87 変化
結局、意識を失ったアーリックの姉妹はカルガの配下によって運ばれていった。
妹はともかく、姉の方は致命傷を負っていたと思ったが、アーリックはさすが龍から作られたと言うだけあって、死んではいなかった。
とは言え、体の回復を待ってから尋問すると配下達が言っていたのを漏れ聞いたので、敵地で捕縛された彼女らは死んだも同然なのかも知れないが。
俺はイスティリにシオの石を飲ませながら、彼女らがタンカの様なもので運ばれて行くのを見ていたのだ。
メアがイスティリの髪を優しく撫で、ウシュフゴールは自分の袖を裂いて傷口にあてがった。
「セイ様。カルガ様がお呼びでございます」
カルガ配下の熊が膝を付いて俺を呼びに来た。
外は曇天になり、小雨がパラついて来る中、俺たちは回復したイスティリと共にカルガを目で探した。
彼はしきりに配下を話し込んでおり、というか配下に捕まっており、こちらに来たいが来れない、といった風にチラチラと目線を送って来ていた。
カルガは胴に包帯を巻いて痛々しい。
俺たちが彼の元に向かうと、殺気立った配下が数名、俺に喰って掛かったて来た。
「やはりアンタは危険だ! 災厄を呼び込む疫病神だ!」
「そうだっ! 早くここから出ていけっ」
「お前達はっ! ……申し訳ありません、セイ様。昨日村を救った御仁を疫病神だ等と」
やはり、こういう反応も出て来るか。
バイゼルは俺の≪悪食≫を欲した。
アガスレイは俺の持つ腕輪を欲しがった。
その中で血生臭い戦いが起こり、俺以外の者も大勢血を流す。
世界を救う為に来た俺が、争いの種になるのだ。
知らず知らずのうちに、俺は頭を垂れて下を向いていた。
俯いたまま、話しかける。
「カルガさん。後で知りたかった情報だけ教えてください。出来るだけ早くロオスを出るようします」
「そんな! まだ報酬もお支払いしておりませんし、もっと長居してく下さい!」
言葉とは裏腹に、カルガ自身ホッとしたようだった。
彼の配下は俺を睨みながら立ち去っていった。
「セイ。何故貴方が折れる必要があったんですか?」
「俺は……」
言葉が出ない。
雨が本格的に振り出した。
俺は降りしきる雨に打たれながら、天を見上げた。
「セイ様。風邪引いちゃいますよ。早く中に入りましょう?」
「あ、ああ……そうだな、イスティリ」
優しく声を掛けて来る彼女もびしょ濡れだ。
それ所か、俺を待っていたメアもウシュフゴールも、トウワもカルガも雨に打たれ続けていた。
セラが寄って来て、俺の頬でスリスリするとポケットに戻っていった。
「……すまん。中に入ろうか」
館に戻るとカルガの私室に通された。
彼は使用人にタオルを持って来させると、俺たちに渡してくれた。
体を乾かしながら、カルガに幾つかの質問をした。
「バイゼルらについて分かった事を教えてくれませんか?」
「はい。バイゼルらは神聖国家ハランディアから来たようです」
「ハランディア?」
カルガはハランディアについて教えてくれる。
神聖国家ハランディアは、九代前の勇者ハランディが建国した国家であるが、魔王討伐後に力を失った勇者に対して、慰労という名目で下賜された辺境の領地ディア、ここで勇者はその名声を武器に独立を宣言した事に由来する。
代々勇者の子孫が王として君臨し、国民は勇者によって聖別されたとされるが、とてつもなく選民思想を植え付けられ『ハランディアにあらねば人にあらじ』とまで唄う程だという。
『聖別』されているため騎士団はすべからく神聖騎士団であり、国民は皆神職として扱われるが、あくまでハランディア内だけでの話である筈だが、他所にも押し付ける傾向が強い為、煙たがれている。
「穀物の取引などでもハランディアは交渉をせず高圧的な態度を取るので、商人からは嫌われております」
彼は続ける。
勇者の子孫はその高貴な血が薄まらない様にと近親婚を繰り返した結果、肉体や精神に変調をきたす者が続出していると噂される。
そして、バイゼルはその名から分かる通り、王族であり勇者の子孫なのだという。
「ちょっと待って下さい。勇者自体は降臨した霊魂が憑依するまではタダの人ですよね? それが何故『高貴な血』になるのか分からないんですが」
「その通りですね。ですが、当時の文献を見ると、勇者の『教義』と搦めて扇動し『信者』を獲得していった流れが読み取れますので、もうこれは一種の『信仰』ですね」
「あちゃー。新興宗教かー」
捉えられたバイゼルの配下達は、世界を揺るがす邪神の徒セイを討伐するために集められた、生粋の騎士階級だったのだという。
とは言え、ロオスでの流血騒ぎはカルガに一任されているので、彼の胸三寸で禁固刑から奴隷落ち、処刑まであり得る為、彼らは何でも話す勢いであるらしかった。
「恐らくハランディアからの横槍が入って、賠償金と言う形で償って貰う可能性が高いのですが、それを言ってしまって口を噤まれてしまっては叶いませんからね」
流石は一国一城の主。
「あの仮面の男の正体は?」
「実況見分時にお話に出て来た狼仮面の男ですね。残念ながら捕縛した者の中には『テオ』と名乗る人物を知る者は居ませんでした」
「残念だな」
あの男はバイゼルよりも遥かに強い。
そして「飼い狗」バイゼルと「飼い主」を繋ぐ鎖にしか過ぎないのだと言う。
つまりはテオには主が居る、という事実が俺をさらに憂鬱にさせた。
「次の質問をしてもよろしいですか?」
「はい。その質問にお答えしたのち、私もセイ様に質問がございます」
「分かりました」
俺はカルガが俺の存在をどうやって知り得たかを質問した。
「俺を何処でどのようにして知りましたか?」
「私は情報通という程ではありませんが、全土にグレッドを派遣する伝令網を統括しておりますので、その中で知り得ました。それに……」
「それに?」
「シュアラ学派の高僧グナール様が、ここに呼ぶように、と」
「グナール?」
「おかしいですね。バイゼル達が襲撃してきた際に同行しておりましたでしょう?」
そこでメアが「あっ」と声を上げた。
「あの方、グナメルという名前では無く、グナール様!? シュアラ学派の長!! 妹の、レアの後見人」
メアは一度だけドゥアに来たグナールと遠目で挨拶した事があったらしい。
何でもハイレアの昇格試験を見に来たのだとか。
「なるほど、偽名で接近して俺を間近で見ていたのか……。そのグナールは?」
「お帰りになりました。ただ、一つ言伝を預かっております。『内に潜む者達は餓えている。かれらが満足するすべを探しなさい』と」
内に潜む者達は餓えている。かれらが満足する術を探しなさい、か。
俺の内側にいる≪悪食≫の神格達を見透かした初めての男グナール。
彼が俺をどう見て、どう判断したのかは分からなかった。
しかし、このグナールの言葉が俺の内面に変化をもたらしていくのだった。




