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84 イスティリの集中講座

 イスティリが意識を取り戻したのは日も随分と暮れてからだった。

 

「つっ!? ここは?」

「カルガの屋敷だ。大丈夫か、イスティリ?」

「セイ様? ……セイ様! アイツは! あの仮面野郎は!?」

「逃げたよ。バイゼルを連れてな」


 彼女は寝かされていたベッドで悔し涙を流した。

 

「ボクは……手も足も出なかった……」


 俺は彼女の頭を引き寄せて抱きしめた。

 イスティリの涙が俺の服を濡らすに任せ、彼女が落ち着くまでそうしていた。


 彼女が落ち着いてから、カルガの指示の元で実況見分が行われた事と、生きていたバイゼルの配下は捕縛された事を伝えた。 


 それからシオのメダルを少し水に削って、彼女に飲ませた。


「折角の可愛い顔が台無しだ」


 彼女は自分の頬を触ると「いててっ!」と手を引っ込めた。

 それから恐る恐る水を飲む。


 見る見るうちに彼女の頬の紫が小さくなっていき搔き消えた。

 

「折れてたんですけど、流石は神様の薬ですね! 痛みも体の重さも無くなっちゃいました!」


 イスティリはピョンピョンとベッドの上で跳ねると、そのままベッドからダイブして俺に抱き着いた。


「おっ……とと」


 彼女はキューっと俺を抱きしめると、満足したのかベッドに腰かけた。

 そこにセラが飛んで行って彼女の頭に乗った。


「セラ! 心配してくれてたんだね」


 セラはイスティリの頭でココッと震えると一生懸命話し始めた。

 俺がそれを通訳してやると、イスティリはセラを撫でながら笑顔を見せた。


「ゴメンゴメン! ボクの命も一つしか無いもんね! ボクが死んだらセイ様悲しむよね!」

「当たり前だ。俺にはイスティリが居ない世界は考えられないぞ?」


 イスティリはパッと赤面すると、モジモジしながら俯いた。

 セラは彼女の頭から零れ落ちて中空で止まり、イスティリの周りを一周してから俺の真横で静止した。


 控えめなノックと共にメアとウシュフゴールが部屋に入って来て、イスティリの回復を喜んだ。


「もうどこも痛くないですか? わたくし心臓が止まるかと思いましたよ」

「うん。もう大丈夫! セイ様が神様の薬を飲ましてくれたし!」

「そう、良かった。グナメルさんがしきりに恐縮していました」

「え、何で?」

「グナメルさん、イスティリに治療呪文を掛けようとして下さったんですが、魔力が枯渇してしまって無理だったんです」

「そっかー。でも村であれだけ呪文連発して、フゾンさんの傷治してたんだし、仕方ないよね」


 ウシュフゴールは膝を付くとイスティリの手を優しく握った。


「ありったけの呪文を連打したのですが、あの仮面男は容易く抵抗し続けました……」

「ホント、何者なんだろね、あいつ」


 もしかしたら捕縛したバイゼルの配下から何か分かるかもしれないが、大して良い情報は手に入らないかも知れない。

 テオと名乗った仮面男はバイゼルだけを救出し姿を消した。

 そうなると末端の構成員は使い捨てでしかない気がしたのだ。


 そこにイスティリのお腹がキュ・キューと鳴った。

 流石に彼女は顔を真っ赤にしてそ知らぬふりをした。


「カルガに挨拶してから皆で食事にありつくか」

「は、はいっ!」


 俺たちが部屋に置かれた呼び鈴を鳴らすと、メイドが現れて用件を聞いてきた。

 昨日の雑なメイドが眠そうに欠伸を噛み殺しながら「何だ?」と言ってきたのだ。


「普通『御用は何でございましょうか?』くらい言わないか?」

「来ただけでも褒めてくれよ。こっちは眠いんだ」


 オグマフの使用人はもっと教育されて上品だったな。

 唐突に晩餐会で俺とイスティリを案内してくれたあの柳腰のエルフを思い出した。


「で、用件は何なんだ? 早く言えよ」

「……カルガに目通りを願いたい」

「カルガ様は寝てる……と思うから明日にしなよ。ふぁぁぁ~」

「いいから聞いて来いよっ!」


 俺はメイドの欠伸にキレてしまって怒鳴ってしまった。

 メイドは舌打ちすると仕方なく姿を消した。


「セイ様。あの使用人凄いですね。ボクなら明日にでも里に帰らせますが」

「俺も長いこと生きてきたが、女性に怒鳴ったのは初めてだ」

「セイは女の人に砂糖菓子のように甘いはずですものね」


 そして何故かイスティリとメアから頬を抓られた。


 解せぬ。


「所でトウワさんは?」

「日課の散歩だよ。夜出歩くのが好きだからな、トウワは。ただバイゼルの件もあるから遠出しない様には伝えてある」

「そっかー。今日のトウワさん凄かったね! まさか隙を見て敵の首領を叩くなんて!」

「確かあの触手には麻痺毒がある筈なんだけど、効果覿面だったな」

「えっ!? ボク達、トウワさんの触手マクラにして寝てたよ!」


 廊下からドスドスと大きな音が響いて近づいて来るのが分かった。

 メイドに連れられたカルガが頭を大きく下げて部屋に入って来た。


「良かった! 奥様はお目覚めになられたんですね」


 カルガはしきりに恐縮していたが、イスティリが「ボクは見ての通り元気です!」と側転すると安心したようだった。

 彼とは実況見分の際に随分と話したが、カルガは自分の所領に賊が侵入する事を許したザル警備を謝罪し、俺はと言うと自身の力を狙われた結果カルガに迷惑を掛けたという認識だったので、お互い謝り倒す結果となっていたのだ。


「バイゼルと名乗った男の素性はおおよそ突き止めました。また配下の者も口を割り始めましたので、明日にでもまた改めてお伝えします」

「ありがとうございます。所で、イスティリも目覚めた事ですし、軽く食事でも頂ければ嬉しいのですが」

「ええ、もちろん結構です! 早速用意させましょう」


 カルガはメイドに指示を出すと改めて頭を下げた。

 

「皆様のお体が癒されるまで、是非このカルガの館にてお寛ぎ下さい」

「ありがとうございます。でもカルガさん、俺は迷惑じゃないか?」

「迷惑? ああ……確かにそのお力は危険なもの。ですが、貴方様のその行い・言動・立ち振る舞い、その全てを見させて頂いた上で判断するならば……セイ様は紛れも無い英雄でございましょう。その英雄に宿を提供できる栄誉を私にお与えください」


 そこまで言われるとは思ってもみなかったが、イスティリとメアは自分の事のように喜んで笑顔になった。

 ウシュフゴールは尊敬のまなざしを俺に向け、目が合うとニコッと微笑んだ。


 それから館で食事を頂いて、大きな客室で寝る事になった。

 イスティリとメアは交互にセラの中に入り、水で体を綺麗にしてきた。


「セイ様。ウシュフゴールの為に『木の実』を一つ残してあります」


 誰の木の実かは聞かなかった。

 案外二人は仲良く半分ずつにしたのかも知れない。

 

 ウシュフゴールは小首をかしげていたが、俺に手を引かれ初めてセラの世界に降り立った。


「きゃ!?」


 彼女はその世界を興味津々で歩き回り、積み上げられた金貨の山に驚き、生っている葡萄をひとつまみ食べ、井戸水を飲んだ。

 

「ここはセラの世界さ」

「セラの世界?」


 俺は彼女にセラについて語り、そして木の実を捥いで差し出した。


「これは?」

「まあ食べてみなよ」


 ウシュフゴールが木の実に噛り付く。

 唐突に彼女はパタタッと涙を零して「……美味しい」と呟いた。


 彼女は木の実を味わう様にゆっくり食べた。

 俺は種を植えるとまた一日くらいで木の実が生るんだよ、といった事を伝えると、彼女は大慌てで大地に手で穴を掘って種を植え、それから井戸水を掬って来て何度か掛けた。


 どの子も反応は良く似ているな、と思ったが、よく考えたら俺も最初そうだった事を思い出した。

 

「さて、ウシュフゴール」

「はい」

「この数日で分かったかもしれないが、俺にはああいった危険がこれからも付き纏う」

「……はい」


 俺は、自身が三つの祝福を得て、ウィタスを救うために異世界から来た異邦人である事を話した。

 そしてその祝福を狙って今日の様な事がこれからも起こり得るだろう、と。


「だから仲間になってくれたのはありがたいんだけど、もし嫌になったらその時は言ってくれ。あの金貨の山の一つは俺の物だから、あそこから好きなだけ持って行くと良い」

「はい。ですが、私は貴方に出会って初めて生を実感しました。ラビリンスで死を待つのではなく、また、薪を拾いながら人目を気にしてビクビク生き永らえるでもなく、自分の意思で動いた事に生を実感したのです」


 彼女はそう言うと、俺に膝を付いた。


「私はウシュフゴール・ナイトメアソング。私に生を与えて下さったセイ様。私は貴方が変える世界を見たい」

「……分かった。『仲間』として、そして『友』として。世界を救う旅路に付き合ってくれるか?」

「はい。そして世界を救った後の未来もお見せ下さい」

「そうしたいものだね。後な、セイで良いからな」

「イスティリは特別なんですか?」

「いや、あいつにもセイで良いって言ってるんだけど、頑固だから曲げないんだ」

「では、私も頑固です」


 では、って何だ? とは思ったが無理強い出来るものでもないしなぁ。


 ウシュフゴールを立たせると一度外に出た。

 イスティリとメアが立ったまま出迎えてくれた。


「「お、おかえりなさい!」」 


 それからイスティリはウシュフゴールにタオルを持たせ、二人でセラの世界に飛び込んだ。 

 

「セイは最後ですからね。女の子が先です」


 ああ、水を使う順番か。

 その時はそう思ったが、セラの中では水浴みと称したイスティリの集中講座が始まっていたのだった。

 セラの中では「抜け駆け厳禁」「はい」「みんなで仲良く取り合う」「はい!」といった言葉が飛び交いますが、イスティリがそう言った事により、逆にウシュフゴールがセイを意識してしまう結果となってしまいます。

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