86 残された姉妹
(どこに行ったー。ごああー。追えー。探すんだー。があがあー)
セラが外の声を拾ってくれるが、びっくりするくらい棒読みで少し笑ってしまった。
「セイは何を笑ってるんですか?」
「あ、いや……」
メアが不思議に思って声を掛けてくるが、流石に「セラの声真似が面白くて」とは言えずに言葉を濁してしまった。
朝食代わりに皆で桃と葡萄を食べる。
「セイ様。デオデはいつ生るんですか?」
「そう言えば見当たらないね。やっぱ皮の砂糖漬けじゃ無理なのかな?」
皆で果物を食べながら休憩していると、トウワが寂しそうに囁いた。
(セイよお、いつになったら釣り竿買ってくれるんだよ~)
「あ、そうだった! ごめんっ!」
(おいおい! 俺とお前の仲だろっ。忘れて貰っちゃ困るぜ!)
俺がトウワに平謝りしていると、外の世界では進展があった様だ。
(セイ。領主とその配下達が集結して亜龍と対峙しています。けれど……)
「けれど?」
俺が問うと、どうやら亜龍達は空を飛びブレスを吐くばかりで、鋼の鎌や普通の武器しか持たないカルガ勢は防戦一方らしかった。
(ああっ!? 今一人カマキリさんが焼かれて!?)
俺は慌てて飛び出そうとしてイスティリに止められた。
「セイ様! 何処に行こうとしたんですか? 外はどうなってるんですか」
俺は手短に外の状況を話すと、カルガ達の現状を見過ごす訳には行かないと伝えた。
イスティリは武器が無い事を悔しがったが、それでも「セイ様、行こう」と言ってくれた。
メアが俺たちに付与魔法を立て続けに掛けた上で、オグマフから借り受けた剣をイスティリに手渡した。
「これを使いなさい。斧以外でもイスティリなら使いこなせるでしょう?」
イスティリはパァァーっと笑顔になると、元気に「うんっ!」と言ってから剣を受け取った。
「セラ、カルガ達の後方に移動してくれるか?」
(はい……………………移動しました!)
俺の合図で外に出ると、まさしくセラの言う通り、カルガ達は上空から放たれる火炎を避けながら攻める事も出来ずに居た。
カマキリの戦士達がおよそ三十名は居るだろうか。
それに熊や、ドワーフも数十名居るらしかった。
それぞれが鎌に付けるソケット、剣や槍で武装していたが、槍のリーチですら届かない位置から亜龍達は攻撃を仕掛けていたのだ。
「カルガさんっ!」
「おお、おお! セイ様方、ご無事でしたか! 見ての通り亜龍達に攻められております!」
「助太刀します」
「助かります!」
とは言ったものの俺に出来る事と言えば、亜龍が吐き散らす火炎を片っ端から吸い込むことだけだったが、それでも亜龍達は決め手を失い、一旦攻撃を止めて上空でホバリングした。
「お前たちの目的は何だ! アルガマイルとは不可侵条約を締結している筈では無かったのか!」
「そんなものは知らんな! 後ろで隠れてるその男を渡せっ。さもなくばロオス全域を蹂躙してくれようぞ!」
亜龍にはそれぞれアーリックが騎乗しており、その内の一人がカルガの発言に反発した。
この声はアーリック姉と通信をしていた奴の声だ。
【解。アルガマイルはアーリック一族を盟主とする軍事同盟。あるいはそれらが支配する地域。王都から遠く離れたアルガマイル地方で武装蜂起を繰り返し、独立と自治を獲得した。元はヒューマンの軍閥が母体であったが、幾つかの集団・種族を取り込み、現在はアーリックと亜龍が君臨する】
王国は一枚岩ではないんだな。
【解。その通りである。王の版図は代を追う毎に縮小し、全盛期に比べるとその領土は六割弱でしかない。かつての版図には複数の勢力が存在し、小競り合いが続いている】
おいおい、そんな事で良いのか?
魔王が降臨した時に身内で殴り合ってたら全滅するんじゃないのか?
【解。主要十二部族以外は『王』に選出されないというルールに対して、不満が積み重なっていった点が大きい】
「目的はセイ様か! このカルガ、客人を売るような事をする位なら自刃して果てるぞ!」
「よく言うたわ! 吐いた唾を飲み込むなよ、昆虫風情が!」
そのアーリックを乗せた亜龍がカルガに突撃してくると同時に、他の亜龍は俺から遠く離れた場所への火炎攻撃を再開した。
カルガは突撃を避けるが、亜龍に騎乗した男からの槍の一撃を受け胴を負傷した。
しかしカルガは亜龍の脇腹に鎌を差し込み、そのまま尾の付け根まで切り裂いていた。
悲鳴を上げながら亜龍は地面と接触し、滑るようにして館の外壁に激突していった。
「おのれっ!」
アーリックの男は受け身を取りながら地面に降り立つ。
そこにウシュフゴールの<睡眠>乱打からのイスティリの強襲。
見事な連携だ。
<睡眠>に耐えながら槍でイスティリの剣を捌くと、その男は俺に突撃しようとした。
が、イスティリの追撃が激しく、俺まで到達出来ずに居た。
彼は一旦距離を取ろうとし、バックステップを踏んだ。
それを見計らったかのようにメアの<雷撃>が飛び、男は苦痛に顔を歪める。
「雑魚どもが調子に乗りよって!!」
そんなセリフもお構いなしにイスティリは攻め立てる。
左右にフェイントを振り、男の肩を切り裂き、腿を突いた。
「アガスレイ様!」
亜龍からアーリックの男が飛び降りると加勢しに来た。
しかしそこにメアの<雷撃>が幾度となく飛ぶ。
彼は両手を頭の上で交差させて<雷撃>を耐えていたが、メアが地面から吹き上がる炎<火柱>を唱えると、衣服に引火してしまい地面を転げまわった。
アガスレイと呼ばれた男はギリっと歯を食いしばる。
と、そこにアーリック姉妹が屋敷の扉を開けて姿を現した。
「アガスレイ! 助けに来てくれたのね!」
「助けに? はん……この状況でよくもそんな間の抜けた事が言えるな」
「なんて酷い!」
そこにすかさずイスティリが割り込んで、アーリック姉を羽交い絞めにすると首筋に剣を添えた。
「この人の命が惜しくば引き下がれっ!」
アーリック姉は震えながらアガスレイを見た。
妹の方は腰が抜けたのかペタンと座り込んでしまった。
アガスレイは逡巡しているようだったが……槍で姉ごとイスティリを突いた。
「きゃっ!?」
「くっ」
「イスティリ!」
アガスレイは素早く槍を引き抜くと、アーリック妹の手を掴んで無理やりに立たせた。
「引けっ! 者共、引くのだっ!」
「ア……アガス……レイ?」
「アーリックの王家なんてまやかしさ。それに『予備』さえ持って帰れば何とでもなる……。そもそも、お前がこの作戦に出しゃばらなければ今頃は祝杯を挙げていただろうに」
「そ……そ、んな」
イスティリは肋骨あたりを押さえながらアガスレイを見ていたが、彼が別の亜龍に乗り込むと同時に膝を付いた。
俺は慌てて彼女に駆け寄る。
イスティリは「本当にギリギリでした」と俺に伝えたきた。
「待ってろよ、すぐにシオの石を割ってやるからな!」
「い、いまはそれよりも……アイツを!」
アガスレイが亜龍に乗り込む間、一頭の亜龍は彼を守る為に至近距離まで来て爪と炎で援護した。
もう一頭の亜龍はメアの<火柱>で火傷を負った男を回収していた。
そうしてアガスレイ達は上空へと消えていった。
……次の瞬間。
アーリック妹が空から落ちて来た。
ドサッ!
その子は一瞬だけ頭を上げると「姉上を見捨てて帰れる訳がありません」とだけ呟くと、気絶してしまった。
「ラーシア!? ラーシアっ!!」
血が迸るのも構わずアーリック姉は妹に駆け寄る。
……駆け寄ろうとしたが、彼女もまた意識を失い、倒れた。
上空で亜龍達が数回旋回していたが、諦めたのか東へと消えていった。




