いよう。可愛い子ちゃん三人も連れた若旦那! こっちに来なよ。取って置きを出してやるぜ?」

「四人だよ」

「へ? ……ああっ!? これは失礼した。あの四角い子も女の子なんだね!」

 

 彼はそう言いながらゴソゴソと机の下から箱を取り出して開いた。


「わぁ!」


 メアが覗き込んで歓声を上げる。 

 釣られてイスティリとセラが飛んで来た。


 ウシュフゴールは拘りがあるのか、ずっと同じ棚でネックレスを二つ手に取って見比べて悩んでいた。

 彼女は熱心すぎて誰の声も耳に入っていない様子だった。


「これは金剛石にミスリルの台座のブローチ。そっちはアダマンタイトに紅玉だ。魔族のお嬢ちゃんが今手に取ったのは青玉に白金。ヒューマンの嬢ちゃんが熱心に見てるのはミスリルタイト、ミスリルとアダマンタイトの合金に霊峰カズ山脈から採れた瑪瑙が嵌めてある。どれも一級品、俺の自信作さ」

「セイ様!! 丁度四つ!!」

「そうだな。丁度四つ。これは買わなくっちゃな」


 イスティリはウシュフゴールを引っ張って来ると、どれが良いか聞いた。

 職人は丁寧にもう一度説明をしてくれた。


(わたくしはアダマンタイトが良いです)

「ボクは青玉がいいな!!」

「わたくしは瑪瑙がビビっと来ました」

「私はミスリル……」


 ほぼ同時に伝えてきた後、イスティリは「セラは何が良いって言ったの、セイ様?」と聞いてきたので教える。

 イスティリは大きく頷くと「それじゃ、決まりだね!!」と宣言した。


「嬉しい。ミスリルに触るの初めて……ありがとう、セイ様」


 ウシュフゴールは胸元にブローチを付けて貰った後で優しく触れていた。


「ありがとう!! セイ様!!」

「セイ。一生大切にします」


 彼女らは左右から頬にキスしてくれた。

 ウシュフゴールは合わせようか迷っているフシがあったが、意を決して俺の手の甲に口づけしてくれた。    


 セラは早速宝飾を飲み込むと、今まで手に入れた貴金属・宝石同様に、それは彼女の体内を巡り始めた。


(セイ。わたくしのちょっと太ってしまいました!! 幸せ太りというものでしょうか?)


 珍しくセラが冗談を言った。

 俺はセラを優しく撫でる。


「次もまた期待しててくれよな」


 職人は自信作が売り切れたことで嬉し泣きし始めていた。

 彼はウシュフゴールが熱心に見ていたネックレスを二つとも持って来る。


「どっちにする? 今決めたら持って行って良いぜ。巻き角の姫様。それと、他の姫様たちも好きなやつがあったら持って行きな!!」


 ウシュフゴールはさんざん迷った挙句、一つに絞った。

 他の『姫様』たちも店内をぐるぐる回って選んで来ると、職人は鷹揚に頷いて彼女らにそれをプレゼントしてくれた。


「ありがとうございます」

「良いって事よ!! 俺の自慢の子たちが良い人に出会えてホッとしたぜ!!」


 俺が感謝の言葉を述べると、彼は店主と共に俺の両手を握りしめた。


 店主は職人を信用しているらしく、何一つ口を挟まなかった。

 俺が支払いを済ませると、彼は従業員とカマキリを呼んで金貨を与え、それから職人に微笑んだ。


「普段は七割と決まっていますが、今回は半々にしましょう」

「分かった!! お前さんの気前の良さは誇らしい!!」


 店主と職人はがっちり握手すると、俺たちを大通りまで送ってくれた。

 彼らは俺たちが辻を曲がるまで手を振ってくれていた。


「さて、次はトウワの釣り竿と……イスティリの武器だな」

(待ってました!)

「はいっ!! ボクも斧が無いと心細くって」

「ウシュフゴールも何か欲しい物があったら言うんだよ」

「はい。私は自分用の鞄と靴、それに短剣が一本欲しいです」


 なるほど、靴もメアから借りていたのかな。

 メアは今は特に欲しい物が無いらしかったが、「セラの中にお家を立てる話、そろそろ本気でお願いしたいのですが」と伝えてきた。

 何でも今回の買った服を収納するともう色々溢れるらしい。


「分かった。レガリオスの競売だと何でも買えるらしいから、そこで家を落札するか」

「はいっ」


 俺はその日、穏やかな午後の日差しを十分に堪能できた。

 ハタから見れば平凡な日だったのかも知れないが、俺はその日を生涯忘れなかった。 

ちょっと血生臭いパートばかり続いてので、日常回です。

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