83 敵襲 下
「ぐあっ!?」
バイゼルはまさか背後から刺客が来るとは思っても居なかったのだろう。
トウワの触手が彼の顔面にヒットすると、目を抑えて苦しんだ。
彼は剣を手当たり次第に振り回す。
しかしトウワはもうその時には上空に退避しており、その剣は空振りした。
「魔術師どもよ! 何をしている! 敵を狙い撃て!」
目をやられたバイゼルは怒り狂い、配下に命令を下す。
しかし、その命令に応える者は居なかった。
「くそがぁぁぁぁぁ!!」
彼はイスティリが魔術師達を倒した事を思い出したのか、怒りに任せて放射状の稲妻を辺り一面に撒き散らした。
冷淡そうな顔は怒りで紅潮し、視界を失った男は敵味方関係なく、気配がした方向に呪文を乱打した。
「バ、バイゼル様! 私です! 騎士ドライ……ギャア!? おやめっ、くだされっ!! グアッ!!」
配下が必死に彼を宥めようとするが火に油を注ぐ結果となった。
彼はその男が完全に沈黙するまで、幾つもの呪文が叩き込んだのだ。
こうなるとバイゼル配下の騎士達も戦闘所では無くなってしまった。
イスティリとカダルの攻撃を動ける者達で捌きながら、バイゼルからも、俺たちからも距離を置けるよう位置取りを模索し始めた。
「カダルさん、深追いしないで! 今なら頭を潰せる!」
「分かった!」
イスティリは騎士達は逃げるに任せ、カダルと共にバイゼルを取り巻き始める。
しかし徐々にバイゼルの動きは緩慢なものになっていった。
確かトウワの触手には麻痺毒があった筈だが、それが効果を発揮し始めたのだろうか。
バイゼルは呂律が回らない舌で何かを詠唱し始める。
彼の手には巨大な放電する鰐が出現し……バイゼルを威嚇した。
「詠唱に失敗した……!!」
メアが呟くと同時に、バイゼルの体に電気鰐が噛み付いた。
「ぐぁぁぁぁ!? おのれぇぇぇ!!」
彼は杖も剣も手放すと電気鰐の顎を両手で掴み、地面に叩きつけた。
そこでようやく電気鰐はイスティリに襲い掛かるが、メアの呪文が飛んで鰐は実体を失って搔き消えていった。
その間隙を突いてカダルの鎌が繰り出される。
バイゼルが避けようとした所に、ウシュフゴールの<睡眠>が飛んだのか一瞬グラ付いた。
彼は避けきれないと悟ったのか、咄嗟に右手でその攻撃を受け止めた。
カダルの鎌の先端は彼の鎧を貫通し、二の腕に突き刺さり止まった。
イスティリがカダルと逆方向から襲い掛かる。
バイゼルはそのままカダルの腕を左手で握ると、鮮血が迸るのもお構いなしに鎌を引っこ抜き、カダルをイスティリに投げつけた。
まさかあの状態でカダルを投げ飛ばす力が残って居た事に驚愕した。
彼はカダルをイスティリに放り投げた後で、手放した剣を拾いおうとした。
イスティリはカダルを避けながらバイゼルに駆け寄ると、彼が拾おうとした剣を足で踏みつけた。
「何処まれもこのわらしを愚弄しおっれぇぇぇぇ!!」
彼の言葉は徐々に不明瞭になっていった。
バイゼルはイスティリに向けて至近距離で<稲妻>を放とうとした。
イスティリは素早く手の甲で彼の手を払う。
<稲妻>は明後日の方向へと突き抜けた。
カダルは空中で羽を広げて体勢を立て直すと同時に、地面を蹴ってバイゼルに突撃した。
イスティリがバイゼルの膝に力任せに蹴りを放つ。
体勢を崩したバイゼルの胴に、カダルの鎌が吸い込まれて行った……。
ズシャリ。
バイゼルは意識を失って倒れた。
このまま放置すればそのまま失血死するだろう。
そしてバイゼル配下達の中にも死んだ者も居たし、このまま見過ごせば死ぬものも居るだろう。
……本当にこれで良かったのだろうか?
世界を救いに来た俺が、戦いで人を殺し、血を流させる事に疑問を持たない筈が無かった。
何とも後味の悪い経験だ。
それでも俺は前に進むべきなのだろうか?
イスティリやメアに……仲間に戦いをさせてまで前進すべきなのだろうか……。
「セイ様……?」
心配そうにイスティリが戻って来た。
青ざめた俺の顔を見て彼女は手をキュっと握って来た。
「セイ様。ボクの手は温かいでしょう?」
「あ、ああ……」
「この手は、この手の温かさはセイ様が救ったものの一つです。セイ様は全てを救う事は出来ないかも知れませんが、ボクはセイ様に救われました」
「イスティリ……」
「これからもセイ様の力を狙う者は居るかもしれません。けれど、セイ様は挫けないで下さい。セイ様の敗北は、この世界の敗北だとボクは思うのです」
メアも俺の後ろから抱き着いてきた。
「……優しい人」
彼女たちは俺の心が読めるのだろうか。
俺は泣くのを堪えるため、歯を食いしばって耐えた。
そこに唐突に乾いた拍手が響いた。
「いやー、感動しますねぇ。殺しを経験したこと無い異世界人が葛藤する様は」
「誰だっ!」
イスティリが詰問する。
姿を現したのは、異様な仮面をつけた細身の男だった。
仮面は目の部分は人のそれだが、口の部分は狼の口吻になっており、中心に沿って左右半分ずつ赤と青に彩色されていた。
「私はテオとでも呼んで下さい。まあこの子ら『飼い狗』と『飼い主』を繋ぐ鎖の役割を担っています」
イスティリは斧を掴むとテオに斬撃を放った。
テオは彼女の渾身の斧を手の平で受け止めると、そのまま斧の刃先を握り潰した。
「なっ!?」
粉々に砕ける斧の破片を見て狼狽したイスティリにテオは小首をかしげる。
「拍子抜けですね。その程度で私に盾突こうとした勇気は素晴らしい物ですが」
そしてイスティリが意識を失って倒れた。
「おやおや。今の拳程度は避けて貰わないと困りますねー」
あのイスティリがパンチ一発で気絶した!?
俺は焦る気持ちを抑えつつ、テオを指定してモーダスを繰り出した。
「出てこい! モーダス! イスティリは指定外だ!」
テオは後ろに飛び退るとモーダスを避けた。
「はははっ。それは流石の私も消滅してしまいますからねー。とは言え、予測可能な攻撃です」
「ル=ゴ!!」
俺は間髪入れずにル=ゴを呼び出す。
テオはル=ゴの進む方向に次々に金属の盾を出現させた。
ル=ゴは幾つか盾を食べ、前に進めない事が分かると上下左右に蛇を分けた。
しかしその先にも盾が次々と現れ行く手を阻む。
「ふーむ。まあ悪手ではありますが一応無力化出来そうですね。要課題。では、その盾はお譲りします」
無数の盾の向こう側からテオの声だけが聞こえた。
そしてル=ゴが全ての盾を食べ尽したとき、テオと……バイゼルが忽然と姿を消していたのだった。
後には身動きできないバイゼルの配下達と、数名の死体だけが残された。
「イスティリ!!」
俺はイスティリに駆け寄った。
彼女は右の頬を紫に染め、意識を失っていた。




