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85 アーリックと亜龍の襲撃

 俺はその日、いつの間にか寝入っていたらしかった。

 恐らくは≪悪食≫を使用しすぎた結果からくる精神疲労だと思う。


 意識を取り戻すと左右にはイスティリとメアが寝ており、ウシュフゴールは別のベッドにいるらしかった。


 据え置きの机で何やらガサゴソと音がする。

 最初はトウワかと思ったが、暗がりの中で衣擦れの音がした。


 左右を見るとメアは爆睡していたが、イスティリは口に人差し指を当てて「しーっ」という仕草をした。

 この世界でもその仕草は共通なんだ、と寝ぼけ眼で考えていると、机の方向からささやくような声が聞こえた。


「姉上、何処にもないよ。腕輪なんだよね?」

「もう! グズなんだからっ。そうよ、腕輪を探しなさい。王子との直通回線よ」


 姉上、と呼ばれた側の声には聞き覚えがあった。

 あの雑なメイドだ。


 そしてノヴ=ソランに貰った腕輪を探しているらしかった。

 彼との会話が筒抜けになって居た事に驚いたが、まさかそれを奪いに来たのがカルガのメイドとは……。


 イスティリがゆっくりとベッドから抜けると、そこからは高速で動いて例のメイドを組み伏せた。 


「きゃあ!」


 その声にメアとウシュフゴールが飛び起きる。

 メアはすかさず魔法の光球を出すと、机を漁っていた人物は逃亡を図った。

 ウシュフゴールが<睡眠>を唱えたのか、その人物は何度か足を前に動かしたが、床に突っ伏してしまった。


「何をするのよ! この!」

「それはこっちのセリフだよ。一体何をしてたんだ?」

「……」


 床に組み伏せられたままメイドはだんまりを決め込んだ。

 眠り込んだもう一人もメイド服を着ていたが、随分と小柄な子だ。


「……妹は殺したの?」

「何でそう思うんだよ。俺たちは殺人鬼の集団かよ」


 俺は呆れてしまった。

 盗みに入った側に責められるのには参ったが、とりあえずカルガの使用人でも呼んで何とかしようと思って呼び鈴を鳴らした。


「馬鹿ね! 今日の夜の当番は私と妹、それにキオールよ! キオールは眠らせたわ!」


 わざわざ教えてくれたこの子は存外に馬鹿なんじゃないかと思ったが口には出さなかった。


「ウシュフゴール。悪いがその子も寝かしておいてくれるか? 朝まで適当に縛って放置しよう」

「ちょっと!!」


 俺はため息をつきながらそう言うと、ウシュフゴールは容赦なく<睡眠>を連打する。

 メイドは何度か抵抗したが、その内に諦めたのか自ら目を瞑った。


「落ち着く暇も無いな」

「この子達は何をしていたんですか? セイ」

「ノヴ=ソランから貰った腕輪を盗みに来てたみたい」

「まあ!」


 そんな会話をしていると、窓をトントンと叩く音が聞こえた。

 見てみるとトウワが窓に張り付いて「入れてくれ」とアピールしていた。


「お帰り、トウワ」

(ただいま。そんな事よりさ、何か外がきな臭い。亜龍が数体、近くの森で隠れ潜んでる)


【解。亜龍。アーリックと同時期に作られた合成龍。より龍に似せられて作られ、ブレスと呼ばれる炎や稲妻を吐く空飛ぶ蜥蜴】


「亜龍? 内はアーリックの賊、外は亜龍。そりゃ繋がりを疑わない方がおかしいよな」

「セイ様、どうしたの?」


 俺はトウワが持ち帰った情報を皆に伝え、これからどうするか考える事にした。


「ボクはこの子らを盾にしてカルガ達が起きてくるまで屋敷内で待機するのが良いと思います」

「出来れば夜警の歩哨なり、このアーリックが言っていたもう一人のメイドを探すのも手ですね」


 イスティリとメアの言葉に残りも賛同すると、一先ずはこの部屋を出る事になった。


 ウシュフゴールがアーリックの姉妹に呪文を掛けた。

 

「起きなさい」


 虚ろな目で姉妹は起き上がると、彼女の後に付いてきた。


「眠っている事が前提条件ですが、<夢遊病>という呪文です。担いで移動するのも無理がありますし」


 それからイスティリが窓を抜け出して少しの間偵察に出た。

 彼女が帰ってくると、亜龍は合計で四匹居り、その背中には人が騎乗している様子だと教えてくれた。


「でも、余り無理をすると見つかっちゃうので切り上げました」

「良い判断だと思うよ。さあ、行こうか」


 メアはシーツを剥いで縦に丸めると、それに毛布を掛けて、さも人が寝ているように見せかけていた。

 俺たちも手伝ってから部屋を抜け出す。


「最悪の場合、この姉妹を捨ててセラの中に逃げ込もう」

「そうですね。セラの中ならわたくし達の身の安全は確実ですし」


 それにしても屋敷の中は異様な静けさだ。

 かがり火だけが揺らめく廊下を歩き、出来るだけ屋敷の奥を目指して歩みを進める。


 辻を曲がるとカマキリの歩哨が居た。

 俺はホッとしてその歩哨に声を掛けに行った。


 だがその歩哨はフラフラとしているだけで反応は無かった。


「どういう事?」

「かがり火に薬を放り込んだ。朝までは意識が無い」


 ウシュフゴールの問い掛けにアーリックの姉が虚ろな目で答えた。

 

「何故腕輪を欲しがったの?」

「セイの声を真似てノヴ=ソランをおびき寄せる為。ノヴを殺すために亜龍も呼んだ」


 そこまで用意周到にプランを練って居ながら、腕輪を盗む実行犯がこれなら片手落ちも良い所だ。

 その後も数名の歩哨を発見したが、例に漏れず彼等も薬の効果の真っただ中であった。


 夜が明け始めて来た。

 俺たちは適当な空き部屋に入ると、声を潜めて朝が来るのを待つことにした。


『姫。首尾はどうだ。応答せよ』


 アーリック姉の角飾りが明滅すると、微かに男性の声が聞こえた。

 どうやらノヴから貰った腕輪と同じ様な機能があるのだろう。


『どうした? 応答せよ。レネ=ベルバ姫よ』


 その声にアーリック姉は唐突に意識を取り戻し、脱兎の如く扉に駆けると早口でまくし立てた。


「失敗した! 妹は捕縛された。私も……あっ!?」


 即座にウシュフゴールの<睡眠>が飛び、アーリック姉は再度彼女の支配下に置かれた。


「どうしましょう?」

「向こうにはバレたけど、流石に居場所までは分からんだろう」

『残念だったな。通信を切らずにおいて正解だった』


 俺たちが驚愕していると、壁に大穴が開き、巨大な亜龍の頭が飛び出してきた。

 その亜龍は一旦首を引っ込めると再度突入してきて、今度は前足までは部屋に入り込んできた。


 アーリック妹の額に漆喰が当たり血が滲んだが、お構いなしにその亜龍は室内に入り込んで来ようとした。


 俺たちはアーリック姉妹を放置して扉を開け逃げ出した。

 扉がバリバリと轟音を立てて破壊され、亜龍が首だけ出して俺たちに向けて火炎の息を放った。


 間一髪のところで辻を曲がり難を逃れる。

 所がその先の通路の側面からも轟音が聞こえ、別の個体と思わしき亜龍が頭をこちらに向ける所だった。


「くっ! セラ、頼む!」


 セラが俺のポケットから出て来ると次々に彼女の中に入っていく。

 最期に俺が入るとほぼ同時に亜龍が息を吸い込み始めた。


 俺はセラの中に入ると彼女の安否を気遣った。


「だ、大丈夫か? セラ」

「ええ、あんな火炎程度でわたくしが傷付くわけも無いのですが、天井近くに逃げて、今は排煙用の筒の中ですよ)

「よ、良かった」


 俺はホッとため息をつくと、仲間たちに外の状況を説明した。


「よかったー、セラは傷一つないんだね? セイ様」

「ですけれども、セイ様は何故いつものように力をお使いにならなかったんですか?」

「あの能力の代価は俺の魂なんだ。余り連続で使うと暴走しちまう」

「そうなのですね……」


 ただ最近分かってきた事がある。

 余程連続で使用しない限りは、神格達に支配される所まで行かない気がするのだ。

 

 魂も回復するのだろうか?

 それとも、まだ俺が知らないルールがあるのだろうか?


 とは言え、あれだけ亜龍が暴れたのだからカルガ達も起きるだろう。

 消極的だが一旦はセラの中で退避して危険を回避したい。


 空飛ぶ蜥蜴四体を相手にするのはご勘弁願いたい。

 今≪悪食≫を起動するのは得策ではない。

 

 無理をすれば以前の二の舞だ。


 感覚的にそう思った。

 恐らくその感覚は正しいのだろう。


 何故なら、骸骨とモーダスが残念そうに舌打ちし、ル=ゴは『今日は二回まで代価無しで構わない』と伝えてきたのだから。


「ありがとう。ル=ゴ」

『あのイノシシを喰わないで済んだ事に対する礼だ』


 俺たちは朝になるまでセラの世界で過ごした。

何時も読んで下さる皆様に感謝を!

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